第16話:バルフィリカ襲撃戦<5>
荒野に朽ち果てた【オールガンズ】のコックピットが開き、老兵ダールの姿が現れる。
「・・・・・ワシは、夢を見ていたのか?」
さっきまで起こっていたことがまるで幻であったかのように、敵の姿は消えていた。
「・・・・・・」
ピピっと通信機に連絡が入る。
「ダールだ・・・」
『隊長!ご無事でしたか!!』
通信の向こうから歓喜の叫びが聞こえる。
「はは、また死に損なったわい」
『こちらは負傷者の手当てが進んでいます。人質になっていた民間人も全員保護しました。念のため、基地に増援の要請もしておきましたが・・・・・』
副隊長の口調が少し沈んだのを感じとる。
「何かあったのか?」
『ついさっき、所属不明の青いギア・フレームから襲撃を受けました。幸い負傷者は増えませんでしたが、0番隊のギア・フレームを1機、強奪されました』
「どの機体だ?」
『カスタム機です。普通の【オールガンズ】より細身でブレード装備していました』
「・・・・・・負傷者は出なかったのだな?」
『はい。真っ先に機体を奪って逃げました』
「・・・迎えをよこしてくれ。体制が整い次第、再突入する」
『了解です』
「通信を終わる」
通信機を切ると、たどり着けなかった街の方へ視線を向ける。
「お前は、何者だ・・・・・?」
その先には、奪われた【オールガンズ・S】を肩を貸すようにして運んでいる青い機体の姿。それは銀色の髪を風に流しながら跳躍を繰り返し、まっすぐバルフィリカを目指していた。
●
静かな地下には、水道管から漏れた水が1滴ずつ落ちる音がやけに大きく響いていた。
「お前の、言う通り・・・・・・・僕の本来の目的は、ソリス=J=フィアレスを・・・・排除すること・・・・・警察機関にとって、彼はなくてはならない存在だから・・・・・」
口ぶりからするに、発案は別の人物だろう。そして、その読みはあながち外れてはいない。
指導者として老人をたてるのも良かったかもしれないが、先にも言うように今の警察機関の構成員のほとんどは20〜30歳代の若い人間である。年の離れた老人がトップにいると、価値観などの違いから組織全体がうまくまとまらない可能性がある。
そこで選ばれたのが戦争時代に若くして唯一大佐の地位まで昇りつめたソリス=J=フィアレスだ。
彼のカリスマ性、統率力、戦闘における技量、人望といった様々な要素によって今の組織はまとまり、なおかつ安定している。しかし突如、彼がいなくなれば大きな問題が生じてくるのは間違いないだろう。
「・・・・・0番隊の基地に来たのは、アルがやつの肉親だと知っていて近づくためか?」
「違う・・・・彼女に会ったのも、妹だって知ったのも後からだった」
あのソリスの妹なら有名になるのではないかと思うかもしれないが、本当のところは兄のたてた数々の功績などの影に隠れがちで彼女の存在は、あまり大きくなっていない。
「最初、基地に入った時、驚いた。みんなすごく笑ってたんだ。人を見下すとか、そんなんじゃなくて、もっと自然に・・・・・よく来たね、とか言う感じの歓迎の笑顔だった」
「・・・・・・・」
「そこに入る寸前まで、僕の中は憎しみで一杯だった。【神終事件】で親を奪われた復讐をするつもりだった。でも・・・・・みんな同じだったんだ。みんな、ほとんど戦争で親を亡くして、右も左も分からない場所で何年も生きてきて・・・・・これから生まれる世代にそんな思いはさせたくないって」
「・・・・・・・」
「すごく温かい場所に来れて、いつの間にか、復讐なんてどうでもよくなってた。アルもソリスについていろいろ話してくれたんだ。誰よりも優しくて、戦う事が嫌いなのに、戦う才能があることを悲しんでるって・・・・・・。戦争に関わった人達はみんな傷だらけなんだ・・・・・」
「戦いの虚しさ、か・・・・・」
「僕は、みんなを守りたいんだ。自分の力を全て使って。例え、犠牲になってでも・・・・・」
「・・・・・間違っているな」
レイヴンは、そう言って手を差し出す。
