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ロアの島2

結局、ローズは島に残った。これは予想できたことだ。初めは出て行こうか迷う素振りを見せていたが、ロアがある情報を提示するや意見を固めた。

その情報とは言葉の問題である。帝国の人間の言葉は理解できなかったが、メリヤの言葉は理解できる。しかしメリヤは帝国人と違う言葉を喋っていたわけではないーーいや、むしろロア達とこそ違う言葉を喋っていたのだ。その事実を追求した結果、メリヤの持つ特殊な能力が明らかになった。

その能力を敢えて言葉にするなら『竜交感』だろうか。

古い国であるメリヤの祖国は、竜と共にある国だった。その初代国王は竜の気持ちを理解し、彼等と会話したという。そして長い年月を経た今でも、子孫たる王族にはその能力が発現することがあるとか。そしてそれが何故ロア達プレイヤーとの会話に使用されたのかに対し、疑問を持つ者は当の本人であるメリヤだけだった。

そういった特殊な力を持った人物は他にもいるかもしれない。だが、そうだといってメリヤに教えを請わないのは、砂漠の旅人が、目の前のオアシスを無視して別のオアシスを探すようなものだ。ロアはそのような愚か者ではない。だからこう言った。


「恩を返してくれ」


メリヤが断る筈もない。彼女は当然のように皆に言葉を教えようとした。そこへさらにロアは言葉を重ねたのだ。


「お前はなにも持っていないのだから、唯一与えられる情報を安売りすべきではない。お前には、俺以外の五人と交渉をする資格がある」


この時の俺は、まるで悪の魔法使いに対抗して主人公に助言する、善の魔法使いのようだったと、後にロアは語った。

そしてその結果、メリヤはアンマンパン、ボットン、またうるマン、パドル、ローズという五人の庇護者を得た。これは国を追われた少女にとっては僥倖というしかない。やり方さえ間違わなければ、あの飛行船団とさえわたり合えるのだ。


「そうなるとやはり問題は他のプレイヤーだ」


ロアは隣を歩くアンマンパンに言った。制御室に向かう途上である。手には丸い水晶に液体が入ったアイテムを持っている。

他にはパドルがいた。ボットンとまたうるマンは偵察で、ローズとメリヤは教材を用意している。

アーサーのドラゴンを弔った後、ロア達は手分けして物事を進めることにした。

学ぶのはこの世界の言葉なので、まずは教師役であるメリヤが理解を深める必要がある。そのために元の世界の文字と発音を彼女に教え、その後この世界の単語や発音を皆で学ぶのだ。口頭では意味が直接理解できてしまうため、書かなければいけないのであった。それには書くものが必要だ。

また、島をなるべく早く移動させなければならない。これはロアの主張だ。というのも、帝国の人間が捜索隊を派遣することは疑う余地がないからだ。彼等は自分達になにが起きたのかを調べようとするだろうし、メリヤを取り戻そうとするだろう。

ボットンとまたうるマンの派遣はその一貫である。周辺の地理がわかれば現在位置が判明する……おそらく。島を移動させる最適な方角もわかるという寸法だ。

島を安全圏に移動させた後は、自給体制を整え、言葉を覚える。これがロア達が立てた当面の目標であった。


「これはもう役には立たんな」


ロアが制御室の中央に居座る巨大な盤面染みた地図を見下ろしながら言う。周りには椅子がある。もしかしたら他のギルドではここに集まって悪巧みをしているのかもしれない。その椅子に、アンマンパンが座って、


「最後に見た時の他の島の位置は覚えてるか?」

「いつもと変わらない、ゲーム内コンテンツの周囲だ」


二人で地図上の島の位置を確認する。


「……動いてない」


アンマンパンが嫌そうに言う。ロアも同じ気持ちだった。


「どうやらこのシステムは運営の不思議パワーだったらしい」

「どういう意味だ?」

「運営の作ったゲームを楽しむためのシステムの一つだったというわけだ。ーー見ろ」


アンマンパンとパドルは島の所有者ではなかったので詳しくない。なのでロアは二人に説明しつつ、地図上の島を動かす。


「昨日までならこうすると課金アイテム使用の許可を求められていたが、それがなくなっている。おそらくそれは運営が手を入れていたからだ。課金アイテムの使用は制限が緩かったからな」

