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プロローグ3

島の断崖から流れ落ちた水が陽の光を反射してきらきらと輝いている。

十頭の騎影が白い筋状の雲を引き裂くように飛んでいた。


「もうじき接敵するぞ」


金髪の美丈夫、アンマンパンの音声チャットに、パーティを組んでいる面々がそれぞれの反応を返す。

ロアの視界の左隅には九人の名前と生存を示すアイコンが表示されている。何名かは前にも組んだことのある面子だったが、半分以上は初めて組むプレイヤーだった。レベルは皆当たり前のように二百五十五だが、それがアテにならないことをロアは知っていた。


「敵は十三人だ。ロアが三、俺が二、他の皆は一人を相手にしてくれたらいい。時間を稼いでくれたらすぐに向かうから」


アンマンパンが自信満々に断言する。ロアは正直きつそうだと思ったが、とりあえず口を挟まない。

初めて会う助っ人が顔を出して、


「あのー、ホントにぃ、最後までぇ、生きてたら三つ貰えるんですかぁ? 雫とぉ、実とぉ、幹なんだけどぉ」


ゆかり、という名前のプレイヤーだった。外見は女性だ。小柄な体格で革鎧、額にはサークレット。跨っているドラゴンは赤色で小型。

ロアは彼女の顔表示のチェックを外した。


「本当さ」


口調とは裏腹に、兜から覗くアンマンパンの口元はにこりともしていない。


「こう見えても俺達は名の知れたプレイヤーでね。一人で複数を相手にするのはよくあることなのさ。君達は始めに全力で攻撃して、後は死なないように逃げてくれていいから」


前にも組んだことのある、ボットンとまたうるマンが口を真一文字に引き結ぶ。端の方がひくひくしていた。この二人はアンマンパンがマスターを勤めるギルド《逆転野郎ビーチーク》のメンバーである。ちなみにメンバー総数は七人で残りの四人はきていない。


「死んでも一つは貰えるんですよね? 雫と実と幹なんですが。ああ、もちろん種と根も忘れないでくださいよ」


さらに別のプレイヤーが念を押してくる。中学生みたいな顔をした白髪の少年アバターだ。重鎧装備で、貼り付けたようなニヤニヤ笑いを浮かべている。

ロアは彼の顔表示のチェックを外した。

始まる前から報酬に言及する奴には大抵ロクな奴がいない、というのがロアの経験だ。自分に自信がないから報酬を信じきれない。腕のいい奴は大抵やるべきことをやってから貰うべきものを貰い、文句を言うのはその時で、気に食わないならその後二度とそいつとは組まないだけである。

正直こんな奴等にはドングリすら与えたくなかったが、今回はアンマンパンに委任していたので黙っていた。それにアンマンパンが考えもなしにこういう奴等を集めるとも思えなかったのだ。

アンマンパンは続く問答に全て耳よい答えを返した。そしてやり取りがひと段落するとグループチャットを作り、三人を招待した。


「時間がないから手短に言うぞ。ーーすまん、ロア。さすがに今回はきつかったわ。条件を緩めてもあれしか無理だった」

「一人三つは完全に足が出るんだが」

「そうだが六人なら問題ない筈だ。その場合俺はいいから、ボットンとまたうるマンに一人づつやってくれ。そのかわりーー」

「いや、俺達もその場合要らないぜ」


ボットンの言葉にまたうるマンも頷く。


「二人がそれでいいならいい。んで、あいつら六人が死んだ場合だが、余ったやつを三人で分けたい。一人四つだ」

「構わないぞ、それで勝てるなら、だが。しかし正直三人を相手にするのは骨が折れる。逃げるだけならいけるが、逆に倒すとなると隙を突かれて落とされる危険性が高い」

「それなんだが、俺に考えがある」


気分の問題だろうか、アンマンパンは声を潜めて、


「自分で入れておいて言うのもなんだが、あの六人が落とされるのは時間の問題でしかない。そこで一計を案じる。戦いが始まったらあの六人より高度をとって、各々担当の敵を相手にしている素振りを見せる。そうしながら敵があの六人にトドメを刺す瞬間に急降下でそいつ等を確実に仕留めて欲しい。そうすりゃ敵の数は四減って九。上手くいきゃ十対九だ」

