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ロアの島3

その日は朝から空が冴え渡っていた。まるで海の底のような、吸い込まれそうな蒼の中、森から飛び出した小鳥達が餌を求めて忙しなく行き交っている。

中央にある巨大な湖から別れた支流を魚が泳いでいるのが、たまに水面から跳ねる様子からわかる。おそらく支流の行き着く先、すなわち島の外縁では、哀れにも崖から空中に投げ出された魚を狙っている鳥がーーもしかしたらそれ以外の生物もーー待ち構えているに違いない。

風が吹くと緑の絨毯がさざ波のように揺れる。メリヤが、ローズに作ってもらった発音表記を持った手で帽子を押さえながら、木墨を、横向きに立てた即席の板に走らせる。


「ここに書いたのは、皆さんが日常でよく使うと思われる指示語です。早急に意思疎通が図れるようにとのことですが、物の名前は一気に覚えようとしても無理です。ですがこれらの言葉と動詞を覚えておけば、物の名前を忘れてしまってもなんとか身振り手振りで意思を伝えられるでしょう」


メリヤはカッカッと軽快に音を出す。


「横にあなた達の国の発音を書いていきます。覚えてください。覚えたら、次はどのような状況で使用するか、実例をあげて説明していきます。ここまでで質問はあるでしょうか?」

「………」

「………」


誰も口を開かなかった。目を合わせないように俯いている者もいる。ボットンとパドル、ローズである。アンマンパンとまたうるマンは理解している風に堂々としている。

どこか郷愁を誘う風景だ。今は誰も気にもとめていないようだが、ロアにはわかっていた。二十年、三十年と経ったのち、各々の道を歩みバラバラになった彼等はふとした瞬間、この時のことを思い出す。そしてこう口にするのだ。


ーーあの頃、僕等は輝いていた


ロアは手を挙げた。


「はい、先生」

「ロアさんどうぞ」

「それは人にも使えるのだろうか」

「いいところに目をつけましたね」


メリヤが頷くと、さらさらとした銀に輝く髪が頰にかかる。それを耳の後ろにかきあげて、


「もちろん使えます。しかし身分の高い人ほど失礼だと考える傾向にあるようです。ちなみに人を指す時のみ使用する指示語もありますが、これも物に使えます」

「つまり、あまり気にする必要はないと?」

「いえ、気にしたほうがいいでしょう。もしあなた方が一生土を耕して生きていくなら気にする必要はないかもしれません。しかしあなた方は竜騎士です。それも強力な。それによる栄達を望むなら、言葉や所作に気をつけるにしくはありません。というのも、私達の国の大半は上流階級に似たような教育を施します。無学は馬鹿にされてしまうし、そのことがいらぬ諍いの元になることもあるかもしれません。もっともーー」


そこでメリヤは皆の顔を見渡し、


「それに関しては、あなた方は、あなた方同士で集まれば集まるほど、異国の人間に見られるでしょうから、グループで行動している内は大丈夫かもしれませんね」

「質問がある」

「はい。アンマンパンさん」

「何故似たような教育を施すのだろう? それにこれは文字には関係ないのだが、俺達が面倒ごとに巻き込まれない一番いい身分はなんだろう? 正直にまったく言葉の通じない、空を飛ばなければ辿り着けない異国出身だと言っても平気なのだろうか? この大陸にそんな場所はない。嘘をつくな、と詐欺師呼ばわりされたりするのは困る」