「それってお金を使わせるために?」

「うむ。他のゲームでよくある例だと、倉庫が一杯で新しいカードを引けないのに、有料ガチャのカードだけは引けるなどだ。その場合、引いたカードは郵便やメール形式で溜まることになる」


それを聞いたパドルは首を傾げて、


「じゃあどうやって島を動かすんだ?」

「たぶんあれだ」


ロアは奥を指差した。黒い長方形の、背の高い台座と、その向こう側に天井と地面から生えた木の根が絡み合った変な球がある。ゲーム時代は全く気にしなかったが、今となっては怪し過ぎた。その樹木の根が絡まり合った柱は、地図が人の住まなくなった家屋のような佇まいを見せているのとは反対に、生命の息吹を発しているように思えた。


「たぶんこの球をあの中に入れるんだろう。見た目的に。そして黒い台座が何かの操作盤か」


ロアが持ってきた課金アイテムを見せながら言うと、パドルが、


「じゃあさっそく試してみようぜ」

「いやいや、ちょっと待ってくれ。二人が帰ってきてからにしてくれよ」

「アンマンパンの言う通りだな。止め方がわかりません、気づいたら百キロ移動してましたではシャレにならない。それにどちらに移動するかも、メリヤをまじえて検討する必要がある」

「そんなの他のプレイヤーのいる方だろ。好戦的な国があるなら協力しねーと」


ロアとアンマンパンは顔を見合わせる。すると、どうぞと言わんばかりにアンマンパンが肩を竦めた。

ロアは仕方なく、


「パドル。選択肢はほぼない。地上の国と殺し合うか、地上の国の犬となって働くか、他のプレイヤーと殺し合うか、世捨て人となるかだ。他のプレイヤーがきておらず俺達しかいないなら考える必要はないが、まぁ同じ境遇にあると仮定したほうがいい」

「四つもあるじゃん……とか思ったらどれもクソみたいな選択肢だな。いくらなんでも酷すぎないか?」

「お前、いきなり他国に飛行船で押し寄せて街を焼き払う奴等が、空に浮く島を放っておくと本気で思っているのか? しかもその島は自給能力があって移動できるんだぞ。軍事利用するために確保しようとするに決まっているだろう」

「島に拘るからだろう? 地上で生きればいいじゃないか」

「ドラゴンと? なんで周りが善人だという前提で考える。戦力として組み込まれるに決まっている。それが嫌なら未開の地で生きるか、抵抗し続けるしかない」


そうなるとやはり殺し合いだ、とロア。


「地上の国と関わると血生臭い道しか残らない。そして関わらない道を選んでもやはりプレイヤーとの殺し合いになる。何故なら、島を移動させる課金アイテムが新たに入手できないからだ。他の島から奪うしかない。そして島を利用価値のない遠方に移動させ、アイテムを破棄すれば狙われなくなるが、それもまた世捨て人だ。遠すぎて話にならないからこそ地上の国々が狙わないのだから」

「でもそれらから逃れる道がないわけじゃあないよな」


アンマンパンがそう主張する。


「もし、この世界で手に入るなにかで島の移動が可能になれば、ずっと逃げ続けられる」

「だがそれが見つかるより先に、争いに巻き込まれる可能性のほうがずっと高い。その上その資源が地上にあるならそこを確保せねばならない」

「そうだな……。つまり俺達の運命はここにきた時点で半ば決まってると言える」

「俺は別に遠くでエドと暮らしても構わないと言えば構わないのだが」


ロアはそう言うと、アンマンパンは困る、という顔をした。


「まぁすぐにそうしたりはしない。何も始まってないこの状況で、いきなり後戻りできない方法は取らんよ。島で逃げるのならにっちもさっちも行かなくなってからだ」


ロアは名前表示の消えた地図の仕組みがわからないか、横や裏の境目を調べながら、


「ひとまず島の移動が叶えば帝国のことは後回しだ」

「なんでだ?」


不思議そうに訊き返すパドル。


「間に入るステップの問題だ。この世界の国々はまず俺達を発見し、情報を集め、戦力を用意しなければならない。だがプレイヤーは違う。地図上の島の位置を覚えている奴は前二つの段階を吹っ飛ばしていきなりライダーを送っても不思議ではない。それと戦力の脅威度」

