武道大会の前に
この世界には「時の王国」以外にもいくつかの国がある。
代表的な大国は
北の「鉄の王国」
東の「武の王国」
南の「術の王国」
西の「森の王国」
この四国が有名である。
その他に重要な国は東北にある「魔の王国」である。
「はぁ、はぁ……」
荒い呼吸。
ウザイ汗が背中と両脇を流れ、疲労と恐怖が絡まる足を進める。
日光を遮り、幾重にも重なる葉と梢が作る緑の天井。
足元にうねる大樹の根。
その上を濃い霧が白い絨毯となって大地を覆っていた。
獣や鳥達の鳴き声が、遠く近くに聞こえる。
樹皮に苔を生やした大樹に、叩きつけるように自らの背を預ける。
アダスの姿を完全に隠す太さの幹で、背後からの奇襲を遮断。
さらに周囲に視線を走らせ、感覚を研ぎ澄まし、追跡者の位置を探る。
自分の荒い呼吸と跳ね上がる心臓が、雑音に感じる。
・・・落ち着け。
慌ててちゃ、追いつかれちまう。
光と闇の連なりのなかで、緑の樹海は迷宮となっていて、追跡者の姿を捉えることができない。
長い間に握り続け、体温と同じ温度になった刀をさらに強く握る。
左方の茂みから響く音に弾かれたように振り向く、と見せかけ、右からの風切る音へと、闘気に包まれた刃を放つ。
刀の切っ先が切り裂いたのは、投げられた石。
罠だと理解する前に本能的に前転し、その場から離れる。
回転する視界の端で、大樹の幹が一瞬で木材に変わる。
きれいに斬り倒された幹の向こうに赤髪が見えた瞬間、左へと体を反らす。
破壊音と共に青い光を纏った拳がアダスの右側を通りすぎる。
突き出された拳に木の破片が握られ、腕、肩と続く。
赤い髪、アダスと同じ空色の瞳の中には、アダスをバカにしているような光が見えた。
古びたコートを着た人類最強てあろう男。
アダスの叔父、ルジー・ロイスのことグレイ、今だけは師匠?
「あのなーアダス、背後の壁が安全だと思うのはさすがに甘いだろう。」
グレイが右手で握っていた木の破片を握力で粉砕した。
乾いた音が響く。
「普通のやつじゃグレイみたいに壁を壊せねぇよ。」
アダスは呟きながらも、隙をつかれない動作で膝をついた姿勢から素早く立ち上がる。
「俺はまだアンタには負けてねぇ。」
刀を腰の鞘に納め、抜刀の構えをとる。
「今ここでグレイに勝てば大会なんて楽勝だ。そうだろ?」
「言ってくれるな。よし、掛かって来い。相手してやる。」
グレイの瞳がひときわ輝く。
・・・っ、半端ねぇプレッシャーだ。
まるで猛獣に出会ってしまった小動物のような恐怖を感じる。
グレイを相手にしてきた人や魔物達も、そう感じながら倒れていったのだろうか。
「勝って見せる。」
「まぁ、足掻いて見せろ。」
グレイが静かにアダスへ、居合いの間合いに近いて行く。
刀の柄を握るアダスに対し、グレイは背中の大剣を抜かない、まったくの素手である。
木刀と素手では普通は勝負にならないし、いまアダスが握っているのは真剣だ。
なのにグレイに勝てる気がしない。
グレイには闘気術を体で使えるから全身が武器みたいなものだ。
そう思うと勝てる気がしない。
でも、やるしかない。せめて一撃でも当てみせる。
グレイの足が間合いに入った瞬間、アダスの高速の早さで刀を抜き放った。
居合いによる横凪ぎの一閃を、グレイが闘気を纏った右拳で軽々と上に弾く。
まだだ!
弾かれた姿勢のまま左手で腰に下げていたもう一本の刀を抜き刺突。
「二刀流か。」
グレイが再び弾く。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
最初に弾かれた体勢から立て直したアダスが両手の刀で斬りかかる。
「甘い。剣筋が乱れてるぞ。」
と言いながらグレイは全ての連撃を片手のみで軽やかに捌いていく。
そして、
「そこだ。」
アダスが力を入れて放った一振りを大きく弾いた。
「うわっ!?」
アダスの腕が上にあがる。
グレイが半歩進み、アダスの間合いに進入してきた。
来たっ!