「全てを救おうというなら、お前も生きる義務がある。自己犠牲に酔う人間に他者は守ることなどできん」
「そうだな・・・・その通りだ」
ルゥが微笑を浮かべて、その手をとり、スッと立ち上がる。
その時、塞がっていた出口の瓦礫が吹き飛んだ。
「うわっ!?」
「来たか・・・・・」
そこから外に出ると、ひざまずいた【ブレイズ・ソウル】とその傍らにルゥの専用機である【オールガンズ・S】が横たわっている。まるで搭乗者を待っていたかのようだ。
「これは・・・・・」
驚いているルゥに、レイヴンが語りかける。
「俺にもお前のように大切なものがあるのかもしれない。記憶を取り戻せばそれも思い出せるかもしれん・・・・・」
「レイヴン・・・・・」
「いつか記憶が戻るとき、俺がお前達の敵になる可能性が0のはずはない。その時は・・・・・お前達が俺を倒せ。全力でだ」
一瞬、その言葉にルゥは自分が戸惑いを覚えたことに気づく。ほんのさっきまで信用ならない奴だと思っていたというのに。でも、いまなら分かる気がした。
「ああ、全身全霊で」
僕は自分勝手で欲張りだ。家族も仲間も一緒に守りたい。温かい場所に居たい。例え、それが叶わないとしても叶えたいと思わなければ何もできない。なら、その意思をどこまでも突き通す。
それこそが、『決意』だと彼の姿に学ぶことができたのだから―――
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(ち、どうすれば・・・・・)
アルを人質にとられ、ロイドとテロリストの間には、長いようで非常に短い沈黙があった。
『安心しろ。我々は、無下に人殺しはせん。取引をしようではないか』
「街一つ制圧するために人口の7割を消した連中の言う事を信じろっていうのかい?」
ロイドは、挑発と事実を突き付ける。
おそらくこいつらはまだ知らない。赤い機体の襲撃で9番隊の先行部隊が壊滅的な状態に陥っていることを。ならば、ハッタリでもこちらの方が戦力が上で、なおかつ圧倒的に有利な状態に変わりないのだと印象づければ相手の隙も生まれやすくなる。
『信じられるか、どうかではなく、信じなければならないのだよ。【銃神】』
「・・・・・・・」
『ふん。やはりそうか。【終焉戦争】の末期に活躍した【英雄3衆】の1人・・・機体の形は変わっても、右腕の銃を突き出す独特の射撃スタイルはごまかせん』
「お前、まさか・・・バハルか」
『その通り。こちらとしても貴様の生存には、まさか、と言うしかないがね』
「悪いが同窓会は趣味じゃねぇんだ。お前なら分かってるだろ?俺の銃なら、【サイフォス・ウルド】の脇をすり抜けて、後ろでビクビクしてる素人を跡形も無く吹き飛ばす事も簡単だぜ?」
『ならば何故そうしない?』
「・・・・・・」
『・・・貴様は変わったな。昔なら人質など関係なく撃っているだろうに・・・あの女と出会ってから、人の命を天秤にかけられなくなってしまったな』
「何か不都合でもあったか?」
『大ありだ。戦場では人の命など、紙切れ同然。私も含めてだ。誰もがそうだと頭のどこかで理解している。一人一人の命はもちろん大事だ。だが、戦場において能力のある者は、上の立場として命を秤にかけることを余儀なくされる』
「俺は、他人の命を天秤にかけるぐらいなら自分の命だけかけるね」
『戦争は1人で勝利することはできない。幾千、幾万という命の積み上げたものこそが勝利の可能性が訪れる』
「勝って失う真理なんざ俺からみればクズ同然だね」
『ならば、なぜ戦場にいる?なぜ、銃を手放さない?なぜ、戦い続ける?』
「お前には分からねえさ。生まれ変わってもな」
『見解の相違、というものだな』
「合わせようとも思わねぇよ」
『初めに戻ろうか。私達はここから逃げなくてはならない。そこでだ、このまま私達を見逃してはくれないか?』
「ノー、と言ったら?」
『当然、後ろの女の命は保証できん』
「下衆、とも言えねえか。警察機関も裏じゃ同じことやってるみたいだしな」
『物わかりの良さは相変わらずで安心したぞ』
「そうだな・・・・・俺は物わかりがいいんだ。それと・・・・・・欲張りだ」