「戦力?」

「そうだ。メリヤの話を聞く限り帝国の奴等の兵器は大砲だが、あれは隠れてこっそり使う類のものではない。にもかかわらず、攻められるまで隣国の王族であるメリヤが噂を耳にしたことすらなかった。つまり配備されて間もないということだ。ならそれが装備されていた船は旧式ではない。ここから帝国船の技術レベルが推測される。まぁ、飛行船自体は前からあったみたいだし、機関は元の世界とは別物のようだが」

「燃料は魔石か。船は生物の素材だっけ? ホント驚きだな」


アンマンパンが興味を持ったように言い、


「技術が進めばわからないが、現時点では敵じゃない、と?」

「大型に突っ込んで帰ってこれたのだ。元の世界で空母や巡洋艦の艦内に突入して暴れた後、無傷で飛んで帰れたと思っていればいいだろう。それに個人で俺達より強い奴がいたとしても、帝国のような奴等が幅を利かせている時点でお察しだ。どのような力を持とうが、引きこもっている以上気にすることはあるまい」


はぁーと、パドルが感心したような声をあげる。


「よくそこまで思いつくな。色々考えられる奴なのに、なんでロアはソロギルドなんてやってるんだ?」

「これくらい時間があれば誰でも考えつくさ。そして俺がソロなのは人ごみが嫌いだからだ。綺麗好きでな。よく言うだろ? 人がまるでごみのようだ、と」

「そりゃごみ違いだ」


アンマンパンが苦笑する。

ロアは記憶を頼りに地図にある島を三つ、指で順に弾き、


「この三つは竜宮城物語の三大ギルドだ。仮に俺がこれらのギルドマスターなら、仕様の変更を把握した後はすぐに周辺を偵察し、小規模拠点を襲撃する」

「何のために? ギルドは一つ一箇所だろ?」

「阿呆。そんな決まりはもう死んでいるに決まっているだろう。招待されてもいないお前達が許可無しにこの島に上陸できたんだぞ。島への進入不可システムは働いていない。平和の盾もそうだ。あれの効果は宣戦布告できなくなるというもの。今この世界ではクソを拭く紙にもならない」


もし効果説明が生物の進入不可なフィールド構築などだったら話は変わっていただろう。だがあの効果説明では、全世界の人間を洗脳しなければ発動されたとは言えない。さすがにそんなバカげた効果が発揮されるとは思えなかったし、布告などなしに攻めてしまえば終わりだ。あのアイテムは布告しなければ戦争できないゲームならではのアイテムだったのだ。


「大手が持っている島はヤバい大きさだからな。目立つからあれは維持に苦労するだろう」


アンマンパンは雇われた際に寄ったことがあるのだろう。まるで見てきたように言う。


「あれは動かすのに大量の課金アイテムを必要とする。だから俺なら小型の島を奪い、ギルドの幹部に部下をつけて与えるな。それで本拠地の警戒網を構築したり、遠方への中継点、または他国との交渉時の拠点にする。それに、そうするにはもっと大きな理由がある」


そう説明したロアはとっておきの秘密を打ち明けるように、


「実はこの世界にきてからNPCに食料が要るようになっている。そして島はドラゴンの分しか設定に入っていない。もちろん湖や森、大きいところなら山脈まであるから、食堂の備蓄がなくなってもプレイヤーみたいな少数が食っていくにはなんとかやっていけるだろう。ドラゴンにも体格差があるしな」

