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第十九話「穴埋め」

 完成した回復薬を鍋から小瓶に移し替え、使った調理器具を片付けた後は、出来た小瓶を邪魔にならない場所に置いたまま、二階へ上がって他の粉薬を何包か作った。

 そうこうしているうちに、時刻は正午を回っており、ドーナツ店の客足も落ち着いたところで、ランチタイムとなった。

 庭で採れた野菜を使ったブイヨンスープや、昨夜に仕込んで今朝焼いたパンを口にしつつ、ご主人さまとゲルハルトさまは、和やかに歓談している。話題は、主にドーナツについて。


「そもそも、どうしてドーナツ屋さんを始めようと思ったんですか?」

「そうねぇ。キッカケは、幼児体験になるのかしら」

「幼児体験?」

「ゾラちゃんほどじゃないんだけど、一人娘のお従姉さん所と違って、あたしの育った家は貧乏人の子沢山で、気軽にお菓子を口に出来る家庭じゃなかったもんだから、甘い物への憧れが強くてね」

「同じスイーツでも、ケーキやパイではないんですね」

「一個一個が大きいと、どうしても値が張ってしまうから、子供たちが手を出せなくなるでしょう? 気軽に買えて、フォークもスプーンも無しにすぐ食べられるお菓子が良いだろうと考えて辿(たど)り着いたのが、たまたまドーナツだったのさ。着る物や住む所は、すぐにどうにか出来るものではないけど、せめて食べる物くらいは不足ないようにしてあげたいじゃない」

「へえ。すぐに作れるようになったんですか?」

「いいや、最初は酷かったよ。作り始めた頃は、作り方もよく知らなかったから、試行錯誤の連続でねぇ。黒焦げにしたり、(ひしゃ)げた()円になったりしたのは良い方で、古い鍋を使い続けてたせいで、調理中に鍋が()れてキッチンが油(まみ)れになったこともあるよ。あの時ばかりは、何もかも嫌になったものさ。誰でも最初から上手にできるものではないよ」

「うわぁ。火傷しなかったんですか?」

「大丈夫、大丈夫。半分は火鼠(ひねずみ)の血が流れてるから、軽い肌荒れ程度で済んだよ。さて、そろそろお店に戻らないと。レベッカちゃんたちは、ゆっくり食べてて良いからね」

「あっ、はい」


 ゲルハルトさまは話を切り上げると、食べ終わったスープ皿やサラダボウルを重ねると、シンクへ持って行って洗い(おけ)に漬けた。そして、足早に店舗スペースへと向かって行った。

 その後ろ姿を見送った後、ご主人さまは瞳を輝かせながら僕に疑問をぶつけてきた。こういう表情をする時は、たいてい僕にとって良からぬアイデアが浮かんだ場合であるということは、これまでの経験上、容易に推測できることである。だから、出来ることならば無視してしまいたいのだが、それを許さぬ主従契約が憎い。

 

「ねえねえ、スノウ」

「何でしょうか、ご主人さま。スープのお代わりなら結構ですよ?」

「私も、お腹いっぱいよ。そうじゃなくて、私にもお店のお手伝いが出来るかなぁと思うんだけど、スノウはどう思う?」

「レタスを持って来るよう言われたにもかかわらず、何の疑いもなく春キャベツを持って行くような人物に、はたして食品を扱う資格があるでしょうか」

「あれは、ママも悪いのよ。というか、そういう失敗談は、さっさと忘れてちょうだい」

「いやぁ、あの出来事は衝撃的でしたからねぇ。これと同等か、それ以上にショッキングなことが起こらない限りは、忘れられそうにありません」

「んもう。ご主人さまの出鼻を挫くのは、使い魔としてよろしくないわよ、スノウ。そこは自信を持てるように励ましてくれなくっちゃ」

「励ましと唆しのは月と(すっぽん)ですよ、ご主人さま?」

「誰が唆せと言ったのよ、この、この、この~」

「あっ、ちょっと、おやめください、ご主人さま!」


 獣毛や羽根をわしゃわしゃと逆撫()でされた挙句、首を(くすぐ)られて堪らずゴロゴロと喉を鳴らしてしまったところを、たまたま替えのタオルを取りに行こうとしていたゲルハルトさまに見られてしまい、穴があったら入りたい気持ちになってしまった。

 しかも、ご主人さまは勝手に僕も賛成しているとして、店を手伝うことを申し出てしまい、そのまま店先に出ることになってしまった。うーん、こういう強引に押し切ってしまうところは、遺伝して欲しくなかったなぁ。

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