駅でのおせっかい。
久しぶりに作品を投稿します。決して他のが行き詰まっているとかではございません。
令和元年12月22日に加筆・修正を行ないました。
飯田線の始発駅である豊橋のホームに珍しく雪が積もった。
駅員たちが慣れない手つきで雪かきをしているのをキヨスクでコーヒーを買いながら見ているとその足元で白い小さな兎が跳ね回っているのが見えた。
「ここでも雪兎がでるんだ」
ぼそっと独り言を漏らしてしまった。
「150円になります」
店員のおばさんが怪訝そうな顔をして金額を告げる。
「あ、はい」
小銭を手渡して台の上の商品を受け取ろうとすると後ろのサラリーマンが横からサンドイッチを置いていた。
「ありがとうございました」
サラリーマンがぐいぐいと私を押してくるので、缶珈琲を受け取ってその場を逃げるように離れた。
「寒・・・」
どこか座れる場所で電車が来るまでの間、珈琲タイムを楽しもうと付近を見回すと、大型のベンチが目に入った。
「あ、あそこにしよう」
足早に、されど、ゆっくりと確実にと足元に注意しながら歩いていく。人もかなり多いので転倒して迷惑をかけたりするのはごめんだ。
「失礼します」
隣のキャリアウーマンに断りと入れて座る。
一瞬、キッと睨んできたが、拝み手でぺこりと頭を下げると視線を単行本へと落とした。
周りを見渡すと厚手のコートなどを羽織った会社員や女子高生、イヤホンから音楽を垂れ流しながらアプリゲームに熱中している大学生が座っている。
かくいう私も鞄からタブレット端末を取り出してニュースアプリをチェックすることにした。
一通り流し読みをするが、与党と野党が子供の喧嘩を頑張っており、それを外野のマスコミが煽り立てたり、殺人事件や強盗事件などの暗いニュースが所狭しと連なって出てくる。(また似たようなニュースばかりか)
暗いニュースばかりで明るいニュースは殆ど表示されない。
顔を上げるとcool Japanと書かれた人気俳優を使ったポスターが路線を挟んだ別のホームの看板に貼られているのが見えた。
(まぁ、あの語は間違い無い)
暗いニュースを流す事が、誰かが頑張っている事を嘲笑う事が、ニュースの醍醐味なのだ。不安を煽り、世間の繋がりを立つ。それこそ Japan Newsの本領発揮なのだ。
まとめサイトや会員制ニュースサイトも題名のみを流し読みしてタブレットの分厚い革張りの手帳型ケースを閉じた。
デジタル化は良いこと。ほとんどトイレットペーパーにしかならない紙を量産しなくて済む。
先ほど買った缶珈琲を開けると湯気に香りが乗って漂った。缶珈琲とはいえこの珈琲特有の香りは本当に良いと思う。
「こほん」
隣のキャリアウーマンが咳払いをしてこちらとチラリと横目で睨んだ。
(これも、だめ?)
たかだか、珈琲を飲もうとしているはずなのに、これもスメルハラスメントになるのだろうか・・・。
久しぶりの電車だからマナーも変わってきているのだろうか、小さい頃はお弁当を食べたり飲み物を飲んだりしたものだけど。
少し頭を下げて隣にお詫びをして珈琲に口をつける。
エスプレッソ特有の苦味がキツいところもあるが、それでも朝の美味しい珈琲であることに変わりはない。
「ふぅ」
肩の力が抜けて一息つく、。吐息が霞となって漂いながら消えていく。
「ん?」
ベンチ前でスマホを弄っている中年の太ったサラリーマンが目に入った。
(トンボ?)
少し赤みを帯びた赤とんぼのようなものが彼の右肩に止まっているのだ。真冬に赤とんぼとは珍しいと思っていると彼が顔を右に向けてくしゃみをした。
(袖で隠せよ、みっともな・・・・あれ?)
