第2話:記憶喪失と〈蒼い鬼〉 (★)
部屋の扉が開き、白衣をまとった厳つい顔つきの医師がかばん片手に現れる。
「どうでした?」
蒼髪の女性が、新しい制服に着替えて待っていた。
そんな彼女に対し医師は笑顔で告げる。
「心配することはない。骨や内臓に異常はない。多少体温低下があったがバイタル全体を見ても安定している。意識も今回復した」
「意識が戻ったんですか?」
「ああ、割とはっきりしている。いろいろ質問されたんだが、私に答えられないことの方が多っかったんで、入って答えてやってくれないか?身元調査もふくめてな」
「わかりました。ありがとうございます」
女性が一礼すると医師は何事もなかったかのように去って行った。
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最初に見たのは白い天井にぶら下がった蛍光灯だった。
医者らしき男がいたのでいろいろと質問してみたが、わかったのはここが南部にある警察機関の拠点の一つということだけだ。
起きるにしても力が入らない。
医者の男が打った安定剤の効果らしい。
どちらにせよ、しばらく体を動かさない方が賢明、と言っていたので従うことにする。
今、気がかりなのは、むしろ―――
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「入りますよ?」
とりあえず礼儀としてノックしてみたが、返事がなかったので恐る恐る部屋に入る。
木造家屋を思わせる室内にはベッドがひとつあるだけで、なんともさびしかったが元倉庫なのだから仕方ないといえばそこまでだ。
その唯一の家具であるベッドのうえに自分が救助した紅い髪の青年が横になっていた。
青年は入ってきた女性に尋ねる。
「俺をここまで連れてきたのはあんたか・・・?」
声を聞いて安心した。言っていた通りで、割と元気そうだ。
「そう。湖にたおれていたのよ。死んでるかと思ったわ。座らせてね」
邪魔にならないようにベッドサイドに腰掛ける。
「それにしてもどうしてあんなところに?」
「・・・・」
青年は答えなかった。天井を見つめているだけだ。
「答えたくないんなら別にいいけど・・・とりあえず名前だけでも教えてくれない?」
「レイヴン=ステイス」
今度はすぐに答えが返ってくる。
「レイヴンね。私は、アルカイン=A=フィアレス。長いからみんな『アル』って呼ぶわ」
レイヴンと名乗った青年は初めてアルの顔へ視線を動かす。
年齢は自分と同じくらいか下かもしれない。背中まである蒼い髪に多少顔つきが幼い印象がある。装飾のついた制服もしっかり着こなしており、どこか優等生のような空気をまとっている。
「元気になったらどこから来たとか教えてくれる?でないと調べないといけないし―――」
「おそらく無理だ」
レイヴンが言葉をさえぎる。
「どういうこと?」
少しの間沈黙を消費し、レイヴンは口を開いた。
「思い出せない・・・今まで、自分が何をしてきたのか・・・過去が一切・・頭に浮かばない・・・」
「それって、つまり・・・記憶喪失ってこと?」
アルは少しの間あっけにとられていた。そして考えを巡らせる。
(やっぱり、あのギア・フレームと関係あるのかしら・・・)
記憶喪失に至るほどの出来事がレイヴンの身に起きたとすればそれ以外には考えられなかった。
コンコン
ドアがノックされる。
「どうぞ」
アルが返答すると、彼女よりシンプルな制服をきた男が入ってきた。
「こちらでしたか。アルカイン副隊長に連絡を持ってまいりました」
「何?」
「至急、9番格納庫に来てほしい、とリー整備班長が」
「わかった。すぐに行くって知らせてくれる?」
「はっ。了解しました。失礼いたします」
男は踵を返し、部屋をあとにした。
アルも立ち上がる。
「じゃ、レイヴン。起きられるようになったら基地内を案内するわ」
「・・・ああ」
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―――第9番格納庫―――
格納庫の中で基地の端っこに位置するこの場所は、機体を格納する場所でなく、解析・換装・特別な強化機などの整備、研究を行うために設けられた特別な建物になっている。
「リーさん。来たわよー?」
アルが入るなりそう呼ぶと、どこからか、リー班長ー!、と叫ぶ声が聞こえる。すると、遠くのコンテナの影から二メートル近い筋肉ムッキムッキの体つきで濃い髭を生やした男がぬっと現れた。
リー班長と呼ばれた男が入口で待っていたアルの姿を見つける。
その瞬間、アルを含めその場にいた作業員たちが一斉に耳をふさいだ。そして次の瞬間――
「オーーーー!アル、よく来たぁぁ!」
すさまじい音量の声が建物内を駆け抜けた。耳を塞いでいたというのに耳鳴りが起こりそうだ。