アダスが待っていた好機。
弾かれなかった刀を逆手に持ちグレイの脇腹に突き出す。
ガキンッ!!
「なっ!」
絶対あたるはずの攻撃は、なぜか弾かれていた。
グレイが驚異的な柔らかさで体を捻り、膝で受け流し地面に踏みつけたのだ。
「ほれ」
「くっ、」
とっさに刀を離し、首を捻って頭を反らすアダスの顔右横を、右手の抜き手が、貫通していく。
蹴り上げグレイの腹に直撃。
・・・硬っ!?
鍛え抜かれた腹筋に、アダスの足の骨の方が砕けそうだ。
「この筋肉お化けめっ!!」
「誰がお化けだ!オラッ!」
ゴチーンッ!
さらに強く蹴り上げようとした瞬間、衝撃と共にアダスの視界が暗転した。
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太陽が真上に来て、本格的に暑くなる[時の王国]の山頂。
山頂にそびえ立つ城のバルコニーに野外席があった。
日傘の下に設えた食卓の席には歴史の違う二人の姫が座っていた。
「・・・なぜ僕がドレスを着なければいけないんだ……」
「だって、あなたは女の子じゃない。普通は着るものですよ。」
「う゛~……」
ケイトが出された棒菓子の先端を加えながら唸る。
それを見てレイナは楽しそうに紅茶を啜る。
「ところでケイトちゃん?」
「何ですか~…」
「アダス君とはどこまでいってるの?」
「っ!?にゃにゃっにをいきなりっ!?」
ケイトの口から菓子がこぼれる。
「あらあら、その反応からしてまだ……ね。」
「まだって、そういう関係じゃっ……」
「あら、どういう関係ですのかしら?」
「いやっ……その、あの……」
ボッ……バタンッ!
顔を赤くしてケイトが倒れた。
「恥ずかしすぎて気絶とは情けないですわねぇ……フフッ。」
そう言って笑いを堪えながらレイナが紅茶を机に置いた。
「はぁー、私も良い恋をしてみたいものですわね。」
気を失う子孫の横で空を見上げる王女の緑の瞳は遠くの青空を眺めていた。
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「・・・アイテテテ……ん?」
湿った苔の匂い。
目を開くと、苔の表面を歩いている蟻が見えた。
・・・蟻?
しばらく蟻を見つめて、意識が戻っていることにアダスは気付いた。
緑やら土茶色の背景が視界に入り、それが草や地面だとわかった。
・・・あっ。
アダスは両手をついて上半身を起こし、何ヵ所に感じる体の痛みに顔をしかめる。
ふと空を見上げると、太陽がだいぶ沈み茜色の夕陽が目に眩しかった。
アダスが倒れているのは、[時の王国]周辺の樹海入口の空き地だった。
入口から見た樹海の奥は暗かった。
その暗闇から、グレイが姿を現した。
両手には巨大な猪の首根っこを掴んでいた。
どうやら暇潰しに獣狩りでもしてたらしい。
「おう、やっと起きたか。しかし、こんな物騒な樹海の入口で寝るとは……バカだな。」
「バカって言うなっ!つーか、誰のせいで寝たと思ってるんだ!!」
立とうとしてもまだ立てないアダスの叫びに、グレイは「これも修行だ!!」見たいな顔をしながらアダスの横に来る。
「単に頭を殴り飛ばしただけだがな。」
グレイがアダスを見下ろして、笑う。
「まだぺーぺーだから気を失ったんだろ?」
「誰がぺーぺーだっ!?しかも、訓練で使うのは右手だけじゃなかったのかよっ!!」
「まぁ、気にするな。一応右手を基本にしたぞ。」
グレイが両手に掴んだ猪を下ろし、短刀を取り出し皮を剥いでいく。
