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合流1

遮るもののない拓けた草原に、八人の人間が円を描くように集まった。それぞれ相棒たるドラゴンを背景とし、さらにその周りを、目を皿のようにした三十人以上のプレイヤーが囲む。

アンマンパンはいい仕事をした。最終的にロアのも含めて五つの島が近辺に集まったのだ。正確には他の三島は、一番大きな島に金魚の糞のようにくっついてきただけで、しかも彼等は顔を揃えるのも初めてだったが。

そして、プレイヤー達のお互いを見る瞳は、彼等が一枚岩ではなく、幾つかのグループに分かれていると、見る者全てに悟らせる程度に警戒心に満ちている。

皆、ゲーム時代に愛用していた装備に身を包んでいるが、そんな彼等が一堂に会する光景に懐かしさを感じたのか、どっぷりと竜宮城物語に浸っていた一部のプレイヤーは、はっと夢から覚めたような面持ちになり、ステータスなどの各種情報を追い求めて視線をきょろきょろさせる様子が散見された。


「まずは代表者の自己紹介からいこうか。俺から時計回りでな」


そう言ったのは身長二メートル近い、青年期を脱したくらいの男である。青黒い、ドラゴンを模した鎧は勲章装備だ。髪は金髪でぼさぼさだが、鼻の下と唇の下の髭は綺麗に整えられている。


「『竜の巣』のギルドマスター、ジェイコブだ。横はサブマスのコーメイ」


紹介されたのは黒髪ストレートを背中まで伸ばしている線の細い男だ。背はジェイコブより一回り低い。

コーメイは周りの視線を浴びると一礼だけした。

次に、癖の強い髪質の、ジェイコブの左にいる額の後退した男が一つ頷いて口を開く。生産装備一式に身を固めたプレイヤーで、背中に弓を背負っている。


「『ジャックの尻の毛』のギルドマスターをしているおっさんだ。嫁募集中です。背格好はこうですが、性格には自信があるので長く続くと思います。家と土地とお金あります。でもそれ目的はNGですから。あと、将来ハーレムになるかもしれないので、私に求婚する人はその予定でお願いします」

「………」

「………」

「……次の奴、早く言え」


ジェイコブが催促すると、スルーされた男は、しょうがないな、という顔で左を見る。

左にいたプレイヤーは稲穂色の髪を左右で結んだ十代半ばに見える少女だ。彼女は頰に痛いほど感じる視線をあからさまに無視している。


「ーーき、君」

「『メリーランド』のギルドマスターのメリーです。ソロギルドです」

「ちょっと君!」

「あと、こんな姿ですが中身は男なのでナンパとかなしでお願いします」

「……TS娘か。俺は全然気にしないかな。伊達に人生経験積んでないからね」

「次の人どうぞ」


少女の左にいるのは二十半ばくらいに見える青年だ。黒い髪にテンプレを絵に描いたような顔つき、勲章装備と生産装備とガチャ装備を混ぜて身につけている。彼の格好を見たロアや逆転野郎、竜の巣のメンバーは生暖かい眼差しだ。


「つ、津々時真哉です! ……あ、いや、シンヤです! 『ワン・ナイト・エンジェル』のギ、ギルドマスターです!」

「シンヤ君、しっかり!」

「頑張って!」


シンヤの後ろにいるプレイヤーが声援を送る。シンヤは横にいるメリーと、さらにその奥から無表情に自分を見つめるおっさんをチラチラ気にしながら、


「その……俺は一応臨時のギルマスで、す。実は、本当のマスターやサブマス達が、イン、してなかったもんで……俺の兄なんですが……」

「私はサブマスのスズネでーす。シンヤとはクラスメイトでーす」


シンヤの腕に抱きついているのは十代半ばの少女だ。翡翠色の髪を編んだものを頭の左右で団子にしている。格好は、いかにも見た目で選んだとわかる、性能を度外視したイベント用の装備だった。


「ちょっとスズネ! あんたくっつき過ぎ! シンヤ君が馬鹿にされるから離れなさいよ!」

「そうよ! 時と場所をわきまえなさいよね!」

「ふっふん。何言ってるのよ二人とも。こうやって皆が一発でわかるようにしとかないと、あとでアプローチされても困るじゃない? ここって女率低そうだし、シンヤに守ってももらうんだから」


