第19話:新たなる剣
滝が見える薄暗い部屋。その椅子に座っている男がバニッシュの持ち帰った戦闘記録の映像を眺めていた。
戦闘半ばで起こった【ブレイズ・ソウル】とレイヴンの覚醒。圧倒される【べリアル・クライ】が損傷していく光景。その様子がしっかりと映し出されていた。
「これがセカンドコード【切り裂き】か・・・」
男はこれまでに無く感心しているようだった。
「期待どおりってか?」
「いや、期待以上だな・・・これ程の短期間で新しいコードを開封するとは・・・」
「まぁ、そのせいでクロセルの野郎は血まみれでベッド送りだがな」
「容体は?」
「体中骨折、内出血、内臓破裂その他もろもろ。流石に数日は動けねぇだろうよ」
バニッシュの表情には心配などの感情は一切なく、一種の嘲りの様な失笑を浮かべていた。
「で、どうすんだ?レイヴンの野郎の監視は必要だろ?」
ニヤリと答えの分かりきった質問をするバニッシュに対し、男は若干眉をしかめた。
「お前、わざと見ていたな・・・・・・」
その言葉にも動じる姿勢を見せず、平然と言い放つ。
「さあな。だがお目当てのもの持って来てやったのはひとえに俺の善意だぜ?」
「・・・・・・いいだろう。クロセルの復帰まで監視はお前に任せる。だが、派手に暴れることは許さん。バルフィリカの件で警察機関が疑い始めた」
「俺達が危険なテロ組織だってか?」
「いや、私が生存している可能性をだ・・・」
●
ところと日付が変わって数日後の0番隊基地の隊長書斎―――
「改良型・・・ですか?」
「うむ。正確には【オール・ガンズ】をベースにした発展機―――その起動演習じゃな」
時刻は昼。バルフィリカ事件の報告書がようやく終わったところで呼び出しを受けたアルは、カリスマンからそんな話を聞かされた。
「なんで私なんです?テストパイロットなら他にもいるじゃないですか」
「開発者がワシよりはるかに高齢での、『ピチピチで20代半ばの胸のでかい若い娘じゃなけりゃ使わせん!』と叫んどるらしい」
「なんですかそれ」
「今の時代では兵器開発の技術者は数少ない。そんな中の貴重な人材なので頼みを無下にもできんのじゃよ」
「バレないように乗ればいいじゃないですか」
「それも考えたらしいが、テスト機体の側に張り付いて離れんらしい」
「すごい執念とこだわり・・・」
「そんなわけでその条件に該当したのがお主なんじゃよ」
「なんか嬉しくない・・・」
「無論それだけが理由ではない。お主は機体の操縦センスもある。その点でも推薦したいと思っておるが、どうかの?」
「うーん・・・」
アルは考える。書類整理とか山のように残してるのにテストパイロットとかしてる暇あるのだろうか、と。
「演習はどこで?」
「ソリスの新7番隊基地じゃ」
「行きます!」
即答。これまでの深い考えなどどこへやら。
「ふむ。心良い返事じゃな。あとで車を貸し出すでの」
「はーい♪」
●
ところ変わって同時刻のアミーナ所有の地下倉庫―――
「おーい。こっちに材料回してくれー」
「道具足りないぞ―」
「その鉄材はもっと右だー」
街の作業員が集まってせっせと直しているのは、倉庫の入口だった。
額の汗をぬぐいながらお茶をのむ作業員2人が6割ぐらい修繕が完了したゲートを見上げる。
「新しくして3日くらいだったはずなのにな」
「なんかこじ開けられたような跡があったけど」
「まさか。このあいだ結構強い地震あったろ?そのせいだろ・・・たぶん」
「じゃーあそこで布かぶってるのは?」
仲間の作業員が指さしたのは奥にある巨大な布をかぶった7メートルくらいの何か。
「・・・・・・あまり考えない方がいいかもな」
「そうだな・・・」
この仕事でよく言われるこんな言葉。
―――アミーナ=ヴァーチェがらみの仕事は絶対に詮索しないことを魂に誓え。さもなくば・・・・・・―――
最後がはっきりしないのもまた恐ろしかった。
●
ところかわって同時刻の別の場所―――
ルゥは基地の電話で話をしていた。相手はバハルだ。
「そうか。1番隊の管轄する刑務所に入るのか」
『はい。北の国は私の故郷です。落ち着けるだろうし、これから刑期に服したいと思います』
「10年は長いな・・・」
『いえ、本来なら死刑や終身刑でもなんら不思議はなかった。ルゥ様の弁護があってこその10年です。感謝しても足りないくらいですよ』
