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合流3

草原に集った、ゴフゴフと鼻を鳴らす色とりどりのドラゴン達が、ドッグランに連れてこられた犬のようにそわそわと尾を揺らしている。彼等は何かを期待するような視線を同調するプレイヤーに向けながら、いつもとは決定的に違う空気を感じ取っていた。

プレイヤーからは、ぺらぺらの容器に注がれた熱湯から発散される熱のように、戦意や期待、不安、恐怖が滲み出ている。それが結果的には自身を傷つける可能性を孕んでいると、薄っすらと察しながらも彼等に否やはない。

生きるとは戦うことである。ドラゴン達はそれをよくわかっているようだった。プレイヤー達よりもーー


「皆さん、昨夜、あのような言葉をかけていただけたことは、私メリヤ・ディナシードにとって望外の喜びでした」


プレイヤー達の前に一人立った少女の言葉は、不思議とよく通った。男達は皆、真面目くさった表情で少女を注視している。そこに怒りの色はない。昨日、彼等にかけられた魔法は効果を失っていなかった。

その魔法はメリヤがかけたものだったが、彼女自身もまたその影響を受けているのは明らかだ。酒に頼ったものだったとはいえ、名も知らない多数の人間から誓われた忠誠は、彼女を自らの生きてきた世界へと戻すのに十分な効果を発揮していた。


「ここでの生活は、王族として育てられた私にとって驚きの連続でした。ーーいえ、例えどのような身分として生まれようが、驚かない者などいないでしょう」


ロアは一番前の列に、ジェイコブやアンマンパン達と共に並び、耳を傾けていたが、メリヤの言葉にうんうんと頷く。確かに驚いたろう。アンジー達を例外として自分を王族どころか貴族とすら扱わないのだから。正直な話、プレイヤーにとってはこの世界の人間のことより、まず自分達のことだった。


「今日、私は国へ戻ろうと思います。それにあなた達を伴えるというのは、この私の胸にとてつもない安心感と期待感を抱かせますが、同時にまた不安をも与えるのです。私や王国が、そんなあなた方にきちんと報いることができるのかと」


プレイヤー達は彼女に呑まれつつある。まるでコンサート会場でアイドルを前にした一般人のようだ。彼女は胸を張り、いかにも自信有り気で、その銀の頭と白い肌は太陽の光を浴びて輝いている。そしてその花弁のような唇から紡ぎ出される言葉は、プレイヤー達に、自分達が地上では右も左もわからない迷子同然だという事実を容赦なく突きつけるのだ。


「私は、私の肩にあなた方の未来がかかっていると思うと、その責任の重さに脚からは力が抜け、辿るべき道が遠く霞みそうになります。私はただの姫でした。王女であって、女王ではありません。命を懸けて私を守ってくれる騎士はいましたし、その忠誠は私個人に向けられていた場合もあったかもしれません。ですが彼等は私の民ではなかった」


メリヤはもう手を引かれて歩く幼子ではない。それどころか、今後は逆にプレイヤーの方こそ手を引いてもらわなければならない。


「あなた方が、自らの未来を私に託すというのならば、私もまた自分に与えることのできる最高のものでそれに報いようと思います。ですが、何も持たない今の私には形あるものを与えることができない。ですので、私にできるのは約束だけです。ーーあなた方が、騎士のように私を守り、道を切り開いてくれるというのなら、私は民のようにあなた方を慈しみ、導きましょう。……あなた方の献身に、このような応えしか返せない私を傲慢だとお思いですか? 対価として全く足りないと? ーーしかし、あなた方はそれ以外の全てを持っています。信頼できる友、空に浮く領地、輝く黄金、そして力。あなた方にないのは二つ。それは家族と名誉です。もしあなた方が、いつの日か愛する者と栄光の日々を送ることを望むのなら、必ず後悔はさせないと、命を懸けてここに誓いましょう」


ぱちぱちと疎らだった拍手は、やがて皆が盛大に打ち鳴らすものに変わる。

メリヤは瞳を細めて軽く頷くと、


「ジェイコブ、前へ」


と言った。それは命令することに慣れた者特有の傲岸さと、遂行されることを露ほどにも疑わない愚かな無垢さを含んでおり、名を呼ばれたジェイコブは背すじを震わせた後、ピンと伸ばし、メリヤの眼前に進み出た。


「膝をつきなさい」


にっこり微笑んでそう言われ、大人しく従ったジェイコブを、いったい誰が笑うことができようか。メリヤを王女として担ぐ以上、プレイヤーが率先してそう扱わないのはいかにも不自然だった。