「おいおいそれって……」


言わんとすることに気づいたアンマンパンは絶句したようだ。

ロアはきょとんしたパドルに、


「大手の奴等は島に街を作っているんだ。しかもかなりでかいやつをな」


ロアは芋虫のような指を、三大ギルドの島から、離れた場所にある自分の島に向けて滑らせる。


「ゲーム時代は、奴等がドラゴンのための自然を潰し、街を作っても養える数ーー適員数ーーは減らなかった。だが、ゲーム内で許された矛盾がここでも許されるかな?」


自分の島と三大ギルドの島との間にかなりの距離があることを二人に示したロアは歯を見せて笑いながら、


「奴等の自給能力は既に破綻している。仮にイン人数が運良く少なく土地が余ったとしても、備蓄の概念すらあのゲームにはなかったのだ。広大な農地はすぐには用意できないし、肉で賄うのは極めて非効率的だ。俺にはわかるぞ、ギルマスどもがなにをやるかが。奴等は保身のために大手同士で協力体制を作るか、それ以外と手を組み、戦力が拮抗した三竦み状態を作るだろう。そして参加を拒否した小勢力に餓えた犬のようにがっつくに違いない。余剰生産力を求めてな」

「地上を攻めたほうがよくないか? わざわざプレイヤー同士で戦わないでよ」

「三大ギルドのマスター共はそれほど愚かではないさ。地上の土地を攻め取ることは島を鎖に繋ぐに等しい。三大ギルドが協力体制でそれをやればプレイヤー対この世界の国々との全面戦争に成りかねないし、三竦み状態でやるとそこだけ弱体化する。ここはゲームではないんだ。禁じ手などない。不要な島を敵の島に激突させるという手すら使える可能性が高い。どうせ誰かを敵に回さなければならないのだ。空が信用できないなら、地上との接点がない今のうちに空でやるだろう」

「なんだよ! じゃあどうすんだよ! このままここにいたら奴等に襲われるじゃねーか!」

「こちらも味方を増やす必要があるな」


ロアはアンマンパンにうむ、と頷き。


「目端の利く奴は既に移動しててもおかしくない。してなくても遅かれ早かれ動く。そいつらと接触し、協力体制を作る、というのも手だ。大手の傘下に入らずやっていきたければ」

「大手ギルドの下につくのは駄目なのか?」


パドルができればそうしたい、といった感じで訊く。


「駄目だ」

「なんで?」

「俺が人に命令されるのが嫌いだからだ」

「ああ……そうですか……」

「だが別に無理に付き合わせようとは思わない。行きたければ好きにしろ。大手のギルマスはどいつも物腰が柔らかく話のわかる奴だからな。何度か野良で組んだことがある」

「へぇー、意外だな。話を聞いてる分には嫌な奴に思えてたわ」

「不特定多数を長く纏めるには、それなりの才能がいる。基本、人はゲームでわざわざ不愉快な奴とプレイしようとは思わない。お前さえよければ紹介状を書いてもいいぞ。その時はローズも連れて行け」

「そりゃ助かるが、何故だ? 馬が合わないから?」

「紹介状に、『女を献上します。是非これであっしの加入を』と書くからだ」

「勝手に自己紹介させてんじゃねーよ! そんなの渡したら犯罪者になるだろうが!」

「冗談はさておき、ギルマスはともかくその周辺はタチが悪い奴がそこそこいる」

「マジか。あんたよりも?」

「色眼鏡を外し、純粋に行動で判断しろ。効率プレイを求めるくせに、周りを引っ張ろうとはしない。そのくせギルド幹部として下には偉そうに振る舞う。そんな奴等だ」

「あんたの眼鏡が真っ黒だろ!」

「とんでもない。よく言うだろう。『いい廃人は、ギルドマスターだけだ』」

「言わねーよ! つーかさっきまでの切れたあんたはどこにいったんだよ!」

「なんだとキサマァァッ!」


いきなり激昂したロアがパドルの胸ぐらを掴んで吠えた。パドルの足は宙に浮いている。

その光景に表情を曇らせたアンマンパンは、


「やめとけよ、ロア」

「ーーすまん。パドルが切れた俺を望んでいたようだったから、つい。……つまらなかった?」


さっきの様子が嘘のようになったロアが手を離すと、パドルはゴホゴホと咳き込みながら涙目で、


「俺、あんたがなんでソロギルドかわかった気がする」


と、呟いた。











襟のついたシャツに、綿のズボン、革のベルトとブーツ、腰に剣といった格好をしたアレクサンダーは、蹴立てるように会議室の扉を開けて入ってきたギルドメンバーの様子に、肩の荷がおりたような表情になった。座っているのはゲーム時代に購入したオブジェクトだ。世界が変わってもそれは変わらずにアレクのお尻を支え続けている。


