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合流2

解いた古着を繋ぎ合わせて作った地図は、ロアの島の制御室にあった。あまり余人を招き入れることはしたくなかったが、三島に関しては課金アイテムの回収に赴かねばならないのでお互い様であるため、我慢をして案内をする。

集めたのは竜の巣の島で会った八人に、シンヤ達がワン・ナイト・エンジェルを移動した場合を考え、他の三人の中から選ばせた代表者一人。正直単独では運用できないおっさんやメリーには説明する必要性を感じなかったが、一国一城の主としての自負があるだろう二人の立場を慮った結果だ。

地図にはメリヤから教えてもらった国の位置が大まかに書いてある。測量などしていないのでかなり適当だ。それと、木で作った駒を幾つも用意した。


「焦点となるのは上の三国だ。下の小国家群は、島を捨てて逃げ込む分には使えるだろうが、その後、大国からの干渉をはねのけねばならないことを考えると、まずは上で対策を講じる方がいい」


ロアは誰かが疑問を口にする前に、駒を王国の上辺りに置いた。


「かなり大雑把だが、これが今の俺達の位置だ。そしてお前達が元いた位置はーー」


左にずずっと指を移動させ、別の駒を置き、


「たぶんこの辺りだな。左の国はディグラナ皇国、中央はディナシード王国、右はトゥーゲン帝国。以後、皇国、王国、帝国と呼称する。ーーそれで、俺の島は王国と帝国の国境付近に出現したようでな、直後に帝国の軍船と接触してしまったため、島を王国北部に移動させた。ゲームでの位置関係そのままに転移してきたなら、殆どの島は皇国内に現れた筈だ。この推測は竜の巣の島がやってきた方角から考えても大きく外れていないだろう」

「なら今はこうですかね」


コーメイが幾つかの駒を追加して、皇国北西部から北部にかけてばら撒くように設置した。


「私達は皆、人の痕跡の少ない方に移動しましたから。それは遠くにうっすらと見える山脈のほうでしたよ」

「ならば島の位置はこれでいいな。次は今後の方針だがーー大手ギルドとはまだ本格的に敵対したわけではない。しかし馴れ合うメリットも少ない。その理由を説明する前に、俺達プレイヤーにとって都合のいいこの世界での立ち位置を話しておこう」


ロアは地図の右端部分を指し示し、


「東の果ては人はいるらしいが、わかっているのはそれだけだ。この世界の人間にとっても未踏の地ゆえ、向かうとなればプレイヤーにも冒険となる。その上、東だけ文明が発達しておらず土地が余っていると考えるのは楽観的に過ぎよう。つまり、プレイヤーが独自に、かつ血を流さず地上に国を作ろうとすれば場所は自ずと限られる」


次に皇国と山脈の間にある森林地帯を指し、


「場所はこの辺り一帯しかない。ちなみに地上に拘るのは大手ギルドのせいだ。人口は増え続けるからな。島の住人を間引けば別だが、それができるほど冷酷なら俺達はここに集まっていない。ーーそれで、この森林地帯にプレイヤーが集った場合、歴史が問題になってくる」


ここでロアは山脈の北側に住む民族と過去の侵攻、体格を話し、


「プレイヤーは平均身長が高い。皇国は危機感を抱くだろう。奴等にとってみれば、北方の蛮族かもしれない集団が、空飛ぶ島と竜を伴っていきなり隣に国を作ったようなものだ。さらに、その時点でプレイヤーの行動の自由は失われる。島は軍事拠点であり、ドラゴンは兵器だ。他国は空を旅することを看過しない」

「……それのどこが理想的なんです?」

「慌てるな。今のは大手ギルドと馴れ合った場合のものだ」


不貞腐れたようなメリーに首を振り、


「俺達にとって理想的な道は二つある。そしてそのどちらも途中までの道筋は一緒だ。まず一つが、空飛ぶ島を拠点とする傭兵集団としての地位を築くこと」

「……なるほど。地上に土地を求めず、かつ手を出せば酷い目にあうと周知させるんですね」


コーメイは最終的な形を聞いただけで理由に思い至ったようだった。


「島に手を出せば仲間が復讐を。もしくは相手と敵対する国に無条件で雇われてもいい。そうなれば迂闊には手を出されないかも」

「その通りだ。場所によってはプレイヤーが地上に遊びに行くことだって可能になるかもしれん。金で動くと思わせることができれば、命よりもまず金で話をつけようとするのが人間だ」