「囮にするわけか」

「そう上手くいくかぁ? 四人落とせてもこっちが無傷とは限らねえだろ」

「そうかもしれないが、まともにやったらまず無理だろう。勝ちの目はそれにしかない」


ロアはアンマンパン達の会話を聞いてなるほど、と呟いた。


「ふむ……つまり、俺達で狙われたあいつ等を助けるわけだな。自分達の身を危険に晒すことになろうとも」

「ーーっ! それだっ!」


ボットンが我が意を得たり、と叫ぶ。

アンマンパンとまたうるマンも自分達が善人になれて満足そうな雰囲気を発している……ような気がする。兜で顔は見えないが。


「じゃあそれでいこう。ちょうど相手もきたことだし」


ずっと先の空に黒い影が現れていた。それはどんどん増えて、すぐ十三を数えるまでになる。全騎が正面から見て円内に収まるような配置だ。

チカチカッと光が瞬いた。


「くるぞ!」


アンマンパンが警告を出す。

味方の十騎は白や赤、黄、紫の混じった光条が四、五本ばかり突き進んでくるのを、ある者は翼を傾けて躱し、ある者は平然と横目で見、またある者はスキルを使って防いだ。


「こんな雑魚いブレスが効くかよぉっ!」


攻撃を受け止めた、赤い頭髪をしたパドルという名前のプレイヤーが歯を見せて笑う。

ロアは彼の音声表示のチェックを外した。

敵に遅れて、アンマンパンのドラゴンがブレスを吐く。濃い紫色のドラゴンだ。中々に大きく、バランスの取れた体型をしている。

サーバーで数えるほどの人数しか持っていない雷属性百パーセントのドラゴンのブレスは大気を震わせる重低音を発し、揺れながら敵に迫る。

距離による減衰分を差し引いても当たれば結構なダメージの筈だが、敵もそれほど愚かではない。

ぐんぐん距離が詰まるなか、攻撃に参加する敵味方が増えていく。

ここでアンマンパンのドラゴンが先頭に躍り出た。


「皆予定通り頼むよぉっ!」


敵集団の中央あたりに、先程の一撃とは違う、扇状にバラけたブレスを吐く。

敵は予見していたように躊躇なく散会した。


「んじゃいくとするかねぇ!」

「また会おう!」


ボットンとまたうるマンがバラけた敵の中から各々狙う相手を見定め、大きく翼で風を捉えて高度を上げつつ旋回する。敵の背後上空をとるつもりなのだ。

狙われた敵は加速して振り切ろうと羽ばたいている。

新顔六騎はすれ違いざまにブレスなりスキルを使った後は逃げに走ったようだ。後ろを取られて追い回されていた。ひねり込みなど、一発逆転のマル秘テクでもなければジリ貧だろう。

ロアは翼を畳んでひょいとエドを傾けた。

ぎりぎりを敵のドラゴンが過ぎて行く。すれ違ったドラゴンが酷く姿勢を崩して回転しながら視界から消えた。

いつもならカモ同然にトドメを刺しに行くが、今日はあと二騎いる。

ロアは緑色の風属性の強い敵ドラゴンの尻につくような経路を取り、火と土の色が強いドラゴンに背後を取らせた。敵もそれを望んでいるのでスムーズにその形になる。

機動力のあるドラゴンに飛行ペースを管理させ、火力重視のドラゴンで仕留める。よくある手だ。


「さてーー」


後ろから飛んでくる泥混じりの炎をのらりくらりと避けながら、わざと大仰にエドを傾けて下を観察する。

ずっと下の方にたくさんのドラゴンが入り乱れているのが見えた。六騎は順当に高度を失っているようだ。

このゲーム、プレイヤーもドラゴンも体格が大きければ大きいほど力が強くなる。ドラゴンは文字通り直結し、プレイヤーは筋力値に補正がかかるのだ。しかし、ならば大きいほうがいいかといえばそうではない。プレイヤーの体重は重いほどドラゴンの負担になり、ドラゴンが大きいほど死角が増える。ちなみに機動力に関しては、そこへさらに翼の身体に対する割り合い、体型による抵抗などが関係してくるため一概に大きければ遅いとは言えないが。

エドに乗っているとなかなか下が見えないのはロアの悩みの種だ。プレイヤーの中には全ドラゴンに共通する死角である尻のある斜め下から襲撃する者もいるため、太陽方面と共に最重要警戒箇所だった。


「お、おい! お前らぁ! 今すぐボクを助けるんだ!」

「ああぁぁ! もうまじ無理なんだけどぉ!」

「メーデー! メーデー! こちら初号機! 援護を! 大至急援護を!」

「助けてアンマンパーン!」


新顔達の助けを求める声がする。

ロアは皆の音声表示のチェックを外した。

空戦における高度とは、オセロの四隅のようなものだ。それをとれば必ず勝てるわけではないが、素人は取り敢えずとっておいて損はない。目先の速度を求めて高度を捨てた見本が彼等だった。


