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第5話:守りたいもの

「あーーーー!やっぱり起動しねぇーーーーーーーー!!」


 リーはノートパソコンをたたいて叫ぶ。


 ガラゴーン


 遠くで誰かがひっくりかえッた音がした。それでも目の前画面から目を離さない。


(こいつはどうにもおかしい・・・)


 戦争時代から機動兵器の進化を最前線で見てきた彼が、目の前の―――アルが〈蒼い鬼〉と呼んだ―――機体を妙に感じたのは、起動を行えなかったときからだ。


 初めは、単にアクセスミスをしたのだと思った。自分も機体外部からの起動に慣れてはいるといっても、プロフェッショナルというわけではない。しかし、5、6度も失敗すればさすがに不審に思えてくる。


 基本的にギア・フレームというものは、当然1回動かせば例え戦闘を行わないとしてもパーツを消耗するため、整備を必要とする。その際に、一番古い部品は、すりへっているのは、状態が悪いのはどこの部位なのか、などということを外部から初期起動状態にし検索するためのシステムがある。


 もちろんこの〈蒼い鬼〉にも端末らしきものがあった。だから、初期起動を試した。しかし、肝心の中心機関がウンともスンとも言わない。いや、というよりこの機体には―――


(エネルギー機関が積まれていない?)


という解釈の方が正しく思えてきた。


 機体を動かす【エネルギー機関】が積まれていない。つまり、人間でいう【心臓】がないのと同じなのだ。


 未完成の試作機なのか。しかし、アルは、この機体を湖で見つけたと言っていた。完成もしていない機体を外の持ち出す意味がわからないし、意味もない。どこかの組織が廃棄したにしても、これほどの技術力を外部にさらすことは、危険なだけで利点などなにもない。『自分たちは戦う力を持つ危険な存在だ』と、教えるようなものだ。


(やっぱり、こいつは自分の脚で歩いてきた・・・パイロットは、記憶喪失だとかいう小僧にまず間違いねぇが・・・)


 だが、当り前の事実に反して、目の前の巨人は黙秘を続ける。


 リーは、ギア・フレームに魂のようなものを感じることもある。個人の専用機か一般兵の量産機かは関係ない。乗り手の性格はあれど整備するときには、何かを感じるものなのだ。そのおかげで整備という作業に愛着が湧く。しかし、目の前の〈蒼い鬼〉は、まるで心が抜け落ちた、まさしく機械そのままの姿をしていた。


 普通の人間に話してもわけがわからないだろうが、彼だけの理論はこう告げていた。


(こいつは、このまま2度と目覚めないかもな・・・)


 記憶喪失の青年が元に戻ったとしても、この機体に触れる機会すら与えてもらえないだろう。これは、間違いなくどこかの非政府(テロ)組織が建造したものだ。敵に武器を返すことなどあり得ない。


 この機体は、もう死んでいる・・・


(戦うために生まれたお前にとっては不幸だろうが、これが今の世の中だ・・・悪く思うなよ)


 リーは、ノートパソコンの電源を落とす。


 ほとんどプロテクトが掛けられていたが、最低限のデータ―――間接構成の方法、装甲の軽量強化法など―――は知ることが出来た。必要な時がくるまで、自分が持って置くことにしようと思う。


 リーがその場の電気を消し、本業に戻っていく。


(おーー!作業終わったかぁーーー!)


(いい加減仕事してくださいよー)


(こっちの整備はどうします?)


(あいつらは機体の扱いが荒いですよね・・・)