「……では、残りの一つは?」

「今現在、王国は帝国の攻撃を受けている」


ロアは王国に指を置いた。


「落ち延びた王族の後ろ盾として、ここに勢力を築く」

「それはーー」

「既に駒は揃っている。それにこれは森林地帯に大手ギルドと国を造るのとはわけが違う。王国はこの地方でもっとも古い、そして竜に明るい国なのだ。どこの国もそれを無視できない。なにより帝国の存在がそれを後押しする。帝国は飛行船を使う。あの国は、俺達ドラゴンライダーたるプレイヤーにもっとも低い価値をつける国なのだ」

「つまり皇国が受け入れやすい、と?」

「そうだ。俺達はドラゴンと運命を共にする。竜を排斥し、機械化を推し進める帝国とは相容れない存在だ。俺達が滅んだ場合、より喜ぶのは皇国ではなく帝国だ」

「……そこに大手ギルドを噛ませないのは何故だ?」


難しい顔で訊くのはジェイコブだ。

ロアはいい質問だと大きく頷き、


「俺達が王国に勢力を築く場合、当たり前だが王国の人間の協力が必要になる。島の生態系で補給を完結させるのは絶対条件だ。仮に大手ギルドと組んでこれをやろうとしてみろ。俺達はまず土地か食料を要求せねばならん。早い話が、助けてやるから物資をよこせ、だ。対価をもらえば名誉はもらえん。なにより足元を見られる。もし王国が割れ、敵対した貴族が、土地の四分の一を与えるから味方しろと言ったら? 困窮したギルドはそちらに靡くかもしれんぞ。そうなればただ土地を割譲された傭兵だ。しかも雇い主は良くて傍系。これではとてもではないが王国の守護者とは言えない。大手ギルドはマイナスからのスタートだ。足元を見られるか、武力による恫喝しか道はない」


ロアは一人一人の顔を見回し、自尊心をくすぐるように言う。


「だが俺達だけでやればそうはならない。俺達は、土地も金も要求しない。ただ帝国から逃れた王女を助けるのだ。なんの見返りも求めずに。王国や皇国で、これに対し文句を言える奴等がいるか? もしいたとしたら、そいつはきっと帝国から金を受け取ったに違いない」


もしことが上手く運べばーーと、ロアは続けた。


「俺達プレイヤーは、王国に味方するうちは上空に島を浮かべ、静かに暮らすことができる。街に降りれば頭を下げて感謝され、村々の上を飛べば手を振ってくれる。王国に頼んで使節を送ってもらえば、他所の国を旅して回ることだって可能になるかもしれん」

「それって最初に言った傭兵に後ろ盾がついたようなもんだな」

「そうだ、ジェイコブ。お前がここにいるのは、ただ奪われるのが気に食わなかったからだろう? それをこの世界の奴等にも当て嵌めるんだ」

「二つの理想で途中までの道筋が同じというのは?」

「傭兵として名を響かせるには、一度力を示す必要がある。王国での作戦が失敗しても、帝国相手の戦果がそれになるだろう。ーーあと、重要なことが一つ。それは、王国で立場を得ることに失敗した場合には、どこかのタイミングで大手ギルドの力を削がねばならんということだ。そもそも奴等さえいなければ、俺達は無理に地上と接触する必要がない、ということを忘れてはならない」

「……概ね納得できる話ですが」


顎に手を当てたコーメイが、難しい顔をして、


「あなたの作戦には二つ問題がある。一つは大手ギルドへの対処。こちらが無視しても相手がそうしてくれるとは限らない。まず、それにどう対処するか。そしてもう一つは、我々と行動を共にするプレイヤーがなんの見返りもなしに命をかけて戦うか、という点」

