第11話 冒険者の仕事(後編)
11話です。
<現在地:エイム村 時間:不明(朝)>
「おい!ボウズ、そこの槌を取ってくれ。」
「わかりました!」
丸太を支えるお爺さんの言葉に威勢よく返事を返し槌を渡す。そして今度は自分が丸太を支えると、爺さんはその老体に鞭を撃って槌を振るい背丈の倍以上の丸太を地面に刺して固定していくのであった。
自分はなんとか見よう見まねで老人たちを手伝っている。
到着した日の次の朝。早速、ダチョウとやらを狩る為の準備が始まったのであった。そのため、朝から村全体が慌ただしく動いていた。
リアが考えた策は、いたって単純でドデカイ罠を設置することであった。なんでも、村人が手伝うのならこっちのほうが効率的なんだそうだ。
それで、しかける罠の仕組みはというと、とても簡単であった。まず、ダチョウが頻繁に現れる草原側の城門を口として囲いを作る。そして、その囲いの中にダチョウを群れごと誘い入れて一網打尽にするというものであった。
と簡単に言えるが、設置するのにはかなりの労力と時間が掛かることが誰から見てわかることであった。初めに、この案を聞いた村人の多くは納得をせず、「設置してる間に冬がきちまうわい」と漏らしていた。実際、自分もこの罠の設置には反対であった。自分たち冒険者だけでなく村にいる老人たちも総出で準備に取り掛かったとしても何日も掛かるのではないかと思ったからである。。
しかし、リアは村にある防壁の補修資材で作るのでそこまで時間は掛かることではないと説明したのであった。
それでも渋る人がいたが、「いいじゃろう」と村長の鶴の一声で村人全員がなっとくしてくれることになったのであった。
その後、皆は各々の仕事にわかれることになった。
自分は、男だから力仕事と言われて爺様方に拉致同然で連れていかれて、現在、防壁補修用の丸太の加工をして、地面に打ち付ける仕事に就いているのであった。
さて、他の四人はというと――
リアは今回の立案者であるため、現場あちらこちらに周って村人に指示をしていた。土建屋の作業服を着せれば、とても似合うだろう。
ラリサは、丸太を地面に刺す穴をリアの指示道理に魔法で片っ端から開けていた。そのおかげでだいぶ仕事が楽になった。爺様たちがお礼をいうと、ローブをを深く被るのであった。どうやらこの手のことは慣れてないようであった。
ノエルは、自分と同じく力仕事をしていた。いつも着ている鎧を脱いで鎧下着となって鉈や斧を振り回していた。その姿はノコギリを使う様は自分の倍以上の活躍をしているように感じ取れた。
ただ、鎧下着のみになっているせいか、いつもより豊満な胸が扇情的であった。斧をふるう度に豊満な胸が大きく揺れると、その場に自分を含めた男性陣の皆がつい目を向けてしまう。とうとう堪らなくなったのか村長が、ボケ老人みたいにフラフラしてノエルの胸を掴もうとする。
しかし、ノエルの振った斧の頭が直撃してしまい悶絶する。リアは驚いて謝ろうとしたが、直後、どこからともなく表れた村長の奥さんが鍋をフルスイングして頭を抱えて悶絶している村長に止めを刺した。そして、「お気になさらず」と言って村長を引きずって行ったのであった。リアは呆気にとられて、自分たちは仕事に戻るのであった。
ポレットは、先ほどから鍋で何かを作っていた。
「よし、そのままいいぞ。」
「はいっ!!」
今度はノコギリを使い、木材を切断する。一応、ノコギリを使うことは初めてではないが、大きさ違った。前に使ったのと比べると倍以上の大きさがあった。こんな大きさの物を扱うことに自信がなかったが、とにかく見様見真似で爺さんたちに迷惑を掛けないように必死でノコギリを前後させた。
そして、悪戦苦闘はしたが、すべての木材を切断することができた。切断した木材はそれぞれ他の爺さん達が担いで持っていった。
自分はそれを見届けた後、近くの切り株に腰を掛けた。
「おわった~。」
「ボウズ、終わりじゃないぞ。」
一段落して息をつこうとしたが、まだまだ仕事があるようであった。
「何か、まだ切るものがあるんですか?」
「いや、運んで欲しいものがある。」
