武道大会1
ついに武道大会の日が来た。
王国で一番広い公園に一つの闘技台がおかれ、それを囲む観客席には身分ごとに別れた国民で溢れていた。
今日の大会が終われば、新たな五等爵が誕生を目にすることができる。
現在、王国には公爵がいない。
観客である国民はこの大会で王国歴史が変わるかどうかを知りたいと思っているに違いない。
「あー、始まったか武道大会。」
アダスの気だるそうな声が控え室に響いた。
大会はトーナメントで、相手が気を失うか降参するまで試合を続ける。
ちなみにトーナメントは幾つかのブロックに別れていた。
アダスはAブロックだ。
これから優勝を目指すには各ブロックにいる四人の大会参加者を倒さなければいけない。
面倒臭いがただそれだけのこと。
「頑張れアダス!大会優勝して早く僕らの時代に帰ろうね!」
「・・・別に優勝しなくても帰れるんじゃ……つーか、お前ドレス似合うな。」
ケイトの姿をアダスは素直に褒めた。
「本当に?……な、なんか急に恥ずかしくなってきちゃったよ…」
ケイトが赤く染まる頬に手を当て顔を伏せるがアダスは気づかない。
「じゃあ、そろそろ試合が始まるから俺は行くぞ。」
顔を伏せながら何やらブツブツ呟いているケイトの頭を軽く撫でてアダスが外へと続く通路に行く。
通路の途中でグレイが待っていた。
「やっと来たか……」
壁に寄りかかった姿勢でグレイが口を開いた。
空色の瞳がアダスを見つめる。
「まぁ、そろそろ時間だしな。早く大会を終わらして自分の時代に帰りたいし。」
「大会を終わらせるとは優勝でもするつもりか?」
「出来ればな。」
グレイに訓練された二日間、短いといえかなりの実力はついたと思う。
それなりに自信はある。
「そうか……ならいい。」
グレイが寄りかかるのをやめて控室の方に足を出しアダスとすれ違う。
「大会に凄く強いヤツが来ているみたいだが…何とかなるな。」
「ん?今なんて…」
アダスが振り替える時には古ぼけたコートは控室へと消えていた。
「・・・ちっ、もう行きやがったか。」
アダスは出口に振り替える。
せっかく大会に出るならやるところまでやってやる。
そして、家に帰ろう。
「うっし!行きますか!!」
気合いを入れ、アダスは出口に足を踏み出した。
ゴーン、ゴーン、ゴーンッ!
試合を開始前の銅鑼の音が闘技場に鳴り響いた。
アダスは静かに愛刀を抜いて構える。
あえて二本目は抜かない。
「いや~、やっぱ大会はこうでなくちゃ。オレなんかワクワクしてきたぞ!!」
アダスに対する青年は手に持つ大きな金棒を肩に軽々と担ぐ。
『Aブロック対戦、[鉄の王国]出身、オーベン・グローズ対[時の王国]出身、ルジー・アダスの試合をする。』
審判である男爵がオーベンとアダスの間で拡声器という南の術の王国産の機械を使い話す。
『試合のルールはまず、相手を殺さないこと。試合に勝つにはどちらかが降参して敗けを認めるか、相手の気を失わせるかだ。』
「わかったら早くしよーぜ!」
オーベンが大きな声で急かす。
『そうだな……開始する!』
「おいおい…」
カーンッ!!
ツッコミをいれようとするアダスの声を銅鑼の横にあったゴングの音でかき消された。
「行くぜっ!」
オーベンが担ぐ金棒の重さを気にするもなく、アダスに素早く接近。
担いでた大きな金棒を右手で持ち上げ振り降ろす。
単調で振りが遅いな。
そう思ったアダスは体を反転して金棒をかわす。
「砕け、金砕棒ッ!!」
破砕音。
金棒が闘技台の石畳を砕いた。
「なっ!?」
飛んでくる石の破片を刀で弾きながら、アダスは後ろに後ずさる。
何ちゅう怪力だ!樹海で戦った鵺に劣らない破壊力だなおいっ!!
