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プロローグ1

一応空白を一度入れてますが、スマホのアプリで書いているせいか、段落が反映されてないみたいです

薄暗い洞窟内に作られた自室で、視界の右上に浮かんでいる数字がコンマ一秒毎に減っていくのを、椅子に座ったロアはまんじりともせずに見つめていた。

カウントダウンの残り時間は十分を切っている。これがゼロになった時、課金アイテム『平和の盾』の効力は失われる。それは即ち、ロアの支配する浮遊島を宣戦布告の対象とすることが可能になるということである。

三百六十度どこを向こうと必ず視界の隅に存在するアイコンーーロアは左下に設定しているがーーを、焦点を合わせないようにしながら二本の指でタッチし、視界中央に近づけつつクリック。開かれたインベントリ内に、課金アイテムを示す金の枠で囲われた派手なデザインの盾があることを再確認する。その所持数は十五である。課金アイテムの最大所持数は九十九であるが、一度の使用で二日効くうえ、一つ八百円。在庫数にそこまで病的に拘ってはいなかった。

ゆったりとしたチュニックとズボンという格好のロアは、メッセージ欄のウィスパータブが不意に瞬いたのに、半ば反射的にタッチする。


『ーーおーい。いるかー?』


設定により顔はなく音声のみである。軽い調子の声と同時に、数少ないフレンドの一人であるアンマンパンの名前がメッセージ欄に表示されている。


『いるけど少し待て。あと少しで盾の更新時間だ』


ロアはカウントダウンを睨みながら応えた。


『いや、それなんだけど。お前今回そこ狙われてるぞ』

『……マジで?』

『マジだ。あんまし大きいとこじゃないけど』


まあそうだろうな、と思う。大手は小さい拠点を狙っても旨味が少ない。しかしーー


『またか、クソが』

『またかって……お前ずっと一人で占有してるじゃん。大手のとこはまず無理だし、小さいとこは狙う場所が限られてるだろ』

『……いつものように盾連打だ』


別にカウントダウンは使用者しか見れないわけではない。ロアはこれまでも狙われている可能性を考え、即座に更新してきた。つまりやることはかわらない。


『いやあ、今回は厳しいかもだ。《竜の巣》のギルマスに聞いたんだけど、複数で示し合わせてやるらしいぞ。お前が所持してると勝ち敗け以前の問題だから』

『………』


ロアの心の裡を冷たい怒りが満たす。他者がもたらす影響に振り回されるのが嫌で単独行動を基本とする男が抱くそれは、平和な日本の現実世界であればとても危険な領域に達している。だがここは現実世界ではない。ゲームの世界だった。


『そろそろだぞー』


おそらく向こうでも確認しているのだろう。アンマンパンがそう言ってくる。

ロアは応えず、三、二、一と減っていく数字を黙って眺め、ゼロになった瞬間インベントリ内のアイテムをタッチした。

アイコンが暗くなり、三秒のクールタイムが発生。時計の針が回るように明るさが戻っていく。アイテムの残数は十五のままだった。しかしロアが再びの使用に踏み切ることはない。

その視線はじっとメッセージ欄に注がれている。


『ギルド《岩窟王》は、ギルド《ドラドラドラ》に宣戦布告されました。これより五日間はギルド加入、ギルド脱退は不可になります。傭兵チケットの使用は戦争開始前迄です』


その後、ウインドウの文字通りに消音不可の重要メッセージが流れてくる。


『オイオイオイ。お前のとこ状態が準備中になったぞ。相手はどこだよ?』

『《ドラドラドラ》ってギルドだ。人数はーー』


ロアもまたギルドリストを検索して、


『ーー十三人だ』


答えながら、ギルドリストからメンバーを出し、相手のレベルや最終ログイン日、加入日時をチェックする。


『全員二百五十五のカンストか。しかも加入日がここ数日に集中してる。どうも幽霊をキックしてるっぽいな』


アンマンパンが気づいたことを全て言ってくれた。示し合わせたという先の言が事実なら、戦力を集中させた複数のギルドでタイミングを合わせ布告連打したのだろう。もちろん、だからといって必ず成功するわけではないが、今回はそうなったということである。そしてインしていないメンバーのキックは、傭兵チケットの使用数の上限がこちらの数が相手ギルドのメンバー数と同じになる迄だからだ。