「喜べ、アレクさん! 女王が条約を結んだ!」


女王とは、別に一国の元首のことではない。そう呼ばれているギルドマスターのことだった。


「これで多勢は決まったね」


アレクの隣に腰掛けている眼鏡の男が言う。ボサボサの髪が額にかかっていて、痩身である。黒いローブ姿だ。


「返事のきていない中規模ギルドがまだ幾つかあるが……」


水を差したのは眼鏡のさらに向こうの初老の男だった。彼は鋭く眼鏡の男を見つめ、


「きちんと返事は待つんだぞ」

「もちろんですよ。人を戦争好きみたいに言わないでください。そういうのはペインだけで十分です」

「……それで、彼女はちゃんと全部の項目を了承したんだね?」


立ったままのメンバーの顔を見たアレクが、少し声を落として訊いた。

それにメンバーはしばし口籠った後、


「いや……それが、最後の奴だけは、無理でした……」

「おいおいヌカ喜びさせんなよ。まあ俺にしては同盟なんざ結ばない方が嬉しいけどよ」


攻めるような口調で言ったのは、黒い短髪の目つきの鋭い青年だ。


「ペイン、責めるな。俺達の当初の目的には十分過ぎる内容なんだ」

「でもよぉアレク、これじゃまるで向こうが上みたいじゃねーか。気に入った項目だけ受け入れるとかよぉ」

「ハッ、これだから噛み付くことしか知らない犬は」


アレクの隣ーー青年の反対側ーーに座る女が言う。赤い髪を巻き上げ、赤いドレスを着ていた。


「面子に拘ってる時じゃないんだよ。ま、それ取ったら何も残らないあんたならしょうがないか」

「んだとコラ! 異世界にきて皺が取れたと喜んでるババアが! オメーは取り巻きのガキに尻でも振ってろよ!」

「あんたこそ、見窄らしい元の身体を捨てられてよかったじゃない」


赤いドレスの女とペインという青年が睨み合うが、他のメンバーは知らぬ顔で、


「じゃあ飲んだ項目は、島の所有権は、前の所有者にギルドエンブレムの描かれた旗を立てさせたギルドにあるという点と相互不可侵、ただし持ち主がいない場合は早い者勝ち。メンバーが揉めた際はまず話し合いの場を設けること。地上の情報収集と共有か。どう思う、イクト」


アレクは隣の眼鏡の青年に話し掛けた。


「俺も上出来だと思いますよ。とりあえず今は物資の補給が優先ですから。後々島の所有権で揉めそうな感じもしますが、今は時間がありません。まあ、問答無用で殺して回れば敵ばかりになるから、そこまで馬鹿じゃないと信じたいですが」

「同盟については? 戦う時がくると予想してるのかな」

「……今はまだなんとも言えませんね。不確かなことが多過ぎる。この先どうなるか予想もつきません。もしかした向こうもそう考えたのかもしれません」


イクトと呼ばれた青年は、眼鏡をくいっと押し上げて、


「同じ結論に達したが、とった行動は違った。よくあることです。消化の仕方は人それぞれですから」

「もしかした金獅子の答えを知り、同じように答えたかもしれんぞ」

「おいジーさん。そりゃ聞き捨てならねえ。うちに情報を漏らした奴がいるってことかよ」

「違うわ馬鹿もん。そうではなく、島の位置関係よ。金獅子と女王の島はどっちもウチよりお互いに近い位置にある。金獅子がこちらの提案を受けてすぐ足の速いドラゴンを派遣すれば可能性はあろう」

