第1話:雨の日の森の中
私が彼を見つけたのは、偶然かもしれない。
テロ対策のために数日町にいて・・・結局なんの情報もなく帰る途中の森の中だった・・・
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(雨の日っていいことあった試しないのよね・・・)
雨でずぶ濡れの女性はそんなことを考えつつ森の中を歩いていた。
(朝はあんなに晴れてたのに・・・)
別に森林浴とかにきたわけではない。隠しておいた帰るための乗り物の元へ向かっている途中なのだ。
(帰ったら絶対お風呂からはいってやるんだから)
とにかく退屈な5日間だった。世間的に治安はいいとなっていても、テロなどが起こらないとは限らない、という名目のもと可能性のあるひとつの街で潜伏していたものの肝心のテロなど起こる様子もなく、今しがた引き上げてきたところなのだ。別に事件発生を望むわけでもない。平和なのは大変良いことだ。自分もそれを望んでいる。
(きっと雨のせいね。さっさと帰るに限る)
無理やりそう思い込むことでイライラを抑え込む。
「さーてと・・・」
不意に歩みが止まり、その目線は何もないはずの空間に向けられている。
腕時計にむかって指示を述べる。
「システム起動。機体のМ・C解除。コックピット開放の後、コントロールをマニュアルに変更」
するとそれに応え陽炎に揺られるかのように、跪いた巨大な人型が出現する。
素早さを強調するかのように突き出た胸部装甲。亀の甲羅のような両肩の肩部装甲のサイドに連結しているのは固定武装である大口径のレールガン。股間と脚部の連結部位を保護する装甲。脚部自体にもいくつか規則的な隙間がある。
平凡な優等生といった印象を与える頭部のデュアル・センサーが起動を示す緑色の光を灯し、主の帰還を迎えるかのように腹部の装甲が展開し操縦席が現れた。
「ああ、もう・・・下着までびっしょり・・・」
とりあえず髪の毛だけでも拭いておく。この程度の水分でコックピットの機器がどうにかなるとも思えないが万が一のためである。
背中の中ほどまで伸びている蒼髪を拭きながら基地からの定期連絡を見直す。
「特に異常なしか・・・」
声紋操作でウインドウを開いてチェックしては閉じていく。
―――かつて人類の終わりとも言われた『終焉戦争』。百年以上続き、もはや何が原因だったのかもわからないまま泥沼化していた世界大戦は、唐突に終わりを告げる。核ミサイルのスイッチがコンロに火をつけるかのように簡単に押されてもおかしくなかったであろうという時代は、またしても曖昧なままに終わってしまったのだ。そして世界の国々が【完全平和条約】により平和への道を歩もうと誓いあって15年の月日が流れていた。当時活躍していた戦闘用人型機動兵器、通称ギア・フレームは戦争終結と同時にその存在意義を失いかけていたものの戦後の復旧作業用の労働力として発達し始める。とはいえ戦闘用のギア・フレームの開発も廃れたわけではない。自衛力という形で新たな性能をもつ戦闘用ギア・フレームは次々と考えられているのだ。しかし、それらの所有が許されているのは自衛軍、警察機関のみで厳重な管理の元に置かれている。まとめて言うと人類の関心はその大部分が平和という観念に向けられる時代であったのだ―――
最後の連絡は1時間前にきていた。
「相手は・・・隊長?」
開いてみる。内容は以下の通りである―――
『五日に渡る任務御苦労。この文章を開いた現時刻をもって終了とする。帰還を許可する。以上。 PS:街の名酒を頼んでもよいかの?経費でかまわんのでの(必読!)』
「また戻れってことかしら・・・」
開きっぱなしのコックピットハッチからさっきよりもひどくなったようなどしゃ降りを眺めて、溜息をつく。
ハッチを閉じ、コンソールを叩きながら機体を完全起動に向けて操作していく。
「全システム、オールグリーン、と。今度は街の近くに停めて・・・ん?」
立ち上がったギア・フレームにより15メートルの視点で周囲を見渡せるようになって初めて気づいた。
なにやら湖に巨大な物体が倒れているのだ。
(ギア・フレーム?)
さっきは木に阻まれて見えなかった部分。
不審に思って近づいてみる。
「っ!。カメラを光学度ズームして!!」
A・Iが即座に指示を実行し確認対象を映し出す。
「大変っ・・・!」
再び機体を跪かせ、ハッチを開き外に飛び出す。
またずぶ濡れになるのもかまわず走る先―――湖の畔には、紅い髪の青年が眠るように倒れていた・・・