「それは……」


メリヤは困ったように視線を彷徨わせた。それがロアのところでピタリと止まる。


「地理に変更しても構わないぞ」

「わかりました。ではこの板を」


地面に胡座をかいていたロアは立ち上がると、食堂の長テーブルを解体して作った大きな板書用の板を用意した。


「では私にわかる範囲で書いていきます」


メリヤはそう言うと大雑把に地形を書いていく。そうしながらまた困った視線をロアとアンマンパンに向けた。


「放っておけ」


ロアはつれない返事だが、アンマンパンはボットンとパドルの腕を突いて覚醒を促す。

二人が顔をあげると、集中を取り戻していたローズ含め全員の注目を浴びたメリヤは続きを再開する。


「ここが私の祖国です。右隣にある大きな国がトゥーゲン帝国。左にある大きな国がディグラナ皇国です。この三国はほぼ横並びで、西にはバミリス大連峰が、北にはノーマンズ大山脈があります。この二つの境は皇国の北西に当たりますが、そこには死の大地溝と呼ばれる日の当たらない瘴気の満ちる土地が走っており、未だそこを踏破したという記録はありません。ただこの溝は山々の北西の土地に続いているのではないかと研究者達は言っているようです。そして、北の山脈の向こう側はノーステリアと呼ばれています。ここに住んでいる人々は身体がとても大きく、丈夫らしいです」

「らしい、と言うのは? 交流していないのかい?」


アンマンパンはこういうのが好きなのか、瞳が輝いている。


「はい。五百年ちょっと前に、山を越えて攻め込んできたという記録が残ってます。この北の人々は、環境のあまりの過酷さに、食糧難にはお互いに戦争をして相手を食べていたそうです。しかしある時彼等の中から偉大な指導者が現れ、全ての部族を一つにまとめてしまいました。その結果、飢えた彼等の矛先が南へと向かい、竜すら越えることの出来ない山々を越えてやってきたそうです」


メリヤは山脈から線を祖国に引いた。


「彼等は帝国よりである王国の東側へ侵入しました。その数は十万を越えるくらいだったとありますが、一人一人が魔物ような強さであり、戦いは楽ではなかったようです。一説には、山を下りてきた彼等は十万だったが、出発時にはその二倍以上いたらしい、と書いてある本もあります。そして、戦いに敗れた彼等は散り散りになり、何十年経っても山脈の南で目撃され続けたため、実は山の麓には逃げ出した彼等の隠れ里があり、今もまだ森の中をうろついているのだ、と信じている人もいます」

「……マジかよ。もしかしてそいつらオーガとかトロールって名前じゃないのか」


ボットンが不安そうに言う。


「いえ、違いますが……。それで、元々王国は三国の中で一番大きかったのですが、この時の戦いで力を落とし、援軍として送り込まれた皇国と帝国に左右の土地を奪われてしまいました。そして帝国が、被害の少なかった皇国に戦費の要求をしたことがこの両国の争いの発端になったと言われています。それまでは仲は悪くありませんでした」

「仲が悪くなかったから教育が似てるのかい?」

「いえ。三国と南方諸国の一部は、昔は一つの大きな国だったのです。そしてその国も、もっと昔はさらに大きな国の西部分だったと言われています。二千年は前のことです。私の祖国は、その西部分のみで作られた新たな国の中心地で、皇国と帝国はそこから派生しました。今から八百年前に、暗愚王ヒュジカイが己の三人の息子に国を分け与えたのです。正統な後継である長男にはそのまま王国を。次男には今の帝国の場所を。そして三男には今の皇国の場所を。初めは王国を宗主国とした形でやっていけていましたが、先ほど述べた通り北からの侵入者が全てを変えてしまいました」

「その一つだった時の教育を変わらず今も? そもそも東部分の国は?」

「はい。しかし建前としては国々が教育の理想としているのはさらに昔の国のほうです。一つの国だった理由づけとして、各地にある遺跡の様式が同じだというのがありますが、それが帝国の東にあるタングース大荒地のさらに東、渇きの砂漠と呼ばれる場所にもあると言われています。それがあまりにも巨大なため、研究者達はそこに首都があったのだと考えているのです。砂漠化によって巨大な国が分断されたと」

「あると言われているっていうのは? 確認できてるんだろ?」

「それは、約五百年前の文献にそう書いてあるからです。発見したのは各国が共同で発足させた冒険隊で、公式的には、歴史上彼等しか辿り着いていない筈です。砂漠の東側にも国があるというのは、一応渡ってきた人々がいて、彼等の話からそう言われています。しかしそれは千年以上前で、いったい何故、どうやって渡ったのかも不明なため、今ではお伽話のようにしか思われていません」