 その声はだんだん遠のいていく。


 〈蒼い鬼〉は、ただ眠り続ける。


 2度と来ないかもしれない目覚めの時まで―――



                    ●



「・・・ここは・・・・・・・・・・」


 医務室で目を覚ましたソリスの目に最初に写ったのは―――


「お兄ちゃん!!」


 自分の顔を覗き込んでいる妹―――アルの姿だった。


「アル・・・・・か?」


 酸素吸入器でくぐもった声が、開ききらない目が、唯一の肉親を認識する。


「そうだよ!9年ぶりでよく分からないかもしれないけど・・・」


 ソリスが、ふっとほほ笑む。


 例え9年たったとしても、例え髪が伸びていても、例え立派な制服を着ていても、すぐに妹だとわかった。なぜなら―――


「泣き虫なのは・・・変わらないな・・・・・・」


 その、瞳にはすでに涙がたまっていたからだ。



                    ●



 コンコン


 執務室のドアが、ノックされる。


「入ってもよい」


 机で書類に目を通していた老人が、年の割に若い声で許可を出す。


 ドアが開き、身長さがある2人の隊員が入室する。


「失礼します。ルゥ=フェイネスト。ファルド=カリスマン隊長に現地調査結果の報告に参りました」


 そう言ってきっちり敬礼するのは、髪を後ろで束ねたまだ10代半ばという年齢の隊員。男とも女ともとれる中性的な顔だちをしている。


「ロイド=グレイアル。あとは右に同じく」


 敬礼しながらも、どこか軽いイメージが抜けない男は、銀髪に紫の瞳が特徴的なビジュアル系。初対面の女性なら誰もが振り向かずにはいられないだろう。また、隣のルゥはしっかりと制服を着こなしているが、彼はだいぶ着崩しており、それも彼のカッコよさとしてきっちりマッチしている。


「出頭御苦労。まあ、休みなさい」


「はっ」


 カリスマンが微笑んで言うと、ルゥはきちっと後ろで手を組み、足を肩幅に開いた姿勢を取る。


「じゃあ遠慮なく」


 ロイドは、壁にもたれかかり、ふう、と一息つく。


「おい、不謹慎だぞ。隊長の前で」


「まあ、そんぐらい落ち着ける場所なのさ、ここは」


「だからといって―――」


「ほほ。ルゥや、わしは構わんさ。休めと言ったんだから、おぬしも堅くならんでよい」


「いえ、しかしこいつは調子に乗ると度が過ぎるので・・・」


 ファルド=カリスマンは、基地の総責任者である『隊長』の地位にいる人物だ。良い人格者で、よく若者の相談に乗ったりもする、おじいちゃん的な人で隊員は皆、彼を尊敬している。着物のような上着を常に羽織っているのがトレードマークだ。


「ここには、お偉いさんなどいやせん。おぬしが礼儀正しいのは、よく知っておるよ」


「はあ・・・ありがとうございます」


「さて、早速じゃが、報告を聞きたい」


「何から話していいんだかね」


「またお前!」


 ルゥがまた叱責しようとしたが、


「それほどか?」


 カリスマンは、構わず尋ねる。


「襲撃方法には、ギア・フレームの火力が使われてたことは分かったんだが、どうにも引っかかることが多い」


「理由をきくかの」


 ここから、ルゥが説明を代わる。


「現場にギア・フレームがもたらした破壊の痕跡しか(・・)発見が出来なかったんです」


 その一言でカリスマンは、眉をひそめた。


「ギア・フレームのみで行われたと?」


 戦後において、軍事行動はその立場を逆転させつつあった。『攻める』という行為が条約によって大幅な規制を受けた結果、ほとんどの戦力は自衛の手段へと傾きつつあった。この基地をはじめ、警察機構の補給拠点には、高性能のレーダー設備が配置され、より奇襲を受けにくいようになっている。敵の襲撃を早い段階から察知し、迎撃のための装備を起動させる時間を充分に確保できる。つまり、今の時代の戦闘行為は『防衛』の方が有利になる構造をしているのだ。


「しかも残ってた記録を見ると、正体不明の敵さんは基地のレーダーにひっかかてから、5分ぐらいは戦闘にはいってない。レーダー施設を優先的に破壊した様子もない。まるで、見つかってもどうってことないって感じでな」


「しかも、あの基地の隊長は―――」


「ソリス=J=フィアレス・・・あいつぐらい優秀な指揮官は、そういるもんじゃない」


 部下からの信頼、統制力、戦局を見る目、そのほかにも数々の才能がある彼を稀代の天才と称する者も、上層部には多い。万が一相手の装備が勝っていたとしても、彼がいればここまでの事態にはならないはずだ。


「そのソリスが、管轄していた基地が落ちた・・・相手もそこらのボンクラとは、明らかに違う」


「ふむ」


「敵勢力は何かを狙って、基地を襲撃したのは間違いありません。でなければ、ソリス氏と戦うという高いリスクを払う意味がわからない。確実に勝てる自信があったにしても、それほどの力量を持つ勢力は堂々と現れることを嫌うはずです」


