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木々に咲いた花の薄紅色、どこまでも晴れ渡る空の青色、芽吹いたばかりの生き生きとした若葉の緑色。
春には光と色に溢れた景色が、今はただ白く覆われている。
他の色を許さないように、ただ白が暴れまわり、荒れ狂う。
この白は、雪、の色なのだろう。
春を生きる小春には縁のないもの。話を聞いただけのもの。
春の王が話してくれた雪は、白く、丸く、ちらちらと舞うように天から降るものだったはずなのに……雪とはこんなにも暴れん坊なのだろうか。
ゴオオオオ――と唸るような音は、風の声だとふと気付いた。音だけでも小春の身体をどこかへと飛ばしてしまいそうな勢いがある。
地面にくっついた大きなシャボン玉の中のような、大きくて丸い、外との境が明確に分からないような空間で、でも、荒れ狂う白い風の動きがそこに確かな境が存在すると主張していた。
そして、見渡す限り真っ白な空間で、それはとても目立っていた。
一点の黒――漆黒。
空間の中央に置いてある、春の王さまが座っていた艶のある木製の椅子に座る後ろ姿。
見える髪も、服もすべてが黒い。
浮かび上がるような黒い存在に、小春の目は引き付けられる。
そして、そんな小春の視線に気付いたのか、肘掛けに手を置いて、その人は立ち上がり振り返った。
黒い髪に、黒い目。全身を黒で包み、見える肌は顔と手だけ。その肌は黒と相まって青白さが目立った。
その漆黒の目が小春を映して、軽く見開く。
「……これは驚いた。てっきり、めずらしくも秋が眠れずに起きてきたのかと思ったが……まさか小春姫だったとは……」
その人は、小春のもとまで歩いてきた。
小春の前に立って見下ろすので、小春は首を上げてその漆黒の目を見た。
「……小春のことをご存じなのですか?」
「姫のことは春の王から夏の女王に、夏の女王から秋の王に、そして、秋の王から俺のもとへと伝わっている。まさかこんなに早く会うことになるとは思わなかった」
「はい。小春もこんなに早く起きるとは思いませんでした」
春の王が目覚めてから小春も起きるものだと思っていたのに。まさか春の王さまより早く起きて、そして、冬に出会うことになるとは思わなかった。
初めての冬に、小春はドキドキもワクワクも止まらない。
だから、その気持ちをいっぱいに込めて、満面の笑みをその人へと向けた。
「はじめまして、冬の王さま。お会いできてとっても嬉しいです」
冬の王はまた少し驚いたように目を見開き、そして、スッと目を細めた。
「はじめまして、小春姫。ようこそ、冬へ」
このとき冬の王は微笑んでいたのだと、小春が知るのはまだ先のことだった。