スズネは背後の二人にそう主張すると、シンヤを掴む腕をぐっと引き寄せた。


「一人だけ安全になろうなんてズルいわよ!」

「なら私も!」


駆け寄った二人が、シンヤの余ったほうの腕と腰に一人づつ抱きつく。

一連のやり取りを黙って見ていたジェイコブが、できれば聞きたくない、といった顔で、


「あー、お前がギルマスってことで本当にいいんだな?」

「は、はい。そうです。何か問題が?」

「いや、後ろの奴等の様子が、な」


ジェイコブは言葉を濁した。後ろに待機している男達は明らかに不満顔なのだが、直に指摘するのも憚られる。


「ちょっと変な言いがかりつけないでもらえます? きちんと話し合ってシンヤに決まったし、私がサブマスなのもそのギルマスになった彼が決めたんだから」

「……もしかして多数決で決めたのか?」


ジェイコブは反論してきたスズネにおそるおそる訊く。


「当然じゃない。おじさんも民主主義くらい知ってるでしょ」

「……そうか。ならいいんだ。変なこと聞いて済まなかったな。そうやって話し合いで決めるのはいいことだ。ギルド内で揉め事が起きた時にも是非そうしてくれ」


ジェイコブは関わらないことに決めたようだった。ライトプレイヤーが混ざっていても戦争に勝てないわけではない。運の要素はもちろん周囲のフォローも必要で、それはきっと今はいないメンバーや背後にいる他のメンバーが頑張っていたのだろう。後ろの三人は明らかに前に出ている四人よりまともな装備だったし、納得できていない表情だったが、他所のギルドのことだ。


「それと悪いんだが、収拾がつかなくなるから、前に出るのは代表者二名までにしてくれ」

「なによ、ケチなおっさんね」

「きっとシンヤ君に嫉妬してるんだわ。クラスでもよくあるじゃない。なんか勘違いした男子が言ってくるやつ」


暗に退がれと言われた二人が不満を垂れるところ、声をかけるものがいる。


「ちょっと待ってくれ」


おっさんである。彼は背後からメリーに触れそうになりながら横を通過する。真横を通る時、鼻を拡げて大きく息を吸っていた。


「……なに。なんか用?」

「え……?」


訊かれたおっさんは何故か目をぱちくりさせて、


「用っていうか。今、俺のこと呼んだよね? そっちこそ何か用があるんじゃないの?」

「ーーは? 誰もあんたなんか呼んでないでしょ。あと、悪いけど近寄らないでくれる? キモいから」


遠慮のない言葉に、おっさんは傷ついた顔になった。


「酷いなぁ。そっちが俺の名前を呼んだから来ただけなのに……。最近の若い娘ってみんなこうなわけ? あ、それとも、もしかして君も前の世界では男だったり? いや、俺は別に偏見とか持ってないよ。おっさんになるとそーいう細かいことは気にならなくなるから。要は前世みたいなもんでしょ、元の世界は。前世の性別気にする男ってすげー病んでそうだよね。ーーそれで、実際どうなの?」

「なによ……そんなのあんたに関係ないでしょ!」

「ーーすいませんが、それくらいにしといてもらえます? 今は自己紹介中じゃないですか」


シンヤがおっさんの目からから友人を隠すようにしながら言った。

おっさんは何を考えているかわからない瞳をシンヤに向けるが、唇では笑みを浮かべて、


「いや、すまないね。なにしろ名前が呼ばれたものだから。わかるだろ? ほら、俺の名前ってこうだからさ。噂されてるんじゃないかってね。すぐ勘違いしちゃうの。名前、失敗だったかなぁ、とは思ったけど、まさかこんなことになるなんて誰にも予想できないし」