「先ほどはああ言いましたが、実は一つだけ、あなた方に渡せるものがあるのです」


アンジーが小走りにやってきてメリヤに手渡したものが、さらにジェイコブの手へと渡される。


「こ、これは……?」


不思議そうにそれを調べたジェイコブの顔が、驚きと喜びに染まった。


「……ねえ、あれって何なの?」


動じていないため、何か知っていると思われたロアに、ローズがこっそりと訊ねる。


「あれは単語帳だ」

「単語帳?」

「そうだ。生活に必要だと思われる、元の世界の言葉とこの世界の言葉が、発音表記とともに何百と書いてある。この世界にきたプレイヤーにとっては、万金を積んでも手に入れたい代物だ。大変だったのだぞ、なにしろ全部手書きだからな。ちなみに原本は俺が所持をーー」

「ちょっと! そんなものがあるなら私にも寄越しなさい!」


ローズが囁き声で怒鳴るという器用な真似をする。


「下に降りないお前は後回しに決まっているだろう。複製はアンマンパンにも渡してあるから、俺達がいない間、木版に字を彫らせて印刷しろ」



単語帳を受け取って、元の位置に戻るジェイコブにも聞こえるように言った。


「……本当に降りるんだな」


青い顔をしたジェイコブが近づいてきての開口一番がこれだった。


「怖気づいたのか?」

「……かもしれない。下で軍人と外交官両方を併せた役割なんて……。俺はな、元の世界ではーー」

「ジェイコブ。元の世界でのお前の生き様はどうでもいい。明確な敵が目の前にいないのに戦闘状態を維持しているお前には元の世界のやり方や在り方に縋る資格がない。どうしても元の世界が忘れられない、捨てられないと言うのならば、武器を全て捨て、ドラゴンを檻に入れて救助を待つんだな」


ロアは冷たく言った後、ジェイコブの目を覗き込んで、


「竜の巣のジェイコブよ。俺は何も泣きごとや愚痴を口にするなとは言わん。並び立つ友人のそれなら我慢して聞きもしよう。一緒に答えを探してやってもいい。だが今のそれは誰の泣きごとだ? ジェイコブのものではあるまい」


ジェイコブは酷くショックを受けたようだった。彼は惰性でメンバーを率いてきたところに、皆より一足早く決断を迫られたのだ。

だがこれは答えが決まっている問いだ。彼はジェイコブ以外にはなり得ない。何故なら既にそうだからだ。つまりこれは単なる通過儀礼のようなもので、大なり小なり全てのプレイヤーがいずれは通る道である。


「お前の下には二十名を超えるプレイヤーがいるだろう。俺達の主力はお前達だ。俺達の運命はお前の双肩にかかっていると言っても過言ではない」


上が日和れば死ぬのは下だ。地上での立ち位置のこともある。こればかりは後回しにしたり、優しい言葉で曖昧にしたまま終わらせることはできなかった。


「いいか、ジェイコブ。現状、俺達には力しかない。だからメリヤに提供するのもそれだ。仮に元の世界での知識を活用できたとしても、それは後の話だ。俺達はまず強固な立場を作らなければならない。そのための権威や名目はメリヤが与えてくれる。もし自信がないなら道具になれ。考えることをやめろ。そう徹すれば、お前達が誰を何人殺そうが、責任はメリヤが取ってくれるだろうさ」

「そんなことができるか……」


ジェイコブの瞳に力が戻りつつあった。彼は彼なりに、メリヤと間近に接し思うところがあったようだ。


「気後れすることはないんだ、ジェイコブ。地上にいる貴族共は、確かに領地の経営や民衆の扇動、軍隊の運用については俺達の遥か上をいくかもしれん。だが俺達にそれが必要か? 俺達は島で税を徴収することもなければ、血筋で民衆の上に君臨することもない。歩兵を率いて戦争など言うに及ばず」


周りでは竜の巣のメンバーも聞き耳を立てていた。

ロアは彼等をも意識して、


「迷った時は後ろを見ろ」


そう言うと何人かが実際に後ろを振り返った。


「残念ながら人は裏切る。それは同郷のプレイヤーも例外ではない。だが、俺達には決して裏切らない存在がついているだろう。彼等はペットではない。どうしていいかわからなくなった時に頼るのは恥ではないし、彼等自身を生き甲斐にしても笑われない。もしこの世界の王侯貴族がお前達を指差して笑った時は、背後にある彼等の存在を感じるのだ。そうすれば自分達を嘲笑った奴等の滑稽さがよくわかる筈だ」


