表面vs真実
良く見せたいと思うことはある。
人並以上に賢い、体育会系のように運動が出来る、かっこいい彼氏、といった感じに。
もちろん、見た目の良さもその一つだろう。
例えば、小ささに悩む少女が胸に__。
しかし、それでいいのだろうか。
重要なのは、見せかけのものではなく、本心、真心ではないのか。
そう、あの兄も、妹があんなことになったら__。
彼は、真実を見られるのか。
それとも、表面を見てしまうのか__。
とある休日、舞式家のリビングで、一人の男が倒れていた。高校生と呼べる程度の肉体ではあるが、明らかに不調と言える顔をしている。
それに対して、一人の女は心配そうに彼をさすっている。男と比較して、明らかに身体は小さいが、少し見ただけの印象では、男と近い。
勿論、この家の主たちである、舞式亮夜と、その妹の舞式夜美である。
外出中、気分を悪くした亮夜は、夜美に連れられて急いで家に戻った後、リビングのソファに突っ伏していた。
「お兄ちゃん、調子よくなってきた?」
「まだだめ、渦巻いて気分が悪い・・・」
「・・・一回、トイレ行ってきて、楽にしてきたら?」
「・・・そうさせてもらうよ・・・」
夜美が亮夜を起こすと、ふらふらとした足取りで、口をおさえながら亮夜は部屋を出た。
あからさまに体調が悪いと言える亮夜の様子を見て、夜美は心配そうにしながら、数刻前のことを思い出していた。
少し前、亮夜たちは久々にデートしに行った。
昼食を摂りに、とあるお店に寄った時に悲劇は起こった。
食事を済ませて、会計をしようとした時のことだった。
亮夜と夜美が仲良く並んで、順番待ちをしていた時、入口で若いカップルが喧嘩をしていた。
いよいよ声が大きくなり、店員たちも無視できなくなって止めに入った時のことだった。
「お客様、おやめください!」
この時、亮夜はこの状況に嫌気がさしていた。
喧嘩している内容は実に下らなく、食べる種類如きで喧嘩していた。この点は、夜美も同様に感じていたが、亮夜がもう一つ嫌に思っていたのは、周囲の状況であった。
周囲の人の中に、亮夜が苦手とするタイプの女がいる。
あることが原因で、そのような女性が亮夜は苦手となっていた。その女性が側にいるだけで、亮夜は急速に苛立ちや不快感が募る。
その気持ちに感化されたのか、ついに男が、女に張り飛ばした。
狙ったのか、狙っていないのか、飛ばそうとした方向に夜美がいた。
彼の意識は、夜美を守ることを最優先した。
その結果、
飛ばされた女性を、肩掴みで受け止めた。
この時、彼は一つの懸念を忘れていた。いや、棚上げしていた。
この女性が、亮夜が最も苦手とするタイプであったということを。
女性を受け止めた時、女らしさを出すあの一面に接触してしまった。
全身に猛烈な寒気が、震えあがる、凄まじい恐怖が、亮夜を襲った。
一瞬にして、亮夜の意識は奪い取られて、そのまま仰向けに倒れそうになる。
間一髪、夜美が亮夜の背後から受け止めることが出来たため、亮夜も(ついでに)その女性も、大事になることはなかった。
だが、それを抜きにしても、亮夜がこうなるのは夜美にとって許容し難いことであった。
既に意識を回復した女性を立たせた後、夜美は亮夜を横に抱き寄せたまま、女性を突き飛ばした男に詰め寄った__。
その後、代金を免除してもらった夜美は、亮夜を連れて帰ることにした。お店を出る時、病院を散々に勧められたが、「大丈夫」と言い張って追及を阻止した。
こんな状況では、せっかくの貴重なデートも台無しであった。
一応、帰る途中で目覚めた亮夜だったが、すっかり体調を崩してしまっていた__。
そんなことを恨めしく思いながら、凄い音を聞き終えてしばらくした後、亮夜は戻って来た。やはり、顔色は悪いままであった。
「だ、大丈夫・・・?」
誰がどう見ても大丈夫そうに見えないのだが、思わず夜美はそう声をかけた。
「今日はもう寝たい・・・」
ちらりと時計を見ると、針は2時を指していた。
妹として、兄を休ませてあげたいというのは言うまでもないが、この後の時間を考慮すると、たっぷり寝かせるのには抵抗がある。そうすると、確実に生活リズムが崩れて、それを戻すのにも手間がかかると、夜美は思った。
「じゃあ、ちょっとだけだよ?」
「うん・・・」