くしゃみの直撃を受けたはずの赤とんぼは何事も無かったかのように右肩から離れずにいる。普通なら直ぐに逃げてしまうはずなのに。
じっと見ているとその体が少し透けているのが分かった。
「本物じゃない・・・」
あれは冬蜻蛉だ。冬に現れて人の体温を奪うのだ。奪った体温で赤くなってゆき、そして飛び立って移動する。力を使うと透明になるので再び誰かに取り付いて体温を奪う。
あやかしの一種だ。
彼がこちらに少し眉間にシワの寄せて不快な表情を向けてきたが、私がボーッとしているように見えたのだろうか、何事もなかったかのようにホームの先頭の方へと歩いていく。
(普通はこんな朝早く、人通りの多いところには出ないはずだけど)
周りをよく見てみると冬蜻蛉が体を真っ赤にしながら数匹飛んでいる。彼らは群れることが少ないはずなのだが。
興味が湧いたので立ち上がって周囲をキョロキョロとしてみる。
(あ・・・)
先ほどまで背を向けていた線路を跨いだ反対側のホームに蜻蛉の塊があった。
(タカってる?)
ホームの一番先、広めのベンチに多分女性が座っていると思うが、その人にもっさりという言い方が正しいくらいに、いや、みる人が見ればキモチ悪いくらいに冬蜻蛉が集っていた。
(ありゃ、死ぬぞ)
いくら元気な人間でもあれだけの数に熱を奪われては凍えて死んでしまう。
座っていたベンチを離れてそちらへ向かうことにした。
見てしまった以上、流石にほったらかしにするのも気が引けたのだ。見て見ぬふりができない・・・これでいつも色々と巻き込まれるのだが性分なのだから仕方ないと諦めている。
同じ職場で大学から同期の加賀美に言わせれば、「お人好し、それだから馬鹿を見るのよ」とまた呆れながら言われてしまうだろうが、そのまま凍死されてしまうのも寝覚が悪い。
「あれだと冷えすぎだろうな」
キヨスクに寄って暖かい紅茶を買う。珈琲やミルクティーは好き嫌いがあるが、微糖の紅茶であればある程度の女性陣には、まず受けいれられるだろう。
コの字型のホームの最初の角を曲がったところで足元に冬蜻蛉がバラバラになって落ちていた。
「こら、姿を見ないと思ったら」
ふさふさの尻尾に稲穂色の毛並みをした狐がこちらを見た。
隣を通り過ぎる学生たちが、誰もいない空間に独り言っている私へ気持ち悪い物を見るかのような視線を投げかけていく。
(見えていないか)
超大型犬のセントバーナードより大分大きめな狐は、その大きな顔から舌をペロリと出して耳を下げた。これも妖である。しかし決して私の式神とかではない、使い魔でもない、暇なのでついてきている妖狐である。
『冬蜻蛉は美味しいの?』
心の中で念じて聞いてみる。心同士の会話、心話というべきものだろうか。
『戯れただけだ』
『戯れる?』
『捕まえてしまうとな、ほれ、こう、遊ばねばと思うわけでな・・・』
『野生って奴かな』
思わず苦笑してしまうとサラリーマンが先ほどの高校生と同じように横を通り過ぎた。
『ああ、いけないいけない。それより山吹色、あれ祓える?』
大狐の眉間にシワがよった。
『山吹色はやめよ、お菓子はでんぞ』
これがこの女狐の渾名である。
私は5歳の頃から訳あって祖父母宅で育った。祖父と一緒にテレビドラマの水戸黄門を
見ながら(水戸黄門ごっこもしたが)そこで子供ながらに山吹色の菓子という形で小判を覚えた。
そして山に入ることが禁忌とされる「忌み日」に間違えて山に入ってしまい、この大狐に出会ったのだった。
5歳児だった私より馬鹿でかい狐が目の前に現れた際、取り乱してやたらめったら山中を走り回った、山の神が哀れに思ってくれたのか、はたまた、気まぐれかは分からないが、運よく林道にでることができ、その道沿いにある自販機の横で疲れて寝てしまった。山の夜は冷える、特に子供ならその寒さが命取りになるが、いつの間にかふわふわとしたものに包まれて暖かく寝ていた。