「それは……大変ですね。それで次の人、自己紹介いいですよ」


シンヤは救いを求めるように最後の人間に勧める。

ロアは隣に立つアンマンパンと視線を交わした後、前に出た。格好はいつもの鎧姿で兜は脇に抱えている。


「ギルド『岩窟王』のマスターでロアだ」


うなじにかかる髪を後ろに払った後、おっさんを見下ろしながら拳の骨を鳴らす。


「こう見えても中身は男なので、ナンパとかなしでお願いします」

「誰がするか!」


背後から鋭いつっこみが飛んでくるが、それを無視して隣に視線をやり、


「隣にいるのは岩窟王の特別外部顧問であるアンマンタンワンパンターレンだ」

「ーーえ? なんだって?」


シンヤがぽかんと馬鹿みたいに口を開けて聞き返してくる。

ロアは仕方がない奴だな、と目尻を下げて、


「特別外部顧問のレンタンアンパンワンマンバスだ」

「……さっきとなんか違くない?」

「全く同じだ」

「じゃあもう一回言ってみてよ」


と、全く信用していない様子のスズネ。

ロアは困ったような笑顔をシンヤとおっさんに順に向けてから、


「そうやって名前を聞き出そうとするのやめてもらえますか? いくら俺達が格好いいからって」

「自己紹介でなに言ってんの! だいたい隣の人はともかくあなたは格好よくないじゃん!」

「……初対面の人間に対し随分だな」


と、それまで横で黙っていたアンマンパンが、ロアを慰めるように背中を叩き、


「気にするなよ」

「大丈夫さ。こういうのは言われ慣れてるからな」

「な、なによ! 私が悪いみたいな言い方は止めてよ!」


しかし男が多数を占める世論はロアに同情的だった。周りからの無言の圧力に屈したシンヤが代わりに頭を下げる。


「なんかすいません……」

「いいさ。こういう時代だからな。心が荒んでしまうのも仕方ない。それにこういったのを我慢することも集団の中では重要だ。俺は君達を支え、君達は俺を支える。これは、そういうことだろう」

「は、はい。そうですよね。俺、なんか、安心しました。まともな大人の人がいて」

「バカ! 騙されてるってシンヤ! なんで格好良くないって言っただけでこっちが悪いみたいになってるのよ! だいたいそいつはどう見てもまともな格好じゃないじゃん! きっと武装ゴリラってやつに違いないんだから!」


アンマンパンが俯いて肩を震わせると、ロアはそれに手を置いて、処置なし、と首を振る。小声でそっと「笑うなよ」と囁いた。

その後、シンヤに強い調子で叱りつけられ、親に叱られた子供のように元気がなくなったスズネだが、これ以上反論してもますます悪者になるとの予想はついたらしく、唇をへの字にしてあらぬ方を向くと返事を返さなくなってしまう。


「あー……そろそろ本題に入ってもいいだろうか」


咳払いをしてジェイコブが切り出すと、皆は彼に注目した。


「ここにいるってことは、独立独歩でやっていくつもりである、と判断しても構わないんだよな。全く協力しないわけではないが、馬が合わないと感じたら好きに離脱する、要は強制力のない緩い集まりに参加したい。ここにいるのはそんなギルドである。という認識でいいか?」


ジェイコブは一旦言葉を切り、皆の表情を確認した後、


「ーーよし。ならまずは現状把握といこう。こっちの四ギルドは話が通ってるがロアの方はぜんぜんだからな。とりあえず、俺達四ギルドは初め、移動直後の何が起こったか分からない状況で、近場にいた者達がなんとなく合流した集団だった。まあ、合流といっても島を近くに浮かべ、俺のところを中心に連絡を取り合っていただけだが。幸い大手みたいに島の上に色々なオブジェクトを建てていなかったから、暫くは様子を見るってことで意見が一致していた」


ジェイコブはロアとその後ろの人間に対し説明するように、


「他にも島はあったが、そいつらはそいつらでグループを作ったみたいだったし、特にこちらから連絡を取って合流する必要性は感じなかった。人が増えるのは揉め事を増やすようなものだからよ。ただ、所属する島がない飛行中にこっちにきたプレイヤーは拒めなかった。と、いっても別段多いわけではない。ーーそれで、明らかにキャパオーバーになる前に、どう動くか頭を悩ませていたところ、『光の翼』のメンバーがやってきた」


