二人だけのクリスマス
12月25日。
この日は、クリスマスである。
クリスマスとは、キリストに関係するイベントであるのだが、その本質を知っている人物は、もはや少ない。
もしかすると、あの神が降臨したから、そちらの印象が強いだけなのかもしれないが。
しかし、そのような事情はどうあれ、多くの人にとって、特別な日であるのは事実だ。
それは、カップルにとっても、子供にとっても、親にとっても__。
__そこまで考えて、男の子は考えることを止めることにした。
彼の名は、舞式亮夜。
トウキョウ南都小学校に通う、5年生だ。
亮夜には、親がいなかった。いや、いないことになっているというべきか。
表向き、父も母も病死して、残ったのは財産だけ__と、彼の妹、舞式夜美が用意した設定になっている。
実際には、父は存命、母も一応存命なのだが、もう1年は会っていない。
実家である、「司闇」から、亮夜たちは追い出され、名を捨てて生きなければならなかったからだった。そして、新たに名乗ったのが、「舞式」というわけだ。
こういった事情を考えれば、自分たちは子供の中でも、極めてイレギュラーな立場と言える。
親がいないならともかく、親代わりの人も、身元保証人もいない。僅か10歳__ほんの数日後には、11歳になる__である亮夜が、実質的な責任者であるのだ。その立場の重さは、想像を絶するに違いない。
無論、彼が甘えることの出来る人物など、存在しない。
こうして表面的に甘えるというわけではなく、包容力や愛がある人物に甘えられるような人は、亮夜の周囲にはいなかった。
そう、亮夜のすぐ隣に座っている、夜美のように。
「お兄ちゃん?どうしたの、具合悪いの?」
亮夜の妹、舞式夜美は、亮夜の一つ下の、正真正銘の妹。
あの時からずっと、ただ一人、亮夜の側にいる女の子だった。
かつて、実家を追い出された時、ただ一人、亮夜に付き従ったのが、この夜美だった。彼女は、全ての立場を捨てて、亮夜と共に歩む道を選んだ。それが、1年ほど前、10月くらいの話だった。
だが、その時の亮夜の記憶はほぼない。あるのは、夜美が話してくれた伝聞だけだった。
あの時、亮夜は事実上の仮死状態に陥り、その間、何があったのか、分からないに等しい。ついでに、ほとんどの記憶を無くしたかわりに、邪魔以外に言いようがないトラウマの山を引き換えることになった。その結果、目覚めた後も、トラウマに苦しめられ、記憶喪失目前の状態に陥っていた。
それでも、夜美は亮夜を見捨てなかった。全ての立場と引き換えて亮夜を選んだのだから当然なのかもしれないが、彼女の献身的な努力の末に、亮夜はもう一度、人間として息を吹き返すことが出来たのだ。
「・・・少し、昔を思い出していたんだ」
とはいっても、それで終わったわけではない。
こちらの世界では、学校に通うのが基本事項で、一応のよそ者である亮夜たちも例外ではない。
そして、金が必要なのも、あの世界と同じで、稼ぐ手段が必要だった。
亮夜が目覚めた後、あちこちを飛び回り、必死に努力を重ね、どうにか今も生活のバランスを保っている。
「この1年、本当に色々あったなぁ・・・」
何があったのか、余りに多すぎるので、説明することは出来ないが、とにかく多忙であったというのは、想像に容易いだろう。
「おかげで、初めてのクリスマスが今回になるとはね」
かつて、「司闇」にいた頃は、そんなことは知る由もなかった。正確に言えば、知識だけ与えられた。勿論、虚実混合の間違った話を。
1年前は、多忙すぎてやっている暇などなかった。
実を言うと、学校に通う事を決意する少し前、夜美がクリスマスをしたいと言い出したことがある。その時の亮夜は、兄心だったのか、かつてのトラウマを再現したくなかったのか、あっさりと承諾した。
もちろん、結果はお察しの通りだが。
「去年は、本当に悪かった。いくら忙しかったとはいえ、許してくれるか?」
言うまでもないが、夜美も忙しかった立場である。
勿論、亮夜の心情は察してあった。
「大丈夫だよ。むしろ、1年も待った甲斐があったよ!」
こんなことを言われると、亮夜としては、妹が出来すぎていて感動の涙を流したくなるのだが、今はそんな些細なことで、この雰囲気を崩したくない。
「はは、それはよかった。頑張って準備した甲斐があったよ」
亮夜は無理に笑って、夜美を抱き寄せた。
実際、クリスマスツリーを始め、家の中は、まごうことなきクリスマス仕様になっている。さすがにライトなどを用意することは出来なかった(電気代がバカにならない為)が、その分、飾りつけはかなり本気だった。