「タイミングを考えなかったのは失敗でしたね、すいませんアレク」

「いや、しょうがないよ。こんなことになって皆混乱していた。大きなギルドと戦争にならなかっただけでも善しとしないと」

「でよ、返事待ちのところが答えを出したら襲撃かけんだよな? もちろん俺だよな? な?」

「構いませんよ。数が多いので、なるべくたくさん出そうと思っていますからね」

「誰もオメーに訊いてねえ! なんで答えてんだビチグソ眼鏡が!」


イクトは呆れたような口調で、


「はぁ、アレク。彼は判明してる限りで一番遠くへ派遣しましょう。なるべく会わなくていいように」

「まあまあ」


アレクは苦笑いだ。ペインが、口ではああ言っても、実際にギルドで狩りに行くと黙々と役割をこなすタイプだとわかっていた。


「でも気をつけてくれよ。小さなギルドにも強いプレイヤーはいる。必ず複数で同時にやるんだ。ここでは当たりどころが悪ければ一撃で死ぬ可能性だってある」

「わかってるぜ。つっても、今まで散々戦争やってきた俺達だ。今更他所に負けたりしねーさ。要は当たらなきゃいいんだからよ」

「頼りにしてるよ」


アレクはイクトと視線を交わす。ペインの補佐に慎重なタイプをつけることで心の中は一致していた。


「まず非戦闘係を派遣して、降伏の受け入れを。次に未だ我等と接触のない島を探し、提案」


アレクは使者となったメンバーを除く四人の顔を見回し、まとめるように、


「その後、提案を拒否した小さめの勢力を攻略。ある程度の規模を持つ相手には手を出さないように」

「んなまどろっこしいことしないで、近い場所から順に襲おうぜ。きっと他のギルドはそうするからよ」

「これだから単細胞は。そんなやり方をしたら第四の勢力ができかねません。他ギルドが強硬姿勢を貫くなら私達はそれを利用して戦わずに勝つ。どうせなら拒否した島にもう一度降伏の使者を送り、狙われてることを仄めかすのもいいですね。もちろん言葉を濁して」

「問題にならずにやれるか?」

「たぶん大丈夫かと。なんなら私が行きますよ」

「じゃあ、そっちはイクトに任せようかな、悪いけど。俺はいざって時の即応部隊を率いて待機してるから、皆は危なくなりそうだったら遠慮なく撤退してくれよ」

「ところでよ。小さなとこが降伏拒否してやれそうだったらそのままやっていいんだよな?」

「え? うーん……別に問題はない……かな……?」

「止めときなさいよ、どうせ勝てないから」


悩むアレクを横目に、女がペインの提案をバッサリ切った。


「男の嫉妬はみっともないわよ」

「ハアアアア⁉︎ 俺がいつ誰に嫉妬したんだよ! 適当ほざくなよ、バアさん!」

「してるじゃない。あんた『岩窟王』の島を探す気なんでしょ? もう自分が百パーセントになれないからって。属性ガチャ引けなくなったもんねぇ」

「ふ、ふざけんなよ! 誰もそんなこと考えてねーよ! だいたいあんな臆病者なんざ相手にならねー! 課金アイテムでずっと引き篭もってるだけの奴じゃねーか!」

「相手にならないのはあんたよ」


女は馬鹿にするような表情を消して真顔になった。


「あんたはもう殴られても平気な顔で笑ってられないのよ。頑張って集めた装備品じゃもう身を守れないの。わかってるんでしょ? 今のあんたに殴られても、たぶんあの男は耐える。でもあんたは無理。一発で首が折れるんじゃない?」

「……ぶっ殺すぞ、ハリス」

「二人ともやめるんだ!」


いよいよ雰囲気が険悪になったところで、アレクが大声で制止した。そしてハリスに向かって、


「少し言い過ぎだぞ、ハリス。ペインは属性を百パーセントにするのをずっと楽しみにしてたんだ。それは君も知ってるだろう?」

「そうね。でも誰かが言わなきゃいけないことよ。変な敵愾心で突っかかって殺されるかもしれないんだから。本人だけが死ぬならいいけど、そうじゃない可能性だってあるわけだし。あなたに代わって言った私に感謝して欲しいくらいだわ」