「あの飛行船があるのにか?」


と、ロアが口を出した。


「あの船はいつからあるんだ? 最近ではないんだろう? ならば砂漠くらい横断していてもおかしくはないが」

「実はそのことを私の父も危惧していました」


家族のことを思い出したか、眉を曇らせながら、


「あの船を帝国が運用し始めたのはここ数十年の筈です。そして帝国はもうずっと長いこと東への道を封鎖しているのです。父は、帝国が遺跡を発掘し、独占しているのではないかと疑っているようでした」

「下からまわって行けねーの? その地図を見る限り帝国じゃない国からも行けるみたいだが」


パドルが帝国の下辺りを指差して言った。


「この辺りはタングース大高地と呼ばれています」


メリヤは大荒地や砂漠の南側に指を動かす。


「支配を受け付けない遊牧民が住んでおり、補給を続けるにはかなりの兵が必要になると思われています。またここの西側の国は小国ですのでそれを独自に行う力はありません。もし他の国々が兵力をそこへ集めたら、帝国は黙っていないでしょう」


メリヤはさらに南を指し示し、


「そのタングース大高地の南はンドスの断崖。その下は海です。その海をずうっと東に行くと、大断層があります。人々は竜の怒りと呼んでいますが。底が全く見えないところへ、左右から海の水が流れ込んでいるそうです。そしてこの大断層がある場所が、実は渇きの砂漠にある遺跡の真南にあたる、と主張する人々がいます。これ程の規模の地形異常が全くの関係なしに比較的近い二箇所で起きるとは考えづらく、どちらかは余波ではないかと主張する人々です。彼等は大断層まで海路を行き、そこからンドスの断崖を上がって北上すれば迷うことなく遺跡へ行けると唱えてまわり、船と人を集めて出発しました。もう二百年以上前のことです」

「それで、そいつらはどうなったの?」


ごくり、と喉を鳴らしてローズ。

もはやメリヤの話に居眠りをかますプレイヤーはいなかった。彼等は親に絵本を読んでもらう子供のように耳を澄ましている。


「彼等は何十隻もの船で出発しました。生きて戻ってきた乗組員によると、彼等の船の大半は、流れ落ちる海水の勢いに逆らえず、大断層の底へ落ちていったそうです。もっとも後ろにいた船の数隻のみが難を逃れました」

「……まぁ当然よね」

「海の水がなくならないのはなんでだ? というか、どう考えてもおかしいだろう。海がずっと割れているなどありえない」


またうるマンの納得できない、といった言葉に、メリヤが苦笑いする。


「そう考える人々もまたいます。彼等は落ちた海水はどこか遠くで戻っているに違いないと言います。大断層に飲まれた人々もまたそこにいる筈だと。もちろん大断層に落ちて戻ってきた人はいません」