これまでロアは、相手がソロギルドだからといって幽霊メンバーを抱えたまま宣戦布告してきた敵を、チケットの大盤振る舞いによって叩きのめしたことが何回かあった。

本来ならば真っ先に対策されていても不思議ではない勝因だが、大半のギルドが幽霊の在籍をスルーし、カムバックに儚い期待を抱いたまま戦争を仕掛けるのには、傭兵チケットの価格が大いに関係している。


『一万二千円か……』


ロアの厳ついアバターが眉間に皺を寄せる。それだけあれば十一連ガチャが十二回も回せる。連ガチャは一つは必ずA以上の装備が出るので、さらにその中の一つくらいはSクラスになると期待が持てる。Sクラス装備の強化には同クラス同部位同強化値同種別の装備が必要なので、課金アイテムやゲーム内マネーに困ることのないロアにして茨の道であった。


『どうする? 十二人雇うか? 俺はそうしたほうがいいと思うぞ。さすがに今回は無双できないだろ』


ロアの呟きを拾ったアンマンパンが訊いてくる。

応えようとしたロアを、アンマンパンが言を重ねて遮った。


『ーーちょっと待て。同業者からだ』


そう言ってなにやら別の人間とやり取りを始める。

ロアは文句を言うでもなく黙って待った。同業者とはアンマンパンと同じ、拠点持ちを目指さずにチケットによってGvGに参加するギルドのマスターだ。今回はそれなりの戦闘力を持った傭兵がある程度の数必要になる。世話になるかもしれない相手だ。わざわざ印象を悪くする必要はない。


『ーーおいロア。リストで《天空の島》と《ジャックの尻の毛》を検索してみろ』


話し終えたらしきアンマンパンがそう言ってきたので、ロアは言われた通りギルドリストで検索をかけ、出てきた中身に目を通す。そうして、氷蒼の瞳を剣呑な形に細めた。


『どちらもソロギルドで、拠点持ちだな』

『そうだ。んでどっちもここ数日で宣戦布告されてる。ソロギルドの拠点持ちは他にもあるがそっちも盾が切れ次第やばいかもな』


オープンベータ初日からいるロアは課金アイテム連続使用によるソロ占有の先駆者である。だがそのやり口が知られている今となっては同じ真似をするプレイヤーは少数存在していた。そしてロア含めその全てが適員五名以下の小規模拠点持ちだ。

課金アイテム連続使用は完全ではない。それは今回の件でも明らかである。更新の隙を突かれ宣戦布告された場合、如何にして勝利を収めるか。それが肝であった。

雇う傭兵は少数であればあるほど己の望む戦力で埋めやすい。息の長い大手のギルマスは必ず他者よりも優れた部分を持つ。これらの結論に達したロアが小規模な拠点に狙いを定めるのは必然だ。

そしてそんな小さな拠点を狙ってくるのは大抵、小さな勢力で、彼等は殆どの場合ライトプレイヤーだった。


『同時に複数の場所を戦場にすることで有力傭兵の集中を回避しようとしてるらしいな。さっきのウィスも足りない面子の補充をウチのギルドから出せないかって話だったし。このぶんじゃ俺等が把握してないソロギルドもやばそうだ』

『のんだのか?』


口を開きながらメッセージタブを操作して顔表示にチェックを入れると、二十前半くらいの金髪の男の顔が浮かび上がった。

アンマンパンはニヤニヤと笑みを浮かべていた。


『保留にしてある。向こうの条件は種と根を一人頭二個、雫と実、幹を一個ずつ出すそうだ。まぁ最低レベルだし、たぶん交渉したら増えるだろうが』


ロアは倉庫のリストを開き、五種のアイテムの在庫を確認した。

筋力の種と反応の根はほぼセットで扱われるため同数の百二十三個が、生命の雫、魔力の実、持久の幹の三種は二十個づつ。


『五と二を限度に十人確保できるか? もしそれより安く済ませることができるなら浮いたぶんの五割をお前にやる』


交渉の余地がほぼないため、正直に打ち明けて利益で釣る。在庫数があまりないのはロア自身が使用しているからであり後悔はない。拠点を維持するためにそれを使用しないのは本末転倒というものだった。