あれは楽しかった・・・と笑みを浮かべながら、手で夜美の肌の感触を感じて、何とも言えない満足感を覚える。
「それにしても、夜美がサンタさんの服を再現するとは思わなかったよ」
亮夜がクリスマス内装の準備をしていた頃、夜美は部屋に籠って、コーディネートを行っていた。
材料の買い物は二人で行ったので、何がしたいのかは大体察していたが、ここまで本気で仕上げてくるとは思わなかった。
赤基調の服に、いつもの夜美からは想像が難しい、短いスカート、ふわっとした帽子に、黒の靴下。さすがにお腹や胸の辺りは露出していないが、二の腕や太ももはばっちり見えている。__ちなみに、亮夜の服装は、精々赤基調で、サンタ風というわけではない。
夜美が度々おしゃれすることは、亮夜も知っていたことだが、今回の姿に関しては、かなり気合が入っていると、嫌でも理解させられる。__無論、嫌ということなどないが。
「えへへ、どう、似合う?」
「うん、完璧だ。すごくかわいい」
亮夜にとって、その評価でさえ、物足りなかった。
夜美はというと、亮夜の称賛に、かなり顔を赤くしていた。
「はわー、かわいい、かわいい・・・」
いつになく夢中になっている夜美を見て、亮夜も満足感を覚えた。
こんな姿の夜美を見られるのは、亮夜だけだ。
こんな姿の夜美を見ることを許されるのは、亮夜だけだ。
自分だけに見せてくれる、年相応、可愛らしい姿に、亮夜は言いようのない独占欲を感じていた。
4年後には、亮夜も、夜美も、お互いを愛し合っていることをはっきりと自覚することが出来る。
だが、今は、お互いにとって、大切な人以上の感情はなかった。
その原因が何なのかは、今でも、いや、当分分からないだろうが、そんな事情は後でいい。
大事なのは、お互いが認め合っていることだ、と亮夜は思っている。
「素敵な時間だね・・・」
「うん・・・」
亮夜に抱かれた夜美は、兄に身を寄せている。
亮夜は、自分の腕の中に、妹を抱き寄せている。
魔法がなくても、お互いに気持ちが通じ合えていると、二人ははっきりと感じていた。
そのまま、のんびりとすごして、長針が半分ほど回ろうとした。
こうして、お互いにずっとそばにいてもいいのだが、もう一つプレゼントを仕掛けるのも面白い__と、亮夜も夜美も思っていた。もちろん、お互いに筒抜けで。
「それじゃあ、お互いのプレゼントを交換しようか」
「うん」
亮夜は、緩んだ顔を隠そうともしていない。単刀直入に言えば、だらしない顔なのだが、それを指摘する人物はいなかった。
それは、夜美も同じで、亮夜からすれば、絶対に他人に見せたくない顔をしていた。
少しの間も離れたくなかった二人は、わざわざ二人で移動して、3つのプレゼント箱を集めた。
元居たソファに戻り、亮夜と夜美は、二つのプレゼント箱を交換する。
双方、満足のいくものが渡されたのは、言うまでもない。
もう一つのプレゼント箱は、もっと大きなものだった。
ラッピングを外し、ふたを開けると、その中には大きなケーキがあった。
そして、そこには長いフォークが二つ。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「このケーキ、二人で一緒に食べよう」
「もちろんだよ」
いくつかにカットされたケーキを、フォークが刺さる。
亮夜が持ったフォークを、夜美の口元に運ぶ。
ケーキを受け取った夜美は、同じく刺したケーキを、亮夜に差し出す。
その繰り返しが、続いた。
「うん、おいしい」
「おいしいね」
その後も、頭を撫でてもらったり、膝枕をしたりと、様々なことが続いて、気が付いたら、すっかり夜更けの時間となった。
「・・・ふう、眠くなってきたね」
「・・・うん」
亮夜の表情には、疲労が浮かんでいる。夜美の顔には、始まった頃の元気いっぱいな様子はどこへ消えたのか、かなり疲れが目立っていた。
「・・・楽しかったかい?」
「・・・うん」
そう答える夜美の表情は、今にも眠ってしまうかのような表情。
「・・・また、来年もやってくれる?」
「夜美が望むなら、いくらでも」
亮夜の口調に淀みはなかった。当然としかいいようがない、綺麗な口調だった。
「・・・」
夜美から返事がない。
「?」
よく見ると、もう眠っているではないか。
考えたら、夜の準備は全く済ませていない。
このまま寝かせてもいいかもしれないが、色々な意味で、最終的に困るのは夜美だ。
かわいい妹の寝顔を打ち消すのは少しもったいないが、亮夜は少しだけ厳しく、夜美を起こした。
「夜はもう少し続くよ」
夜美を起こす亮夜の表情には、いつものように苦笑するような表情ではなく、正真正銘の笑顔が浮かんでいた。