「なんですか?」
「ほれ、あれじゃ。」
と、指を刺した方向には巨大な丸太があった。長さは今まで打ち付けてきた丸太とほぼ同じだが、太さが尋常ではなかった。だいたい、さっきの丸太の5倍以上はある。
一体どこで、切り倒して来たのであろうか。そもそも、爺さんと婆さんしかいない村でどうやって運んで来たのか疑問に思ってしまった。
「あれですか?」
「そうじゃ。」
違うと言って欲しかったが、この丸太のようであった。
「大分前に、冒険者様がお土産として置いて行った物をそこで乾燥させていたのじゃ。じゃが、もうそろそろいい頃合いじゃろう。」
「お土産ェ~~!?」
「そうじゃ。村の皆も驚いておったが、女神さまの恵みとして受け取ったのじゃ。」
一体どんな奴なんだ!?というか、あの巨木を何処で手に入れたんだよ……。
「なにはともあれわかりました。では、他の人を呼んできます。「あほか。」――ん?」
「お前さん一人で運ぶんじゃ。」
ちょっとまて、今なんていった!?
「…あれを、一人で?」
「そうじゃ。」
「無理です!!」
どこからどうみても無理である。
只得さえ普通の丸太ですら、複数人で運んでいる現状なのに、その倍以上の物を一人で運べというのは余りにも無茶すぎる。
「無理じゃない。冒険者様ならできるじゃろ」
「いや、冒険者だからといって何でもできるわけじゃないですから。」
「なんじゃ、出来んのか。儂の若い頃は、あの程度、一人で担ぐのが当たり前じゃった。ワシが出来たんじゃ。若いの、ホレッ出来るじゃろ。」
「出来るかボケェ! 引退した子持ちの元特殊部隊員でも絶対無理だぞ。」
「誰がボケじゃ!」
なんというパワハラ。パワハラという概念がこの世界にあるかはどうかわからないが、明らかに今の自分も含めて、一人だけで運ぶなんて無茶すぎる大きさであった。
「とにかく、やってみい。」
(とにかく、やってみるか…)
爺さんに言われるがまま、巨大な丸太に手を掛ける。
「ふんっ!!」
そして、足腰に踏ん張りをいれ、力を籠め持ち上げる。
しかし、丸太は動かない。まったく微動だにしない。
もう一度、力を一気に籠める。
だが、丸太は動かない
やっているのが馬鹿らしくなってくる。
そばで見ていた。爺さんも全く動かない様子に呆れたのか「代ってみい」といって、自分と代わって丸太に手を掛けるのであった。
「ふんぬーーーー!!」
思いっきり踏ん張り丸太を持ち上げようとする。しかし、丸太は浮き上がるどころか転がる気配もなかった。数分試みたが、持ち上がることはなかった。
爺さんは丸太から手を離した。
「ふむ、これは若くても無理じゃな。」
「おい、こら!掌を返すな!」
「はて?そんなこと言ったかのぉ~」
「はぁ~。」
都合の悪くなると話したことをなかったことにして、ボケたふりをする老人に頭が痛くなってきた。つい溜息をついてしまう。最近、溜息をつくことが多いようなきがする。
「どうするんですか?これ。」
「ふむ~、他の連中を集めるしかないのぉ」
やはり一人では、まず不可能であることは実証済みでされた。それに加えて老人と貧弱な少年の2人でやったとしても持ち上がるとは思えなかった。
「何をしている?」
そんな所へラリサが現れた。
ちょうど、いいところに来たと思ったが、彼女は朝から働き詰めの彼女に更に仕事を頼むのは一瞬気が引けた。まあ、ハッキリ言って彼女が殆んどやっているようなもでのあった。
しかし、一応話はしておくことにした。
「私に任せるといい。」
「できるかの?」
彼女は事情を聞くとあっさりと承諾の返事をした。
「可能。物体よ、我が意に従い浮遊せよ、『レヴィテーション』。」
ラリサが短く詠唱をした。すると、それまで2人の力では微動だにしなかった巨大な丸太がいとも簡単に浮き上がったのである。
その光景に、老人と2人で「おおっ!」とつい声に出してしまった。
「どこまで運ぶ?」
ラリサは、巨大な丸太を浮き上がらせつつ表情を変えずに質問をしてきた。
「おお、そうじゃった!案内する所まで運んでくれ」
「承知。」