傭兵は防衛側しか雇うことができない。運営曰く、それは戦う相手を選べないがゆえの救済策らしい。だが物は言いようだ。そもそも攻撃側はタイミングや場所を選択できるため、わざわざ自分達より多人数の相手を選ぶ物好きは少ない。需要自体が偏っているうえ、そうすることで大規模拠点は大規模ギルドしか落とせないようになる。勝利後にメンバー全てをキックすれば実質ソロで大規模拠点を占有できるが、儚い夢である。やるやつもいないだろう。


『とりあえずその条件内で話を通してみる。無理そうなら連絡するわ』


そう言ってアンマンパンは顔表示を消した。話は終わりということだ。

プレイヤー用の種と根は価値が低い。ロアは定期的に行なっている取引所のチェックをし、ドラゴン用の三種のアイテムが出品されてないことを確認して腰を上げる。扉のない自室の出入り口を潜り、姿見のある装備部屋へと移動した。

そこにはロアの倉庫リスト内にある武器防具がズラリと並んでいる。五十平方メートルのこの部屋は、拠点を持つことによって七日に一度得られる五種の消耗品の次にロアを喜ばせる特典だ。


「ご用命はなんでしょうか、ご主人様」


そう発言したのは入り口の傍で待機していた髪と髭が白くなった骨太な初老の男だ。アイテム管理人NPCである。


「最上級の赤ポーションと青ポーション、万能薬をサックベルトに五個づつ。竜骨シリーズの装備一式を」


姿見には大柄で彫りの深い男が写っている。技術の進歩によってもはや現実の人間との違いは探す方が難しい。髪は黒く肩口まであり、前髪は額で切り揃えてあった。高貴な女性がしていそうな髪型だが、写る男の姿にそのような成分は皆無である。

ロアは容姿変更チケットを購入し、標準的な身長、体重のNPCが横に並んだ際、違和感を抱かない最も大きな体格に設定した。最初は最大身長の二百五十五センチあったが、まるで別ゲームのキャラを並べたような印象を受けたため、徐々に減らしていき今の高さになった。

身長二百三十センチ、体重百五十キロ。それがロアのアバターだ。まるでギガントピテクスのようだが、ぎりで大男の範疇に収まっている。世の中には二百十センチくらいあるスポーツ選手もそれなりにいるので、それより二十センチばかし高いだけだった。


「つけてくれ」


防具を持ってきたNPCに着用を手伝わせる。

このゲーム、アイテムリストはいつでも閲覧可能だが、取り出しには厳しい場所の制限がある。一部の特殊アイテムを除き、保管場所でしか持ち出しできず、また所持可能な数や重量もプレイヤーの行動に物理的な制限をかける。しかも、クリック一つで装備した場合、性能値が八掛けされてしまうデメリットがあった。

ーーといってもゲームはゲーム。本当に細部の所作まで描かれるわけではない。背後や足元で何かの動作を行うそぶりを見せるNPCと共に、時間経過を示すバーが出るだけだ。

インナー姿の肉体が、バーが埋まるたびに装着される鎧で見えなくなる。ロアはそれを姿見越しに眺めながら、満足そうに相槌を打った。

ゲームというものは、自由を楽しむ部分と不自由を楽しむ部分とが存在する。このゲームを作った奴はそれをよくわかっていた。

一連の経緯を辿るたび、己にぴったしのゲームに出会えた幸運を噛み締める。

だが、流行り廃りの激しいネットゲーム世界。これも例に漏れず、最盛期を過ぎ緩やかに衰退の道を歩んでいた。

数度のサーバー統合を経て、今稼働しているのは二つ。元々萌え要素のないバタ臭いデザインだったため絶対数は多くなかったが、それでもまだ休日ピークの同接はなんとか四桁で踏み止まっている。だが先は見えていた。

NPCが距離を取ったのに気づき、上下胴と脚の装着が終わったのを知る。兜と籠手のみが台の上だ。装飾のない指輪を確かめて籠手に手を通し、兜を掲げてゆっくりと被る。デザインはシンプルだ。頭頂部分は人の頭蓋のように丸みを帯び、眼窩には風除けにレンズが嵌め込まれている。鼻当ての下は開いているが、細鎖を編んだものが頰の左右の留め金から垂れて首までを覆っていた。