「………」


アレクは肩を落として息を吐いた。その後、顔を上げて言う。


「島を襲う時は一旦戻って報告をすること。相手はなるべく殺さずに。分離させてドラゴンを拘束系で足止めし、プレイヤーを優先的に狙うんだ。そっちを押さえればドラゴンは無力化できる。あと、軽々しく地上で狩りをしないこと。破ったら追放処分にする。それぞれ下に伝達してくれ」

「本当にプレイヤーを攻撃するのか?」


これで纏まったかな、と思われた時、初老のプレイヤーが残念そうに言った。


「そうですよ、ヘイタさん。もう何度も説明したじゃありませんか」


イクトはうんざりした様子だ。


「しかしな……。確かに地上で安易に狩りをするなと言うのは理解できる。元の世界でも持ち主のいない土地などなかったからな。だが、だからといってプレイヤーを襲ってはどちらにしろ犯罪じゃあないかね」

「私達はプレイヤーを敵にすることを許容して二つの問題を解決しようとしてます。でも元々、それと地上の人々のモラルとは別々の問題なんですよ」


既に高空からの観察で地上に人が住んでいることはわかっていた。農地が広がっているのだ。


「例え地上の人々が善良で、自分達の側の未開の地を使っていいと許しを出したとします。で、それでどうなります? 仲良く分け合うんですか? ゲームの中のコンテンツの場所取りでさえ争っていた私達が? それに私達が世話になった人々が争いごとで助けを求めてきたら? 地上の争いに干渉を? どう考えても空に資源を求めたほうが楽だ」


イクトはそこでヘイタから視線を外し、アレクに向けた。


「私は別に地上の人々が邪悪だとは言わない。たぶん善良な人々とそうでない人々がいると思う。私達が元いた世界がそうだったように。私達プレイヤーがそうであるように。そして、悪かもしれないプレイヤーに背を向けて地上に注力するのには私は賛成できない。もし『光の翼』がまごまごしている間に、他のギルドが島を全て抑えてしまったら、私達はもう他のギルドと並び立つことが不可能になってしまう」


その言葉で会議は終わった。だがイクトには言葉にしなかった台詞があった。それは、「少なくとも、我々プレイヤーが空で争っている間は、地上を攻めようとする輩は現れないだろう」というものだ。

集まっていたメンバーがそれぞれ散るなか、ハリスがアレクに近づく。


「それで、どうするの?」

「……どう、とは?」

「『岩窟王』の件よ。見つけたら誘うの? ペインが荒れるわよぉ」


私はそれでもいいけど、と笑うハリス。


「提案を受け入れるならもちろん歓迎する」

「……断ったら?」

「……他と同じだ」

「ふーん」

「………」

「……本当に味方にしたいなら上手い方法を教えてあげましょうか?」

「知り合いなのか?」

「いえ、性格を知ってるだけ。というか、たぶん皆、野良で見かけたことあるわ。狭い世界だったし。ギルド名だとピンとこないだけで」

「試しに聞くだけは聞いておこう

「それはね、普通の人間なら絶対に断る条件をさらに百八十度ひっくり返して提案するのよ」

「なんだそれは? それってひっくり返って元に戻るってことか?」

「そうなるかしらね。例えを出すと、あまりにも好待遇過ぎて周り中が敵だらけになるような地位を敢えて用意するとか」

「それで本当に仲間になるのか?」

「可能性ね、可能性。ーーねぇアレク。あんた周りから光帝って呼ばれてるわよね。他にも雷オヤジとかMr.百パーセントとか金獅子とか、有名な奴は変なあだ名がついてるわ」

「自分で名乗ったわけじゃないけどね」

「あだ名なんてそんなものよ。それで、その『岩窟王』のギルドマスターにもあるの。あだ名が」


そう言うと、ハリスはくすっと笑いながら背を向けて告げた。


「そいつはね、偏屈王って呼ばれてるのよ」


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