そう話し終えたロアは、身体に染み付いたように滑らかな動作で兜を装着した。覗き窓の下から眼がせり上がってくる。

素材不明のレンズ越しに見える瞳は、最前までの、迷える子羊に説法を説く男のものではなかった。そこにあるのは冷徹に生贄の羊を選ぶ者のそれだ。神父は兜をかぶり畜産農家にジョブチェンジした。


「さあ、始めよう」

「ーーお、おおオオオオオッ!」


男達は喚き、気分を昂らせながら三々五々に散り、ドラゴンの背に飛び乗った。四種の《妖精》シリーズに身を包むのはライトプレイヤーだろうが、数は少ない。大半は勲章装備か、生産最高峰の《竜王》シリーズだ。武器はバルディッシュやハルバード、ツーハンデッドソードにボウ、スピアからデュアルウェポン、ナックルガード、チャクラム、フレイルまで武器の見本市のようである。

ある者は身を伏せるように、ある者は椅子に座るように、ある者は跨ぐように。プレイヤーを乗せたドラゴン達は一斉に翼を広げて草原を走り出し、巣から出撃する蜂のように島から飛び立った。


「まだ何かあるのか?」


ロアが一向に動く気配のないジェイコブに言うと彼は、


「……本当にこの装備のままでいいんだろうな?」

「もちろん構わない」


ロアはジェイコブの着ている《魔竜》装備を見て答えた。彼の言わんとするところは理解している。ジェイコブは、戦争時に使用できるギルドマスター専用の装備のことを言っているのだ。


「運営が用意したゲーム的過ぎるシステムは破綻した。戦争と非戦争の区別、戦場の区切り、参加メンバーの有無。これらをいったいどうやって汲み取るのだ? 地上に降りて街の住人全てに口頭でギルドに入ると言わせ、戦争時にあの装備を着たら無敵の超人になれると思うか? ーー俺はそうは思わない。悪いことは言わない。破綻したシステムに頼った性能の装備を使うのは止めておけ」

「わかったよ。まぁ、大手ギルドのことを考えたら、俺達に有利に働く仕様だよな」

「そういうことだ。ーーあと、毒消しや万能薬の類も持ったな。自分だけじゃなく周りにも持たせておけよ。毒で死んでもつまらんぞ」

「持ってきたが……本当に効くのか、これ?」

「たぶん大丈夫だ。ポーションが効くからな。ただ、治る怪我しか治らない。上手く使えば頸動脈を切られても生き延びられるが、欠損は回復できないから、毒で失明したり手足の神経が麻痺したらそれは無理だと思っていいだろう。五体が満足に動けば早々俺達は殺せない。だから油断だけはするな」

「オーケー。じゃあ下で会おう」


ジェイコブは手をあげて愛竜の元へ走った。


「では俺達も行くか」


ロアは側にいるメリー、パドル、アンジー、ボットン、またうるマンに声をかける。メリーとアンジーはメリヤの側付きだ。絶対に傍を離れないように言ってあった。メリヤも地上に降りたらそれに協力する手筈になっている。なにしろロア達には言葉の問題がある。ロア達と他の貴族とがやり取りする場合は、必ずメリヤを間に入れる必要があり、メリヤの頭越しに他の貴族とは深い話ができないため、裏切る心配がほぼないのだ。

メリヤはエドの側に立って待っていた。下まではロアが連れていく。

エドが頭を近づけてきたので、眼の周囲を擦ってやる。鼻孔から、生温かく湿った呼気が勢いよく吹き出した。

角のように尖っている巨大化した鱗を持った、ロアよりも一回り大きい頭部の重みが、肩にズシリと乗ってくる。黄色い眼球は磁石が吸い寄せられるようにロアの方に寄った。


「よーし……いい子だ」


首を抱えるようにして寄り添い、目を閉じる。

そこにあるのは、理屈を必要としない無私の献身だった。母に身を任せたような安心感と、父の元にあるような万能感。それを越える繋がりだ。

だがこれは一方的に享受していいものではなかった。


「……すぐに綺麗にしてやるからな」


呟かれた声を、拾った者はいない。










眼下を凄い速さで流れていく木々の隙間を、一人と一頭は鼠一匹見逃さぬと、目を凝らし、耳を澄ませ、鼻を鳴らして探っている。

赤い色のドラゴンの背にいるのは、同色の装備に身を包んだ男である。竜鞍から身を離し、ハーネスを握り締めて、今にも落下しそうな態勢で下を覗き込んでいる。

そんな男の頭の中に木霊するのは、同郷の者達の笑い声だ。


「ーーちっ。……あのガキ、いったいどこに逃げやがった」


一瞬の隙をついて逃げ出した、裸同然の少女の姿を思い出しながら吐き捨てる。

男が地上で活動するプレイヤー達の噂を聞き、島を抜け出して合流したのは二日前であった。誰も明確に口にはしないが、島同士、そして島内の間に構築された緩やかな上下関係に嫌気がさした者は少なくない。そしてそんな者達の中で囁かれる噂。