バハルの声は晴ればれとしていた。これから罪を償っていきたいとも言っている。あれだけ死に場所を求めていた彼が今、心の底から生きている事に感謝しているのだ。自分がこんな暗い気持ちでいて心配をかけてはいけない。
『出所した後はぜひイシフェル様のお話をさせてください』
「うん、待ってるよ」
『それではまた』
そう言って通話が終わった。
そしてルゥが受話器を置いて振り返ると、
「よっ」
「ロ、ロイド?」
銀髪の男が立っていたではないか。
「君は重症だったはずだろ。どうしてこんなところに?」
「平気平気。ちょっと頭打っただけだ。全く、みんな大げさすぎだっての」
「本当に平気か?無理してるんじゃないだろうな?」
「そう聞かれたの、これで56回目」
「なんでそんなに?」
「ま、俺様の事を想ってくれるハニー達がそれだけいるってこと」
「医務室の前に見舞い品の山があったのはそのせいか・・・」
「お?見舞いに来てくれたわけかい?」
「うるさい。前を通りかかっただけだ」
「そう照れんなってハニー」
「だれがハニーだ。とにかく大丈夫なんだな?」
「ああ、心配ない―――」
そう言いかけた時、
「ロイドーー!!あたしからは逃げられないよぉ!!」
はるか後ろから年配の恰幅のよい看護婦長がドドドドドッとすごい勢いで走って来た。
「やべッ!シーラか!しつこいな!」
ロイドはその場から素早く走り出そうとしたが、
「今だよ!確保ーーー!」
『了解!』
シーラの合図と同時に四方八方から大小様々な5つの影がロイドに飛びかかった。
「なにッ!おわーーーっ!?」
「確保しましたです〜」
影の1つがロイドに覆いかぶさったままそう告げる。
「よーし、ようやくつかまえたね」
飛びかかった影の正体は看護婦だった。大概20代だが、2人だけ10代の人も交じっている。
彼女達は普段は献身的で美しい医務室の天使なのだが、患者が抜け出した時はシーラの指示の元、特殊部隊並の手腕で確保に乗り出すもの凄い看護婦さん達なのだ。
「くそ・・・シーラの奴は囮だったか」
5人の看護婦さんたちに羽交い絞めにされながら医務室へと連行されていく光景はある意味で看護からかけ離れて見えたが、ロイドもまんざらでもなさそうなので放っておくことにした。
「助かったよルゥ。あんたが足止めしててくれたおかげで割りと楽に捕獲できたよ」
「そ、そう?」
なんかいつの間にか役に立っていたらしい。ついでに訊いて見る。
「ロイドって実はまだどこか悪いとか?」
「ちょっとまだ貧血気味なだけさ。心配ないよ」
「そうか。なら良かった・・・」
「おやおや?ロイドが気になるのかい?」
「え?まあ・・・」
ロイドとは、任務でよく行動を共にするので、何かと頼りになる相棒だと言う意味だったのだが、
「普段はあんなだけどいざって時は頼りになるからねー。ああいうのが好みかい?」
ルゥはようやくシーラの言いたい事を理解し、顔を赤くする。
「ち、ちがうよ!僕はもっと誠実で真面目な人が良くて―――」
「ほー、ルゥは誠実で真面目な人が好みなのかい。これは良い事を聞いたねぇ」
しまった・・・!誘導尋問だ。
「なんだかんだ言ってもあんたも年頃の娘だね。ふふふ」
まずい。このままここにいると何を聞きだされるか分からない。
「そ、それじゃ僕、用事あるから。また」
「ああ。気を付けなよ」
シーラの笑顔に見送られてその場から避難したルゥだった。
●
ところかわってちょっと時間が過ぎたG・F格納庫。
「なんじゃこりゃーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」
リーがあらん限りの声で叫んだ。
外にある栗の木からボトボトと怖いくらい栗が降って来る。気のせいか格納庫内の鉄骨がミシミシと音をたてた気がする。
作業員は全員無事。きっとこうなるだろうと耳栓をすでに装備していたからだ。
「班長。ボリューム落として落として・・・」
「おお、悪い悪い。だがよ、これを見て叫ばずにいられるかってんだ!」
ビシッと彼が指さした先には、装甲が半壊した【オール・ガンズ・S】と装甲が穴だらけで左腕がないボロボロの【ディオン】が機材に固定されていた。
「ああ、確かに壊れすぎですね。また徹夜―――」
「ちがうわい!ここまでの損傷を受けたのにあいつらが無事に帰ってきた事がうれしくて仕方ないんじゃ!」
そういって巨漢の班長はオイオイ泣き始めた。
「は、班長・・・そ、そのとおりです」