ラリサは丸太を浮揚させたまま指示された場所へと運んでいった。
汗ひとつかかずに巨大な丸太を運ぶその様は、自分らだけでなくその場で作業を進めていた村人からも注目を集めたいた。殆んどの人が呆気にとられていた。
そして、丸太を指示された場所の地面に置くと、村人から歓声が上がるのであった。皆、ラリサをほめたたえていたが、ラリサは褒められすぎて慣れてしまったのか無反応であった。さらには、リアとノエルにとっては見慣れた光景なようで至って平然に作業していた。
本当に魔法というのは便利であると改めて実感するのであった。
まあ、その後、一応リアはラリサを褒めたが、嬉しそうな表情をローブのフードの隙間から見ることが出来た。
その日の夕方に、罠は完成したのであった。
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そして、さらに次の日。遂にダチョウの駆除が開始された。
しかし、自分は具体的に何をするかはわからない。囲いは完成しているが、これ以降のことは誰からも聞かされていないからである。
仕方が無いのでリアに聞くことにした。
「リア、この後はどうする?」
「うん、ちょっとね。ダチョウを呼ぼうかなぁと思ってる。」
リアは簡単に言っているが、野生動物というのは家畜と違って警戒心が高く、人間様が望もうが簡単には表れない存在である。そのため、そう簡単には見つかるものではないであろう。しかし、それなりの考えがあるのであろう。
「ダチョウを呼ぶって、どうやるんだ?」
「うん、それはね。これを使えば一発でダチョウがホイホイと来るんだよ。」
そう言うと、リアは紐の付いたベトベトした紫色をした球を差し出して来た。そして、それは鼻を突くような悪臭を放っていた。リアから紐の部分を部分を持つようにと渡された。
「と、とんでもなく臭いんだけど!何ですかこれ!?」
「それは、≪獣玉≫と言ってね、動物なんかをおびき寄せる為に使うんものなんだ。しかも、それは特別製でポレット秘伝の調合が施されているんだよ!」
「そ、そうなんだ。」
鍋で何かを作っていると思ったら、こんな物を作っていたようであった。
「じゃあ、この球を持って、草原をぶらりと歩いてきて欲しいな。」
「…歩く?それだけ?!」
「うん、歩くだけでいいよ。そうすれば彼方から勝手に来てくれるよ。」
臭いでおびき寄せるものと理解した。すると、今度は≪紐の付いた筒≫を渡してきたのであった。
「それと、もしダチョウを見つけたら、これを使って合図を送って欲しいの。」
「これは?」
「これはね、紐の付いていない筒の先を空に向けて、紐を引っ張ると、光の合図を空にあげるものなんだよ。」
「(なるほど、信号筒というわけか)わかった。」
そう返事を返すと、渡された筒をポケットにしまうのであった。
「それと。ちょっと思ったんだけど、この球を持っているとダチョウに追いかけられませんか?」
「それについていまから説明するね。だけど、これは絶対守って欲しい事なの。」
「絶対に守ってほしいこと?」
「それはね、もし、ダチョウに追いかけられたら必ずその獣玉をその場に捨てて欲しいの。そうすればダチョウは追いかけてこないよ。捨てないといつまでも追いかけてくるからね。」
「わ、わかりました。」
かなり危険ではありそうだったが、ラリサとかを見直させるにはいい機会であると考えた。
その後、何も聞くことはなかったので、リアに見送られて草原に赴いた。
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さて、十分くらい防柵を出て草原歩いているが、全くと言ってダチョウらしきものには出会わなかった。
もっと遠くへと行った方が見つかるのではないかと思ったが、村が見えなくなると草原で迷子になってしまう可能性があったのでやめとくことにした。
まったく、土地勘ものなく、尚且つ日本には無い広大な草原をあるくというのは不安でしかない。
まあ、後はこの獣玉を持って草原をほっつき歩いているのは自分だけで、もしもの時に直ぐ村にに逃げこめる距離に居たかったからでもある。