「……なんか俺、この世界でやってく自信がなくなったわ」


ボットンが呆然としてそう口にする。


「ゲームの中よりひでーじゃん」

「心配するな、ボットン」


ロアは彼を安心させるように微笑んだ。


「お前の名前よりマシだ」

「お前が一番ひでーよ!」

「でも今ならいけるんじゃねーのか?」


パドルが気楽そうに言う。


「島を動かしてひとっ飛びだわ。しかも超快適」


あ、となったメリヤが嬉しそうに口を開けるが、自分の置かれた立場を思い出したのか、次の瞬間には辛そうに肩を落とす。

それをロアはバッサリ切って落とす。


「そんなものは現地の人間にやらせておけ。今の状況では現実的ではない。放っておけば帝国の奴等がやるだろう」

「でもよ、気にならないか? 遺跡はともかく大断層とか死の大地溝とか。誰も中に行って戻ったヤツいないんだぜ」


ロアはパドルに冷たい視線を浴びせた。


「パドルよ。そんなに割れ目が気になるならメリヤかローズに頼んだらどうだ」

「なっ……⁉︎」

「ちょっ⁉︎ なんで俺なんだよ! ここはロアを責める流れだろ!」


ローズに蔑んだ瞳を向けられたパドルが手を振って否定する。


「そんなことより続きだ。南の国がまだだろう。あまり待たせるとアンマンパンの顔にカビが生えるぞ」


ロアは顔を赤くしているメリヤに続きを促した。


「は、はひ。つ、次は三国の南にある小国家群ですね。ここにはたくさんの国があります。庶民の方達にこの地方の地図を見せても理解できる人は多くありません」


メリヤは左手から順に、


「マニテ連合国。その下のタバマ公国。公国は、元は連合国に参加した国の一地方でしたが、ディグラナ皇国に対抗するため周辺の国家が連合を組もうとしたどさくさに独立しました。これは皇国の謀略ではないかと言われていますが、もう百年も前のことです。そしてその東側にトリエンヌ連都、さらに東にはヌル内海を囲むように、北にダイランド、東にザンディカ、南にエルファン森国です。先ほど言ったタングース大高地に接する小国というのはザンディカになります。そしてそれらの南は海ですが、そこはシリンヤ海洋国を形成する島々があります。その南はずっと海が続きます。誰も果てに行き着いたことはありません。海を南に行けば行くほど生き物が巨大化し、噂では背中に人が住んでいる生物もいるそうです。彼等はその巨大な生き物が他の生き物を襲った時のおこぼれで生活するかわりに、小さな生物の襲撃からその生き物を守っているとか」

「まるで小判鮫だな」


ロアが腕を組んで彼等の生活を想像していると、ぽんと肩に手を置かれた。


「ロア。NPCがやってくるぞ」


ボットンに言われ、視線を追うと、初老の倉庫管理人NPCが歩いてくるのがわかった。背後には禿げ山が見える。


「ご主人様、昼食の用意ができた、とヘラクレスが」

「もうそんな時間か。すぐに行くと伝えてくれ」

「かしこまりました」


エリザベスが去るとロアはメリヤの書いた地図に近づいた。アンマンパンが隣に並ぶ。


「生活が落ち着いたら、他のギルドメンバーを捜そうと思うんだが」


ロア達は午前を頭の勉強に、午後からをそれ以外に充てることを前日に決めていた。


「きているのは確かなのか?」

「ああ。少なくとも二人はあの時インしていた」


ロアもアンマンパンも、自分は特別だからここへ来た、と信じるほど子供ではなかった。大勢のうちの一人としてこの世界へきたと考えていたし、他のプレイヤーも当然きていると考えている。なにより、他のプレイヤーがいると仮定していなかった場合と、いないと仮定していた場合では、負うリスクに天と地ほども差があるので、これには議論の余地はない。


「誰だ?」

「ちりめんザコとスポンジボムだ」

「アテはあるのか?」

「いるとしたら『竜の巣』の島だろう。見つけることができたら協力を打診してみるよ」

「そうか」

「……まともにやったら生き残るのは向こうだぞ」

「正直な話、ぶつかると思うか?」


ロアは首を傾げて訊いた。


「プレイヤーが百人単位で来てるなら、間違いなくやり合うところは出るだろう。だが俺達がそれに巻き込まれるかは、はっきりいって五分五分だ。俺のギルドはどこかに肩入れしたりはしていなかったし、お前は引き篭もっていたからな。プレイヤーが物資を求めるというお前の考えには俺も同意するが、対価が己の命なら足踏みする奴もいる。こればかりは人間が相手だからな。一概には断定できないさ」

「しかしこのままいてもいざという時は戦いにもならない、か。勝つには奇襲で頭を潰すのが一番だが……」


確実なのは相手が敵対の意志を見せる前に仕掛けてしまうことである。だがそれは脅威になりうる相手を無差別に攻撃するということだ。一つ間違えれば周り全てが敵になるだろう。

せっかく面白い状況になったのだ、早々にリタイヤするのはロアも望むところではない。


「皆、考えることは同じだろうな」

「アンマンパンさん、先ほどの質問の答えなのですが……」


タイミングを見計らっていたメリヤが律儀に、


「誰も知らないほど遠くからきたと説明するのはあまりよくないかもしれません。相手が信じても信じなくてもいい結果には結びつかないでしょう」


アンマンパンは真面目くさった顔で頷く。


「ですので、シリンヤ海洋国のある南の海、そのどこかにある秘された島から竜でやってきた、と言うのが一番いいかと思います。あそこにはまだ人が足を踏み入れていない場所が多くある、というのは船乗りなら誰でも信じていることです」