突如レーダーが激しく反応した。
『何!!後ろだと!?』
背部についたセンサーが敵の姿を捉えた時には最後の【ラティオン】が沈んでいた。
新たな機影は2。【オールガンズ】のカスタム機らしき機体と銀の髪の映える青い機体。
『まさか、それが、あの【ディオン】だというのか・・・・!』
正面に向き直った【サイフォス・ウルド】驚愕の声が聞こえる。
「今頃気づいたのかよ」
コックピットの中で電子キーボードをたたき続けていたロイドの指がようやく止まる。
ロイドの愛機〈ディオン〉は、ギア・フレームを始めとしたあらゆる電子兵器をハックするために開発された特別な機体なのだ。理論上では、10体のギア・フレームを遠隔操作できるとされるが、当然搭乗者の精神疲労を無視した結果である為、実際は1体操作できればいい方だ。
しかし、ロイドはこれを応用し、敵の電子機械の機能の一部を掌握する戦闘用の電子兵装を構築している。即ち、電子兵器である以上【ディオン】に勝つ事は不可能である。
『まだ、そんなものに乗っていたのか・・・・・・死ぬ気なのか!貴様は!!』
バハルの声に写ったのは、根底からの恐怖に近い感情だった。
「言ったろ?同窓会は趣味じゃねぇって」
ロイドの口調はいつもと変わらないが、鋼鉄の箱に隠れたその表情は誰にも知る事は出来ない。
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『レイヴン!アルは!?』
『手の中だ。外傷は特に見当たらん。気絶しているだけだ』
【ブレイズ・ソウル〉】が手の平の上で眠るアルを見下ろす。
ルゥが安堵のため息をつき、改めて【サイフォス・ウルド】に視線を向ける。
『人質はもういない。投降しろバハル=グレイド。君には殺人、誘拐、放火、不当破壊行為その他の罪状がかかっている』
真っ直ぐ深緑色の機体に向けられた音波刀の刃先に、迷いの震えは無かった。
『ルゥ様、分からないのですか!メイス卿の右腕の御子息として、今の世界の混乱が!』
『・・・・・・』
『兵器も兵士も必要とされなくなった世界で兵士はどこに行けばよいのです!!戦いに参加しない人々だけを守り、戦うために生きた人間を切り捨てる・・・・・こんなものが平和のはずがありません!!』
『そうだな・・・・・そのとおりだ。戦いのない世界で兵士は生きられない―――』
この場の誰もがルゥの言葉を待った。大言でもなく、心に一生残る言葉でもなかったが、その言葉は確かな響きと共に、大気を伝わる―――
『―――でも、兵士も変われたんだ』
『!!!!!』『・・・・・・・』
一瞬の沈黙の間に、片や驚愕し、片や機体の中で笑みを浮かべる者がいた。
『・・・・・・分かりました。もはや何も申しません。あなたとはこれで袂が分かたれた。最後まで私は兵士として生きたいと思います』
【サイフォス・ウルド】の両手の装甲から機関砲が展開する。
『それで君が救われるのなら、手は抜かない。でも―――』
【オールガンズ・S】が両手の刀をギュッと握る。
『僕は君を殺さず・・・生かす・・・!』
一触即発の空気の中に、突如声が聞こえた。
『多勢に無勢、とは感心できんな』
そう言って飛来してきた赤い機体が石畳を盛大に砕いて着地する。
とっさに引いた三機と一機の中央に【べリアル・クライ】はゆっくりと直立する。
『やろうっ!どこから・・・!?』
『【白臨眼】にも死角があるということだ』
『こいつの死角を知ってるってことは・・・・・やっぱりお前、ヴェイヘルと繋がってんのか』
『状況にふさわしくない問答をするつもりはない』
『ちっ』
『バハル=グレイド。2機引き受けてやる。協力するのはそれまでだ』
『・・・・・感謝します』
バルフィリカに射す日が姿を隠し、ルゥにとって決意の夜が訪れようとしていた。
久しぶりの彼声更新です。前に更新したのはいつの日だったか・・・・・。なんか長引いたバルフィリカ編もあと1話で完結の予定です。呼んでくだっさてる方には最大の感謝を送りたいと思います。