さらに、数十分歩いたが、ダチョウどころか動物すら見ることはなかった。
リアは、獣玉を使えばダチョウがホイホイくると言っていたが、ダチョウどころか他の動物すら見ることはなかった。本当に、使い物になるのかと疑問に思って来た。
とても暇なので、そこらへんにあった切り株に座って、渡された信号筒をポケットから取り出して、いろいろな角度から眺めていることにした。
「これって、やっぱ火薬を使っているのかな…。」
この筒の説明を聞いた時に真っ先に思ったことである。リアの話からは、この紐を引っ張ると光の弾が飛び出すと説明された。それは、つまり、何らかの爆発的加速をさせるもので、光の弾を加速させて空に打ち上げるということである。そこで、自分はその爆発的加速させるものは火薬ではないかと考えたのである。
正直、異世界に火薬があっても不思議はない。黒色火薬であれば、木炭、硫黄、硝石さえあれば作ることができる。しかし、魔法文化が浸透しているこの世界において、地球のように普及しているかと言われると、疑問ではある。だって魔法の方が安全で使い勝手がよさそうだしな。わざわざ、扱いに注意が必要な火薬を使う必要なんてないだろう。
「火薬といったら、銃だよなあ。」
そして、火薬と付随してよく思いつくのが銃である。この世界で作ろうと思えば可能であるはずだ。
といっても、火薬と同じように、この魔法の世界で実用性があるかは微妙である。正直言って、皆無かもしれない。
これは、工業高校にいる友人と「異世界において銃を作る」と話した時のことなのだが、自分が『異世界で銃を作る』といったら、友人に『銃を作るのは無駄』と言われてしまった
そう言われて現代の銃は無理でも前装式であれば簡単に作れると言った。しかし、実際には多くの基礎技術を必要とするシロモノであると論破されてしまった。日本の火縄銃一つとっても、バネやネジ、火薬の燃焼に耐えれる銃身の製造など、高度な技術が必要であるらしい。実際に日本に銃が伝来した時に、国産しようとしたが、銃身の尻栓ネジの製造が出来ず苦労し、銃の研究をしていた鍛冶職人がネジの製造法を学ぶ為に娘をポルトガル人に嫁がせたという話があると言われた。その事を考えると火縄銃であったとしても製造はかなり難しいことになる。だが、銃をつくれなくはないとも付け加えて来た。ネジやバネを使用しないタッチホール式の青銅製の銃であれば、火縄銃ほど苦労せず作ることができると言っていた。しかし、それだと火縄銃と比べると更なる命中精度と射程距離の低下を招くことになる。もう、苦労して銃を使うぐらいなら弓かクロスボウを使った方がいいレベルである。
まあ、ともかく言えることは、今の自分にとって銃は関係ないシロモノである。火縄銃を作ったとしても、少人数の行動が多い冒険者が使う得物としては不適である。
ただ、火薬は魔法に使えない自分にとってその穴を埋める潜在性はありそうではあるが。
「さて、行くか…」
暇で座り込んだが、休憩を兼ねてしまったので、その時間を埋めるために再びダチョウを探しに歩き始めた。
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視点が変わって数十分前に巻き戻る。
リアはシンジを見送った直後、ラリサがやってきた。現在の彼女は、ダチョウがここに表れるまで何もすること無い。正直、リアはシンジだけでは不安であるためノエルかラリサ辺りを一緒に行かせたかったが、ダチョウが来た際に彼女達は必要不可欠なため、村に残させざる得なかった。まあ、シンジはそれなりに自信が有りそうであるため、少しは安心できた。
そんなことを思っていた時にふと思い出す。とても重要なことであるが、まあ、大丈夫だと思った。
しかし、念を入れてラリサに聞くことにした。
「そういえば、ラリサ。シンジにダチョウがどういう動物か教えてくれたよね?」
「教えていない。」
「えっ――!?」
ラリサの言葉にリアは目が点になった。彼女はてっきりラリサが教えたものだと思っていた。
「私は、ノエルが教えたと思っていた。」