翌朝、起きてみると大狐が私をまるまるとふさふさの毛で包んで寝ていた。そして怖々と毛を撫でている私に口に加えた小判を見せると自販機の方を向いてこれで何か買えとしゃべった。
それ以来、彼女は私が流通している貨幣の価値を合理的に教えることができる年齢になるまで、なぜか小判を出しては仕まうことを繰り返し、あまりにも小判がでるので山吹色と渾名をつけた。それからの10何年の付き合いである。
『あれくらいなら、軽く一捻りじゃぞ』
『食べるの?』
『食べんわ!普通に祓うだけじゃ』
『では、お願いします』
『わかったわかった』
『ありがとう』
ふさふさの大きな尻尾が揺れながら進んでいくのを後ろからついていく。
『それにしても不思議よ、この時期にでることは間違い無いがあれだけ一箇所に集まることは稀だ』
困惑した念話が聞こえる。
『やっぱりそうだよね』
『まるで蜜に群がる蜜蜂のようじゃな』
『中の花が綺麗だといいなぁ』
念話色が弾むと嫌悪した声が聞こえてきた。
『ゲスめ、そんな子に育てた覚えはないぞ』
『狐に育てられた覚えはないぞ』
振り返った狐がはぁとため息をついた。売り言葉に買い言葉である。
『なんにせよ、あのつき方は異常じゃ、祓ったのちに人形で代理を立てなばな』
念話声に警戒の色を滲ませて山吹色は顔をそれに向けた。
『呪詛の1つ?』
『わたしもそう思う。人形は持っておるか?』
『持ってるから大丈夫だよ』
右手に持っている鞄からA5ファイルを取り出す。
『ならば安心じゃ』
ベンチまでもう少しの距離にまで近づき、ファイルから白い短冊を一枚取り出した。七夕で使う短冊と同じような物である。
『さて、結界を張るね』
『そうじゃの、ゲスが不審者扱いされてるはかわいそうじゃからの』
『根にもつね』
『ひどいことを求めた罰じゃ』
クスクスと笑った山吹色はその身の毛をゆっくりと逆立て始めた。あたりに霊気が漂い始めて、近くを飛んでいた冬蜻蛉がぽとりぽとりと落ちていく。
私はというと取り出した短冊をくるくると丸めて巻物にして口に加えた。
「祓えたまえ、
清めたまえ、
切りたまえ、
落としたまえ」
短冊をくわえたまま神真言を唱えるとゆっくりと息を吐いて巻物を唇から離した。
「四つ角を封じて、
場を切り落とし、
白地の場となす」
女性のいる空間とホーム先頭から1人と1匹のいるところまでの空気が凛とする。
「山吹色、火を貸してくれる?」
『遠慮せずに使うが良い』
「四隅を照らし、
もって不浄を祓えたまえ」
言ってホーム先の左右2点と私の立っているところの同じ2点の端に目配せをした。
その隅に赤々と火の玉が灯った。
『よし、ではないくかの』
そう言って山吹色は女性へと一目散に駆け出していく。
「早いなぁ」
そう言いながら私も足を早めた。自分自身の足音が聞こえ、周りのガヤガヤとした音が一切聞こえない空間がそこに出来上がっている。このホームは今、周りからは認知されていない、見えざる地となっているのだった。
「うまくできたね」
『まだまだだ』
「はいはい」
先にベンチ横についた山吹色は遅い私に厳しい視線を向けてくる。
「大丈夫そう?」
数歩のところまで近づいてじっくりと様子を観察する。空間を切り取られ、音も隔絶された世界なのに彼女は下を向いて俯いていた。体にびっしりと冬蜻蛉をつけてだが・・・。
『心まで入り込んだようじゃなぁ』
残念そうに山吹色がいう。
「そっか・・・山吹色が祓うのは難しそうだね・・・」
「うむ、心の中まで入られておると厳しいのぉ」