鎧は黒い地金に、白色の筋が骨を模したように走っている。強化値は武器盾含め大半が最高の二十で残りは十七と十九。純粋な性能値は高いが、常用しているものは少ない。課金装備の補正値は対モンスター用であり、大半のプレイヤーは高い対人補正を持つ勲章装備か、両方に対応する生産装備で外に出るからだ。

そしてそれこそが、ロアが大手ギルドからの干渉を受けない理由の一つとなっていた。

宣戦布告されないということは、宣戦布告できないということでもある。能動的にGvGに参加しないロアは恨みを買う機会がなく、補正がないとはいえ素の数値だけでみれば上位十人の中に入るため面白半分でキルするには割に合わない存在だ。

姿見の向こうから、自分であって自分でない者がじっとこっちを見つめていた。金で意地を張り続ける男の顔である。骨の髄までどっぷりと浸かってしまったロアにとって、もう一人の自分に等しい。もしサービス開始初期にいた、月に一千万近くを注ぎ込む猛者がまだ残っていたら、ロアはとっくの昔にペースダウンしていただろう。ライトユーザーと成り果て、似たようなプレイヤーと行動を共にし、それ自体に嫌気がさして引退していただろう。だが一人ならず存在していた彼等は皆姿を消してしまった。残ったのはいつの間にか上へと押し上げられ、引くに引けなくなった孤独な男だ。皮肉なことに、周りに気を使う必要が薄れたことが、ロアのこのゲームに対する興味を持続させていた。

ロアはポーションの類が詰められたベルトを装着し、最後に武器と盾を手にする。プレイヤーは一つだけ生産を極めることができる。ロアのそれは片手金属武器だ。つまり今手にした武器は自作したもので唯一それなりのーー勲章武器には及ばないもののーー対人ダメージ補正がついていた。盾はガチャ盾である。名称は《地獄の壁》。獄卒シリーズの一部分で単体でもノックバック耐性が上昇するが全身を同種でかためるとセット効果が発生する。しかし竜骨シリーズのセット効果のほうが優秀なので盾のみで使用している。竜骨シリーズには盾が存在しないのだ。

準備を終えたロアは、最後にいつもの流れで装備ドロップを防ぐ課金アイテムを使おうとして思い留まる。これを使えば自分は落とさないが相手も落とさない。今回はいらないだろう。

自作メイス《覇王の頭骨》を鋼線が巻かれた握りを下に腰にぶら下げると、黙ったまま立ち尽くすNPCに一瞥をくれ、ギルド倉庫をあとにする。

さっきまでと違い、少し激しく動いただけで持久力が消耗される。動作速度も遅くなり、まるで真綿に包まれたかのように感覚レベルが落ちた感じがした。プレイヤーが普段着として防具を着用しない理由である。

もし拠点を失えば殆どのマスがロックされるだろう。引き出すことは可能だが、入れることはできない。そして街のレンタル倉庫ではあれほどの容量は稼げない。そうなればアイテムの保管に対しかなりの不便を感じるようになるのは想像するに容易い。


「ご用命はなんでしょうか、ご主人様」


食堂に入るとコック帽を頭にのせ、エプロン姿の壮年NPCがチョビ髭をピクピクさせながら訊ねてくる。


「三だ」


ロアは壁にあるメニューの三番目の絵を指差し、長テーブルについた。料理はすぐに出てくる。作り置きに違いない。

手掴んで口に持っていくと細鎖の口覆いがあるのに消えるので五秒で食べ終わる。このあたりはゲームっぽい。そしてバフがついた。

去り際、佇むNPCに、


「もっと精進したほうがいい」


と、捨て台詞を吐く。返答はなかった。

このギルドにいるNPCは三名である。これは拠点にデフォルトでつく人数で、拠点のメリットを享受するための最低限の数。聞いた話では、大手ギルドの中には町を建設し住人を設置したところもあるとか。四六時中従者がつきまとい、まるで王侯貴族のように振る舞えるそうだ。

《岩窟王》が勝っている部分といえば、自然とNPCに優しいというところだろうか。クソみたいなプレイヤーにおべっかを使うことを強いるなど、NPCに自我があったら背後から刺されるに違いない。