「二つ目に関しては、建て前は建て前として、実際には全てが終わった後に何らかの形で報いる必要があるだろうな。さすがにあからさまなものは無理だから、叙勲や爵位になるか。もしくは、貴族の娘をもらい島に家を建てて暮らす、貴族の家に婿入りし、下で領地持ちになる。直接貰うのではなく、名誉の結果として、得る。方法は色々ある」

「それで納得しますかね」

「おそらく大丈夫だ。この世界には戦闘と女と酒しか生き甲斐がない。敵を殺し、美しい女に酒を注いでもらう。これが最高の報酬だ。それに後で王女に会えば、惚れて命をかける奴が出るかもしれないぞ」

「そんな馬鹿な」


ボヤいたのはメリーだ。

ロアは王女という言葉に反応したおっさんを目線で黙らせてから、メリーに対し、


「お前にも後で街で拾ってきた女の子を紹介してやるからな」

「そんなの要りませんよ!」

「そうなのか。じゃあ男の子でいいか?」

「誰も要りません! そっち方面から離れてください!」

「我儘だな。じゃあ何が欲しいんだ?」

「別に欲しいものなんてありません……。強いて言うなら、家に帰りたいです。元の世界の家に……」


メリーは肩を落として、足のつま先を見下ろす。


「仕方のない奴だ」


ロアは哀れむ瞳でメリーの旋毛を眺め、メイスを構えた。


「目を閉じて頭を出せ。次に目覚めたら、お前は自室のベッドに寝ている。ーーたぶん死に装束で」

「殺す気ですか!」

「冗談だよ、冗談。ーー生憎だが、元の世界に帰る方法はわからないんだ」

「……そんなのは言わなくてもわかっています」

「まあ、元の世界でピザデブとして過ごすより今の姿で生きたほうがよかろう」

「……違いますから」

「………」


しんみりとした雰囲気に、ロアは溜め息を吐いてコーメイに向き直り、


「待たせてすまんな。ちょっと元カノがウザくて」

「誰が!」


ふくらはぎに衝撃がきた。


「……お前といい、ローズといい、すぐに人を蹴る癖は直した方がいいと忠告しておこうか」

「あ、あなたが変なこと言うから」


ゆっくり振り返ったロアに、たじろぐメリー。


「ロア、頼むから真面目に続きを頼むわ。話が終わった後なら好きなだけイチャついていいからよ」

「それで大手ギルドへの対処だったな」


ジェイコブに注意されたロアはくるりと身体を回転させ、呆れた顔のコーメイに続きを話す。


「大手ギルドと戦うにしろ話し合うにしろ、その前に王国でそれなりの立場を築いておきたい。そのために、皇国の航空戦力を使うことを考えている」

「鉢合わせると?」

「うむ。まず俺達は二組に分かれる。一組は王女を担いで王国で無私の英雄になる。もう一組は、皇国で軍事拠点を焼き払う」

「これはまた……両極端な行動ですね。大手ギルドの仕業に見せかけるつもりで?」

「話が早くて助かる。襲撃は北か北西から行い、そちら方面に警戒網を敷かせる。街や村を狙わないのは、皇国軍に正しい情報を与えるためだ。味方の裏切りや王国の竜騎士を疑い、行動が遅くなるのは困る」

「関係性を疑われませんか?」


コーメイの懸念は王国で立った組へのものだろう。言わんするところをロアは理解し、


「実はそれだけが懸念材料でな。最悪、王国に味方する俺達、皇国に味方する大手ギルド、という図式に成りかねない。なにかいい手はないか?」

「……まず一番簡単なのはタイミングを考慮することでしょう。ギルドと皇国が直に矛を交えてから王国で行動に入るんです。それまでは下準備を」

「それだとギルドがこなかった場合はどうする? 万が一という可能性もある」

「ふむ……」


頭を悩ますロアとコーメイだったが、話を聞いていた意外な人物から助言が入った。

スズネである。


「バカね。そんなの簡単じゃない。その、コウコクグン、とか言うのを連れたまま、相手の島に飛び込めばいいのよ。そうすれば一発よ?」

「ーーそうか。なんでこんな単純な手に気づかなかったんだ、私は」


コーメイが悔しげに顔を歪め、


「でもこれは結構な難易度ですよ。付かず離れずの距離を保った状態で相手ギルドの島に接近し、生きて戻るのは。発見された場合、廃人連中の追手がかかります。普通のプレイヤーではまず無理でしょう。それにまずは相手の島の位置を把握せねば始まりません」

