第21話:新たなる剣<3>
森の中にある木でできた小さな空き家。その地下にある拠点―――
髪の短い男の子が石の壁をボーっと見ていた。
その壁の向こう側。
髪の長い女の子が石の壁をボーっと見ていた。
壁という隔たりがなければ、2人は互いを見ている状態にある。
少年と少女は同い年の双子だった。
まだ年端もいかない子供。顔つきは非常に似ていた。
「ねぇ。ミーナ」
男の子が語りかける。声が届くはずはないのだが・・・
「なーに。セイナ?」
女の子は答えた。
しかし、互いの声は、互いの部屋まで届く事は無い。にもかかわらず2人は確かに会話していた。
「またお仕事だって」
「うん、がんばろうね」
まるで独り言の様な会話を2人は繰り返す。
「またお父さんとお母さんにあえるよね」
「うん。きっと褒めてくれるよ。頭なでてもらえるかなー」
2人の両親はもうこの世にはいない・・・・・・
●
林道の中に舗装された道路を1台の車が走っていた。
天井のないタイプのバギーで、荒れた道もスイスイ進める快適設計らしい。
「なんかモデルルームの売り文句みたい」
運転しながらぼやいたのはアル。いつもの制服に、風で長髪が暴れないようしっかり結んでまとめている。そしてその隣の席にいつものジャケットを着たレイヴンが座っていた。
「快適なら問題はない」
「いや、それはそうなんだけど・・・」
はぁ〜、とため息が聞こえる運転席の後ろから、ひょこっとアミーナが顔を出す。
「アルちゃんはもっとロマンチックな小旅行を期待してたのよね〜」
「いや、別にそんなんじゃ・・・ていうよりなんでアミーナまで・・・」
そう、本来ならアル1人で行くはずだったのだが・・・・・・
数時間前―――
「アルー。アミーナちゃんもつれて―――」
と数日分の荷造りをしていたアルの部屋にアミーナが飛び込んできた。
「ダメ」
神速の即答で断った。
「もー、なんでよー」
「今回は仕事なの。遊びに行くんじゃないのよ」
「ぶーぶー」
「ダメなものはダメ」
「む、ならば切り札を切るか・・・」
アミーナが懐をしばらくごそごそし、バッと何かの写真を取り出した。青いショートヘアーの少女が笑顔で誰かに抱きついている。
「アルちゃんの幼少写真『おにーちゃんとの抱擁』バージョン〜」
「はぁっ!?」
その言葉を聞いてアルが勢いよく振り返った。
「おー、体操服姿のチビアルちゃんは新鮮ですなー」
「一体どこで手に入れたのよ!!」
「ふふふのふー。これを返してほしくば、共に連れていけい!」
「この!返しなさい!」
「やーだよー」
部屋の中で子供のように逃げ回るアミーナとかなり必死に追いまわすアル。
すると、アミーナがベッドにつまずいた。チャンスとばかりにアルが飛びかかる。だが、思いのほかふんばりがきかず、そのまま2人でもつれる様にベッドへ―――
「アル。7番隊基地の件で伝えることが・・・・・・」
神がかったタイミングでレイヴンが扉を開けると、
「あ」「な!?」
アミーナをベッドに押し倒しているアル、という禁断の恋愛的な光景があった。
[レイヴンの想像](昨日テレビで少しだけ見たものと重ねて)
―――私、貴女を愛してるわ、アミーナ!
―――だめよ。私達は女同士なのよ!
―――そんなの関係ないわ。この気持ちを抑えられないの!
