第二十話「招き空飛び猫」
雄の三毛猫は幸運を呼ぶとか、白い蛇は金運の象徴だとか、兎の御守を持つとツキに恵まれるとか、特定の動物にラッキー要素を組み込むことが好きなのは、どこの世界でも同じこと。動物以外にも、ぬいぐるみ人形や置物で代用するパターンもあるよね。古典書籍を紐解けば、そうした動物や人形が、自分や家族の身代わりに災厄を引き受けてくれたことで、命拾いした伝説物語がゴロゴロ出てくる。
まあ、それで何が言いたいかといえば、客寄せのため、日頃はおすすめメニューなんかを書いた黒板を置いている椅子の上にクッションを置き、その上に僕が香箱座りさせられているということ。まあ、店内で手伝おうにも、猫の手ではドーナツを揚げたり、ワックスペーパーでピラミッドに包んだり出来ないから、この招き猫ポジションに落ち着くのは必然かもしれない。店舗内から窓越しに応対するには、この身体では無理に等しい。
もっとも、人型に変身しようと思えば出来なくはないのだけど、失敗するリスクが高いのと、変身中に普段の何倍もの体力を消耗してしまうので、いざという時にしか使わない手段としている。切り札を温存してると思えば、緊急事態が怖くないからね。
「わあ~、猫さんだ~。羽根が生えてる~」
集客効果としては、主に子供の興味を惹くという方面で抜群の威力を発揮している。耳をピクピク動かしたり、尻尾をユラユラ揺らしたり、羽根を軽くパタパタと上下させたりすると、パチパチと手を叩いたり、ピョンピョン跳び上がったりして喜ぶので、反応が面白い。
そして、その子供の多くは親御さんと一緒なので、足を止めたところにご主人さまが声を掛け、二つ三つドーナツを買っていただくという流れが出来ている。パサージュではシトシトと小雨が降り続いているにも関わらず、店前から客足が途絶えることがないので、ゲルハルトさまも上機嫌な様子。
やがて、遠くで教会の鐘が三回鳴った頃、半人半馬の妙齢女性が現れた。先程までののほほんとした親子連れと違い、透明な氷を連想させるようなキリリとした佇まいで、着ている制服や、薙刀のようなグレイブを肩に提げていること、下半身が馬であることによる体格の大きさを差し引いても、猶余りある威圧オーラを放っている。
その迫力に圧倒されたのか、ご主人さまは笑顔が引きつり、残り僅かとなったドーナツを一つのトレイに寄せ集めていたゲルハルトさまに救いを求める視線を送った。ゲルハルトさまは、視線を感じて手を止めると、瞬時に状況を察し、さも当然のように接客を代わり、営業用ではない平素な調子で話しはじめた。
「ちょいと、イザベラ。そんな突き刺すような目で見ないであげてちょうだい。レベッカちゃん、怖がってるじゃない。可哀想に」
「おっかない顔なのは、生まれつきだ。故郷に居た時は、自分の容姿のことで怖がられた例がない」
「赤ナス村のことは存じませんけど、少なくともこの街では珍しい部類なの。理解してあげて」
「努力する。それで、いつものはあるか?」
「珈琲ドーナツね。いつも同じだけど、たまには、他のフレーバーを食べてみたくならないの?」
「これから夜警なんだ。甘ったるい物だと、眠くなっちまう」
「はいはい。部隊長さまも、ご苦労さまだこと」
「あのっ……」
女性がこの店の常連と分かったからか、ご主人さまは窓の横のドアを開け、ドア横の椅子の背もたれに粉塗れのエプロンを首から外して掛け、クッションに座っていた僕を両手で抱きかかえると、女性の目を真っ直ぐ見ながらハキハキと言った。
「さっきは、驚いてごめんなさい。私は、レベッカ・ローズ。魔女修業のために青リンゴ村から来ました。この子は、使い魔のスノウ。よろしくお願いします!」
「へえ、新米魔女だったんだ。自分の名前は、イザベラ・イバルロンド。王室騎士団女子部隊、通称『朱鷺隊』の部隊長を務めいる。警邏や捜査で市街地に出る機会も多いかもしれないが、後ろ暗いことが無いなら、委縮する必要はない」
「騎士さんなんですね。かっこいい!」
「ありがとう。そう言ってくれるのは、少数派だ」
「素性を知れば格好が良いかもしれないけど、大抵は姿を見ただけで逃げられるのよね。女子部隊なんていう女の園にいるものだから、三十三になるのに男っ気ひとつ無いし」
「余計なことを言うな。グレーテも、他人のことを言えた口ではなかろう」
「あらあら。特大のブーメランが刺さっちゃったわ」
「フフッ。お二人とも、仲が良いんですね~」
このあと、イバルロンドさまは雑談を切り上げ、颯爽とパサージュを駆け去り、ご主人さまは後ろ姿を見送った後、再びエプロンを付けて店舗内に戻った。
朝から降り続いていた雨は、いつの間にか止んでおり、夕暮れの空には微かに虹が掛かっていた。