「待て待て。それじゃ本末転倒だ。優先するのは王国だろ、話を聞く限りじゃ」

「別にわざわざ俺達がやったって言う必要ないじゃんか。あいつ等に押し付けちまえばいいんだよ。証拠なんてないから言い張るんだ」


コーメイの後に発言したのはジェイコブとおっさんである。

ロアは二人の言葉を聞いた後、更に考えた。そして出た答えは、全てを逆にしたものだった。

最優先で王国での活動に入り、皇国とギルドにはわざと手を組ませる。その際、王国で使える者を見つけ、情報をそれとなく流す。皇国との交渉で大手ギルドが不利になるようにだ。先々のことを考え、両者の間に楔を打ち込んでおく。この案のいい点は、ここに至るまで、大手ギルドとの直接的な対決を避けられるというところだ。そうなると皇国を襲撃する必要すらなくなる。となるとーー

ロアは周りの面々を順に眺めていく。

最初の案では隠匿は不可能だったから話したが、これはそうする必要がないだろう。秘密は知るものが少ないほど漏れにくくなる。詳しく話す人間はアンマンパンと、竜の巣側でジェイコブとコーメイか。

素早く考えを纏めると、手を叩いて注目を集める。


「ーーよし。お前達のおかげで作戦が決まったぞ。我慢して参加させた甲斐があったというものだ」

「そこは黙っとこうぜ、ロアよ」

「正直者でな。ーーとりあえず先に述べた作戦案は修正だ。大手ギルドと皇国への牽制は地上の人間を利用する。これについては保護した王族も関わることなので、話が通ったら知らせようと思う」


ロアは口出しを封じるために、らしい理由をでっちあげた。実際には、自分達から大手ギルドの存在を王国側に知らせるつもりはない。王国側が気づいた時にはギルドと皇国が接触しているのが好ましい。そうなればロア達の価値はますます上がる。


「明日、先触れを出した後に地上に降りる。最高の装備で集合だ。まずは王国での立場を築くことに注力する。異論があるものは代案を出せ」


一応訊いて、誰も発言しないのを確認してから、


「それと留守を預かる者を選ばねばならない。ジェイコブとアンマンパンはメンバー表を。おっさんとメリーはどうする? 降りるなら島の管理を留守役に頼むかどうかまで決めてくれ」