「そ、そうなんだー。」
少しだけ、ホッとすることができた。ノエルには頼んだ覚えは無いが、彼女が教えてくれたのなら何ら問題はないはずだ。
すると、ちょうど二人の目の前をノエルが通ったので、リアはすぐさま彼女呼び止めた。
一応…、一応念のため確認しておかなければならない。
「ね、ねぇ、ノエル。シンジにダチョウについて一言でも、教えたりした?」
「いいや、していないぞ。てっきり、リアかラリサが教えたものだと思っていたが。違うのか?」
リアは、段々と顔が青くなっていった。とてもマズイ。とんでもなくマズイ状況である。ノエルもラリサも教えていないとなると、今の彼はダチョウが何かも知らずに歩いていることになる。
「リア、まだそうと決まったわけではない。ポレットが教えている可能性がある。」
「そ、そうだね。ポレットが教えているかもしれないよね。」
「まあ、確かに教えているかもな。」
「ちょっと、不安だからポレットに聞きにいこうかな。」
最後の望みを掛けて急いでポレットを探すことにした。先程まで広場でダチョウ用の獣玉を調合していたので広場に向った。しかし、ポレットは居なかった。しかたがないので近くにいる村人に聞いて回る。そして、なんとか居場所を聞きだした。どうやら、村の厨房で村の御婆さん方と炊き出しの料理を作っているらしい。それを聞くと、リアは村の厨房へと急ぎ走った。
厨房に着くと、ポレットは鍋の中を回していた。慌てたリアに気づくと驚いた反応をした。
「ど、どうしたんですか!?」
「ねえ…、ポレット…、とっても大切な事を聞きたいんだけどいいかな?」
走り回った所為で、息が切れているが、用件をいわなくてはならない。
「何ですか大切な事って?」
「シンジにダチョウについて教えたりした?」
「いいえ、この二日、シンジくんとはまともに会話をしていないので、そんなこと教えていませんよ。」
「………」
「リアさん大丈夫ですか?」
「ドウシヨウ…。」
望みは絶たれた。
「(彼を拾った張本人である私の完全な管理ミスだ。だけど――)」
反省をしている暇は無い。
急いで彼を戻さなくてはならない。ダチョウはそこらに魔獣に比べると危険ではないが、だからといって怠っていい相手ではない。彼を呼び戻さなくてはならない。そのため、ラリサかノエルを探さなくてはならない。
「リア!」
と、その時に、ちょうどいいところにノエルがこちらに走って来た。
「ちょうどいいところに! 急ぎでラリサに頼みたいこと…「ダチョウが来たぞ!」――えっ!?」
「シンジから合図があった。大量の群がこっちに向ってきている。」
「シンジは!?」
「それなんだが…今、シンジはダチョウに追いかけられている。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして、視点は再びシンジへ戻る。
「あれがダチョウかな。」
シンジは切り株から数分歩いたところにある丘の頂に上った時に、丘の麓でダチョウらしき群れがいるのを見つけた。
シンジは咄嗟に身を屈めた。だが、かなりキツイ臭いで放っているので気付かれるのではないかと心配であった。
しかし、シンジは気づいてはいないが、距離が離れていることや風下にいる為に気づかれる可能性は低かった。
「ホントにあれがダチョウなのか?」
発見したダチョウらしき鳥は、地球のダチョウと比べると名前が同じだけの全くの別物であった。
体型は地球のダチョウの様にスマートでなく、ずんぐりムックリした丸みを帯びたものであった。その姿から素早く走ることは出来るとは思えなかった。そして、丸みを帯びた体にちょこっと付いたような翼は、体型に比べてあきらかに小さく空を飛ぶという機能を完全に損失したことが想像できた。
「これは、まるで『駝鳥』だな。」
目の前の鳥を見て、一言に表したら。こんな言葉が思いついてしまった。
ダチョウがどうかはわからないが、一応連絡することにした。
ポケットから例の信号筒を取り出すと、空に向ける。そして、言われたとおりに筒についている紐を引っ張った。
ポンッ!!