「ーーきたか」


右手に、大きく旋回しながら渦を描くように上昇しているドラゴンがいる。最初にエドのスキルの影響を受けてバランスを崩したやつだ。準備ができたのか、右横上方から突っ込んでくる。

前方で尻を見せていたドラゴンが片翼は畳み、もう片翼を全開にすることで進行方向はそのままにぐるりと向きを変えた。

背後のドラゴンがブレスの予備動作を行う。

三体のドラゴンがブレスを吐いた。


「いくぞ、エド」


ロアは竜鞍の肘掛を強く握り締め、エドに急制動をかけた。スキルを使用するために口を開く。


「『光の牢獄』」


プレイヤーの属性は相棒たるドラゴンに強い影響を受ける。エドの属性は重力だ。そして今使用したそれはLV七。LV一につきコンマ五秒、視界範囲内における最前の光景をその場に留める。

次いで背面飛行に移り、エドの頭を真下に向けた。そして今度はドラゴンのスキルを使う。


「『重力操作』」


プレイヤーと違いドラゴンのスキルにはレベルが存在しない。知能ランクや頭部の比率により威力や効率が決まった。このスキルは基本、マイナス十倍からプラス十倍の重力操作を自身を中心に半径五十メートル内のターゲットに対し行う。

エド自身をターゲッティングし、減衰なし、待機時間なしで即発動。数値は三Gだ。エドの魔力が秒間三千のペースで減り始める。フルパワーで使用したら、ステータス上限をあげていない、魔力がカンストしたドラゴンの魔力値が十秒で空っけつになる。そしてエドは生命値重視の万能型だ。

三つのブレスの余波を背中で感じながら急降下する。上では静止したエドの姿が浮いている筈だった。

凄まじい勢いで下の敵が近づく。その敵に追われているのはパドルだ。動きに余裕がない。持久力が尽きていると思われた。敵は余裕綽々でブレスを吐こうとしている。

そこへスキル使用を止め、翼でダイブブレーキをかけたエドが突っ込む。

エドの後ろ脚の爪が届く直前、敵プレイヤーが何かに気づいたように空を見上げた。

咄嗟に横倒しにしたのは敵ながら天晴れだ。横っ腹にエドの爪が食い込み、敵ドラゴンは喉を震わせる。

発射直前だったブレスの矛先をエドに向けようと頭を振るが、そうはさせじとエドが首に食らいついた。

二体のドラゴンは飛ぶことも忘れ、がっぷり組み合って空を落ちていく。暴発したブレスがあらぬ方向へ光の軌跡を描いた。


「てんめえええ!」


敵プレイヤーがベルトを外し、槍を手に乗り込んでくる様子を見せたので、ロアもベルトを外し、メイスと盾を持って待ち構える。


「このPK野郎が! ぶっ殺してやる!」


猿のように這い上がってきた敵プレイヤーが槍を突き出す。

柄に絡み合う二匹の蛇のような生き物が装飾されていた。《ウロボロス》シリーズだろう。デフォルトで付属するオプションは《再生》だ。

盾で受けたが、その瞬間時間が跳んだように敵プレイヤーの動作が槍を突き出す前に戻っている。間髪入れずに繰り出された一撃がロアの腹部に命中した。

低威力、低射程で効果の単純なスキルほど予兆を掴みにくく、クールタイムが短く設定されている。それを、反応値がカンストしたプレイヤーが使うとこうなる。


「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」


息つく暇もないほどの槍の乱舞だ。命中した箇所からエフェクトが波紋のように拡がっていく。クリティカルがたくさん出ていた。

兜の下で敵の口元が弧を形作る。

ロアの口元にもまた、笑みが浮かんでいた。

始め、物凄い勢いで減り始めたロアの生命力がある時を境にピタリと動きを止めたのだ。赤いダメージエフェクトが光球となってエドのほうに飛び、黒い身体に溶けるように消える。

何のスキルを発動したか悟った敵が自らのスキル使用を中断するのに被せるようにシールドバッシュを使用。スキルLVは一なのでスタン効果の成功率は低い。だが、システムの効果とは関係なしに、これを食らったプレイヤーは驚いて硬直する場合が多いのをロアは知っていた。

体格とカンストした筋力値、自作した武器、そして単なる威力の増加にとどまらない、メイス術のプロ監修によるメイスマスタリーLV二十の流れるような動き。

渾身の一撃が、グワワーンと寺の鐘のように敵の頭を揺らした。


「グワァッ!」


赤いものがぱっと飛び散る。

それなりのダメージは与えたろうが、特殊な体格のキャラを別にすると余程のことがない限りプレイヤーの攻撃で一撃死することはない。

反撃を警戒しつつも追撃を加えようと考えていたロアだったが、ふと敵の様子が妙なのに気づいた。

持久力を大いに消費するスキルではあったが、いくらなんでもゼロになったとは考えづらい。なのに敵はふらふらだった。兜の中から流れてくる血が首元を真っ赤に染めているうえ、唇から赤い涎が垂れて、エドの鱗を汚している。