これが別名【鳥落とし】とまで呼ばれるリー=マクルバン整備班長の凶声である。本人には悪気などこれっぽちもないのだろうが、割と被害がでかい。
ガラガラ、ガーン
今の音は防音が間に合わなかった作業員が何かひっくり返したのだろう。
リーは、おっと、という感じで音のした方を振り返りつつ、アルのほうまで歩みよってく
る。
「すまんすまん!気をつけてはいるんじゃが、興奮するとついな!わはははは!」
今でも十分でかいが、とりあえず音量が許容範囲内に収まったので本題に入る。
「呼ばれたから来たんだけど?」
「おお!そうだったな!こっちだ!」
リーのあとに続いて奥へと歩を進める。途中ふらつきながら、散らばった工具を直している
作業員いた。どうも、と会釈してきたので返しておいた。
さらに奥に進んでいくと、【解析】のエリアにたどり着いた。
先日まで空席だったスペースには、ギア・フレームとおぼしき巨体が固定された状態で布をかけられていた。
「呼んだのは、こいつについていろいろ話しておきたかったからだ!一応、持ち帰ったのはお前さんだからなぁ!」
リーはそういうとすでついていたノートパソコンを操作し始める。
「何かわかったの?」
「おお!ワシも長いあいだいろんな鉄人を見てきたがこんな奴は初めてだ!!」
だいぶ興奮しているのか、また声がでかくなった。
ちなみに【鉄人】とはリーのギア・フレームに対する独自の呼称である。
「つまり、どういう?」
「まず、表面の装甲強度からして違うぞ!素材は今あるものと変わらんが、反応合成法は全く新しいものが使われているのは確かだな!軽くて硬くて強い!まさしく接近型に理想のもんだとも!」
「接近型?近接戦闘に特化してるの?」
「そうだ!こいつの装甲強度が特に高いのは、肩から腕にかけての部位。しかも、人工筋肉の出力がありすぎて武器なんかでも握りつぶしちまうほどの怪力野郎だ。ってことがどういうことかわかるか?」
「・・・・・・・さぁ?」
「つまりだ!こいつは、火器とか武器をもたず、『殴る』、『蹴る』で相手をぶちのめす、みたいなコンセプトでできてるってことだな!わはははは!!」
笑い続けるリーの横でアルは機械の巨人を見上げる。
「リーさん。ちょっと布取ってくれない?面倒じゃないなら」
「じっくり見たいのか?よーし待ってろ!」
リーは大急ぎで梯子を上り、数メートルある布を、一気にはぎ取る。
回収の時はその場にいなかったので、機体全体を見るのはアルも初めてだ。
「本当・・・こんなの見たことない・・・」
露わになった機体は機械というより、人間のようなシルエットに近い気がした。
数枚の比較的薄い装甲に隠れた胸部から腹部にかけて、人間の筋肉のようなふくらみがあり、マッシブな印象をうける。腕部、脚部は厚い装甲で覆われてはいるが人工筋肉が用いられているというだけあり、力強く見える。ところどころ見えている規則的に球が埋め込まれたような部分はエネルギーの出力機関だろうか?蒼い装甲で覆われた全体をみると、太すぎず細すぎない理想的な体躯といった感じだ。
「?その『髪の毛』はなに?」
アルが指したのは、機体の後頭部から腰まで垂れ下がった文字通り、白い『髪の毛』。
「これか?こいつは『冷却フィン』だ!」
〈冷却フィン〉、というと機体内の熱を強制排出する機関のことだが、本来はジェネレーター内に内臓しているもので、長さも1メートル。長くて2メートルぐらい。つまりそれだけで事足りる代物ということだ。それが、目の前の機体に限って7メートル近くあるのが気にならないはずがなかった。
「動力源は?」
あれだけ、冷却システムが目立つのなら動力源に秘密があるはずである。しかし、リーから返ってきた返事は―――
「そいつがわかんねーんだ!」
機体頭部の突起に引っ掛かっている布と格闘しながらリーが続ける。
「ワシも気になって調べたんだがぁ!起動しようにも、うんともスンともいわねぇ!まるで眠っちまってるみたいになぁ!」
「外側から動力部に干渉できない?」
「まぁ、そういうこったぁ!おらよっと!」
リーによって最後の布が下され、頭部が現れる。
前方に突き出した黄色い2本の角。牙のような装甲が顔の部分を包むようなデザイン。デュアルセンサーに光の灯らない今の状態は本当に眠っているようにも感じられた。
「どうだ!デザインも斬新っていう気がするだろう!」
2本の角・・・筋肉質を感じさせる体躯・・・顔周辺の牙。
アルは幼少の頃こんなイメージのものを見たことがあった。それは・・・
「まるで・・・蒼い鬼みたい・・・」
―――その、もの言わぬ巨大な【蒼い鬼】は、眠りながら力を蓄えているような気がした・・・
どうも、内容に懲りすぎているせいか、肝心の戦闘シーンがまだ先になってしまいそうです。長い目でお付き合いしていただけると感激の限りです。至らない点などございましたらドシドシご指摘ください!