乾いた音を立てると、空に向って赤い煙を出しながら光弾が飛び出していった。
「これでいいんだよな?」
かなりの大きな音がして為か、ダチョウが興奮して群れが慌ただしくなっていた。
まあ、リアの指示通りに仕事はしたので丘を降りることにした。
シンジは丘から降りいた半ばで、獣玉を捨てることを忘れていたことに気が付いた。とてつもない臭いであるが、ダチョウに気がいっていたので忘れてしまっていた。
この場で捨てようとしたが、玉自体が転がって自分が行こうとしている麓まで行ってしまう思ったので、獣玉を振り回して丘の頂に投げ込もうとした。回転が出てきたので投げようと足に力を入れた。
その時、バランスを崩してしまう。そして、そのまま麓まで転がり落ちいった。
「うわああああああ―――――!!」
視界が上下左右回転する。
体中のあちらこちらを硬いものにぶつける。
その度に体から痛みが走る。
そして、麓まで行くと、地面から突起した大き目な岩にぶつかると、衝撃と激痛と共に回転が止まった。
「ぁがっ!!」
体中が痛い。滅茶苦茶痛い。子どものころによく行った公園の丘とは違い岩や石が露出していて、刃物の様にこちらの体に襲いかかってきた。
「イタタタタ……。」
体中から痛みがあるが何とか立ち上がる。どうやら、あれだけ岩や石にぶつかったが、かすり傷で済んだようだった。
「そういえば玉はどこ行った!?」
獣玉を探すが見つからない。どうやら、何処かへと行ってしまったようであった。
しかし、獣玉が近くに無いのに、それが放つ独特の臭いが強くしたのが気になった。そして、もしかしてと思い服を見た。すると……
「うわぁ……。」
服にべっとりと紫色のベトベトしたものが張り付いていた。転がり落ちる中で、自分の体で潰してしまったみたいだ。
そして、風向きが変わった。
すると、凄まじい地響きが丘の反対側からしてきた。
「や、やばい!」
体中の痛みを忘れ、村に向って全力で走る!
止まったら死ぬ。ただ、その事を考えて走る。後ろを振り向く余裕はない。
逆風が吹いている。しかし、火事場の馬鹿力なのか全く気にならない。
自分がこんなにも早く走れたのかと思ったが、とにかく全力で走る。
村の防柵の向こうへ、一秒でも早く。
そして、やっと防柵まで数十メートルのところまで走ってきた。しかし、地響きは先程よりも段違いに強い、自分のすぐそこまで迫っていることだと直感した。
「ボウズ! こっちだーー!!」
先程まで一緒にいた老人が、罠の方から大声を上げて大きく手を振っていた。どうやら、罠の中に入れという事だ。
(考えている暇はない!)
罠の入り口に向って走る。
「クエエェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
地響きどころか鳴き声がこんなに近くで聞こえてきた。あれだけ離れていたのにもうここまで!
(ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい!!)
罠に入る。しかし、ダチョウの波は直ぐ後ろにまできている。柵を昇る暇はない!
ちょうど目の前に人間が通れる隙間があった。
時間がない、後先考えずにその隙間に飛び込んだ!