とりあえず、2時間くらいは寝てもいいだろう。
そんなことを片隅で考えながら、ソファに座り直した夜美は、亮夜を横にしたまま、膝の上に頭をのせてあげた。要するに膝枕である。
「・・・お願いだから、ここで吐かないでよ?」
「・・・分かっているよ」
万が一そんなことをされても、仕方がないで済ませられる程には、緊急性も、夜美の優しさ、寛大さも、二人の仲の良さも十分にあった。
幸い、日が落ち始めるという時間には、亮夜の体調は回復していた。__ちなみに、夜美の上で吐くといった惨事もなかった。
だからといって、元気いっぱいとか、絶好調には程遠く、起き上がっていられる程度であったが。__どうやら明日、学校を休むことは確定したようだ。
「お兄ちゃん、シャワー浴びたい?」
食べやすい夕食を早めに摂った後、夜美は亮夜にそう尋ねた。
口の辺りにあんな惨状は見られないが、清潔にしておかないと、どこか不都合な気がすると、夜美はそう思った。
「・・・」
それに対して、亮夜は少し恥ずかしそうに俯いた。
「・・・もしかして、あたしに手伝わせることに抵抗がある?」
何を思っているのか理解した夜美が言い当ててみせると、亮夜は静かに頷いた。
「大丈夫だよ、タオル巻くから大丈夫だって!」
懸念を和らげる策を言い出すと、亮夜は少しだけ笑顔を見せた。
亮夜を脱がして__足などを大きく動かすことは出来なかったので、夜美のサポートが必要不可欠であった__、浴室に案内した後、夜美は大きいタオルを巻いた。
背後から、裸の亮夜を洗う。いつもよりも優しく、負担に感じないように拭いていく。
そんな中、夜美の思考は亮夜が気絶したあの場面を中心に構成されていた。
亮夜は、10歳になる少し前にあったあのことで、女性が大の苦手となっていた。
夜美のリハビリのおかげで、性的な女性でなければ、接することはできる。
しかしそれ以前、夜美だけは普通に話すことは出来ていた。
それが、兄妹だからと、安易に片づけることは、なぜか出来なかった。
あれだけの恐怖を植え付けられて、こうしてある程度だが、女性と最低限話せること自体、夜美は亮夜が凄いと思った。
もし、自分が逆のパターンで、男性にあんなことをされていたら、亮夜に恐怖心を抱いていたかもしれない。
よく考えれば、あの時の夜は、あからさまに異常をきたしていたにも関わらず、夜美と普通__と言うには無理があると思われるが、少なくとも夜美から見て普通であった__に過ごすことができたのは、奇跡としか思いようがない。
ここで、夜美の中に新たな疑問が生まれた。
__もし、自分が巨乳となったなら、兄は同じように愛してくれるのだろうか。
__兄が最も憎むであろう要素を持って、自分のことを嫌わないでくれるのだろうか。
そんなことを考えながら身体を洗っていると、大体の部分を洗い終わったので、思考を中断した。
さすがに腰あたりを、タオル越しとはいえ、触る勇気は夜美にはなかったので、シャワーを流すだけで終わらせた。
ひとまずさっぱりさせて、服を着替えさせて、細かい用事を済ませて、二人は眠った。
幸い、これ以上悪化することもなく、亮夜の変調は二日で完治した。
数週間後。
あの時、夜美が疑問に思っていたことは、ますます気になっていた。
もし、あんなことになって、万が一、亮夜が愛想を尽かされたら、想像するだけで恐ろしい。
それどころか、亮夜と夜美の関係に留まらず、お互いにとって、最も信用する半身を失うも同じだ。
そんなことになってしまえば__。
「・・・夜美!?」
今、家でのんびり過ごしていた亮夜が、隣に密着して座っていた夜美の身体から、強い震えと寒気を感じて、少し焦った声で夜美を呼んだ。
「大丈夫か、夜美!?」
「う、うん。少し・・・怖いことを考えちゃって」
「怖いこと?」
この数週間、この疑問を亮夜には知られないようにしていた。だが、夜美の考えていることが、どんどん頭の中で大きな割合を示すようになった上、これ以前にも兄に心配されたこともあって、もう隠し通すことは出来そうにない。
ここは、正直に打ち明けて、解決の道を探るしかない。
少しの無言の後、夜美は亮夜に話すことを決断した。
「考えていたのは、お兄ちゃんがあたしのことを好きになれなくなったら、どうしようかって」
「!?!?」
余りに想定外な発言に、亮夜は思わず咳き込みそうになる。