「的確な分析じゃな」


「だいたいまとめるとこんな感じか?敵さんは、何かを探してる。まあ、もう見つかったのかも知れねぇがな。そして、この時代には珍しい戦闘型を所有し、それはそれは高性能な新型か、カスタム機。やる気になれば、警察機関の拠点を壊滅させるほどの『力』がある」


「仮に、『探し物』が見つかってないとしたら・・・」


「またどこかの基地が狙われるのは時間の問題だな」


「うむ、この事態はすでに上層部でも取り上げられておる。あやつのの部隊には、戦争を経験した優秀なパイロットも多かったからの。この敗北は想像以上の痛手になっとる」


「もう、戦争は終わってるのに・・・」


 ルゥが憤怒と悲しみが混じった表情を浮かべる。


「みんながみんな平和になじめるわけじゃねえさ。物事には必ず反発が付き物だ」


「・・・・・」


 ロイドの言葉は真理を突いていた。人はすべてを受け入れられる程強い生物ではないのだ。


「基地の防衛は最優先に置かなければならん。特にこの基地内には、多くの民間人が暮らしておる」


「ああ・・・壊滅したらナンパができねぇ」


「うおいっ!」


 真顔で悩むロイドにルゥが呆れて突っ込む。


「ほほ、その意気じゃ」


 カリスマンが、部下の軽口に表情を緩めた。



                    ●  



「ふう・・・・・」


 精密検査があるという事で兄に束の間の別れを告げたアルは、通路に設けられたソファに腰かけていた。


 瀕死の状態の兄を見た時は本当に生きた心地がしなかった。


 唯一の肉親をなくしたくない一心で戦うことを選んだというのに・・・自分は何をしていたんだろう・・・?


 怖い・・・大切なものは、いつも自分が知らない内に消えていく・・・


 守りたいのに、守れない。


 助けたいのに、間に合わない。


 そんな事の繰り返しだ。


(ほんと・・・何で警察機構にいるのかな・・・お兄ちゃんと同じ組織に・・・・・)


「どうした」


 ふと声をかけられ視線を向ける。


 相変わらず鉄面皮の青年がいつの間にか自分をみていた。


「レイヴン・・・?」


 何で彼がここにいるのか、とも思ったが・・・


(そっか・・・途中で何も言わずに走りだしちゃったんだっけ・・・)


 街を案内していたら、瀕死の兄が運ばれてきたと連絡が入り、理由も告げず無我夢中で走り出してしまったのだ。


「ごめんねレイヴン・・・ちょっと急用が入っちゃって」


 努めて笑顔を作ろうとするアル。


「構わん、本業を優先すればいい」


 レイヴンは、たいして非難することもなく隣に腰掛ける。そこには特別、感情もない気がした。レイヴンは自分の兄のことを知らないので当然と言えば当然だ。彼も特にすることがないのだろう。


 しばらくの間、沈黙が時を埋める。


 何も言わず座っていてくれるレイヴンの存在が少し嬉しかった。


 だから・・・気がつけば自分から沈黙を破っていた。


「少しだけ、私の話聞いてくれる・・・?」


「・・・お前は、俺の恩人。断る理由はない」


 淡白な返事だったが、どこか温かさを感じた。


「私ね、両親のこと覚えてないの。物心ついたころには施設にいて、時々お兄ちゃんが訪ねてきてくれたの。施設の人たちもやさしかったし、友達も多かったから寂しくもなかった。すごく、いいところだったの・・・」


「・・・・・」


 レイヴンは、黙って言葉の続きを待った。


「・・・18歳になって、施設を出た時、お兄ちゃんが話してくれたの・・・両親のこと・・・・・すごくかっこよくて、美人で私のことかわいがってくれてたらしくて、妹に嫉妬するとこだったって・・・」


「・・・・・」


「でも・・・私が生まれて1か月ぐらいしたときに自爆テロにあったの・・・お父さん、戦闘型ギア・フレームの開発とかしてたみたいで、現地のゲリラに狙われてたみたい・・・お母さんもついて行ってたから、一緒に・・・」