「オラオラオラッ!!」
動きが止まったアダスにオーベンが金棒による横薙ぎの一撃。
うわ、しまった!避けれない。
「チッ!」
とっさに刀を突き出し、刀の根本でアダスが受ける。
刀ごと後方に吹き飛ばされた。
頭から落下する前に受け身を取って石畳を転がりアダスは素早く起き上がった。
「いや~面白ぇな!」
オーベンは追撃もせず、大きな金棒を軽々と振り回しながら立っていた。
・・・どうして追撃しないんだ?
「オレの金砕棒を受け止めても折れない刀なんて初めてだ!!」
「・・・は?」
呆然としているアダスにオーベンが話をかける。
「オマエとの勝負はこれからもっと楽しくなりそうだな!!」
「・・・・・。」
あぁ、こいつ……バカなんだ。
「んじゃ、いくぜっ!!」
「・・・!」
オーベンが肩に金棒を担いだままアダスに突進して来た。
「オラオラオラッ!!」
「そう何度も同じ技喰らうかよ。」
力強く振り落とされた金棒を避け、石畳の破片を気にせずアダスはオーベンの懐に入った。
アダスの刀が一閃。
「オフッ!!」
オーベンの胴に刀の峰がめり込む。
オーベンが金棒を杖にして何とか体を倒さないようにする。
「まだだッ!!オレは強いか負けねぇ!!」
「・・・どんな理屈だよ……行くぞ。」
アダスの刀を再び構えた。
動作における肉体の軸を常に円運動による縦横無尽に刀を振るう。
「オオオォォォオオオォォ!!」
最初は、何とかアダスの攻撃を受け止めていたオーベンだが、
「・・・少しヤバいな」
徐々に、刀を捌き切れなくなっていた。
金棒が刀の速さに遅れてきている。
オーベンの体のあちらこちらの服に切れ目がつく。
「何だ……そりゃ!?」
気づけばアダスの刀に青色のオーラが発していた。
「ハァッ!!」
アダスが刀を気合いと共に振り抜き、金棒を掴む手の甲に刀の側面を叩きつける。
「ぐぅっ、」
耐えきれなくなったオーベンが金棒を落とした。
「お前の負けだな。」
アダスの刀がオーベンの喉元に突きつけられた。
「・・・・・くっ!」
「諦めろ。」
「・・・参り……ました。」
オーベンが自分の敗北を認める言葉を告げた。
Aブロック勝者、ルジー・アダス。
「おい、何で怒ってんだよ?」
闘技台に続く通路を逆走しながらアダスは謝った。
しかし、前を行くケイトは振り向くどころか、かえってその歩みを速めてしまう。
石の通路に靴の音を響かせながら、薄暗い廊下を先に歩いていく。
うーん、何か怒らせることを言ったかおれ?
ため息をついて、再びアダスはケイトの後を追いかけた。
ケイトが怒る理由がわからない。
試合前、ケイトの見立てを誉めた以外に何もしていないはずだ。
「おいケイト、待てよ!」
アダスがケイトの肩を掴む。
「うにゃぁ!?」
ケイトが奇妙な悲鳴をあげて足を止めた。
「・・・ん?」
「な、何か言ったかなアダス?」
なぜかしどろもどろになっているケイト。
「お前、怒ってないのかよ?」
「怒る?何で僕が怒らないといけないの?」
「じゃあ、何で俺から距離を取るんだよ?」
「そ、それは……」
『試合前にドレスを誉められてからそのお礼を言うのが恥ずかしいし、すぐ近くにいたらドキドキ鳴る心臓の音が聞こえちゃうよ。』
「ん?・・・まぁ、いいか。」
アダスが言う。
「ケイトちょっくら次のBブロックの試合を見てくるわ。」
「えっ………」
ケイトが何かを言おうとしたが走り去るアダスの耳には届かなかった。
「・・・やけに静かだな。」
アダスが呟く。
地下から地表までの人影の少ない通路が静かなのはいいとして、地表に出たてこの距離なら闘技場からの物音がはっきり聞こえもいいはずだ。
にもかかわらず、一試合前のアダスが闘っていた時の喚声が嘘のように静まり返り、観客達のどよめきが感じられない。
まだ試合が始まってないのか………ん?