心の中まで入り込んでしまうと外から祓うことは難しい。無理に祓えば心が蝕まれてしまう。祓う方法を変えることにし、紙人形を取り出すと、左手で紙人形をもち、右手を人形前で拝み手を作るとその中心部分を小指の横でトントンと叩く。
「祓えたまえ
清めたまえ
写したまえ
真似たまえ」
唱えたのちに彼女の頭の上で籠目紋を掌で描く。
「押し込み」
人形に拝み手をトンと当てて左手から離した。
『ほいさ』
山吹色が息をふうっと落ちていく人形に吹きかけると、少し大風になってホームの端へと落ち葉のように舞っていった。
それが合図になったかのようにまとわりついていた冬蜻蛉が、一斉に飛び立つと人形を追っかけてゆく。
『成功じゃの』
「うん、おねえさん、大丈夫ですか?」
「あれ・・・」
俯いていた顔が徐々に上がってきてこちらを見た。
「あれ・・・蜻蛉は・・・」
ぼおっとした彼女の口から出た言葉とともに、口から小さな冬蜻蛉2匹が飛んて出ていった。
「紙人形を作りましたのでそちらに気を取られてますよ」
「えっと、あれが見えるのですか?」
「ええ」
その言葉に少しハッと気がついた彼女だったが、とたんに物凄い震え両肩を自分の手で抱きしめた。
「さむい・・・・」
『熱を取られておるからの』
そう言いながら隣に腰掛けて山吹色はおすわりをすると、ふさふさの尻尾とふかふかの体毛で細い彼女の体を包み込んだ。
「あ、あたたかい・・・・」
震えながらその尻尾の先を掴んで両腕で胸元へと押しつけた。暖かさが伝ってくるのだろう震えが徐々に治まってゆく。私がかつてしてもらった温め方だ。
青白く俯いた顔が再び上がってきて私と視線が合う。
熱を奪われたているため顔色は悪かった。が、美人であった。髪は絹のように艶やかで、小さいながらしっかりと整った顔立ち、私より歳上なのだろうか、少し年齢を感じさせる目尻のシワがなんとも言えない可愛らしさを表していた。
「私は一鍬田陽一郎です、となりの狐は山吹色と言います。」
「山吹色ではないぞ、まぁ、名前なんぞ持ってはおらんがな」
トロンとした目をこちらに向けて彼女は肯くとしっぽを愛らしくなでた。
「ほんとうにあたたかい」
『心の底まで冷え切っておったからの』
さらに体を近づけて温めようとする。全身のふさふさの毛に埋もれて顔と足以外は見えなくなった。
「まずは温まりましょう」
先ほど買った紅茶を差し出す。細く白い綺麗な指がそれを受け取った。
「ありがとうございます…」
ところどころ肌荒れているが、細く白い指がそれを受け取る。
「キャップは空いてますよ、そのままゆっくりどうぞ」
薄紫色をした唇に飲み口が触れて、ゆっくりと一口含みとゴクリと喉を鳴らした。
「あたたかくて美味しい…」
喉を伝った紅茶が暖かさを振りまいて胃へと落ちてゆく。
そして目にしっかりと光が宿った。
「えっと…え…」
「慌てないで、大丈夫ですよ」
ゆっくりと一鍬田は返事を返して落ち着かせるように肯く。
ようやく、しっかりと意識が目覚めたのだろう。なにかを思い出したのだろう、彼女の目が泳ぎ、そののちに私をじっと見てきた。
「あの、アレが見えるのですが?」
まじまじと聞いてくる彼女に私はおもわず苦笑してしまった。
「ええ、そうでなければその隣の狐も見えませんよ」
「え…、あ、」
自分の手に握っているふさふさの尻尾をみてから横に振り向くと、意地悪く自分の顔を振りむた彼女の顔の前に山吹色は狐顔を見せて驚かせるようなことをした。
「わ!」
「ふわぁ」
大きい口を目の前で開けて山吹色はあくびをすると、にやにやとした顔で驚きの声の主を
じっくりとみた。ああ、わるいきつねだ。
「え・・・えっと・・・」
驚いて困惑している彼女に一鍬田が申し訳なさそうに声をかけた。