ーー曰く、地上で国を作り、王になった奴がいる。

ーー曰く、あれは賊だ。蝗害のように村々を荒らし回り、略奪の限りを尽くしている。

ーー曰く、彼等は勇敢な戦士だ。他のプレイヤーのために情報を集めている。


どの噂にも共通しているのは、下に降りたプレイヤーが一定数いるということだった。嫌気がさして島から出て行った者。最初から受け入れられなかった者。元より島で暮らす気がない者。そういった者達が下で力を合わせている。

その真偽を見極めんとしつこく噂の出所を追う男に、ある時一人のプレイヤーが接触を持った。

彼は幾つかの質問を慎重に重ねた後、こう言った。


「かつての自分とサヨナラする覚悟があるか?」


驚くべきことに、この世界に来てまだ何十日と経っていないのに、もう島の垣根を越えたアンダーグラウンドが存在していたのだ。島のプレイヤーは地上のプレイヤーの存在を隠し、情報を流し、必要とあらば物資も渡した。時には戦力もーー

そして、それと引き換えに酒や女を貰うのである。

既に島ぐるみで協力しているところもあり、鬱憤の溜まったプレイヤー達はそこで、囚人のように監禁されている女を味わう。

裏切り防止のためもあり、男もまたそれを経験する。そして地上での調達役に志願したのだった。

地上でプレイヤー達と合流した男は、そこで昔の姿を取り戻した人間達に出会う。彼等は皆、陽気で冷酷、仲間には朗らかに笑い、獲物には容赦がなかった。地上において、自分達以外の誰とも会話ができない孤立した集団という意識がそうさせていた。

男性と老人がいなくなった村で、一仕事終えた後のお楽しみの最中に女が逃げ出した時も、彼等は責めなかった。ただ笑ってこう言ったのだ。


「心が折れない女は長く楽しめるぞ。早く捕まえてこい」

「そうそう。それに、よく喋る奴を相手にしたほうが早く言葉を覚えられるからな」

「命乞いなら俺達に任しとけってか」


仲間の笑い声を背に、男はドラゴンに飛び乗り、今に至る。


「……さすがにここまでは来てないだろう」


男はゆっくりと緑色をした森の上空を旋回、進路を反転させた。当たり前だが森は人里とは反対方向である。これは街道方面に逃げれば空からすぐ見つかってしまうのでおかしくはないが、そのせいで逃げた少女は進めば進むほど死へと近づく。頭がまともに働くのなら、ひとまずは森の浅い箇所でやり過ごし、夜になったら街道方面へ移動する筈だ。


「くそっ! こんなの見つけられるわけねぇ!」


男は手に残る少女の肌の柔らかさ、雌鹿のように躍動する手足を思い浮かべ、股間を硬くしながら苛々と兜を脱ぐ。そして地面に叩きつけようとして、ここがどこだか思い出し、辛うじて手を止めた。

日はとっくに中天を過ぎ、世界は今か今かと闇を待ち望んでいる。街灯のないこの世界は、夜になれば文字通り一寸先は闇と化す。それが男の焦燥にますます拍車をかける。


「ーーおい! お前なら見つけられる筈だ! 音でも匂いでもいいからさっさと手掛かりを発見しろ!」


赤茶けた色の背中を蹴りつけ、ドラゴンに怒鳴る。

途方に暮れたような鳴き声が、男のささくれ立った気分を逆撫でした。


「いいか、よく聞けこのトカゲ野郎! 日が落ちるまでに見つからなかったらーー」


その時、いきなりドラゴンが首をもたげて上空に顔を向けた。

目を丸くした男は言葉を切って視線を追う。


「ーーは?」


ギラつく装甲に覆われた巨大な鉤爪が真上から迫ってくる。

それが、男が人生の最後に見た光景だった。









イクトがアレクサンダーを見つけたのは、宮殿の中庭だった。彼は上半身裸で、鎧を着せた木人形相手に剣を振っており、玉になった汗がここにいた時間を物語っている。

アレクサンダーは握りの長い長剣を両手で握っていて、彼だけに見える頭の中の剣撃から時に身を逸らし、時に剣で打ち払って、様々な体勢から反撃を加えた。

鎧には目立った傷がない。彼の一撃は可動域、すなわち脆弱な関節部位や隙間に集中している。辺りには千切れた鎖が散乱していて、細鎖では彼の一撃に耐えられないことを示していた。