兜に備わっている風除けのレンズが割れ、破片がきらきらと舞っている。その奥の瞳を覗き込んだロアは呆然と立ち尽くした。

ーーなにかが起こっていた。

ロアの知らないなにかだ。それがなんなのか、具体的には説明できないが、その結果として敵の兜は歪んでしまったのだ。

耳元で風が轟々と唸りをあげていた。冷たい風が鎧の隙間から入り込み、身体から熱を奪っていく。

ロアはぶるりと身体を震わせる。ふと、

ーー帰ろう、と思った。島に帰るのだ……いや、部屋に。Go homeだ。ログアウトして暖房をつけ、暖かいココアでも飲みながら、久しぶりに公式掲示板でも読もうではないか。きっと頭のネジが緩んだやつの書き込みが楽しめる筈……

陽光が、雲間を切り裂くようにして目蓋を灼き、額に掌をかざす。

眩しそうに目を細めたロアはもはや言葉もない。地平線の上の丸く輝く太陽が小麦色の大地を照らしている。ずっと先の方は白くけぶって見えないが、そこにあるのがプログラムの限界などとはとても思えなかった。風は冷たく、太陽は暖かい。

時刻を確かめようとしたロアは時計が消えているのを知った。ついでにシステムログの流れるチャット窓も、味方の名前もない。自分のステータスさえなかった。いったいいつからそうなっていたのか。あまりにも違和感がなかったため意識するまで変だとも思わなかった。

そして、視界を巨大な物体がいきなり通り過ぎる。下から上にだ。

想定外のことが連続して起きたため、ロアの心の一部が凍りついたように動きを止める。通り過ぎていった物体を追って視線が流れたが、そこに見えたものに度肝を抜かれた。


「……船?」


プロペラで飛ぶ飛行機ーー否、飛行船だ。ゲームにあんなものが登場するなど聞いたこともなかった。

心の中の冷静な部分が、高度を確認しろ、と囁く。それは竜宮城物語の中で多くの時間を費やしたロアにとっては第二の本能染みていて、一度そうと意識したならば抗うことは難しい。すぐさまいまだに暴れているエドの首筋付近から顔を出して下を見る。

次の瞬間、ロアは磁石に引き寄せられる鉄のように竜鞍に座っていた。

真下に飛行船が迫っている。それも特大のやつだ。


「エド!」


AIペットといっても過言ではないドラゴンの名を呼ぶ。

その時なにかが繋がった気がした。

エドが首をもたげた。

椅子にしがみつくロアの意思がエドに流れ込む。

エドの不思議そうな鳴き声を聞きながらロアはスキルを使用した。

『重力操作』

発現した効果はマイナス五Gだ。

使った直後、ロアは後悔する。いつもと全く違っていた。

エドのスキルは質量操作ではない。加速操作でもなかった。ゼロGにして羽ばたけば優れた上昇力を発揮できるが、内包されたエネルギーがいきなりゼロになったりはしない。

エドにできるのは対象にかかる重力の操作、つまり下方向への加速度の増加と反転だ。端的に言うならばどれだけの強さで下に落ちるか、上に落ちるかである。そして上に落ちるというのは単に上に向かって加速するのとは違った。それでは単にベクトルの違うプラスGだ。自身で加速するのではなく引っ張られる、というのが正解だった。

意識を失ってしまう前に、ロアはなんとかスキルを解除する。そして隠されていた真実を知ったのだ。

マイナスGは自分ではなく他人に使うスキルだった。

足の下から、怪獣が木製のジャングルジムを踏み潰したのを百倍にしたような音が響く。

エドから剥がれた敵のドラゴンが一足先にお邪魔したようである。これから自分もそこに向かうのだと思うとぞっとするが、衝突ダメージを回避するためには心を鬼にしなければならない。

エドにイメージを送る。翼を畳み、脚から着地する。敵のドラゴンの上にだ。

あたりに陰が差す。突入したのだ。

ロアはエドと自分にーー今度は慎重にーー重力操作のスキルを使い跳び上がった。

バンカーバスターが炸裂したような衝撃の後、乾いた木材が割れる音がする。


「………」


エドの背中に優しく降り立ったロアは周囲を見渡した。

鎧姿の兵士が倒れている。破断した通路。散乱した衣服。転がった兵士。ひっくり返った傘付きのランプ。倒れた机。血を流す兵士。散らばった剣。垂れ下がったカーペット。ぐにゃりと曲がった兵士……