「それが驚かせてごめんなさい。先ほどの紹介は聞こえてないかったかな、私は一鍬田陽一郎、それは山吹色」
同じことを二回も言わんぞ、というような表情で大狐がちらっと私を見た。
「ホームで冬蜻蛉が目に止まったんです。気になって周りを見渡したら貴女が蜻蛉塗れででいたのです。あのままでは死んでしまうかもしれないと思ったので差し出がましいですが手を差し伸べました。」
「すみません・・・、名古屋から豊橋まで乗ってきたのですが、ホームで座ったとたんに体が動かなくなってしまって、だんだんと動く気力もなくなって・・・・」
あれだけ蜻蛉をつけてればそうなるわな、1人と1匹は思った。
「相談に乗りましょうか?いえ、相談にのさせてください」
「え」
「冬蜻蛉はあんなに取り憑いたりしないものなんですよ、それなのにまるで餌に群がっているように山ほど連れてましたね。」
「えっと…冬蜻蛉?」
「ええ、人の暖かさを吸い取り、自分の飛ぶ力にする虫ですよ」
言いながらホームの先を指で示した。
「あんなに・・・・」
そこには紙人形に群がる冬蜻蛉の塊が見て取れた。
「あなた匂いと波長を紙人形に乗せて飛ばしました。しばらくはあれを貴女だと思って取り憑いていますが、そのうち死んでしまいますよ。それよりもなにか心当たりがありませんか?」
「あの蜻蛉、死んでしまうんですか?」
驚きの表情でこちらを見る。
「ええ、温かさを人形では奪えないですからね。熱を絶えず吸収していなければ消えてしまうのです」
『ところでお主、なにか変なものに関わったじゃろ』
「変なものですか?」
『人間のようで人間じゃないものじゃ』
山吹色は顔を少し傾けて「教えて?」と言わんばかりの可愛らしい仕草を見せる。
ああ、あれが人を騙す悪い狐の手段なのだろうなと一鍬田はふと思った。
「それには心当たりがあります…、いえ、しっかりと覚えています」
「その話を教えてください」
しかし、こんな話をしていいものだろうか、と彼女は思った。
死ぬ直前であったらしい私をいきなり助けてくれた目の前の一鍬田陽一郎と名乗る青年。短めの髪凛々しく少し澄んだ顔つきにがっしりとした体つきで、おそらくは20代後半くらいだろう。私ももう少し若ければ全てを話してしまったかもしれない。
でも、私のようなもう40代に手の届くおばさんの話なのだ。真面目に聞いてくれるのだろうか、なによりこんな変な話をして、さらに彼の迷惑になってしまうのではないだろうかと色々なことが考えては積もっていく。
さらにさっきまでの出来事が思い返されて頭の中が混乱してゆく。
「えっと、一鍬田さん、助けていただいてありがとうございます。でも、迷惑をかけたくはありません。ここまでしてもらったのにごめんなさい。失礼します」
結果としその場からて逃げてしまった。
そういうと手荷物の鞄を持って狐からすり抜けると、ホームの階段へと冷えた体を引きずるように走っていく。
『ほれ、逃げられた』
山吹色が面白そうに笑い声を上げた。
「そうだね」
さきほど到着した電車の降車客に混じった彼女が、あっという間に等しいくらいに紛れて姿を消した。
一鍬田は呆気に取られていたが、どことなく気になってしまった。
「あのままにしておくのも・・・気がひけるなぁ・・・」
「お人好しめ」
加賀美が声を荒げて怒る姿が目に浮かんだ。
『お人好しめ』
もう1匹も声を上げた。普通ならほかっておくことだろう、とでも言いたげな声色であったが、次に聞こえてきた言葉に彼は感謝を表した。
「そこがお前のいいところじゃよ」
そう言って狐火を消して結界を祓った山吹色はホームを彼女が向かっていた方向へと歩き始めた。
読んで頂いてありがとうございます。さて、次回もお人好しです。