「アレク、ちょっといいか?」


一息ついた頃を見計らい、イクトが声をかけると、アレクサンダーは腕を下ろして振り返った。すぐに壁際の端で置物と化していたメイドが近づいてきて、柔らかな布で彼の汗を拭う。

イクトはその光景になんとも言えない表情をした後、


「どうもまずいことになったみたいだ」

「……それは、食料の問題か?」


アレクサンダーはもうか、といった風に、


「このままじゃ無理そうだから、買い付けに行くって決まった話し合いは昨日だったろ。まだ下に誰も送ってないと思うんだが……。もしかして誰も降りたがらなかったとか?」

「いや、それは大丈夫だ。みんなこぞって手を挙げたよ。ただ、協力態勢にある他の島にも話を通した際、態度がおかしな奴がいたんだ。それで問い詰めたら、出るわ出るわ。全部噂だが、どれが当たっていても碌な状況にならないのは目に見えている」

「……どんな噂だ?」

「それはなーー」


イクトに顎で追い払われたメイドが、本命とのデート中に現れた男友達に向けるような、恨みがましい目つきを向けて去る。


「どうもまとまった人数が地上に降りているみたいなんだ。狭い世界だったから、ウチのギルドメンバーは顔や名前を知られていて裏は取れなかったが……。元々俺達は軍隊でもなければボーイスカウトでもない。半ば強制的に傘下に組み込んだプレイヤーに、目の届かないところでの節度ある行動を期待するのは無理があった」

「つまり噂は真実だと?」

「おそらくは。今、姿が消えたプレイヤーの名前を調べさせている。元々いなかったわけじゃなく、この世界にきた直後はいたのに、今は姿が見えないプレイヤーだ。こうなると名簿を作るようにしたのは僥倖だったよ。名前が記載されているのに、いないと答えるプレイヤーがいたらそいつはグルだ。徹底的に締め上げよう」

「街の住民達の食料はどうなる? 肉、魚、果物しか供給されないのは効率が悪すぎて早急に穀物を確保する必要があると説いたのはイクトだろう」


土地はあるのだった。農地も幾らかはある。しかしそれメインのゲームではなかった竜宮城物語では、農地は申し訳程度に付随していただけだ。そして土地を確保してもそこからすぐに作物がとれるわけではない。

プレイヤー達は毎日凄まじい数の獲物を狩り、雛に餌を運ぶ親鳥のようにそれを街に供給している。だがそれが長く続かないのは誰の目にも明らかだ。さらに多くの自然があれば、養うだけなら可能かもしれないが、既に島は頭打ちの状態。そしてなにより、そのような生活にプレイヤーが嫌気を感じ始めていた。

プレイヤーの中からは住民NPCに対して横暴に振る舞う者も目立ち始めていて、このままでは暴動や餓死という最悪の結末もあり得る。


「やはり、他のギルドと協力して地上の土地を掠め取るしかないのではないか? 全部にいい顔をしようとするのは無理だろう。地上に土地を求めれば、他のギルドに負担を押し付けなくてすむようになるし、街の住人とプレイヤーの関係もーー」

「元に戻りますかね?」


アレクサンダーの案を聞いたイクトは難しい顔で、


「結局のところ、島が空に浮いている以上、プレイヤーが面倒を見なければいけません。そこまで望むならいっそのこと島を地上に降ろし、街を征服するしかない。島の住民自身に地上を支配させるのです」


その言葉に、アレクサンダーは眉間に皺を作った。


「そんなことをすればーー」

「そう。間違いなくこの世界の人々と戦いになる。だからまずここはーー」

「あ……」


アレクサンダーがイクトの背後に視線をやり、ぽかんと口を開けた。

イクトは振り向いた瞬間、襟を掴まれ、締め上げられる。


「てめぇぇぇ! いったいいつまでぐちゃぐちゃ抜かしてやがんだ! 城に籠もってクソみたいな意見ばかり出しやがって! 外で街の奴等と顔を合わせている俺等の気持ちを考えたことあんのか!」