皮を剥ぐグレイの手際のよさに、一体どこでサバイバルの知識を手に入れたのかを不思議に思う。
アダスはなんとか立ち上がり膝や裾についた草や土を払うが、少し足元がふらついていた。
「おい頑張れアダス、明後日には大会だぞ。」
「別に俺は大会なんて出る気ないし…なんでグレイが大会に出ないんだよ?」
「俺が出ると試合にならないからな。」
全て皮を剥ぎ取った猪肉を薄く切り分けていくグレイ。
「・・・・・。」
アダスは何も言えなかった。
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魔が統べる東の国、天に逆らうようにそびえる城の中庭に魔王リリスが立っていた。
「明後日は[時の王国]で祭り事があるようじゃな。」
「はっ。その通りでございます。武を競う大会があるようです。」
庭に立つリリスは微笑んだ。
「ロイスは出るかのぅ……」
「魔王様、まさか大会に出るおつもりでは。」
「そのつもりじゃが、何か文句あるかえ?」
リリスの白い手がナタニアの胸ぐらを掴む。
「あ、そんな魔王様に…文句など……」
「誰がなんと言おうが妾は出るぞ。」
赤い瞳には強い決意の色。
「さて、どう大会に……ん?」
リリスの視線が中庭の奥に向いた。
目線の先には二人の男と一人の女が立っていた。
南の王国特有の黒色の肌。
右の男は狼の毛皮を羽織り、手には白い槍を携えていた。
中央の男は、熊の毛皮に巨大な鉞。
左の女は、山羊の毛皮にオーク樹の杖。
「貴殿を串刺しに来た。」
「貴殿を倒しに来た。」
「貴殿を滅しに来た。」
三人の言葉が唱和される。
「俺はミゲル。」
狼の毛皮を羽織る男が名乗る。
「南国[ハルバーン]の三戦士の槍なり。」
「儂はベニス。」
熊の毛皮を羽織る男が続いて名乗る。
「南国[ハルバーン]の三戦士の長なり。」
「私はゲルダ。」
最後に山羊の毛皮を羽織った女が名乗る。
「南国[ハルバーン]の三戦士の巫女なり。」
「魔王リリス、平和のため貴様を」
ミゲルがリリスに槍を向ける。
「殺しに来た。」
三人の侵入者の登場に、即座にナタニアが魔方陣を展開して戦闘態勢を取る。
三人の侵入者が腐樹海に囲まれた魔城に現れた事態に、驚きつつもナタニアはキュアリスほどではないが何重にも魔方陣を展開する。
「魔物が徘徊する敷地内でよく迷わず来れたのぅ。」
扇子を取り出し、ずり落ちた着物の襟を直す。
「南国の三戦士か。珍客な。」
「我々三戦士は、歪んだ時代に現れる調律者。貴殿の歪みきった悪に呼ばれ遥々参った。」
三戦士の長であるベニスが語る。
そしてゲルダも口を開く。
「悪に呼ばれた我等は道に迷うことはない。」
「悪だ調なんちゃらだうるさい蝿共、大会前の暇潰しになるかどうか……」
異国の戦士なと全く気にもかけず、魔王の言葉だけが放たれた。
相手の言葉の途中で、あくびをしながらリリスの黒ブーツが前に踏み出される。
三人の戦士は不快な顔をし、戦闘態勢を取る。
「蝿は即座に潰すべし。」
即座に放たれる魔力と殺気を纏い、リリスは前に進む。
歯向かう者は潰す、他に理由はない。
控えていたナタニアは畏怖の表情。
魔将を遥かに凌駕した力を持つ主人の後に続く。
対する三戦士の三人も、それぞれの武器を構え中庭を進む。
リリスの両掌に魔力が凝縮する。
魔力が具現化した焔や電気が、白い指の間で踊る。
ミゲルは白い槍を下段に構え、ベニスは鉞を振り上げ、ゲルダが杖を掲げる。
