第17話:バルフィリカ襲撃戦<6>
吹雪の日。
薄暗く、雨よりも疎ましく荒れた気候も【北の国】にとっては日常の風景のひとつ。
そんな国の中にある小さな家。
その頃幼かった少女にとってはとても大きかった家。
親の愛情に包まれ、世の中の汚れも誠実さも知らなかったころ。
5回目の誕生日だった。
――――――ルゥ。
ささやかでも楽しかった家族3人だけのパーティーが終わった夜。ベッドに入った少女に父は静かにささやいた。
――――――なぁに?
興奮が覚めないのか眼はまだパッチリ開いていた。
――――――パパはね、また遠くにお仕事に行かなきゃならなくなったんだ。
幼いわが子にその父は自分が人殺しだとは伝えられなかった。
――――――いつかえってくるの?
その父はかつて軍人だった。
――――――まだ分からないよ。もしかしたら長い間帰れないかもしれない。
その父は今の平和に納得できなかった。
――――――パパがいないと、さびしいから早く帰ってきてね。
――――――・・・・そうだね。
『帰って来る』とはその時言わなかった。
少女は眠ってしまった。
それが、父親との最後の会話になった。
翌日、【神終事件】と後に語られる紛争が起こった。
●
『では、フィールドを変えよう。【ブレイズ・ソウル】と【ディオン】はこっちに来い』
【べリアル・クライ】が左手の指で挑発の仕草をする。
それに対し、ロイドが鼻を鳴らす。
『ふん、誘われて行くと思ってんのか?』
『お前達が【サイフォス・ウルド】だけに照準を当てるのなら結構だが、その時は俺のもうひとつの目的に向かわせてもらう』
『なに?』
『ロイド。こいつの狙いは・・・・・・・』
【ブレイズ・ソウル】の視線が僅かに動く。そのはるか先にあるのは―――
『野郎、まさか・・・!』
『俺達が抑えなければこいつは後ろの部隊を壊滅させる』
『そう言う事だ』
もはや言葉はいらないとばかりに赤い機体が大きく跳躍し、後方にさがる。
『俺が抑える。援護しろ』
レイヴンはそう言うと同等の跳躍力で赤い機体の追尾を開始する。
一拍置いて【ディオン】も後に続いた。
その場に残ったのは【サイフォス・ウルド】と【オールガンズ・S】の2機。
『逃げないといけないんじゃないのか?』
ルゥが静かに語りかける。
『あなたは決意した。兵士を救うために戦うと。その言葉が信じるに値するかどうか私が確かめる』
『・・・・・・僕の師は言った。『剣を振るうとき、己の心を見ろ』って。今ならその意味がよく分かる―――』
〈オールガンズ・S〉は左手に持った刀をクルリと回して逆手に持つ。スッと腰を落とし、右足を前に出した戦闘スタイルになる。
『剣が真に写すのは心の強さ。その強さは勝利の為じゃなく守る為にあるべきなんだ』
『ならば、『守る剣』とやらどれ程のものか見せてもらおうッ!』
バハルの叫びに応え、右腕の機関砲が勢いよく持ち上がり、ルゥに向けて弾丸をばらまいた。
●
「せいッ!!」
【ブレイズ・ソウル】が気合いと共に放った拳の一撃を【べリアル・クライ】が紙一重で回避する。続けて襲いかかる【ディオン】の連射も当たらなかった。
向かい合って一定の間合いを保ち、3機が着地する。
(攻撃してこない・・・・・・こいつの狙いも―――)
ロイドから通信が入る。
『おい、気づいてるか?』
「ああ、俺達も足止めされている・・・」
最初は自分達が敵の足を止めていると思っていたが、いくつかの衝突の機会にも相手は攻撃こそしてくるものの最小限で大きな動きはせず、こちらとの距離を常に開けるように戦っている。
『この位置取りからすると逃げるのに最適だな』
「そうなのか?」
『主力部隊のダメージがでかいみたいだからな。いったん一か所に集結して増援を待ってる状態だ。つまり、壁が消えてる』
「・・・・・・」
なら何故逃げない?