そこにいたのはペインだった。彼は怒髪天を突く勢いで、


「俺んとこの奴が噂を拾ったんだがよぉ! 我慢だ我慢だ言い続けてた俺が、他の奴から地上に降りた奴等がいるらしいって聞かされた時の気持ち! お前にわかっかよぉ! お前がやったことと言やぁ、他のプレイヤーや街の住民との仲を悪くしただけじゃねーか! 違うか、おら!」

「ぐ……手を、放せ。ペイン……」

「うるせえ! もうお前の意見にはウンザリだ! アレク、今からは俺達が考えたやり方でやる! それでいいよな⁉︎」

「まずは手を放してやれ。それからどうやるのか話を。俺も現状維持はまずいとは思っている」

「話が早え。まずは小さめの島を俺達の島に物理的にドッキングさせ、住民の一部を移す」


ペインはイクトを突き放した後、話し出す。仲間達と議論を重ねたのか、自信満々だ。


「その島を地上に近い高さまで下げて、森の一部をスキルで焼き払い、島に移した住民をそこに入植させるんだ。んで、上空の島には護衛としてプレイヤーを何人か駐留させる。それを、俺達の島に余裕ができるまで繰り返すんだよ」

「馬鹿な! 降ろした住民達の食料はどうする! それに彼等が島を離れることを了承する筈がーー」

「馬鹿はてめーだ」


ペインは反論してきたイクトに冷たい視線をぶつけ、


「自分の食い扶持は自分で稼ぐ。そんなもん当然だろうが。だいたいなんで一から十まで俺達が面倒みなきゃなんねーんだよ。おかしな事態に巻き込まれたのは一緒じゃねーか。しかもドラゴンのための自然まで犠牲にしてよ」

「彼等は俺達と違って無力だ! 下で襲われたらどうするつもりだ!」

「だから上に島を置いてるだろ。俺達プレイヤーだってこれから先どうなるかわからないんだぞ。絶対的な安全なんか保証できるか」

「力を持つプレイヤーが自分を優先したら、彼等はどうなる! 地上の国と戦争になったら? それに参加させるのか? お前は最悪の想定をした上で言ってるのか?」

「ごちゃごちゃうるせーんだよ。言っとくが俺はな、ここに議論しにきたんじゃないんだ」


ペインはイクトから顔を背けると、アレクサンダーの目を見て、


「もし、今話した案が採用されなきゃ、悪いがここを出て行くわ。これ以上、イクトの野郎のやり方でいくつもりはない」

「ーーよせ、ペイン!」

「……ああ、いいよ」


アレクサンダーはあっさりと頷いた。しかしその後、念を押すように、


「ただし、半ば無理に意見を押し通そうとしたんだ。ギルドとして全面的にバックアップはするが、矢面には君自身が立て。自信があるんだろ?」


アレクサンダーの挑発するような物言いに、ペインは一瞬怯みかけたが、


「ーーいいぜ。その代わり、イクトやヘイタの爺さん、ハリスの奴には余計なチャチャを入れないようちゃんと言い聞かせといてくれ」

「約束しよう。ただし、ギルドが崩壊しかねないほどに倫理を無視した行いは別だ。その場合は言われるまでもなく君を追放する」

「当然だぜ」


にやりと笑んだペインが中庭からいなくなると、今度はイクトがアレクサンダーに対して、


「何を考えてる、アレク! 絶対に後で問題になるぞ!」

「どうせ状況は手詰まりなんだ。ペインが自分の責任でやると言うのなら好きにさせるさ。俺はギルマスだが、専制君主じゃない。和を切り捨て、自分の主張を優先させる人間の面倒はみれないよ。それに、ああいう台詞は一度口に出したら終わりだ」


もし今回の件が上手く運んでも、次からは何か気に食わないことがある度、似たようなことを言ってくるだろう。なにしろ一度それで成功しているのだ。そして失敗すればペインの居場所はここにはない。


「ーーイクト、ハリスと話し合って、これからのペインの動向を踏まえた上で作戦を。ヘイタには了承をとって上の警戒に当たらせるから」

「……これからの行動を騎士団やニブルヘイムの連中には?」

「俺のほうから人をやる。試験的に地上に干渉するから参加は自己責任で、とでも言っておこうか。運が良ければ一連の出来事の裏が取れるかも」

「……わかった」


イクトも去り、一人になったアレクサンダーは再び剣を構えた。


「ーーふん」


続く一撃が、人形の首を、飛ばした。

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