外に出る前に中央制御室に行き、巨大な盤面で浮遊島の位置を確認する。大手ギルドの島はほぼエンドコンテンツの周囲にある。周回は移動時間が短いほど効率がいい。これもまたギルド同士の仲が拗れる一因だ。

ロアが地図上でタッチパネルで動かすように自らの島を移動させると、有料で手に入る燃料の使用の許可を求められたので肯定する。

何も感じないが、島は移動を開始した筈である。

洞窟を出たロアは照りつける日差しに腕を翳す。日が沈むまで暫くある。入り口のある禿げた山の中腹から頂上を目指した。

目的の場所にはすぐつく。近づくにつれ胸が高鳴る。まるで恋人と待ち合わせでもしているかのようだ。


「ご用命はなんでしょうか、ご主人様」


巨大な厩舎の横にある質素な小屋の入り口で佇むNPCが言った。日に焼けた背の低い男だ。この男含め三人のNPCは全て最高ランクのキャラにしてある。課金で。

これに関しては妥協してない。バフの上昇値や効果時間、作業の待機時間、自然回復力などに関わってくるのだ。

そして最高ランクなのに最低限のことしか言わないのは、メンバーがおらず普段ここで会話がなされないため。会話の弾むギルドでは、学習したNPCがまるで人間のように話しかけてくるという。刺されろ。


「出かける」


言葉少ななロアの意を受けたNPCは厩舎に入っていった。すぐに足元から微かな振動が伝わってくる。

厩舎から現れた黒い巨大な影は、その黄色い瞳をロアに向けると嬉しそうに喉を鳴らした。


ーーこの感動には慣れるということがない


もうだいぶ前から、世間ではVRペットというものが流行っている。VR世界で完璧に再現された動物を飼育するというものだ。一時期は昔流行ったロボット然としたAIペットに毛皮を被せ、感触を再現した商品が出回ったが、無機的な外見ならともかく有機的な外見のロボットの表情に耐えきれず破壊に走る持ち主が続出したため、もう愛玩用はほぼ生産されていない。その後に訪れたのがVRペットである。


VRMMO『竜宮城物語』


このゲームを言い表すならば、たった一言で事足りる。それすなわちーー


ドラゴンライダーになれる、である。


この類のゲームが開発されるのは必然だったろう。なにしろVR技術が普及する前から似たようなゲームはあったのだから。それはRPGだったりACTだった時もあれば、SLGやSTGだった時もある。

『竜宮城物語』はA.RPGだ。古生物学者達が人生をかけて再現しようとした恐竜のモデリングを流用し、触感までも組み込まれたVR機器は、ここにドラゴン達との共存を可能なものとした。

もちろん他にも似たようなコンセプトのゲームは開発されている。しかしロアが試した限り、リアリティにおいて同ジャンルでこれに勝るものはない。だからこその制限も多かったが、今も残るプレイヤーは皆それを楽しめる者達だろう。

しかしこのゲーム、最終的にマイナー作の烙印を押されるというのも予想できる。昔からリアリティに拘り過ぎたせいで売り上げが伸びず、その作品を最後に解散したチームは多々ある。

今後、ますますプレイヤー人口は流出し、売り上げを支える一部の廃課金プレイヤーの気持ちが萎える時が必ずくる筈である。一人ぼっちで楽しむだけの世界でよければ、これよりもリアルなアプリは幾つもあった。

ロアは頭を振ってつまらない考えを振り払う。このようなことは自分が心配することではない。いつかプレイできなくなるのは確実なのだ。ロアにできるのはそれまでの間、愛騎であるドラゴンに金と時間、愛情を注ぎ込むことだけだ。


「やあ、エド」


名前を呼ばれたドラゴンは前脚を追って首を地につけた。

ロアは斜めに下ろされた翼の前側ーー頑丈な部位ーーから、大柄な体躯からは想像できないスムーズさで胴体を登り、背中の竜鞍に腰かける。

竜鞍にはうつ伏せに寝そべるタイプや前傾して跨ぐタイプなど幾つかあるが、ロアのものは椅子タイプだ。翼の付け根の近くや、背骨の上の鱗のなかで最も硬い部分にかけたワイヤハーネスと胴体に回した皮ハーネスで固定されている。