ジェイコブは重たげに身体を揺すって深呼吸をし、唇を湿らせて話を再開する。


「奴等は協力を打診してきた。ぶっちゃけてしまえば負担の分散だ。奴等が大量のNPCの処理に困っているのはすぐにピンときたよ。俺だったら全部地上に降ろしてしまうが、奴等はその維持コストを全く関係のない他のプレイヤーに押し付けることにしたようだった。もちろんタダではない。街のNPCが生産した文化的な諸々を享受できるという土産つきだ。だがそんなものを貰ってなんになる? 電気やパソコン、インスタント食品が生産されてるわけじゃないんだ。何の効果もついてないアクセサリーなんか不要だし、今の状況で装備よりも単なる衣服を重要視するやつがいるか? そんなもののために森を切り拓いて農地を作り、それを他のギルドに納めるなど! ーーもちろん俺はそれを突っぱねたよ。そして代わりに要求した。農地はそちらの島に作り、ドラゴンの維持コストを負担するなら考えないでもない。ただし、俺達が養うプレイヤーはそっちのギルドを抜け、所属をこちらに移すこと。これは当然の話だろう。俺達が養ったプレイヤーが、いざという時に敵に回るなんてあってはならないことだからな。奴等はそれを、自分達だけでは決められないと持ち帰ったよ」

「……それで、お前がここにいるということは決裂したのか?」

「いいや、次の日になっても奴等は戻ってこなかった。そして代わりに騎士団の奴等と女王の犬共がやってきたよ。言うことは変わらなかったさ。そしてどっちも似たような言葉を残して帰っていった」

「そのまま待たなかったのか?」

「襲撃されるのをか? あんなキナ臭い雰囲気で悠長に構えることができる奴は、余程の大物か間抜け野郎だ。条件を突きつけた時から予想はしていた。だいたい所属を変わった奴等が裏切らないなんて誰にも言えないんだからな。はなから信じちゃいないさ。俺はすぐに集まってる野良とギルドの奴等にこう言った。交渉は決裂した。戦いになるかはわからないが、そうなった場合、ここにいたら巻き込まれる可能性が高い。大手ギルドを敵に回したくない奴はすぐに島を出ろ。今なら光の翼が受け入れてくれるからそっちに移動しろ、と」

「そいつはーー」


ロアの口から漏れた堪え切れない笑いは、やがて呵々とした大笑に変じた。


「笑わせてくれるじゃないか、ジェイコブ。こっちへきても変わっていないようで安心したぞ」


差し出されたロアの右手を、ジェイコブはがっちり掴む。


「お前こそ、生身になって水を得た魚みたいだぞ。アンマンパンから聞いたが、デカい土産があるんだろ? 口車に乗せられて遥々こんな所まで来ちまったよ」


そう言ってロアの二の腕を叩くジェイコブ。

唐突に始まった再会劇はしかし、メリーの、


「あの、そういう私事は後にしてもらえません? 暑苦しいので」


という一言で終わりを迎えた。

水を差されたロアはジェイコブの連れてきた面々を見て、


「ところでこいつらは殺し合う覚悟を持ってここにいるのか? 念を押しておくが、ただ他のギルドに搾取されるのが嫌でなんとなくついてきた奴は混ざっていないだろうな?」

「初対面の相手に随分なのはそっちもですね」


メリーが髪と同じ色の細い眉を吊り上げて不満をあらわにする。

おっさんがそれに同意をするように、


「わざわざ俺達が会いにきてやったのにそれか? 戦力的にはこっちにそっちが合流した形なんだがね」


ロアの確かめるような視線に、アンマンパンは肩を竦め、


「俺はそいつは呼んでない」


それを聞いたロアは呆れたように言う。


「どうしていいか分からずに徒党を組んだだけの奴がでかい口を叩くな」

「なんだとお前!」

「なにがわざわざ会いにきただ。大手ギルドにマークされ、その関係性を引き摺って逃げてきただけだろうが。こういう状況だ。戦力的に助かるから指摘しないつもりだったが、そちらが先にその言葉を吐いたのなら引き合いに出さざるをえないぞ。お前達、後で俺の島で暮らすプレイヤーや現地雇用したガキ共に謝っておけ。巻き込んですみません、ってな」