ロアが訊くと、メリーが答えようとする。至って普通の身長なので、おっさんともども居づらそうな感じだ。


「私は降ります。留守の間は、他の女性プレイヤーにたまに様子を見てもらうよう頼もうかとーー」

「お、俺も降りるわ。やっぱこういうのは人生経験豊富な人間がいた方が頼りになるだろうからな」

「……あ、やはり私は残ります。さっきのは訂正で」


意気込むおっさんに嫌そうな視線を投げかけたメリーがそう言い直した。するとおっさんも、


「お、俺もやっぱ残ろうかな。ほら、やっぱこういうのは人生経験豊富な人間がいた方が頼りになるからよ」

「じゃあ私は降りますね」

「なんでだよ⁉︎」

「なんでだはこっちの台詞です! どうしてついてくるんですか!」

「き、君が心配だから……?」


真顔で言ったおっさんに、ロアはつい叫んでしまう。


「キモッ」

「な、なんだとテメェ! お前の髪型よりマシだろが!」

「……言ってはならんことを言ったな」


にじり寄ったロアはおっさんに飛びつき、素早くヘッドロックをかけた。


「ナイフだ、アンマンパン」

「ーーほら」


アンマンパンが投げたナイフを空中でキャッチして、それをおっさんのもじゃもじゃした頭に当てた。


「今からお前の頭に恥という文字を頭髪で作る。それが嫌なら残るか降りるか選べ。言い直しはなしでな」

「ふ、ふざけるなロア! 俺にこんな真似をしてただで済むと思っているのか⁉︎ 必ず後悔するぞ!」

「……そぉーら、じょーりじょーり。早く言わんと取り返しのつかないことになるぞ」


抜け出そうと暴れるおっさんを押さえ、ナイフを滑らせると、縮れた毛がパラパラと落ちた。


「や、止めろぉぉぉ! 残る! 残るから! 俺は島に残る!」


おっさんは腕をタップしながら答えを出す。


「まったく余計な手間をかけさせてくれる」


解放してやると、前髪を触りながら距離を取るおっさん。


「くそっ! とんでもない真似しやがって! 俺が何したっていうんだ!」

「ストーカー行為だろうが。それだけで済んでありがたいと思え。元の世界ならガス室でツィクロンbのシャワーを浴びているところだ」


ロアは不自然に額の広くなったおっさんから目を逸らしながら、


「メンバーが決まったら竜の巣の食堂に集合だ。今日の夜は顔合わせを行う。ジェイコブ、料理人NPCにパーティーの準備を。それと後で下から買ってきた酒樽を持っていかせるから、王女を連れてくる前に飲ませておいてくれ」

「来てからじゃなくていいのか?」

「うむ。言葉を教える時間が取れなくなったからな。酒の力を借りよう」








最終的に、島に残るのはローズ、アンマンパン含め逆転野郎から三人、おっさん、竜の巣から三人にきまった。地上に降りるのは、ロア、パドル、メリー、ボットン、またうるマン、ジェイコブ、コーメイ他竜の巣から二十人、ワン・ナイト・エンジェルは七人全員である。

元々フルにメンバーがおらず、かつインしていなかったメンバーもいたため、竜の巣の食堂には余裕があり、なんとか全員入りきった彼等は、各島の料理人NPCが力を合わせて作った料理の数々に瞳を輝かせる。地上に降りることが可能になった今、食堂の素材をケチる必要がない。久しぶりに目にした当たり前の食事とアルコールは、プレイヤー達を上機嫌にさせた。


「見ろよこの葉物野菜を! 緑色なんだぜ!」


と、誰かが言えば、


「ばっかお前! この根菜なんて皮付きだろ! しかもソースまでかかってる! この濃厚な……何かの味!」


と、誰かが返す。


「皆、この皿を見るんだ! 肉でもないし、魚でもない! ましてや果物でもない! しかしてその正体はーー野菜! しかも生! 萎びてるけど」

「このワインなんて! タールのような味を誤魔化すための香辛料入りだぜ⁉︎ こんなの文献でしか見たことねえ! これが異世界の味よ!」


木のジョッキを一気に空けた男は、唇からだらだらとワインを垂れ流しながら唾を飛ばす。


「ぐあぁー! 不味い! もう一杯! も要りません!」


彼等の上機嫌は食事と酒のせいだけではない。ちょこまかまとテーブルの間をすり抜けるように移動する給仕の娘達の姿も一因だった。

竜の巣にも女性プレイヤーはいないわけではないが、圧倒的少数である。そしてまた幾人かの女性アバターはネカマであることがわかっているのだ。そこへ、自称だがローズ含めて一気に九人もの女性陣が合流したのだから、彼等が喜ぶのも無理はなかった。