―――アル・・・
―――アミーナ・・・ガバッ(抱きあう感じな音)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・邪魔をしたな」
長い沈黙後、そういってまわれ右するレイヴン。
「何を想像したか知らないけどちょっと待ったーっ!!」
追いかけようとするアルの肩をガシッとアミーナがとらえる。
「ふふふ。この誤解、解いてほしくば我が要求を聞けい」
「くっ卑怯な・・・ってあんたのせいでしょうが!」
「答えは『イエス』か『はい』で」
「どっちも承諾かい!」
「こうしてる間にもレイヴン君は歩いて歩いて・・・」
「わかったわよ!連れてけばいいんでしょ!連れてけば!ほら、さっさと来なさい!」
「はいはーい」
こうしてアミーナも連れて行く事になってしまったのである。
―――回想終わり―――
「私も野暮用思い出したのよん」
「アミーナの場合『思いついた』でしょうが・・・言っとくけど一般人はまだ本部には入れないからね」
「分かってますって〜」
「すまない。俺も同行しろとカリスマンに言われてな」
「レイヴンは別にいいのよ」
「なーんか不公平ー」
「うるさい」
「レイヴンくーん。アルについて耳よりなお話あるんだけどー」
「やめんかい!」
騒がしい、とレイヴンは思いながらも、2人の関係は少し興味深かった。
いつも会うたびにおちょくったり、怒鳴ったりする事が多いと言うのに、互いが互いを『親友』だと堂々と言えるのである。こんな信頼関係もあるのか、と不思議なものを見ている気分だった。
そんなこんなしている内に、灯台のような建造物が見えて来た。
もちろんこんな内陸に灯台など存在しない。見えているのは新しい7番隊基地のレーダー設備である。
「おー、あれが新しい7番隊基地ね」
アミーナが遊園地を見ているかのように目を輝かせる。
「ソリス=J=フィアレスの統括する基地・・・か」
3人を乗せた車は真っ直ぐに基地のゲートへと向かっていった。
余談だが、本来ならはロイドが同行するはずだったが、本人がそれを断ったため、その代役としてレイヴンがカリスマンから半ば強引に依頼を受けさせられたのである。ちなみにロイドが断った理由は―――「野郎しかいないとこなんて行きたくねえよ。窒息する」―――ということらしい。ルゥも、修行で忙しい、とのことだった。
●
基地のゲートに入って行くバギーを木の上から観察している男がいた。
「ようやくご到着か・・・」
ところどころボロボロの黒いコートを着た男―――バニッシュ。若干苛立たしげにナイフをクルクルもてあそびながら巨大なレーダー塔を眺めていた。
●
「・・・?」
レイヴンが何かの視線を感じて周囲を見渡す。
「レイヴン、どうかした?」
停車した車から降りたアルに話しかけられ、そちらに向き直る。
「いや・・・何でもない」
気にはなったが、とりあえず自分も車から降りる。
「なんか思ってたより人少ないのねー」
基地の建物を見ていたアミーナは、出入りする隊員の少なさを意外に感じていた。
「まだ完全にたちあがってるわけじゃないのよ」
「どゆこと?」
「まだ隊員も全然足りてないらしいの。なんかお兄ちゃんが直接スカウトして回ってるみたいで」
「ふーん、大変ね」
そんな事を話していると、向こうから車が1台走ってきた。アル達が乗ってきた物より一回り小さい。おそらく基地内を走り回るためのものだろう。
車はスムーズに減速して、アル達から3mほど離れた所に止まる。乗っていたのは隊長であるソリスだった。
「みんな、よく来たな」
降りてからスタスタと歩きながら、そう挨拶するソリス。
「は、アルカイン=A=フィアレス。新型機テストのため、7番隊基地に到着しました」
敬礼し、兄に隊員として挨拶する。いくら兄妹とはいえ、公私を混同したりはしない。
「御苦労。テストは明日からだ。これから部屋に案内するのでゆっくりと休んでくれ。客人もいるようだしね」
「はい」
●
その頃の0番隊基地。【ブレイズ・ソウル】格納倉庫―――
「おや?隊長さんじゃないか」
作業員が不意に現れた珍しい人物に声をかけた。
「ほっほ。がんばっとるかの。ほれ、差し入れじゃ」
そういってカリスマンが差し出した紙袋には、東の国の名物菓子『マンジュウ』がぎっしり入っていた。
「おお、こんなに。いいんですか?」
「かまわんよ。友人から送ってもらったんじゃが、多すぎて食べきれんのじゃよ」
「ほんじゃまー遠慮なく。おーいみんな!隊長殿から差し入れだー!休憩しようぜー!」