しかし、すぐに取り繕って、返事を返した。
「そ、そんなわけないだろ!僕は君を愛している!信じてくれ!」
とはいえ、普段の落ち着いた雰囲気はどこへいったのか、完全に狼狽する目前まで慌てている。
さりげなく、とんでもなく熱い言葉が出てきた気がするが、夜美がそのことを気にする余裕はなかった。
「・・・どんなあたしになったとしても?」
「当たり前だ!!・・・どうしてそんなことを言うんだ!!」
亮夜は完全に暴走を起こしている。夜美に言われたことが余程ショックだったのか、思わず立ち上がる程、感情的な部分が目に見えて目立つ。
「・・・あたしが・・・巨乳になったと・・・しても?」
「・・・!!?」
しかし、夜美が改めて話したことを聞いて、亮夜の意識は一瞬にして冷却された。
先ほどの激情はどこへいったのか、人形のように、静かに腰を下ろした。
「あの時からずっと、お兄ちゃんのことを見てきた。だから、お兄ちゃんのことなら何でも知っているつもりだよ。もちろん、嫌いなものだって知っている。お兄ちゃんが巨乳とか、スタイルがよくて女らしい女性が嫌いだっていうことも分かっているよ」
亮夜が静かに頷いたのを見て、夜美は言葉を続けた。
「だから、怖かった。あたしは今まで、女の子らしい程度で済ませるようにしてきた。でも、身体は嘘をつけないと思う。もし、あたしが成長して、お兄ちゃんが嫌うような身体になってしまったらって思うと・・・!」
「夜美・・・!!」
ようやく、亮夜の意識が回復しだして、夜美に制止がかかる。
それと同時に、亮夜は夜美に向かって頭を下げた。
「すまない・・・!今まで、そんなことで深く悩んでいただなんて・・・!」
「お兄ちゃん・・・」
「確かに、夜美の言っていることは盲点だった。そのようなこと、考えてもみたくなかった。でも、いつかはそうなるかもしれないというのに、僕は・・・!」
「だ、大丈夫だよ、お兄ちゃん!」
「夜美?」
「他の人は無理でも、あたしだけは大丈夫ならセーフじゃない!」
「ん・・・ああ、そうだな!でも、どうするんだ?何をしたらいいんだ?」
希望が見えてきた亮夜は顔を上げた。
「ちょっと待って」
夜美が部屋を出て少しした後、夜美はある物を持ち出してきた。
「そう、これを使って胸を大きく見せるんだよ!」
__俗に言う、パッドである。
一体、妹はいつ、こんなものを買ったのかを始め、気になることはたくさんあるのだが、今はこんなことを気にしている場合ではない。
「つまり、これで胸が大きくなった夜美に慣れろと?」
「そう!」
傍から見たら、馬鹿なことをやっているとしか思えないのだが、この二人にとっては将来に関わる、大真面目に重要なことであった。
「よし分かった、せめて夜美だけは・・・!」
「頑張って、お兄ちゃん!」
亮夜の矯正作戦、緊急ミッション、それは、女らしさ全開の夜美を愛するというものであった。
「よし、準備OK。いい、お兄ちゃん、振り向くよ・・・!」
「あ、ああ」
しっかりと取り付けた夜美が振り向いた。
以前より、二回りは、胸が大きくなっていた。
それが目に入った瞬間、亮夜の中に確固たる不快感が出たのだが、なんとか堪えた。
「くっ・・・うっ・・・」
「大丈夫!?無理しなくていいからね!?」
「だ、大丈夫・・・はぁ・・・はぁ・・・」
本当に誰がどう見ても大丈夫そうには見えないが、多少スパルタなことは覚悟の上だ。
今、二人の距離は3メートル程。お互いに手を伸ばしても届かない程度には離れていた。
「じゃあしばらく、ここで話していくよー」
そのまま、適当な雑談を始めていったが、精神的に参っていた亮夜の話題は、違う意味で邪な内容ばかりであった。
「__本当にそれは、あって迷惑なものだ!あの大きさは、邪な気持ちに比例して大きいに決まっている!大体、あれで__」
「う、うん・・・」
毒が強い亮夜の愚痴を聞いて、夜美も同じように疲れ果てていた。亮夜の言っている、間違っているはずのことに深く共感してしまっている程には、色々おかしくなっていた。
「そろそろ次のステップにいくけど大丈夫?」
亮夜は目を背けようとした。
しかし、少しすると、夜美に本気の目を向けた。
「夜美!」
「!!」
唐突に自分の名を呼ばれ、思わず姿勢を正す。
「大丈夫か!」