「なるほどね。わかった。そうするよ。皆にもそう伝えておく。ロアもいいか?」

「ああ」


しかしメリヤは心配そうに眉を曇らせて続きを話し始めた。


「一つだけ気をつけて欲しいのは、決してノーマンズ山脈の北からきたと思われてはいけない、ということです。例え相手が冗談でそう話しかけてきても肯定しないでください」

「さっき説明したノーステリアの人達かい?」

「はい。好事家の中には彼等に懸賞金をかけている者もいます。うっかり誰かに聞かれ、朝起きたら檻の中だった、などという事態もありえるかもしれません」

「ふーん。ーーでもそれはロアか、もしかしたらボットンくらいじゃない? 用心がいるのは。俺やまたうるマンくらいならそこそこいるだろう?」

「そうですが、先ほど言ったグループで行動すれば異国出身だと思われやすい、といった面にも都合の良い部分と悪い部分があります。当たり前ですが人には個人差がありますので、ロアさんと一緒に行動することで、アンマンパンさん達がたまたま高いのではなく、逆にたまたま低いのだと見られる可能性はあります」

「まぁプレイヤーが周知されればそれも変わるかもしれないが……。それまでは気をつけるか」

「……ところで、皆さんは本当に別の世界から?」


納得した様子のアンマンパンに、メリヤがおそるおそる訊く。


「……誰からそれを?」

「パドルさんやローズさんですが……」

「あー……」

「そんなのはどうでもいいだろう」


天を仰いだアンマンパンと違いロアは言葉通りどうでもよさそうに、


「重要なのはお前達の知らない場所からきたという事実だけだ。砂漠の東から飛んできてようが断層の下から湧いて出てようがどうせ確かめようがないのだから。それよりもこの南の国々についてもっと聞きたい。食事をしながらでも構わないから説明してくれ」

「あ、はい。わかりました」


メリヤが返事をしてからも、ロアはじっと地図を睨んでいた。そこに己の望む答えを見出そうとするかのように。






午後からは身体機能を確かめることにした。男達は皆下半身の着衣のみの姿になり、湖の周囲を出せる限りの速さで駆けるのだ。

偶然自らのものとなった理想ともいえる肉体で、ひとしきりポージングを楽しんだ後、奇声を発して走り始める男達。

しかし、しめ縄のような筋肉が汗で光る頃には微妙な顔となって、一人また一人と足を止めてしまう。

立ち止まった彼等は顔を見合わせるが、同じ戸惑いを感じているのは明らかだった。


「これは意味がないな」


アンマンパンの発言を一斉に肯定する。

限界がわかるのだった。自分の中にある持久力が、まるで数値が減るように減っていくのがわかる。出せる速さには個人差があった。動悸も激しくなるし、息切れもする。息を止めればあっという間に持久力は減る。だがこれがなくなるまでは全力を出せるという確信があった。

ゲーム時代の数値はしっかりと生きていたのだ。ならば生命力の値もそうに違いない。問題はどうやった発揮のされ方をするかだった。

単純に考えれば死ににくい、というのがありえる。

仮に生命値がこの世界の住人の二倍だったとして、死への条件は変わらないがそこへ至る道が二倍長かったり険しかったりする、ということだろうか。人間は、まだ生きてるのか、というしぶとさを見せることもあれば、こんなことくらいで、とあっさり死ぬこともある。それら全ての過程に対し、強い耐性があればどうだろう。

病気になり難く、傷がつきにくく、出血に強い。痛みにもそうかもしれない。

ロアの脳裏に、元の世界の番組で観た、内臓を腹から垂らしながら走って逃げ続ける野生動物の姿が浮かぶ。あれは生命力が強いと言えるだろう。人間には真似できない芸当だ。人間はちょっとしたことですぐにショック死する。