そして、なにも引っかからずに柵を超えることが出来た。
その直後、ダチョウの群の先頭が勢いを殺せぬまま柵にぶつかった。その衝撃は凄まじいものであった。その衝撃で柵は大きく揺れた。しかし、柵は倒れることはなかった。
「落とし扉を降ろせーーー!!」
そう声が響く。すると、巨大な落とし扉が落ちて罠の入り口を閉じたのであった。
そのダチョウが罠に閉じ込められるのを見届けると、それまで忘れていた痛みと倦怠感が一気に降りかかってきた。
そのまま、その場で大の字で寝転んでしまった。
「何とか生き残った―ーーー!!」
寝転がった状態でガッツポーズをして、つい大声をだしてしまった。とにかく何とか生き残ることができたのであった。
大の字で寝転がっていると、逆さまに見えるリアがこちらに向って走ってくるのが見えた。
「シンジーー!」
「大丈夫だよ、リア……」
無事な事を知らせるように寝ながら手を振った。すると、自分のそばに膝をついて寄り添った。
「ホントに大丈夫?! 怪我はしていない?!」
「大丈夫だよ。かすり傷程度だから。」
「ならいいけど…。」
「おーい、ボーズー、生きているかぁ~?」
そして、今度はさっきまで一緒にいた爺さんが片手には槍を担いでやってきた。
これだけのことをしたのだから労いにでもきたのだろうか。
「ボウズ、何寝ているんだ。ほれ、これを使って手伝え。お前さんのおかげで、だいぶ手間が省けたわい。」
と言って、爺さんは担いできた槍を差し出してきた。どうやら、まだ働けという事であった。
「やれやれ。」
槍を渡されたという事は一つしかない。柵の中に閉じ込められたダチョウに止めを刺すのだ。
自分は爺さんから槍を受け取ると立ち上がった。そして。柵の隙間からダチョウに槍を立てようと構えた。
足に力を込めると、勢いよく突こうとした。しかし、突こうとした直前にリアに襟組を掴まれて引っ張られた。
「ちょっと、待つかな。」
一瞬怒られるのだと思った。しかし、リアに柵の上を見るようにと言われた。柵の上を見るとラリサが立っていることに気付いた。
「凍てつく氷の矢よ、――
ラリサが詠唱を始める。すると、罠の上に次々と氷の矢が形成されていく。
――貫け!『氷矢』!!」
そして、以外にも短い詠唱を終えると、氷の矢が一斉にダチョウの群に降り注いだ!
ダチョウに矢が同時に弾着するととてつもない甲高い鳴声が響き渡る。そして、折り重なるようにして倒れていった。一瞬にして罠にいたダチョウの群は絶命したのであった。
「ちょ、リア。あれだと、肝心の肝まで、ダメになるぞ!」
魔法の凄まじさに改めて驚いたが、それよりも、かなり強力で貫通力が高そうな魔法を使ったけど、肝は大丈夫なのか心配になった。
一網打尽はしたがいいが、肝が駄目になりましたというのは勘弁してほしい。
「大丈夫だよ。ほらよく見て。」
何が大丈夫なのか疑問に思いつつ、ダチョウをよく見る。
「なっ!?――」
血で汚れているが、自分が見える範囲のダチョウの胴体には一発も当たっておらず、頭という動物共通の弱点を的確に貫いていた。
「す、凄い!」
「そう、それがラリサの凄いところだよ。これだけの沢山の的に一発も外すこともなく、的確に魔法を当てる程の魔法制御ができる人なんてそうそう居ないよ。」
確かに凄い。魔法についてそこまで知識がないが、凄さがよーくわかった。
「だけど、完全に仕留め切れてませんよね……。」
完全に仕留めたと思ったが、折り重なったダチョウの中から5羽程が再び立ち上がった。
「私が見えていない所にいるところは保証しない。」
「うわぁ?!」
いつの間にか後ろに立っていたラリサに驚いた。一体いつ、柵の上からここまで来た!?