一人の魔王と三人の戦士は中庭の中央に進んで行く。
間合いが縮まっていき、双方の殺意と魔力で大気が圧縮されていく。
「覚悟っ!」
ミゲルが雄叫びを上げ高速で槍を連続突きでリリスに襲いかかった。
「ふぁ~」
リリスはそれを、ひょいひょいとかわしてミゲルに向けて手をかざす。
「耐えてみせろ、魔王からの試練であるぞ。」
「!!」
ミゲルが槍で防御の構えをする。
「波っ。」
掌に凝縮された魔力の塊が飛び出る。
「彼の者を身を守りたまえ…」
ゲルダの詠唱を唱える声が聞こえたと同時にミゲルの前に白い影が現れ、リリスの放った魔力の塊を受け止めた。
「ほぉ、これは……やるではないか。」
リリスの前に白く輝く雄山羊が立ちはだかっていた。
「南国に伝わるジャーマンと言うやつか……生で見るのは初めてじゃ。」
「・・・すなまいゲルダ。」
「お礼は後で聞きます……守護神を呼ばすに挑むのは危険ですよ。」
「そうだな。」
雄山羊の守護神と共にミゲルは後ろに跳んでリリスと距離をとる。
「我が身に宿り敵を喰い殺す牙を与えたまえ…」
ミゲルの頭上に青い光を放つ狼が現れ、ミゲルと体を重ね一つとなった。
「・・・神身一体、というやつか。」
リリスの目には嫌悪が宿る。
「妾は神と言うものは面倒くさくて嫌いじゃ。」
「魔王様。私めが行きましょうか?」
ナタニアが後ろから声をかけた。
「いやいい、妾が一人で殺る。それで……」
リリスがナタニアの額に生える角を掴んだ。
「あ。」
「そなたに預けた物を返してもらおうぞ。」
強く角を引き抜いた。
角が柄頭らしく長くて赤い柄が現れる。
「来い妾の薙刀、血眼姫!」
リリスが掴んでいるのはおどおどしいオーラを放つ薙刀だった。
「オヨヨヨ(泣)魔王様、強引過ぎますよ。」
薙刀が抜けた額の穴が閉じている最中にナタニアが泣き言を言うがリリスの耳には通じていなかった。
「さぁ、三人まとめて掛かってこい。妾が調理してやろう。」
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一日が過ぎ、武道大会まであと一日
「行くぞっ!!」
「あぁ、来い。」
アダスとグレイの声が静かな樹海に響く。
間合いに入ってグレイの鋭い刺突が放たれる。
手元で爆発したかのような刺突を、アダスの左手に持つ刀が受ける。
激しい金属音が樹海に響き火花を散らす。
軋る刃をお互いに翻して、さらなる斬撃。
刺突に薙ぎ払いが、嵐となっていく。
アダスとグレイの間で刃と刃がぶつかり轟音と火花を散らし、樹海の暗闇を明るく照らす。
「さすがに昨日から休みなしで組手をやると動きがマシになったな。」
アダスの突き出す右手の刀を大剣の柄で受け流し、左手の刀による斬り込みを刃で弾きながらグレイが言った。
「なかなかの成長の速さに叔父さんは感動した。」
「何キモいこと言ってんだよ!」
アダスが叱咤して、一度後ろに跳んで距離を開けたかと思うと一瞬で距離を詰め、勢いに乗ったまま二本の刀振り下ろした。
しかし、グレイはそれを大剣であっさりと受け止める。
「成長したって言ってもまだアンタに一つも当ててないぜ。」
アダスの両手から繰り出される斬撃をグレイは大剣で払ったり、時には素手で受け流したりしていた。
「・・・あぁ、後六年ぐらい、いやそれ以上修行したら追い付くぜ。しかし、まだカレブ兄さんには勝てないな。」
グレイの発言に、アダスの動きが一瞬止まった。
カレブ兄さんって……俺の親父じゃん!?