「おいマリオ! 一曲なんか頼むぜ! BGMをよ!」


赤ら顔の男が、手拍子を打ってリクエストすると、言葉がわからないにもかかわらず、空気の読める逃亡農夫マリオは、草笛を咥えて鳴らし始めた。

食堂内にゆったりとしたメロディが響き渡る。


「おい、小僧! なんか歌え!」

「えっ? 俺っすか?」


小僧呼ばわりされたのパドルだった。彼は飲み会で上司に絡まれた新人への理解を深めながら、


「これで歌とか無理っすよ! アニソンでもいいなら歌うけど」

「バカヤロォ! てめえこら俺の歌が歌えないって言うのかこら!」


絡んだ男はパドルよりも頭一つ背が高い。そして筋肉質だった。男はパドルの胸ぐらを掴んでぐいぐい締め上げ、


「異世界でアニソンとか人生舐めてんのか小僧! 早くステージに上がりやがれ!」

「お、おい! 誰かこの酔っ払いをなんとかしてくれよ!」


パドルは必死に辺りを見回すが、誰も彼も囃し立てるばかりだ。そしてとうとう最後に、格好つけてシンヤに酒の飲み方を説教しているおっさんに目を止めた。


「いいか、シンヤ。酒を飲んで騒ぐのは頭の中身が成熟してない証拠だ。そういう奴は女にモテない」

「ーーおっさん! 助けてくれ! こいつにも酒の飲み方を教えてやってくれ!」

「女ってのはな、一人でカウンターに座り、皺だらけのママにおべっかを使えるような男に寄ってくるもんなんだ」

「おっさん! そこの前髪のないあんただよ!」

「黙れ小僧! これはないんじゃない! 今は見えなくなってるだけだ!」

「どうでもいいから助けてくれ!」

「………」


おっさんはパドルの胸ぐらを掴んでいる男を見て、首を振った。


「拳で語り合え。人生の先輩として言えるのはそれたけだ」

「おっさん⁉︎」

「すまんな、小僧。二つ名持ちの俺が戦えば、そいつは死ぬ」

「嘘だろ……」


愕然としたパドルが顔を戻すと、胸ぐらを掴んだ男はにやっと歯を見せた。

それを目にしたパドルの頭に血がのぼる。


「くそ! だいたいなんで俺ばっかがこんな目に……」

「ーーお? なんだ? やる気か、小僧」


男を強く睨みつけたパドルは、胸に伸びる手を、力を込めて振り払う。そして両拳を握り締めて戦う構えを見せた。


「オラ野郎共! テーブル動かせ! ゴングと椅子持ってこい! ポーションもだ!」

「誰か紙とペン寄越せ! 一口一万ゴールドからだ!」


周りの男達が、まるでこうなることを予測していたかのようなスムーズさで即席のリングを作り、対角線上に椅子を置いた。


「モス! 一ラウンドでドーズに百!」

「俺は三でドーズに八十!」

「モリアーティ! 五で小僧に五十!」

「二でドーズに二百!」

「一で小僧に五十!」

「俺も俺も!」

「名前を言え馬鹿野郎!」


罵った男が次々に数字を書いていく。