「リア、出来た♪」
「よしよし。」
リアは、ラリサの頭を撫でる。自分がいることを忘れてとても嬉しそうな顔をしていた。いつもはローブのフードを被っているのだが、この時はとっているため顔が直でみることが出来た。まあ微笑ましい光景だな。
「何をしている?」
どうやら、自分がいることを思い出したらしい。険しい顔でこちらを睨んできた。
「私は仕事を果たした。次はそちらの番。」
そう言うと、ラリサは柵の方向に指を指した。指を指した方向には、ノエルと村人が槍を担いで柵をよじ登って中に入ろうとしていた。
「俺にどうしろと?」
「物分かりが悪い。手伝う。」
どうやら、荒れに混ざってこいという事であった。
「わかった。けど、そうなると、ラリサもリアも一緒に行かないといけないんじゃないのか?」
「それはない。リアは現在進行形で勤めを果たしている。それと、私は魔法行使してことで疲労している。よって、行かなくてもよい。」
「うん、おかしくないかなあ。リアはラリサの頭を撫でているだけだし、ラリサさんは昨日あれだけ魔法使ったからいける『ヒュッ! ドスッ!』――へぇ!?」
自分の頬を掠めて、氷の棘が飛んで柵の柱に突き刺さった。
「行く。」
「ご、ごめんね。行ってきてくれないかな。」
命の危険(本日二回目)を感じたので、先ほど渡された槍を担いで駆け足で柵に向った。
柵を越えると、既に先ほどの5体は仕留められた後であった。そして今は村人とノエルはダチョウの死体を一体一体確認して回っていた。
「おお、ボウズ来たのか。」
「ハイッ!」
「まったく、一時はどうなる事かと思ったが何とかなったのう。ハハハハハ!」
まったく笑いごとでないと思うのだが、反論する気にはなれなかった。まあ、獣玉を潰して体に付けてしまったのは自分の責任でしかない。
「それにしても、オヌシが≪ランナー≫になるとは思いもよらなかったわい。」
「ランナー?何ですか、それ?」
「なんじゃ何も知らずにやっておったのか。
ランナーというのは、ランナー漁の重要な役目じゃ。ダチョウを罠まで連れてくるというとてもなのじゃが知らんのか?」
「知りませんよ。というか、走って連れてくる。何ですか、そのどんでもなく危ないやり方は。馬は使わないんですか?」
「馬が使えれば、苦労はしないわい。馬を使うとダチョウが追いかけて来んのじゃよ。人一人だとダチョウは群れで追いかけて叩こうとしてくるのじゃ。それにじゃ、そもそもそんなに速く馬を走らせれば、蹄が削れて走れなくなってしまうわ!」
蹄が削れるって、この世界は蹄鉄が出来ていないのか。いや、この村が貧乏で蹄鉄を付けることができないのか…。うーん、馬のことをしっかりとしらないからよく分らないな。
(というか、その前に、リアはこのことを知って、俺にやらせたのか?!)
リアがとんでもない鬼という可能性が出て来た。しかし、足に自信があると思って任せたかもしれない。ゴウリキの件があるしな。
といろいろと頭の中が錯綜して、ボーとしてしまう。
「ボウズ! 避けろーーーーー!!!!」
「――――えっ!?」
振り向くと黒い影があった。
強い衝撃を感じると、体に空中に浮く浮遊感を感じる。全てがスローモーションに見える。
(飛んでいる!?)
飛ばされている認識をした途端、背中から硬い柵に叩き付けられる。
その衝撃で、肺の中の空気が吹き飛ぶ。
息が出来ない。
意識が……
「おい…………!
ノエルと村人がこちらに走ってくるのが見えたのを最後に意識が暗転した。
城野新二、人生三回目の気絶を経験するのであった。
【用語解説】
・『ダチョウ』
林や草原にて生息している陸鳥。群れで行動しており、食べ物を求めて移動する。繁殖力が強く年に三回繁殖する。特徴として丸みを帯びた体に小さな羽を持つ体をしている。この丸みを帯びた体は栄養を蓄えるためで、丸みが強いほど脂がのって美味である。作物を荒らすため駆除の対象になっているが見た目からでは考えられない速さで走り、足から繰り出されるキックは強力であり、個体が大きいほど威力が増し、人が即死した例もあるため駆除には危険が伴う。かつて大量発生した際に、軍を持ってこれを駆除しようとした国があった。しかし、成果を挙げられなかった。家畜として利用しようとしてきたが失敗し続けている。食用としては、肉質は基本敵に他の鳥と同じ淡泊であるが、時期によって脂が乗り、とても美味である。骨は装飾に使われ、先祖が水鳥で羽の性質が同じであるため布団の詰め物に使われたりする。羽の質によっては高い値段で売買される。