確かにグレイはアダスの父親の名前を言った。
「足が留守になってるぞ。」
そして動かなくなったアダスの足をグレイが足払いで刈り取った。
「うおっ!?……くっ!」
尻餅をつくギリギリのところで手をついて素早く起き上がり、グレイに対峙する。
「おい、何で親父が出てくるんだよ?」
「ん?まさか、知らなかったのかアダス?」
驚いたふうにいったグレイは、ふと納得したように、手を叩く。
「あぁ成る程……兄さんは少しめんどくさがり屋なところがあったな。それなら、アダスは知らないわけか。」
グレイは言う。
「実は言うと俺は、兄さんに組手で勝ったことがないんだ。多分、今も鍛冶屋をやってると思うけど若い頃は修行一筋で、よく俺の稽古を相手をしてくれたものだ。」
「・・・・・マジかよ。」
確かに、ケンカで一度も親父に勝てなかった。
鍛冶屋の仕事であんなに腕っぷしが強くなるはずがない。
たまに自分で作った作品を試しに振っていた時があったのにしらしがつく。
だから聞く。
「俺は親父に勝てる見込みはないのか?」
「あぁ、無いな。だが今は大会に向けて集中しろ。」
グレイがアダスを見る。
「さぁ、稽古の続きだ。」
そうグレイが言ったとたん、
「っ!?」
アダスの身体を衝撃が吹き飛ばした。
至近距離で放たれた、闘気に包まれた当て身だ。
宙で身体を捻ったアダスは、きれいに着地し、
「おぉぉぉぉっ!!」
呼び動作なしで距離を詰め、二刀同時に居合いを放つ。
「二刀流で居合いか、面白いな。」
しかし、グレイは大剣を軽く振って居合いを受け流す。
「どうした、もうへばったか?」
「んなわけねぇだろっ!!」
グレイの挑発を真に受けたアダスの刀に闘気が包み込む。
闘気術により刃の切れ味がより鋭くなった。
「・・・ウッシ、いくぞ。」
息を深く吐き、刀を構える。
「・・・・・来いと言いたいところだが、時間切れだ。」
空気が張り詰める中、グレイが懐中時計を取り出した。
「明日の大会のため訓練はここで終わり。」
「っな!?やっとスイッチが入ったんだ…」
「遅すぎだ。」
「頼むっ!!今だけ、今良い感じなんだ!」
「今ここで無理したら明日の大会に支障がでるから稽古は終わりだ。…帰るぞ。」
そう言って大剣を背負ったグレイが、近くの木に繋がれた馬にまたがった。
「・・・大会か、何で俺が……」
続いてアダスも刀をしまい、ぶつぶつ文句を垂れながら馬にまたがった。
「はっ!」
「やっ!」
掛け声と共に二匹の馬が歩き出す。
右手に樹々の連なりを眺めながら、馬は王国の正門へと続く坂道を上がって行く。
あまり手入れをされていない自然そのままな道を馬の上で体が揺れる。
「明日の大会、優勝する気はあるのか?」
「あぁ、参加するには優勝するしかないだろ。」
二人の会話が風に乗り、馬達は緑の樹々の間を抜ける。
「大会に出ろと言われ戦闘能力を上げるため、二日間ほど訓練したけど…」
アダスはグレイに問いかける。
「今の俺で優勝できるのか?」
夜空の星々を読む天文学者みたいな顔をしてグレイが考え、言う。
「今までの訓練でお前は確かに強くなった。が、今だ俺から一本も取れないでいるから大会で優勝するのはそう簡単じゃないな。」
「グレイに言われて頷いてしまう俺の思考に腹が立つ。」
「まぁ、頑張りな。俺が大会に出ないだけで優勝する確率は低くないだろ。」
グレイがのんきに言う。
「・・・慰めてくれてるかバカにしてるかわからねぇな。」
アダスは息を吐く。
「大会、頑張るか……」
明日の大会が無事終わることを祈るアダス。
しかし大会翌日、アダスの祈りは無意味なることになる。
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月が昇る晩、一台の馬車が東から[時の王国]の麓にやって来た。
馬車が停まる。
着物を着た男が側面に回り、扉を開ける。
山羊の革の服。
雰囲気が変わったゲルダが馬車から降りる。
「やっと[時の王国]に着いたのじゃ。」
「人間に化けたのですから魔法で移動できませんからね。魔王様。」
王国へと続く道に立つゲルダの姿をしたリリスが微笑む。
「確か、武道大会のエントリーは明日の朝だったな。」
人に化けし魔王が山を柱にした王国を見上げる。
黒い髪が一瞬だけ紫色に変わり、黒色に戻る。
「化けている間は魔力を使わない方が良いかのぉキュアリス?」
リリスが横に控える男、キュアリスの襟を掴んで引き寄せる。
「近いです怖いです。やめてくださいごめんなさい。」
「そこまで嫌がらなくてもいいじゃないかの。ちと、虐めすぎたのが原因かぇ?」
キュアリスが引きつった声で話題を変えるため口を開いた。
「王国内でま、魔力は使わない方が賢明ですな。」
「ふむ、そうか」
リリスがキュアリスの襟を放す。
「キュアリス、ソナタは大会が終わるまでそこら辺で待ってろ。」
「そこら辺、……はいお待ちしてます。」
苦い顔でキュアリスが答え、黒い影となってその場から姿を消した。