「・・・・・」


「何も覚えてないってつらいよね・・・私を包んでくれた両親の笑顔も・・・やさしくなでてくれた手の温かさも・・・心地よかった子守唄も・・・」


「・・・・・」


「でも、悲しくなかった。お兄ちゃんがいてくれたから・・・なかなか会えなかったけど、自分と同じ世界にいることは変わらないって思えば平気だった。でも、たまに帰ってくる時は傷だらけ・・・その度に泣いて、迷惑かけてた」


「・・・・・」


「そして、警察機構に入った・・・そうすれば、お兄ちゃんが危なくなった時、助けられる。そのための力を手に入れられると思った。でも・・・やっぱり助けられなかった・・・ほんと・・・私、何やってるのかわからなくなってきちゃった・・・」


「・・・・・下らん考えだな」


「?」


 唐突にレイヴンの口から出たその言葉には、侮辱ではない何か他のものがこもっているような感じがあった。


「俺を含めたすべての人間の『力』には、限界がある。どれだけ修練を積んだとしても覆せないものはある。その助けられなかった状況にお前が飛び込んだとして、必ず助けられる保障など誰が保障してくれる?」


「それは・・・そうかもしれないけど・・・」


「その時の出来事には限界があることを知るべきだ。湖で倒れていた俺を、お前は救った。記憶喪失の上、素性も知れない奴だというのに、世話を焼いている。現に俺は助けられている」


「レイヴン・・・」


「だがもし、守りたいものが目の前にあるなら、その時は死ぬ気で守ればいい。それだけのことだ・・・・」


「・・・・・」


 しばし、唖然としていたアル。もしかしたら彼なりに励ましてくれているのかもしれないと思うと、自然と微笑みが戻ってきた。


「それだけのこと、か・・・・それもそうか」


 なんかすごく簡単に思えてきて、気持ちが楽になった。


 アルは、ソファから立ち上がる。


「ごめんね。くだらない話、聞いてもらって。誰にも話したことなかったんだけど、レイヴンなら話してもいいかなって」


「解せないな」


「だって、見た目からして、口堅そうだし。絶対、他の人に言わないでよ?」


「人の話を言いふらす趣味はない。安心しろ」


「ならいいわね」


 一見、無感情にも見えるレイヴンは、実は優しかった。


 たいして詮索もせず、黙って耳を傾けてくれたことが、嬉しかった。


 まだ、自分の兄は生きている。これからも会えるし話すこともできる。


 だから―――まだ守れる。

 

 それをレイヴンが気付かせてくれた。


「もう7時か・・・じゃあ、話聞いてくれたお礼に夕飯おごってあげる」


「いや、自分の食料は自分で―――」


「おごってやるんだから、一緒に来なさい!」


 言葉を遮り、強い剣幕で迫るアル。


「わ、かった」


 レイヴンが押されて承諾する。


「ふふん、【基地街】のとっておきをこれから案内するわよ」


「期待していいのか?」


「当然」


 アルが自慢げに胸を張る。

 


 けたたましい警報が鳴ったのはその時だった―――



「!!」

「!?」



『緊急警報。所属不明ギア・フレームの接近を確認。(エマージェンシー)・レベル[RED]。ギア・フレームパイロットは至急、機体搭乗し出撃せよ。繰り返す―――』



 サイレンから発せられる赤い光が、薄暗い廊下を赤々と照らす。


 2人は警報を流すスピーカーを、見つめる。


「敵が来るなんて・・・レイヴンは、すぐに非難して!街のみんなと同じ所に向かえばいいから!」


 そういうと、アルは相手の返事も聞かず、自分のギア・フレームがある、格納庫へと走り出す。

 

 アルの姿が見えなくなっても、レイヴンはスピーカーを見つめ続けていた。だがその耳に警報の声は聞こえていない。


 言葉に表せない、圧倒的な『何か』が自分を呼んでいる気がした。


(どこからだ・・・・?)


 声でも、信号でもない。だが、確信できる。『感覚』に似ているとしか言えない『何か』は、自分を確かに呼んでいる。


(なぜ、今まで気付かなかった?)


 その『何か』が示す道へと、レイヴンは歩き出す―――



   

次回からやっと敵襲来です。どうも、話が回りくどくなっているようです。しかし、この物語のヒロインであるアルの過去が少し紐解かれています。後半で、関係してくるかも知れないので、割と重要です。次回は、ついに主人公機登場であります。

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