「おいロアーー」

「ジェイコブ、俺はアンマンパンを通してお前達に取引を持ちかけるつもりだったが、対価は相応のものを出す用意があった。謂わば対等な立場だ。しかしお前達は独自に大手ギルドと接触し、対応をミスった挙句、その後処理をしないでここまで来たな。今戦力が少しでも多く必要なのは俺達ではなくお前達のほうだ。これは貸しだぞ」

「おいおいおいおいーー」


何か言いかけたジェイコブはロアの瞳を見て諦めたように口を閉じる。そして銃が暴発するように激昂し、その矛先をおっさんに向けた。


「おいてめぇぇぇ! 何俺を差し置いて勝手に恩に着せてやがる! この落とし前はどうつけるつもりだおらぁっ⁉︎」

「ーーうぐっ⁉︎ ぐ、ぐるぢぃ」


首を掴んで持ち上げたせいで、おっさんの足が宙に浮いている。

おっさんの背後にいるドラゴンが身動ぎするのを受けて、ジェイコブのドラゴンとギルドメンバーも動こうとした。

そこへ、それまで沈黙していたコーメイが腕を上げて背後を制止し、


「そこまでにしておくんだ。このままでは血を見ることになる」

「ーーチィッ」


舌打ちと共に解放され、咳込むおっさん。


「ひとまずそいつのことは置いといて話を続けようか」


ロアが言うとおっさん以外が注目した。


「だがその前にーージェイコブ、お前は誰もいない無人の島を見たか? 持ち主が全てログアウトした状態でこっちに移動してきた島だ」

「いや……少なくとも周囲にはなかったな。でも変な時間帯ではなかったし、全くの無人って島はなかった可能性もあるぜ」

「では運営がクエスト用に置いた島は?」


はっとした様子のジェイコブとコーメイ、ついでにメリー。


「それもない。というか、あったらこんな状況にはなってないだろうよ」

「まあ、そうだろうな。ーーとなるとこっちにくるのは時間の問題か」

「何か方策が? 正直我々に提供できるのは数だけですが、それも相手が相手なので、組むメリット足りえない。三の味方を得るために十の敵を抱え込めと言うようなものですから」

「そうとは限らないさ。しかしまずは戦力の把握が必要だ。あとは動機。こっちの情報を持って向こうに走られては困る」

「すいませんがその前に一ついいですか?」


コーメイとロアの会話にメリーが割り込んだ。


「さきほどあなたは現地雇用したと言ってましたが、それは地上の人々のことですか? もしそうならいったいどうやったか教えてもらっても?」

「それは俺も気になっていた部分だ。ひょっとして土産というのはーー」

「下に降りて街に行き、金で雇った。さきほどコーメイは、自分達が提供できるのは数だけと言ったが、こちらからは下の地勢、国勢、言葉などの情報を出す用意がある」

「マジかよ……。ならーー」

「ちょっとあんた! すぐに私達にそれを教えなさい!」


ジェイコブの台詞を遮ってスズネが激しく言う。


「それがあれば追われなくて済むじゃない!」

「ほう、そうなのか」


ロアは薄笑いを浮かべ、どうやって罠を作動させずに置き餌を取ろうか悩んでいるネズミを見るようにスズネを見た。


「それで、お前は人里から離れた秘境で、まるで原始人のような暮らしを送るのだな。対価として俺に島を渡して」

「なんでそうなるのよ!」

「なんでもくそもない。お前は一人で地上に降りるつもりなのか? そうではあるまい。お前のような奴にそんな度胸はないだろう。……そうだな。隣にいるシンヤか後ろの二人でも誘うか? それで地上の国に見つからないようこそこそ隠れて生きるんだな」


そこで、コーメイが何かに気づいた顔をした。


「もしかして、地上は安全ではない……?」

「それは場所次第だ。ただ少なくとも、竜騎士とかいう航空戦略を持った国と、飛行船に大砲を積んだ国が争っているのは確かだな。それは俺がここへお前達の島を移動させた理由の一つでもある。ここからほど近い国は、大国二つの争いの焦点となっているのだ」