パドルはいつの間にか椅子に座らされている自分に気づいた。酒臭い息を吐く、目を血走らせた男が、顔を寄せてきて言った。


「あいつの弱点は股間だ! 股間を狙え!」


返事をしようとした口に酒を流し込んでくる。誰かが鍋を叩いて音を鳴らした。

強く背中を叩かれて、ふらふらになりながら立ち上がる。

顔を上げると、相手のドーズという名の男が、上体を左右に揺らし、ダッキングを織り交ぜながら近づいてくるのがわかった。


「おらぁっ!」

「ーーぐぇぇっ」


頭を下げつつ放たれたボディブローが、パドルの胃に突き刺さる。堪らず手で庇い、膝をついた。


「ばっか! 一発で膝をつく奴があるか!」

「情けねーぞ、小僧!」

「立てよ小僧! 苦しみを怒りに変えて!」

「立ち上がーれー立ち上がーれー、立ち上がーれーパドルー」

「へっへっへ、なんだ、もう終わりか、小僧」


ドーズはパドルの髪を左手で掴むと、右手で顔を殴る。

一発。二発。三発ーー

口の中を切ったのか、殴るたびに血が飛び出す。パドルは呻くだけでなされるがままだ。彼はサンドバッグに転生した。


「ーーちょっとあんた達! もうやめなさいよ! 勝負はついてるじゃないの!」

「おぉっと、お嬢さん。男と男の戦いを邪魔しちゃいけねえ」


試合を中断させようとするローズを制止する男達。

肉を打つ生々しい打撃音が、草笛のゆったりとしたメロディにアクセントを与え、この世界の音楽史に新たな一ページを加えた。


ガーン


ゴングが鳴り響くと、セコンドの男がパドルを迎えにくる。

椅子に座らせてポーションを飲ませると、見る見るうちに血が止まり、蜂の巣に頭突きしたような腫れが引いた。寝ていたパドルが覚醒する。


「こ、これは……?」

「最上級赤ポーションだ。目が潰れたり、手足がなくならない限りこれでなんとかなる」

「……ギ、ギブアップしたい」

「それは無理なんだ、小僧。動けるうちは降参できない」

「そんな……。じゃあなんでポーションを……」

「金のためだ」


パドルは絶望に顔を染めた。


「そんな顔をするな。要は勝てばいいんだ、勝てば。周りを見てみろ。ガキ共もお前を応援している」

「え……?」


それは事実だった。街から連れてきた八人の子供達は、顔見知りであり、歳の近いパドルを応援していたのだ。

そしてアンジーの薄い色をした唇が囁く。


「ガ、ム、バッ、テ。パドル!」


パドルは確かに聞いたのだ。覚えたばかりの言葉で、たどたどしく送られる自分へのエールを。


「子供達が、俺を……?」


脳裏に、ロアの歌が生々しく蘇る。



男の名はパドル


死をも恐れぬ戦士なり


子供達が集まってくる


その赤い頭を目印に



一番だ!

肉体に活力が漲った。パドルはセコンドから酒を受け取るとぐいっとそれを呷る。口から溢れた酒が首から胸へ、盛り上がった筋肉の上を滝のように流れ落ち、彼を血に濡れた戦士に変えたのだ。