「え!?」
何故か、心配をされて、素っ頓狂な返事を返してしまった。
「大丈夫、あたし以上にお兄ちゃんは苦しんでいるから、この程度、どうっていうことはないよ。それじゃあ、続けていいかな?」
「ああ!」
少なくとも、亮夜の方が明らかに苦労をしている。自分の勝手で止めることなど許されるものではないと、夜美は思っていた。
とはいえ、このやりとりを見る限り、普段のテンションで会話をすることは出来ていない。いくら兄との会話といっても、このような毒の混ざった会話が続けば、自分の方が心労で倒れかねないだろう。後で修正のアドバイスをしておこうと、心の中で思いながら、夜美は次のステップを始めた。
次は、より近づいて会話する内容の予定だったが、これを飛ばして、スキンシップの実行だった。
最も、最初に近づくだけで、亮夜が大変なことになりそうだったので、実際に手が届く距離まで近づいたのは数分後の話であったが。
「ほ、ほら、お兄ちゃん、もっと、あたしを見て・・・」
「・・・!・・・!!」
いつパニックを起こしてもおかしくない状態の亮夜を見て、夜美はどうしようかと思った。
やがて、亮夜が夜美をもう一度見て、一つ震えを見せると__。
いきなり逃げ出した。
その後、先日も聞いたすごい音が出始めたのを聞いて、夜美は頭痛を覚え始めていた。
数分後、戻って来た亮夜を見て、どう考えても続けられそうにないので、一旦中断することにした。
「酷い目に遭ったよ。本当に毒を吐いているみたいだった・・・」
その発言には、聞いてみたいような、聞きたくないような、ドキドキしそうな内容であったが、愚痴を聞いていた時に気になった発言があったので、そちらを優先することにした。__なお、既にパッドは外して、夜美はいつもの姿になっていた。
「そういえばさ、普段のあたしなら平気なんだよね?どうして最初から平気だったの?」
その言葉に、亮夜は思考に沈む。
「言われてみればそうだな、どうして夜美は平気だったのか・・・。・・・胸だけで片づけられるとは思えないし・・・」
女性に対して明らかに失礼な発言が飛び出してきたが、夜美は少し注意するだけで済ませた。
「・・・嫌いな理由は前に話したっけ?」
「話したよ。ていうか、さっきの愚痴で聞かされた。悪意だと感じてしまうとかどうとかって」
「その理屈で考えると、夜美がいい子だというのは誰よりも知っている。仮に巨乳になったとしても、夜美が悪い人になるわけではないしなあ・・・」
改めて聞くと、ものすごい偏見、というか言いがかりにしか聞こえないのだが、色々な意味で直しようがなさそうなので、スルーして聞き続けた。
「・・・理屈で到底解決できそうにないな。でも、せめて夜美だけは克服しないと、将来に関わるかもしれない。夜美、もう一度頼めるかい?」
その点は、聞かれるまでもないことだった。
その後、変調を度々起こして、目も当てられない状況になりもしたが、少しずつ、夜美に慣れていった。
「夜美はいい人」といった自己暗示を何度もかけて、身体が覚えている拒絶反応を打ち消すかのように、少しずつ耐性を得た。
接近、密着、スキンシップと徐々に難易度が上がっていき、その度に亮夜(と夜美)が大変な目に遭ったが、進歩は確実にしていた。今では、近くにいるだけで拒絶反応を起こすことはなくなった。まだ接触すれば拒絶反応を大なり小なり起こすものの、見るだけで拒絶反応を起こす少し前と比べれば、大分マシになったと言える。
最も、それ相応の体力と精神力は消耗しており、亮夜は激しく息を吐いていた。これだけを見ると、絵面が大変危ないように思えるが、実際には、ただの(?)訓練である。
いよいよ次は、服越しで胸を当てるというものだ。ひとまず、ここまで耐性を得られれば、普段の生活に万が一ということはなくなる。混浴とか、そういうことは出来なくなるかもしれないが、命に関わる事態が無くなるだけ、マシといえるものだ。
しかし、これはかなりの難関であった。
何せ、亮夜が最も嫌うといっても過言ではない部分に、服越しとはいえ、直接当たらなくてはならない。
触れた瞬間、彼の深層心理から、強烈なトラウマが蘇ってくるので、それを抑え込むのでさえ至難の業であった。
体力的な限界もあって、かなりの長期戦となった。