このグループの元々の構成員でもないのに、何故ここに残って足止めに徹している?
何が目的だ?
「・・・・・・ん・・・・・」
そんな事を考えている時、操縦席にいたもう1人が目を覚ました。
「・・・・・・レ、イヴン・・・・?」
「無事か」
視線を前から外さず尋ねる。
「私・・・・・たしか、捕まって・・・・・・・・・」
意識が急速に回復していく中で、ようやく思考が現在に追いつき、今の状況―――レイヴンに抱きかかえられてるような姿勢―――を把握する。
「レ、レイヴン・・・ちょっと近くない?」
アルの顔が赤くなる。
「元々1人乗りだ我慢し―――うっ・・・!」
突如、強い頭痛がレイヴンがを襲った。機体がその動きを体現するかのようにグラリと揺れる。
『うおっ!?』『・・・??』
突如、奇妙にふらついた【ブレイズ・ソウル】に敵味方共に虚を突かれた。
「ぐッ・・・・・」
何とか姿勢を保ったレイヴンは機体を制御し踏みとどまる。
「ど、どうしたのレイヴン!?」
レイヴン自身にも訳が分からなかった。あまりに唐突な激痛に苦悶の表情を浮かべる。
(なんだ、この痛みは・・・・)
片腕で頭を抑える。油断すると今にも意識が飛びそうだ。
敵も未だに状況が理解できず、警戒したまま動かない。ある意味足止めになってはいた。
アルの慌てる声だけでなんとなく状況を理解したロイドから通信がくる。
『副隊長殿、とりあえず足止めに徹するんでよろしく』
そう言うと不意に銃を相手に向けて発砲する。警戒していた敵機がその場から大きく飛び退る。追撃を浴びせながらロイドは言う。
『あいつを引きつけるのはまかせろ。あの敵さん相手じゃ決定打はお前の機体に頼るしかねえ。あの野郎をふんづかまえていろいろ聞きてえんだろ?』
スッと前に出た〈ディオン〉の姿は目に見えてボロボロだった。片腕は肘から先がなく、装甲のあちこちに〈ラティオン〉部隊から受けた数えきれない程の弾痕が穿たれている。
「待ってロイド!そんな状態じゃ無理よ!」
『そう思うんならレイヴンの目を覚ましてやれよ。お目覚めのキスとかで』
「冗談言ってる場合じゃな―――」
ロイドはその返答を待たず機体を駆り、相手をけん制しながら正確な銃撃を数発撃ちこむ。
これまで全て避けてきた敵機に対して、今度は面白いように命中する。だが、巨大な黒い爪を盾にされ、ダメージを与えられていない。
『任せたぜ、レイヴン』
不意に投げかけられたその言葉。頭痛の苦しみの中、レイヴンは懐かしさを覚えた。
(・・・なんだ?・・・この感じ、前にもどこかで・・・・・・・)
●
ゴーストタウン同然の街に機関砲の連射音がこだまする。
マズルフラッシュと共に吐き出された弾丸の集中砲火による怒涛の破壊力がビルを始めとしたあらゆる建造物を削り、破壊していく。いや、正確にはそれだけしか破壊出来ていないと言うべきだろう。
バハルが狙っているのは、その障害物の間を縦横無尽に疾走する白をメインに関節を水色に染め上げた機体である。
『くっ、素早い・・・』
【サイフォスウルド】は通常のギア・フレームより一回り大きい。巨漢とも言える外見のとおり防御力はあれど運動性に欠ける。建物が所狭しと立ち並んでいるこの地形では、強力な火器を装備するよりもブレードなど近接戦用の武装が活きてくる。
つまり地の利はルゥにある。
『はぁッ!!』
ビルの間から飛び出した【オールガンズ・S】が斬りかかる。
『ちぃッ!!』
【サイフォスウルド】が機関砲を向けるが、その瞬間には二振りの音波刀による斬撃を決めたルゥが背後に抜け、二の太刀を浴びせようと振りかぶる。
『させんッ!』
背面の装甲に十字が刻まれたが、深緑の機体はよろけることもなく1つ目のセンサーを後頭部に回し、腕の装甲で裏拳を放つ。
高機動の動きを見切った重量級の一撃。
(避けられない・・・!)