ロアは腕の皮膚を摘んで引っ張ってみる。これも実はとても耐久性が高いのかもしれない。プレイヤー同士ではわからないだけで。


「ロア。時間が空いてしまったがどうする? 他の島の偵察、スキルの考察、物資の調達などをやるか?」

「そうだな……」


アンマンパンの問いに少し考えてから、


「実はドラゴンに頼らずに森で獲物を仕留めて調理する訓練もやりたいと思っている。捌き方はヘラクレスに教わるが」

「そりゃいい考えだ。でも全部いっぺんにやるのは無理だぞ」

「わかっている。そこでだ。島の偵察とスキルの考察は一緒にして、毎日短時間ローテーションを組んで行おう。一日長時間やるより警戒の意味も含めて毎日行ったほうがいいだろう。必ずその場所にあると決まっている物を探すわけではないし、人手も足りないから妥協する」

「じゃあまずは物資にするか。皆きちんとしたベッドで寝たいだろう。さすがにまともな服もないのはきついし」

「うむ」


ロアもあからさまにほっとした顔をした。実はアンマンパン達の服は倉庫にあったいらない装備を解体して得られた布や皮なのである。なにしろ家財といえるものを持っているのはロアだけで、それ以外は皆着の身着のままだったのだ。幸いだったのは一着の面積が極めて大きく、最低限の数で済んだことだが、それもこのままの生活が続けばだんだん破壊される装備の数は増えていくだろう。


「下で調達するのか? 金はどうする?」


腰巻き姿の、石器時代のような格好のアンマンパンが訊いてくる。


「金ならある。ゲーム時代のゴールドだ。パドルのスキルで溶かしたらエドのスキルで粒金にしよう」

「どう面子をわける?」

「現地人であるメリヤは当然として、ローズも連れていく。女一人ではなにかと不便だ。男は二、三でわけよう」

「なら逆転野郎三人で残るか。連携を取りやすいし、使う金はロアの金だからな」

「いいのか?」

「いいさ。死ななきゃ降りる機会はこれからもある。あと、ここでの暮らしが長丁場になるようだと使用人を雇ったほうがいいと思うぞ。あの料理人だけじゃ素材の調達までは無理だろう。倉庫管理人をハウスキーパーにして、三人の下に人をつけたほうがいい」

「しかし食料がな……」

「まともな飯を食いたかったら畑を作るしかない。それか定期的に下に買いにいくかだが、それはリスキーな選択だ」


森で獲物を捕まえ、果実や木の根をかじる生活を王女に強いるのは限界がある。アンマンパンは渋るロアに、


「なにも森を切り拓けと言ってるんじゃない。洞窟の側の平地に少しスペースを取ればいいだけだ。メリヤのこともあるし、何もかも足りない今の段階から全部を島で完結させるのは無理がある。プレイヤーの存在が公になれば使用人なんて解雇すればいいんだし。なにより既にドラゴンはキャパオーバーだ」

「わかったわかった」


ロアは手を振って認める。


「ゴンザレスの部下と農夫、エリザベスの部下だな。ヘラクレスの手伝いはエリザベスの部下に兼任させよう」


一応後で欲しい技能を確認しておくか、と呟きながら素早く考えをまとめ、


「見られるとマズイので日暮れ前に発つ。日が沈まぬ内に場所に目星をつけ、暗くなったら降りる形だ。ドラゴンは帰し、俺達は森で夜を明かして次の日に街へ。買い物を済ませ暗くなる頃に森に戻り、迎えのドラゴンを呼ぶ。メリヤには簡単な言葉を纏めたカンペを用意させよう。あと、帰りはお前達もこい。荷物が多い。……なにか抜けはあるか?」

「そうだな……。街に着いたらまずナイフなどの護身用の武器を買った方がいいな。普段から身につけるちょっとした武器が欲しいが、お前のはどれも俺達には大き過ぎる」

「今から全員を集めて伝えるから、欲しいものをリストにしてくれ」


支流で水を浴びた後、洞窟に戻ると、ぞろぞろと入ってきた男達にローズとメリヤは目を丸くした。街に行くこととメンバーを伝えると二人は狂喜したが、ボットンとまたうるマンは涙を流さんばかりに悔しがる。

その光景に、


「なんか嫌な予感がするぜ。俺のシックスセンスが行くなと言ってやがる」


パドルはそう呟いた。

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