その心の深さに部下の作業員達が圧倒される。
「そうだ!あいつらが無事に帰って来たからいいことじゃねぇか!」
「日頃の整備のたまものって奴だぜ!」
「いいぞ!班長!」
そんな声援を受けて、リーはガバッと立ち上がる。
「お、お前ら・・・いい部下を持ったなワシは・・・よーし!今日は全員徹夜で整備するぞぉ!」
『マジでッ!!?』
●
ところかわって同時刻の【基地街】―――
「ルンルン♪またお兄ちゃんに会えるかも〜」
アルが軽い足取りで昼食を食べに向かっていたところ、目当てのお店の前にレイヴンがいた。
「あれ、レイヴン?」
相手もこちらに気づいたようで顔を向ける。
「アル。昼食か?」
「まあ。あなたこそ医務室にいたんじゃないの?」
「今朝、退室の許可を得た。もう問題ない」
「そう。で、どうしてここにいるの?」
「人を待っている」
「へ?誰を?」
「今来た」
レイヴンが見る先にいたのは、
「ごめんごめん。仕込みが終わんなくてさ」
配給施設の料理長であるクックルだった。
「そんなに待っていたわけでもない。気にするな」
「あれ、2人とも知り合い?」
「友人だ」「友達だよ」
はぁ、とアルはあっけにとられていた。
「あれ?もう1人くるはずじゃなかったっけ?」
クックルがそう言うとレイヴンが、ああ、と同意する。
「そろそろ来るころだと思うが・・・」
すると声が聞こえた。全員がそちらへ目をやる。
「やっほー。おまたせー」
明るい声で手を振りながらパタパタ走って来たのは、アミーナだった。
白いセーターに黒いロングスカートで特におめかししている訳でもなかった。つまりいつも通りである。
「ごめんごめん。策略・・・じゃなくて、いろいろしてたら遅くなっちゃってー」
今、明らかに策略と言った。警戒しとこう。
「そんなに待っていない。気にするな」
「そうそう。僕も今ついたとこだよ」
「あれ?なんでアルもいるの?昼時の本能?」
「どうしてわざわざ野生動物みたいな言い方にするのよ。お昼食べに来ただけよ」
「やっぱり本能じゃん」
「うるさいわね」
「せっかくだ。アルも一緒に昼食をとるか?」
「え?あ、うん。いいの?」
「どうしてそう訊く?」
「いや、なんて言うか・・・レイヴンに誘われるのって珍しいかなーって」
そんな2人の会話を見ていたクックルは隣のアミーナに尋ねる。
「2人って知り合い?」
「そうよ。それはそれは運命的な出会いを果たしたの。あれはアルがまだ小さい頃―――」
「そこ!でたらめ語るんじゃない」
嘘八百並べようとしたところでアルが割って入った。
「なによー。似たようなもんでしょ?」
「幼少から語る時点で違うでしょ」
「つまり2人は・・・恋人同士!?」
「なんでそうなるの!」
「すごい!大事件だ!アルについに想い人が!」
「あのー、聞いてる?」
そんな3人の様子を尻目にレイヴンは考えにふけっていた。
バルフィリカでの出来事は断片的ながら様々な手掛かり得る機会になった。
まずは自身の記憶に関して。あの時見た戦時中の光景。今思えばあれは本当に記憶だったのだろうか、と疑いもあるがロイドやカリスマンの姿と声は今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。それに敵の言葉―――
(―――そうか。お前も見たのか―――)
『お前も』という言い方からして相手も全く同じ体験をしているということだろうか。
それよりも以前に戦った包帯の男。どうして自分と同じ顔をしているのか、ということも気がかりだ。
もう1つは【ブレイズ・ソウル】だ。何故基地に置いてあるはずの機体がテロリストの機体と共にあったのか。ルゥ=フェイネストと地下から脱出した時、どうしてか【ブレイズ・ソウル】が来ると当たり前のように思っていた。あの時の感覚はどうにも言い表しづらい。基地に戻ってから試しに機体の外から、動け、と念のようなものを送ってみたが機体はうんともすんとも言わなかった。
あの機体に、記憶の手がかりがあるのは間違いない。
(とはいえ、答えを出すには手札が少ないか・・・・・・)
晴天の空を見上げながら、謎が多すぎて解けない疑問に思考を巡らせていた。
彼方からの声更新です。最近は割と早く更新出来てるなーとか思ってます。これから新しい展開になっていきますのでよろしくお願いします。コメディー入れていきたいなー(=_=)




