自惚れ
とてもとてお遅れました。申し訳ありません。
そこで、私は思い当たる。
いる。
ラピスラズリの瞳を持つ御令嬢。
―――氷の悪魔。
有名なご令嬢だ。
アーレン侯爵家令嬢、エリザベス・アーレン嬢。プラチナブロンドの髪と、ラピスラズリの瞳をもつ御令嬢。
顔立ちはきつめで、無口なことから人を寄せ付けず、一部では氷の悪魔と呼ばれている。
ファンクラブにも属していない唯一の常識人、と認識している。
確か運動、学問は常に上位にいる。
それで、この間のテストでは――
「ユール様ぁ!教室までご一緒いたしますわぁ!」
ファンクラブの副会長とか言う。
いつも勝手についてきているくせに。
私の許しなく勝手に創設されたクラブで、中心的に活動しているのは会長、副会長。
許可をした覚えなどないが、勝手に私の名前を呼んでいるし。
本当、何様なんだろうねぇ?
「あら、眩暈が...」
そういって私に寄りかかろうとする。
すっと避けると、そのご令嬢は倒れこむ。
香水のにおいが移るから、こういうのは本当やめてほしい。
倒れたのが痛かったのか、ご令嬢は泣きそうだ。
――仕方ないから手を差し出す。
「大丈夫かい?ああ、怪我をしてしまったね。保健室へ行こうか。歩けるかい?」
「は、はい!歩けます!お願いします!」
「で、殿下!私も足が...」
「ちょっと、ずるいわよ!あ、殿下、私、頭痛が!」
「あなたたち!ここは私に譲りなさい!会長である私に!」
ああ、面倒くさい。
今のうちに逃げるか...
ささ、と私は近くの角を曲がった。
「で、殿下がいませんわ!」
「何ですって!?ユール様!!どこでございますか!―――直ちに捜索しなさい!!」
はぁ。このままでは見つかってしまうな...
...こんなところで使うのは本当はダメなんだが...
仕方ないよな。
「あ!でん...か?」
「......どうしましたか?」
「あ、いえ...すみません。人違いでした...」
「いいえ。」
彼女は私を殿下、と認識できない。
なぜなら私は王家に伝わる術を使ったから。
本来であればこのような使いかたは...ダメなんだが...
私が使ったのは、変化の術。
この世界に魔法はない。が、王族は変化の術が使える。
今はその術を使って隠れているのだが...
今は魔道具がないためそんなに長く使えない。
まいったな...
そこで私はあまり人が来ない中庭に行ってみることにした。
中庭には、一人の女性がいた。
あれは...今朝の、氷の悪魔、アーレン侯爵家令嬢、エリザベス・アーレン嬢?
何でこんなところに...
よく見ると本を夢中に読んでいる。
面白い場面、悲しい場面、顔がころころ変わる。
――あれが、本当に氷の魔女なのか?噂が一人歩きしているだけではないか?
なんだかよく分からないが、彼女のあの顔は、なんだか......
そそる。
彼女を私のものにしたい。
あの表情を、彼女を、僕だけのものにしたい。
なんだ、この気持ち。
ああ、なんなのだ。こんなの初めてだ。
どうすれば彼女をこの腕の中にしまえる?
――外堀を埋めてしまえばいい。
彼女を怖がらせないようにするためには?
――このすがたで近づいて、警戒心を少しずつ解けばいい。
彼女をほかの者から見えないようにするためには?
―――閉じ込めてしまえばいい。
~~~~~~~~~
エリザベスはそそくさと教室へ行ってしまう。
ああ、捕まえたい。
それにしても、あれは反則だろう?
なんだ?私の髪を触って、ふわふわした表情で、サラサラ、って。
私はいったいどうしたんだ?
いつもの自分じゃない。
ああ、もう。かわいい。
それにしても、エリザベスの顔...初めてみたような感じじゃなかった。
どこかであったことがある。
でも、何処でだろう?
まぁ、調べて外を埋めていくうちに分かってくるかな?
ああ、
楽しみだ。私のエリザベス。
絶対ににがさないよ。
~~~~~~~~
憂鬱ですわ...
どうも。今日もみなさまの視線が痛い氷の悪魔こと、エリザベスでございます。
何でなのでしょう...何日経ってもみな様私への目線が止みません...
私を見て何が楽しいのでしょう...
飽きませんこと?
ってことで、今日も視線が痛い日々ですわ...
教室にはいる――のではなく、中庭に行きます。
ええと...あの...スール様とあの日以来頻繁に会っていて...あっ!その、そういう意味ではなくですね...
早く会いたいから今もこうして早歩きして...ってひゃあああ!ちちち、違います!あの!あいたいとかではなくですね!!??
ええ、と。あ、そうです!家族以外で私にこんなに話しかけてくださる方はスール様以外おりませんから、あの、い、依存?のような?
なんだかとなりにいると安心してしまって...
予鈴が鳴るたびに少し残念な気持ちに...って違います!違います!
そんな...どうしてそんな思考にいたってしまうのでしょう!?
「最近、多いですわよね。恋に落ちてしまう方たち。」
「ええ。まったくですわ。確か、別のことを考えようとしてもその方のことをいつの間にか考えている、でしたっけ?いいですわよねぇ―――」
ここおここお、恋っ!?故意!?恋!!
別のことを考えようとしてもその方のことをいつの間にか考えているですって!?
まさに今の私と同じ現象のかたがっ!?
どどど、どうしましょう?!これは、病気なのかしら!?い、医者の方に見てもらわなければならないことでしょうか!?
ええと、ええと、そ、そうだ!スール様に聞いてみましょう!
ちょうどつきました...し...
......スール様?
中庭には、スール様ともう一人、とてもおきれいな方がいらっしゃいました。
二人とも、楽しそうに談笑しています。
目の前が暗くなるのが感じられます。
先ほどまでどくんどくんと波打っていた心臓が、急に止まってしまったようです。
.........そうですわよね。
私は背を向けて走りました。淑女としてはしたないことだけれど、人がいなかったからお許しください。
見たくなかったのです。
スール様と私が話していたあの場所でスール様が私以外のかたと楽しそうに談笑している姿を。
私が浮かれすぎていました。
氷の悪魔、と呼ばれる私が、とても優しく、聡明で、麗しいスール様に、恋、のようで、ちがう、まがい物をもってはいけなかったのです。
私には情けで話しかけてくださっただけ。それに甘えて、うぬぼれていたのです。
理解するとそれはあまりにも残酷なほどにすとんと胸に落ちてきました。
自惚れだと、迷惑だとわかっているのに、それでもあなたの事を考えてしまう私は、醜いのでしょうか?
「うう...うっうう...うぁぁん...」
やがて走りつかれ、座り込んでしまった私は、その場で泣き出してしまいました。
その日は、私の最初で最後の初恋であり、失恋の日でした。