反射的に音波刀を盾にするが、元々薄紙の様な厚さしかない刀身はあっさりと砕け、軽量の機体が吹き飛ばされる。
『ぐあッ・・・!』
衝撃吸収機構のおかげで意識を失うまでには至らなかった。空中でクルリと機体の体制を立て直して着地したルゥは、間を置かず市街地を走る。先ほどまで居た場所にはすでに弾丸の雨が着弾していた。
(音波刀の斬撃が、効いてないのか・・・?)
【オールガンズ・S】の唯一の武装である音波刀は、薄紙の様な厚さしかなく、それだけでは攻撃力はない。しかし、刀身を通電させ微細振動を発生させることで、物体との接触時の摩擦力がほぼゼロに近くなる。その結果としてあらゆる物体を切り裂く一撃必殺の武器に変貌する。
「なんて厚い装甲を―――ッ!?」
再び路地を利用して反撃の機会を得ようとした瞬間、突如としてビルが倒壊し前方に倒れ、凄まじい量の土埃を舞いあげた。
(進路を塞がれた!?)
考えに集中していたせいで、相手の攻撃の意図に気づくのが遅れた。【サイフォス・ウルド】はでたらめに弾丸をばらまいていたのではない。これまでルゥの通った道を全て潰していたのだ。
ただ闇雲に開いていた路地だけを走っていた【オールガンズ・S】は逆に罠にはめられたいた。
「とにかくこの場所を移動しないと・・・」
そう安易に考えてビルを飛び越えた。
そこに深緑色の機体が拳を振り上げて待っていた。
「ッ!?」
次の瞬間には轟音が鳴り響き、金属が吹き飛ぶ音がした。
●
(チッなんて硬さだ。どんな金属使ってやがるんだか)
それなりに命中しているはずだが、敵の動きが鈍らない。それに残弾も残り少ない。いくら装弾数が多いとは言っても過信はできないものだ。しかも片腕が使えない状態では再装填は不可。
『なら大地の恩恵にあずかるか?』
【ディオン】の銃口が照準を変える。その標的は地面。
無駄に動いて流れ弾に当たらないように敵が動きを止める。撃たれた数発が地面に着弾した。その瞬間―――地面が陥没した。
『なにッ・・・・!』
脚部が半分ほど地面に沈み、赤い機体は身動きが取れなくなる。
『ボディに効かねえならセンサーはどうよッ!!』
大きく跳躍したロイドが相手の頭部に向け、正確に照準―――発砲。
だが、着弾より早く敵機の右目を覆っていた装甲が再び上下に開く。弾丸はその眼前で見えない陽炎の壁に衝突。一瞬で溶けて蒸発する。
『ちぃッ、また―――』
敵が地面を砕いて飛び出すと、驚異の速度で一気に間合いを詰め、着地を狙いにきた。
「野郎っ!」
重力に従って落下し始める機体。ロイドはコックピット内で無意識の内にコンソールをいじった。しかしその途中で操作ミスに気がつく。
(しまった!今のこいつは飛べな―――)
強力な衝撃が襲いかかった。巨大な右腕の一撃を受けたロイド機が吹き飛び、ビルに叩きつけられた。鳴り響くアラートはその耳に届かなかった。
「がっ・・・!!」
内臓を吐き出しそうな苦痛に耐えながらも機体を立て直すことを第一に考える。しかし、機体は反応しない。
口から大量に吐血する。
(なんだこの赤いの。ああ、そうか時間切れか・・・・・意外と迎えが遅かったな、セフィア―――)
メインモニターには、夜の世界を陽炎で揺らす幻想的な機体が映っていた。
そして、静かに言い放った―――
『貴様にはまだ生きていてもらう。世界の行く末を知ってもらうまではな・・・・・・記憶の中だけの戦友よ』
カナ声更新です。まだ終わらない!終わらせられない!なぜだ!話がどうしても長くなってしまう!次こそは終わらせて見せる!