遂には夜美も、女のプライドを捨てるかの如く、兄と同じく汚れてみせた。
その惨状には、亮夜も絶句する程ではあったが、それすら動じない夜美を見て、妹の覚悟を感じ取った。
どう考えても体に悪そうな訓練を続けて、少しずつだが、亮夜に改善が見られた。
数秒ずつ、耐えられる時間が増えていき、それと同時に被害も小さくなってきた。
渦巻く恐怖が出てくるのは変わりないが、それが全身を支配しきることはなく、意識の変化も見られた。
悪夢に負けないよう、正気を強く保ち、自分の意識を貫き通す__。
そして、もう数える気にもならないくらい、挑戦を重ねた頃__。
「こ・・・今度こそ・・・」
「・・・」
ヘロヘロのよろよろの状態になった亮夜と、汚れすぎて言葉を失い始めている夜美。
本当に危ない構図に見えるが、妖しいシチュエーションなわけではない。
お互いに大変なことが起きすぎて、もう目の前のことしか出来ない状態になりかけていた。
亮夜は夜美を抱きしめる。
より強く抱きしめて、全身から夜美を感じる。
もちろん、胸も。
彼の意識にトラウマが一気に流れ込んだのを感じたが、鋼の意識で夜美を見詰める。
自分のせいで、こんなに汚れてしまった妹を。
だからこそ、必ず克服してみせねばならない。
呪われし記憶と、夜美への愛が激しくせめぎ合う。
お互いにぶつかり合う気持ちに亮夜の自制心は壊れて、夜美をさらに強く抱きしめた。
何一つ偽りのない気持ちを、夜美に向ける。
抑え込まれた、いや、より強い夜美への愛により押しつぶされた闇は、亮夜の意識から消えた。
「・・・!」
いつもと同じように、夜美を抱きしめ、強く彼女を見つめる亮夜。
兄の腕に収まり、いつもと同じように密着している夜美。
夜美はまだ、何も言うことは出来なかった。
今までにない程、強く純粋な亮夜からの愛に、彼女は応えきることが出来なかったからだ。
彼女を惑わす羞恥心は、兄妹としての感情なのか、それとも__。
一方の亮夜も、自身の感情の制御が困難になっていた。
強すぎる感情が、自分の闇を抑え込んでいる。
少しでもこの感情を緩めれば、たちまち闇に取り込まれてしまうだろう。
だからといって、このまま夜美を愛し続ければ、ある意味で取り返しのつかないことになりかねない。
今はお互いに服を着て、妹として認識しているのだが、もう少し進めば、もしかしたら__。
反する恐怖に襲われ、夜美を放すことも、捕まえることも出来ない。
どちらを選べばいいか分からない。
パニックを激しく起こし、夜美を解放できたのは、本当に間一髪となる直前、違う意味で限界が来た夜美の行動が、亮夜を正気に戻した時であった。
まさかの展開になり、色々な意味で危機迫った事態を解決した数分後、亮夜も夜美も、物凄く疲労を感じていた。
「危なかった・・・もう少しで夜美に何ていうことを・・・」
「もう少しで気絶するところだったよ・・・トラウマにならなくてよかった・・・」
「本当に済まない・・・」
とはいえ、それだけの犠牲(?)を支払っただけの価値はあった。
「・・・一応、当初の目的は達成できたんだよね・・・」
「・・・ああ、何とか、普通に接することはできるみたいだよ・・・」
「・・・よかったよかった・・・」
さすがにいつものようなスキンシップなどは出来ないが、手をつなぐ、肩を当てるといったことくらいなら何とか出来るようになった。
「でもやっぱり、お兄ちゃんには迷惑をかけちゃうね・・・」
「仕方がないよ。病気に近いものだし」
「大きくなったら、そっちの処置しておこうかな・・・」
「してくれ・・・と素直に言えないのはどうしてかな・・・」
「それはね、きっとお兄ちゃんは__」
こうして、何とか亮夜の矯正には成功したようには見えたが__。
数日後。
またしても、同じ事態が発生したのだった。
「し、死ぬかと思った・・・」
「・・・」
正直言って、言葉にならない程の大惨事であった。
「結局、夜美限定だったか。・・・ある程度想定していたとはいえ、少し悲しくなるな・・・。それにしても、アレは本当に迷惑なものだな。無駄な__」
「・・・うん、お兄ちゃんはよく頑張ったよ・・・」
振り出しに戻ってしまったわけだが、二人の時の惨事を繰り返すことはなかった。
それに、そんな一面が変わらなかったことに、なぜかほっとしていた夜美であった。