ガーン


ゴングの音と共に、上半身裸になり、毛の生えた胸板を見せびらかしているドーズに突進する。

にやにや笑いを浮かべた顔に、口に含んだワインを吹きかけた。


「ーーぐわあっ⁉︎ ひ、卑怯な!」


視界を奪ったところに、股ぐら目掛けて鋭く拳を打ちおろす。


「ぐほぉうっ⁉︎」


頭が下がった。右フックに、左のアッパーで、まるで殴ってくださいと言わんばかりの位置に顔がくる。

躱されることを一切考えない大振りの一撃を横から食らわすと、白目を剥いたドーズは独楽のように二回転してばったりと倒れた。あっという間の出来事だ。

観客達から悲鳴のような声があがる。


「バッカ野郎ぉっ! なにダウンしてやがるドーズ! それでも男か!」

「立てぇ、ドーズ! 立つんだドォォォズ!」

「でかしたぞ、小僧!」

「トドメを刺せ!」

「誰かカウントしろ!」

「ーーいぃーち……にぃーい……さぁーん」


ゆっくり進むカウント。


「はーちぃ……きゅーうぅ……」


そしてついに、男が目を覚まさないままカウントが十に達した。


「小僧の勝ちだ!」

「ニラウンドでパドルの勝ちだぞ!」

「早く配当を寄越せ!」


負けた男達が地団駄を踏んで悔しがり、勝った男達は喜悦を浮かべて踊り出す。

そんな中、パドルは一人、勝利の余韻に浸っていた。


「や、やった……。俺が……。俺は勝ったんだ……。プレイヤーに……」

「よくやったな、小僧ーーいや、チャンプ。これでお前も一人前の男だ」

「おっさん」


セコンドの男が肩に手をおいて言ってくる。

パドルは感動した面持ちで、


「あ、あんたのおかげだ。あんたがいなければ、俺はあそこで終わっていた」

「いいんだよ」


固い握手を交わした二人は肩を組み、どちらからともなく、前の世界の歌を口ずさむ。有名な映画のテーマ曲だ。




立ち上がる


暗い裏通りで


窓の隙間から


シャッターチャンスを掴んだんだ


もし悲鳴があがったなら


それはオレの瞳だ


裸への興奮さ


決して足元を揺るがせるな


それは強敵への通報


生き残るために死力を尽くせ


一人の漢として





いつしか大勢の男達が肩を組んでいた。彼等は声を揃えて、気を利かせたマリオの笛の音に乗り、身体を揺らしてパドルの健闘を称えた。賭けに勝ったものも、負けたものも。


「……こんなところにはいられないわ」


ローズは十代前半の少女達を連れてこの場から逃げ出そうと画策した。

しかし実行に移す段になってそれは水泡に帰す。


「どこに行こうというのかね」


食堂に入ろうとするロアとばったり出くわしてしまったのだ。

初めて会った時の衣装を身に纏ったメリヤを連れたロアは、盛り上がりが最高潮に達した食堂内を満足そうに眺め、


「ちょうどいいタイミングだ。暇なら手伝え」


と言って、持っていた紙束をローズに渡す。そして年若い少女達に酒を注いだジョッキをたくさん用意するように言う。


「なによ、これ……?」


紙には二種類の言語で文字が書いてあり、一つはローズにも理解できるものだった。


「えーと、なになに……甲は乙に手ずから酒を渡し、王族として、命を懸けた誓いを立てる。乙は手渡された酒を飲み干し、その誓いを直に聞き、共感し、酒杯の返礼として忠誠を誓うものなり。この誓いは丙を証人とし、確実に行われた証としてーーって、あんたこれ……恨まれるわよ……」


紙の下の方に三箇所、署名をするらしき空欄があり、そのうちの二つーー甲と丙ーーは埋まっていた。一つはロアで、もう一つはたぶんメリヤだろう。


「勘違いするなよ、ローズ」

「何がよ」

「その紙には何の強制力もない。文をよく読んでみろ。例え誓いを破っても、何のペナルティもないだろう? さらに言うなら、無理矢理に誓わせるつもりもない」

「じゃあなんでこんな物を用意したのよ?」

「己自身に嘘をつかせないためだ。ーーいいか。世の中には、楽になりたくて自分自身の記憶を改竄する奴がいる。やったくせに、良心の呵責から逃れるためにその記憶自体を捨てる奴だ。お前もそんな奴は許せないだろう? ーー俺もそうだ。女子供を殺すのもいい。嘘をつくのもいい。裏切るのも、なかったかのように振舞うのすら許そう。だが、罪の意識から逃げるため、真にそれを忘却するのは駄目だ。だからここの奴等には背負ってもらう。酒に酔い、軽々しく忠誠を誓い、姫を死地に追いやった事実をな。もし奴等が土壇場で怖気付き、酒のせいにしたら、こう言って責めるのさ。『お前のせいだ! お前が酔って王女を助けると誓わなければ、彼女は戦争に身を投じようとはしなかった!』と」

「……もう、好きにしたらいいと思うわ」


ローズは表情をデスマスクのように強張らせて、そう吐き捨てた。


「元よりそのつもりだ」


ロアは食堂内に場所を見つけて移動する。

その後をメリヤが粛々とついていくが、それにローズが声をかけた。


「メリヤ! ……本当にやるの? 今ならまだ間に合うわ。国なんて他の貴族に任せて島で暮らせばいい。下に降りたら嫌なものをたくさん見ることになるかも……」

「ありがとうございます、ローズさん。でも、私の答えは最初から一つです。例え、誰も私を必要としていなかったとしても、ケジメだけはつけなければ」

「ーーちょっとロア。あんた、メリヤを泣かすんじゃないわよ!」


背中にぶつけられた声に、ロアは振り向かず、うるさそうに手を振って応えた。


「あいつぅ……。やっぱし私も降りようかな……でも汚そうだし、野蛮だし……」

「無理をしなくても大丈夫ですよ。自分の国に戻るだけですから」

「………」


ロアとメリヤは、まるで会場入りする選手のようだった。

二人の姿に気づいた男達は、順に歌うのを止め、ついには食堂内を静寂が支配したのだ。





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