「詳しく聞いても?」


コーメイは興味がありそうな素振りを隠さない。

ロアは首を横に振り、


「それは後で地図を見ながら説明したほうがいいだろう。今はそれよりもワンナイトラブの四人だ」

「ラブじゃなくてエンジェル! あんたわざと言ってんでしょ!」

「それで、ギルマスのシンヤはどうするんだ? サブマスは俺から地上の情報を手に入れ、下で暮らしたいそうだぞ。これはお前達ーーまあ、四人だがーーの総意ということでいいのか?」

「……今あなたが話したことは本当なんですか?」

「本当だ」


シンヤは話を聞けるタイプだ。

ロアは丁寧な口調で、


「元の世界で、主力戦闘機より強い個人が、隣の国に出かけて力を見せびらかしながら平穏な生活が送れるかどうか、考えてみればわかる話だ。しかもその国は帝政や王政を敷いている。そもそも地上が本当に平和なら、とっくに俺は島を下ろしている筈。そうだろう?」

「………」

「サブマスのスズネ一人が下に降りて暮らすのなら、それはそれでいい。が、今後の協力が得られないぶん対価は頂くぞ。こっちも命懸けで手に入れた情報なのでな」

「………」

「シンヤ君、止めようよ! スズネは一人で大丈夫だって!」

「そうそう! シンヤ君には私がいるから!」


答えの出せないシンヤに後ろの二人が叫ぶ。

スズネが堪らず、


「わ、私まだ出て行くなんて言ってないし! 将来のために情報を仕入れてただけなんだから! シンヤも早とちりしないでよね! 私はシンヤとずっと一緒に暮らすつもり!」


その言葉に、シンヤはほっとなって、


「な、なんだ。良かった……。俺といるのが嫌になったのかと……」

「そそそ、そんなわけないじゃない! 私がシンヤを見捨てるなんてありえない!」

「ス、スズネ……」

「シンヤァ……」


妙な雰囲気を醸し出す二人に、悔しがる様子の少女達。そこへおっさんが瞳を細め、柔らかな笑顔で近寄る。


「お嬢さん達。もし島で子作りが始まって居づらくなったら俺の島へおいで。ベッドには空きがあるからね」

「キャアアアアアア!」


絶叫をあげた少女二人は、鳥肌を立てて何故かアンマンパンの後ろに逃げた。そしてロアに指示を出す。


「あいつが! あの男が!」

「早くあいつを殺してゴリラさん!」

「しょうがないな」


兜を装着したロアは腰のメイスを手に取った。

おっさんも慌てて弓を構える。


「待て待て待て待て! 頼むからこの島でやり合うのはナシにしろ! ロアもお前の冗談は笑えないんだから、時と場所を選べよ!」

「わかったわかった。なら、これからの方策を立てる前に立場の構築といこうか」


ロアは焦って間に割り込んだジェイコブににやりと笑い、


「さきほどお前は独立独歩と言ったが、どう考えても竜の巣以外の三ギルドは俺達に並び立つだけのものがない。よってこちらからの情報を得たければ対価を差し出せ」


二本の指を立て、


「二つのうちどちらかを選べ。ーーまず一つ目は、大手ギルドとの話し合いで合意を得るか、実際に矛を交えるまで島を移動させる課金アイテムは全て預からせてもらう。俺達の情報を持って裏切りたければ身一つで行け。代わりに島は貰う」

「ふざけるな! 何様のつもりだ! お前だって元はソロギルドだろうが!」

「そ、そうよ! こっちだって七人いるんだから! 横の二人とは違う扱いにしなさいよ!」


おっさんとメリーは、え、という表情になってスズネを見る。

ロアはそれにちらりと目をやった後、説明を続けた。


「それで二つ目だが、こちらはあまりお勧めしない。一応形としてはかなり公平ではあるがーー情報の提供を実際にお前達が戦力として価値を示すまで行わない、というものだ。当然の話だが、大手ギルドと話し合いでケリがついた場合は一切何も教えない。こちらを選んだら対象は竜の巣も含める。そうしないと情報が価値を失うからな。言っておくが、先に立場の上下を持ち出したのそっちだ。今更泣き言は言うなよ。ちなみに後者は今後の行動に制限がかかる。俺が立てた方策に従う場合には地上の知識が必要だからだ。つまり全ての指揮は俺と俺の島に住む人間が採らせてもらう」