課金で得た玉座タイプの椅子は背後からの一撃を完全に防ぐ、高く硬い背もたれをしていた。黒いレザー調に金枠、肘置きは優雅なカーブを描き、脚は蔓を模してある。

三点式のシートベルトを身体に廻す。


「待て」


前脚を戻し、首をもたげたエドが一歩踏み出す前に制す。

マップを出して島の移動が終わったか調べたがまだのようだ。

このゲーム、転移魔法や装置は存在しない。最速の移動方法は島である。運営がそう決めているので、それはシステム上最速のドラゴンよりも速くなくてはならない。つまり、全装備最高ランク換算で全オプションの補正を速度アップに、しかも数値は最大で、竜の育成も速さ特化にした場合よりも上でなければならないのだ。その場合、重さによる補正があるため、騎乗するプレイヤーは布装備、かつ身長体重は小人や妖精並みになる。

ロアが今、何事もないように感じるのは運営が用意した恩恵であり、飛び立った瞬間それは失われてしまう。容赦のない風圧に晒され、島に置き去りにされるのだ。

なので空いた時間を使いギルドリストで《ドラドラドラ》の同盟ギルドを調べ頭に入れる。

しばらくするとミニマップの光点が止まったので、エドに声をかけた。

許可をもらったエドは風上に向かって移動し、山頂から一気に駆け下りる。翼膜の下方を流れる大気が魔力によって爆発的な流速を得、生じた揚力はエドの身体をふわりと浮かした。

高度があがるとここが島だというのがよくわかるーーいや、高度をあげないとわからないといったほうが正確か。

このゲーム、ドラゴン一頭につき拠点にて与えられる広さは、古生物学者達が試算した白亜紀に河と緑、平原のある地域で暮らしていた大型肉食恐竜のデータを目安にしているという話だ。つまり一頭つき五百平方キロ。この島は適員五人なので二千五百平方キロになる。その島の中で水が湧き、山や森が存在する。

下方に目をやると、風に吹かれた草原が海のように波打っている。草を食んでいた四つ脚の獣の群れが、驚いたように走り出した。あれがドラゴンが常時得られるバフの素で、その効果の高さは島の自然のランクによる。そしてずっと先の森では、翼を持つ生き物が慌てたように木々に紛れようとしていた。

その森の中に巨大な樹が聳えている。プレイヤーに使用できる筋力の種と反応の根、ドラゴンに使用できる生命の雫、魔力の実、持久の幹の供給元だ。島が浮いている原因でもある。適員百人の島では凄まじく巨大で、それだけでも一見の価値があるらしいが、ロアは近くで見たことがなかった。

運営が《天宮樹》と呼んでいるそれよりも高度を取ると、生い茂った葉の中に鳥が巣を作っているのが見えた。

ロアは二度思う。

このゲームを作った奴は本当によくわかっている。

ワイバーンの群生地がある島外縁を越えて宙に躍り出る。遥か下の方に島から落ちる川が原因の雲が見えた。

ロアは周囲の索敵はエドに任せ、自身は太陽の位置を直視しないように気をつけながらもそちらの警戒を切らさない。このゲームでもやはり太陽を背に仕掛けるのはセオリーとなっているのだ。

命中させるのは難しいが、例え最高の装備に身を固めても、大型ドラゴンの直接攻撃を食らったプレイヤーはほぼ即死する。魔法を撃ち合ってじわじわと殺されるのは逃げ場のないGvGだけで、野外PvPは大半が出会い頭に倒せるかどうかが決まった。




ロアは進入不可の、他ギルド所有の浮遊島を迂回するようにエドを旋回させた。ゲームの特性上、空にダンジョンはない。ボス系モンスターは野外フィールドとインスタンスエリアに分かれて存在するが、その中の一つの入り口が浮遊島に囲まれるようにして光っている。まるで大陸の如き島の外縁部だ。パーティを組んであそこから入ると、メンバー以外は入れない別フィールドに飛ばされて会敵するわけだ。

