第十七話「雨のち晴れ」
帝國王都(おうと)を統帥せし者は、純潔なる狩人の血筋を繼承する總本家の長子が優先さるるものとす
――『王室典範』第一条
三日目の朝は、生憎の空模様。二階の部屋では、屋根から滴る雨垂れが窓硝子に雫を落とし、外の景色が滲んで見えている。おそらく、王宮や教会の屋根に据え付けられたガーゴイルたちも、樋としての役目を果たしているに違いない。
知ってるかもしれないけど、間違いのないように補足しておくと、この場合のガーゴイルは魔獣そのものではなくて、それを模った石造りの像を指す。似たようなものにグロテスクがあるけど、こっちは装飾性重視で雨樋の役目は無いという違いがあるから、一緒にしないでね。グロテスクは、街中にある普通の民家にも見られるんだけど、ただ見栄えをよくするために据えられてるんじゃないんだ。まっ、その辺りは、別の役割に頼る機会があった時にでも改めて説明しよう。
そんなこんな言っているうちに、階下から上がってくるご主人さまの足音が聞こえてきた。その足取りは重い。
「ズヴォネクさまとは、よく話せましたか?」
「ええ。口では平気って言ってたけど、耳も尻尾も力なく垂れ下がってたから、ガッカリしたんじゃないかなあ。きっと、箒に乗れると思って楽しみにしてたのよ。お天気が良ければ、期待に応えてあげられたのに。ねえ、こういう時、何とかなる魔法は無いの?」
「晴らしたいのは、雨雲ですか? それとも、気分ですか?」
「どっちでもいいけど、もしも両方って言ったら?」
「二兎を追う者は一兎をも得ずと申しておきます。が、いずれにしても、ここは諦めることをオススメしますね」
「な~んだ。結局、駄目なんじゃない。幸先悪いなぁ……」
不満げに口角を下げつつ、忌々しげに曇天を見上げながら窓辺に佇むご主人さま。
傘を差したりレインコートを着たりすれば出掛けられるだろうが、急用も無いのに、わざわざ足元の悪い中へ飛び込んでいくこともなかろう。家の中に居ても、やるべきことや出来ることは沢山あるからね。
「この天気じゃ、お外へ行くのは無理ね。謎の若さま探しも延期するしかないわ」
「そうですね、ご主人さま。まあ、薬草はありますから、キッチンをお借りして、水薬や粉薬のストックでも作りましょう」
「ううん、お勉強する気分でもないんだけどな~」
「手を動かしているうちに、頭も働いてきますよ。ほらほら、早く材料を揃えてください」
ガラス瓶や器具類を踏まないように注意して机の上に乗った僕は、前足で魔導書を引っ張り、革表紙に描かれた魔法陣の中心に埋め込まれている魔法石に触れ、ページを留めているベルトを解錠する。
そして、ページの厚みから大まかに見当付け、目的の部分を開く。
「手始めに、総合回復薬を調合しましょう。まず、昨日買った薬草類の中から、ここに書いてある物を用意します」
「ねえ、スノウ。雨で沈んでいるご主人さまの気持ちを高めるのも、使い魔の役目だと思わない?」
「と言いますと?」
「魔女魔術書魔素魔術術式中って三回言って」
「どうしてですか?」
「いいから三回言ってよ」
「理由は?」
「私が聞きたいから」
理由になってない気がしないでもないながらも、僕は言われた通りにすることにした。
「魔女、魔術書、魔素、魔術、術式中。魔女、魔術書……」
「もっと早く! 続けて言って」
「魔女魔術書魔素魔術術式中、魔女魔術ソ魔素魔術術式中、魔女魔ジュチュ書魔ショ魔術術式ツウ。言いましたよ、ご主人さま。……ご主人さま?」
僕が言い終わると、ご主人さまは背中を丸めた状態でベッドの上に半身を横たえ、クッションに顔を埋めながら小さく肩を震わせている。息が出来ているか確かめようとベッドへ飛び移ると、クッションと顔の隙間から、忍び笑いのような微かな声が聞こえた。
「やっぱり、フッ、スノウは、フフッ、スノウだわ。期待を、ウフフ、裏切らない」
「その様子ですと、気分だけは晴れたようですね」
詠唱には滑舌の良さが大切なのだけど、それで早口言葉が得意かどうかは別問題だろう。まったく。人間と空飛び猫とでは口の構造が異なるのだから、苦手な発音をさせて笑わないでもらいたいものだ。
まあ、この後すぐにお勉強する気になってくれたから、結果オーライだけどさ。