「ういーっす」「もうこんな時間か?」「差し入れってなんだ?」
その言葉を聞いて、あちこちの作業員達が作業を中断し、1人また1人と集まってくる。
「差し入れのついでと言ってはなんじゃが、少し奥を見せてもらってよいかの?」
「ええ、別にかまいませんよ。いろいろ資材が転がってるんで気をつけてください」
「ほっほ。そう年寄り扱いするでない。ではいってくるかの」
カリスマンはトコトコと広い倉庫内を奥へ奥へ進んでいく。
置かれている物と言えば缶詰がほとんどだが、中には『アミーナちゃんのもの。さわっちゃいやん』と書かれている箱もあった。
「うむ。面白いことが起こりそうじゃな。見逃そう」
隊長殿は、にぎやかな事が大好きなのである。
そんなこんなしている内に、お目当てのモノを見つけた。
巨大な布で隠してある7メートルの何か。その前で止まると、キョロキョロと辺りを見回す。
「誰もおらんかの」
それを確認すると、布の内側に入った。
まず確認したのは、膝をつくように固定された青いG・Fの姿。
頭部の特徴的な2本の銀角と後頭部から伸びる銀の『髪の毛』。人間を模したかのような電磁筋肉が内蔵された力強い四肢。両目は暗く沈黙しており、完全に停止している状態である。
どこか眠りについているようにも見えるその機体―――【ブレイズ・ソウル】をカリスマンが間近で見るのはこれが初めてである。
「ふむ・・・」
スッと装甲に触れてみる。
「・・・・・・」
しばしの黙考の後、ポツリと呟く。
「やはり生きておるのか・・・・・・ヴェイヘル=レットエンド」
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新7番隊基地―――
ソリスは書斎で、明日の演習の書類に目を通していた。
内容はカイがやっと提出した新型機の詳細なデータである。これのおかげで後の会議が詰まってしょうがなかったが、ようやく進められそうだ。
「左利き用に調整された特殊なOS・・・か」
新型機は、アル専用に開発されている―――それを薄々感じていたソリスは、あらかじめアルの交戦記録を0番隊基地から取り寄せて分析していたのだ。
どれを見ても、アルの操縦する【オール・ガンズ】は装甲より関節の消耗率の方が高い。
一見、未熟なパイロットのようにも映る。しかし―――
(原因はアルが性能以上の操縦をしているからだ・・・。機体の能力が追従しきれていないせいで、各関節の消耗が異様に高くなっているのか・・・)
原因はそれだけではない。警察機関のパイロットは全体的に見ても圧倒的に右利きが多い。そのため、量産機のOSも右利き用に調整されることがほとんどだ。
人間は利き腕のクセに、自身では気がつきにくい。右利きと左利きには個人差があれど、大まかなクセがあって当然。
アルも両腕が利き腕とはいえ、元は左利き。従来の量産されたOSでは本来の力を出せないことも少なくないはずである。
そのアルのため専用機が造られたとなれば、発揮される能力は予測できないといっても過言ではない。
唯一の問題といえば―――
「さて・・・。どうやって量産できないと議会に発表するかな・・・」
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「ふー。新鮮なお湯が出たなー。極楽、極楽」
新しいバスルームを堪能したアルは、シャツと就寝用の紺色の長ズボンを着ていた。長い髪をなでるように拭きながら柔らかいベッドにモフッと座る。
アルは空きだらけの宿舎の一室に案内された。まだ入所者がいないため、ベッド以外の家具も無いが、0番隊基地と比べて部屋は広かった。
「んー。いいお湯だと髪も元気になるなる〜」
「うーむ、湯あがりはさらにピチピチ美女になるの〜」
「そーそー・・・・・・ってきゃあぁぁ!?」
アルがその場から飛び上がる。いつの間にか長身の老人が壁と同化する様に立っていた。
「ほっほ、驚くところもかわえーの〜」
「だ、だれ!?」
「しかし、なぜバスタオルじゃないんかの〜?湯あがりの乙女はバスタオル1枚の危うさが色っぽいと言うのにの〜」
「あのー・・・・・・」
なんか1人で残念がってるおじいさんにアルはただ唖然としていた。
「さては!おぬし、男とつき合ったことがないな!」
「ほっとけ!」
そんな怒鳴り声が宿舎に響き渡った。
彼方からの声、更新です。今回は長くかかりました。原因不明(実はサボり)。まあ、マイペース更新の作品ですので。読んでくださってる方には申し訳なありません。