アダスの目が闘技場入口に一人の少年が顔を下に向けて立っていた。
見た感じ王国の国民だろう。
「おい、Bブロックの試合はやっているのか?」
そう声をかけると、少年は初めてアダスがいることに気づいたらしくビクッと身体を震わせた。
頭を上げて、どこかぎこちなく視線を向けてくる。
まだ幼さが残るその顔はすっかり青ざめていて、腹に両手を押さえていた。
「ま、まだ始まって間もないです……でも、」
そこまで話したところで耐えられなくなったのか、少年はアダスに頭を下げて急いでトイレへと向かって行った。
「・・・・・。」
嫌な予感がする。
アダスは闘技場の客席ー向かって駆け出した。
「な………っ!?」
アダスの目は驚愕に開かれた。
血で染まった闘技台にまず始めに見えたのは一人の女の後ろ姿だった。
華奢な体つきにそれなりの長身を持つ女で、魅惑的な身体を山羊の毛皮を羽織って隠している。
頭には日除けのフードを被って素顔を隠しており、その右手には禍々しい司祭の杖が握られていた。
南の王国からやって来た戦士。
しかし、この大量の血は……対戦相手の姿が見あたらな…
アダスがそう思った時、その女が動いて体の向きが変わり、アダスの言葉を断った。
女は右手の杖だけでなく、左手で何かを掴んでいた。
・・・人の髪だ。
血で濡れている髪を掴んで、対戦相手を引きずっているのだった。
髪を掴まれている戦士は女よりも遥かに巨体だった。
ま、まじかよ。信じられないな……
引っ張られた際にその巨体な戦士が力なくも自らの血に濡れた手を動かしたのが見えた。
もう、ここまでやったら試合も終わるは……
女が相手を持ち上げて石畳に叩きつけ、踵で相手の顔を踏みつけたのだ。
「あの野郎っ」
思わず闘技台に飛び出しかけたアダスだったが、かろうじて堪えた。
・・・あの女とは決勝で当たる気がする。
そう考えながらも、アダスはギュッと唇を噛みしめた。
試合は対戦相手の気絶により女、南の王国からやって来た狂戦士 ゲルダが勝利した。
喚声、喚声、喚声……
闘技台を取り囲んでいる各国から来た観客達による、地鳴りのような喚声が木霊している。
西国の女戦士 ゲルダはその喚声を満足そうに聞いていた。
ゲルダの対戦相手だった戦士は一命は取り留めたが、戦士として戦うことはできなくなった。
「・・・・・はぁぁ~、あと一回試合を終わらせば今日の大会は終わりか。」
戦士の控室でアダスはベンチに腰をかけながら大げさなため息をつく。
「あ~、アダスがため息ついてる!」
後ろからケイトの声。
「ため息つくたんびに幸せは逃げちゃうんだぞ♪」
「幸せねぇ~、俺の場合何回幸せが逃げてんだろうな。」
「今幸せならそれでいいじゃん。」
ケイトがアダスの横に腰をかけた。
相変わらずドレス姿だった。
「お前、ここにいていいのか?」
「何で?」
「お前はこの時代の王女レイナ姫にそっくりさんだからさ。普通、王族はこんなとこに来ないもんだぜ。」
「そーだけど……」
ケイトが頬を膨らませた。
「・・・王族専用の席行きたくない。」
「はぁ?何でまた。」
アダスが頭をかいた。
「だって……」
ケイトがジト目でアダスを見る。
「レイナ姫様のチョッカイが嫌なんだもん。」
「・・・・・・。」
呆れ顔でアダスがケイトの頭をクシャクシャ撫でた。
「そんなの我慢しようぜ。」
「ヴヴヴ……」
唸るケイトの声を聞きながらアダスは、
思ったより髪の毛サラサラだな……
と考えていた。