その入り口が見渡せる場所に、島とも言えない岩が無数に浮いている。その中から太陽との線上に近い比較的大きな一つを選ぶ。

着地前から先客が複数いるのは気づいていた。しかし場所が場所なだけに慌てたような挙動はいい印象を与えないため、躊躇わずに脚をつけさせる。

エドに乗ったロアを四人ばかりのプレイヤーがじろじろ見てきた。どいつもこいつも癖のあるドラゴンに跨っている。

彼等は初めこそエドの大きな身体に驚いた様子だったが、オードソックスな体型とロアの格好に興味を失くしたように顔を背ける。中には馬鹿にしたように口を歪めるプレイヤーもいたが、しばらくしたら前者も後者もぎょっとしたように二度見した。

片側の二人が詰めて場所を空けてくれたので遠慮なくエドを割り込ませる。

隣に並んだプレイヤーがギルドリストを見ながらエドのハーネスにあるギルド章を確かめているのがわかった。

ロアもまた警戒を忘れずに彼等を観察する。

キャラクター名が浮かんでいたりはしないので名前は一切わからない。外見から、身につけているのはキャラクターによる生産装備だとわかった。

彼等のドラゴンは体色がくすんでいる。課金アイテムで色を変えていない証拠だ。属性を隠すために販売されている色は光沢があって発見されやすい。GvGで使う者が多かった。

彼等はPKである。そのドラゴンは濃淡はあれど黄色や赤、緑の混じり合った色合いをしており、体型から推測される成長方針も対応力の低い特化タイプだ。火力か速度を重視するやり方だろう。

PKは時間をかけると逆襲にあう。リスクを下げるには一撃で仕留める。狙うのはプレイヤー、攻撃方法はスキルか直接攻撃のどちらかを重視するのが一般的だ。複数いる相手を襲撃する場合は前者を選ぶ。噛み付きや爪は必ず速度が落ちるからだ。そこでスキルの威力を上げるためにドラゴンの知能を高くする。

しかしアルファベットでランク付けされるドラゴンの八つの要素は全てが無条件にランクアップできるわけではない。知能を上げれば頭部の割合いが大きくなる。すると加速能力や最大速度といった部分がマイナスされる。そして低下する割合は一定ではなく、その時点での体型や合成に使う素材が重要であった。

性能を底上げするにはランクの高い要素を多く持つガチャ竜と合成するのが一番だったが、それをやり続けると大抵昔ながらのオードソックスな体型になる、というのが多くのプレイヤー達の見解だ。

この場にいる彼等のドラゴンは頭部がそれなりに発達し、落ちた速度面を補完するために翼を小さく、体格も竜鱗も小さくしていた。旋回能力や直接攻撃力、防御力も犠牲にしている。そうやって得られる性能は上手く嵌まればどんな相手も殺せるが、彼等の目標は中堅プレイヤーの筈である。

勲章装備の連中はまずドロップ不可の課金アイテムを使用しているのだ。

といっても、それを使用しているからといって絶対に狙われないというわけでもなかった。相手にリアルマネーを使わせるために嫌がらせでやる者も存在するからだ。

しばらく無言で時計の針が進む。

これこそPKを専門とする者が頂点に立てない理由だ。多くのゲームでPKは待ち時間や逃げる時間が多く発生する。それ目的のゲームは別として、非効率的になるよう調整されているためだ。


「あんたは五番目だ」


やがて痺れを切らしたように一人が口を開いた。


「だが、もし目的の相手がいて、先手を望まないなら仕掛けていい」


相手の表情は兜にすっぽり包まれてわからないが、狙いは想像がつく。

反撃は二番手に集中する。先手は悠々と離脱できるというわけだ。

だがこれは渡りに船だった。ロアにとっては出待ちの情報が廻り、正義漢ヅラしたPKK達がやってくることがもっとも忌避すべき事態なのだ。

ロア自体の戦闘力の最終的な数値は精々が大手ギルドの中堅レベルでしかない。補正の力は偉大である。それがどんな相手とやっても勝ちの目が出せるのは、ひとえにエドのおかげだった。

そしてそんなエドでもどうしようもないのが数の力だ。ロアとエドに可能なのは精々がライト層への無双で、本当の意味でーー相手を選ばずにーーそれができるのは特定条件下のギルドマスターのみ。

そしてロアがその条件を満たすことはないのだ。


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