「一つ目のほうだな」


ジェイコブがぽつりと言った。そしておっさん、メリー、シンヤの三人を強く睨みつける。拒否したら追放も辞さない構えだ。


「アイテムを預けた後はどうなりますか?」


メリーが訊いてくる。


「別にどうも。島の所有者はお前だ。勝手に誰かを上陸させたり移動させたりはしないと約束しよう。お前が島を移動させる時、納得できる理由があればその分は渡す」

「問題が片付いたらーー」

「その時点で残っている分は返そう」

「……わかりました」

「おい、メリー!」


おっさんがまさか、と声を出した。しかしメリーの意思は固く、翻意することはない。

ロアは次にシンヤに話しかける。


「シンヤ、お前がギルドマスターになったのは何故だ?」

「え? だからそれは多数決で……」

「何故自分に投票した。お前が後ろの三人から選べば、そいつがギルマスになっていた筈だ」

「それはーーその、スズネ達が、よく知らない人達の下につきたくないって……身の危険を感じるから」

「大きいギルドに行かなかったのもそれが理由か?」

「はい」


ロアは顎付近の鎖を弄りながら何事かを考え、


「これは強制ではないのだが、女友達が大事なら、ジェイコブか俺のところ、もしくはメリーの島に移した方がいい。もちろん許可を取ってだが」

「な、なんでですか?」

「お前は何か勘違いをしているようだが、既にギルドマスターという名には何の力もないんだ。保護するシステムはもう死んでいる。倉庫から勝手に物を取り出すことも出来るし、島を移動させることもできる。自分の持ち物を自分で守れない奴が島を持つのは不幸の素だ」


ロアは腰を曲げて相手の耳に口を寄せ、小声で囁く。


「夜中に後ろの三人が島を遠くに移動させ、寝ているお前を殺し、三人の女を襲う可能性だってあった。お前だってあの三人が不満を抱いていることには気づいていただろう。お前達は極めて危ない橋を渡っていたのだ」


シンヤの顔が蝋のように白くなった。

実際にはあの三人はかなり善良なタイプだろう。そうじゃなかったらシンヤ達はここにいない。しかしこれから先もそうだとは限らないし、ロアとしては、島の管理は後ろの三人に任せたかった。なにしろ人間性がある程度保証されているのだ。それに加えてライトプレイヤーの面倒をみれる程度には戦闘力も高い。

結局シンヤは、後で相談してみます、とだけ言った。

だが答えはわかりきっている。三人の少女は島に居れないだろう。


「それで、お前はどうするんだ?」


最後におっさんが残ったが、彼は口でぶつくさ不平を垂れながら、最後に渋々頷いた。

自分を睨むその瞳を眺めながら、こいつの島にするかーーとロアは思った。囮や特攻、贈呈用に使える島を確保しておきたいと考えていたのだ。こういう自分を特別だと思うタイプは、接待されないと強く相手を恨む。裏切った場合を考慮に入れておくべきだ。


「では場所を変えて作戦会議といこうか。ジェイコブとアンマンパンは戦力を纏めておいてくれ」


エドの背に座ったロアは周囲を見下ろし、散らばるプレイヤーを目で追う。

ーー地位を得るワン・ナイト・エンジェルの三人はロアに感謝するだろう。そしてシンヤを中心にした三人の女も問題ない。

ジェイコブとメリーは取引きで繋がったが、教師たるメリヤがいかに困った立場に置かれているか吹き込み、情を抱かせる。そしてロアはそんなメリヤの命の恩人だ。

眼下に手をかざし、手綱に対しするように、ぐっと拳を握り締めると、メリヤという存在を介し行使されるだろう緩やかな支配の手応えを、ロアは確かに感じた。

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