敵のドラゴンは死んでいた。

ロアは不思議に思う。ダメージは相当重いだろうが、経験上、あの体格なら生きていてもおかしくはない。となるとーー

へこんだ兜をした敵プレイヤーの姿を探したが、見当たらなかった。彼はいったいどこにいってしまったのだろうか……

どちらにせよ、騎乗していたドラゴンがこうなっている以上、生きてはいまい。


「おそらくーー」


ロアは敵プレイヤーの最期に想いを馳せながら、


「飛行船に墜落したせいだろうな。他に理由が考えられない」


訊かれたらそう答えておいたほうがよさそうだ。なにより嘘とは限らないというところがいい。世の中には時に、真実を曖昧なままにしておいたほうが幸せになれる場合というのがある。


「こういう時こそ大人の対応をせねばな」


それに今はそんなことよりも島へ帰り何が起こっているか検証しなければならない。なによりーー


「セッタイルナム! ゴアシシズゲリウ! トヴィト!」

「………」


警笛の音に鐘の音。兵士達のヒステリックな叫び。しかも何をいっているのかさっぱりわからなかった。

ロアは兜の下でうんざりとした顔を作る。


「あいにく今はイベントをやっている暇はない」


穴を上に登るのは兵士達のやる気を見る限り止めておいたほうがよさそうだった。船体の弦側から出るのがいいだろう。

エドが後ろ脚を踏ん張って頭突きをすると、横の壁が一枚二枚と破れる。頭を入れて押し拡げながら進んでいると、頭にガンと衝撃がきた。

足元に矢が落ちている。誰かがロアを射たのだ。

カッと頭に血がのぼるのが自分でもわかった。目の前が怒りで真っ赤になるとはこういうことを言うのだと、他人事のように思う。

スキルを使おうと自然な動作で腕を伸ばしたが、強引に身体を回したエドがそこへ頭から突っ込んだのでお預けをくらった犬のような表情で腕を下ろす。

そこでふと気づいた。


「エド」


魔力値の表示は見えなくなったが、まだ余力があるのは感覚でわかっている。黙ってやられ続けるのも癪だし、だからといって戦いだしたらキリがないだろう。それにどうせ魔力を消費するなら早く帰れる方法に使ったほうがいい。

ロアは黙ってスキルを使う。キーワードなしでの使用をまるで当然のようにこなせた。

エドとロアのみ周囲とは隔絶した力で下方向へ引っ張られる。設定上、エドは十トンではきかない体重だ。もしこのままなら一人と一頭は脚の骨を折っていたかもしれなかったが、実際には、まるで桶の底が抜けるように船の床が抜けたのでそんなことにはならなかった。

船の端材と一緒に落下しながら、いつまで経っても消えない敵ドラゴンの死体に黙祷を捧げたロアは、もう二度とこのスキルを安易に使用することは止めようと心に誓った。


ーーしかしその誓いはあっという間に破られることとなる


「きゃあああああああ!」


空から女の子が降ってきたのだ。

兵士達もだった。

彼等は皆、手足をバタつかせながら叫んでいる。


「チェリン!」

「ヤンパチェリーン!」


ロアはにやりとした。今度は意味がわかったのだ。チェリンとは母親のことに違いない。昔から男の兵士が死ぬ時に叫ぶ言葉はママだと相場が決まっている。

すっきりしたロアはエドの身体にしがみついた兵士達を一人一人蹴り落としていく。彼等は小銭の鳴る音を口にしながらくるくると飛んでいった。


「た、助けてください!」


女の子を落とそうとしたロアはおや、と思う。言葉がわかるのだ。昔ながらのNPCなのかもしれなかった。ひょっとして、新しく実装されたNPCに誘拐されたのかも。


「お願い! 助けて!」

「いいだろう」


即答したロアは手を差し伸べた。

口にしておきながら叶えられるとは信じてなかったのか、虚をつかれたような表情のあと、嬉しそうに笑った女の子も片手を伸ばす。

二人の手が重なる直前、ロアは腕を引っ込める。


「……へ?」


口を開けっ放しにした女の子のもう片方の手がエドから滑った。風にはためくドレスがふわりと浮き上がり、少しずつ少しずつ少女はエドとロアから離れていく。

顔を真っ赤にした女の子が空中でクロールを始めると、とうとう我慢できなくなったロアはくすりと笑い、彼女にスキルを使ってやった。

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