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第15話:バルフィリカ襲撃戦<4>

―――おいおい、子供生まれたんだって?―――


 廊下で一組の夫婦を囲んで仲間達が笑う。


―――めでたいな。この時期は特に―――


 ここは、平和に馴染めない者達が集まる場所。


―――ほー、女の子たーな。反抗期は父親が大変だ―――


 ここは『世界』で彼らを肯定する数少ない場所。


―――んで、名前はなんだ?―――


 多くの『世界』は彼らを拒む。


―――この子の名前は―――







 暗い。


 僕は・・・・・・・・・・死んでない・・・・・現に体がギシギシ痛い。


 ゆっくりと軋む体を起こす。すると上体にかけられていたジャケットがスッと滑り落ちた。


「気がついたか」


「・・・・・」


 声の方を驚いて向くと、黒い長袖のシャツを着たレイヴンが手際よく瓦礫をかたづけていた。となるとこのジャケットは彼のものだろう。


「なんで・・・ここは」


「地下水路だ。バルカンの掃射を受けた地面が崩れたらしい。おかげで閉じ込められた」


「掃射って・・・【サイフォス・ウルド】の機関砲を受けたのか・・・?」


「一見高火力に見えたが、あれは対人用の装備じゃない。だから命中率も人間相手ではそう高くない」


 ギア・フレームの武装は、大きく対人用と対ギア・フレーム用に分類される。


機体戦を想定して考えられた武器は生身の人間を一撃で消し去る威力があるが、反面命中率は絶望的な程にまで低下する。加えて機関砲は、弾丸がバラけて当りにくい。例えるなら、大砲でネズミを撃つようなものなのだ。


 【サイフォス・ウルド】のパイロットは、ギア・フレームの操縦には慣れているようだが搭載された武器の特性を理解していないことから愛機というわけではないらしい。


「冷静・・・だな。一歩間違えたら死んでいるぞ」


 気絶してはいたが、【サイフォス・ウルド】の機関砲は両腕を合計して30門。弾丸1発は一升瓶程の大きさがある。かするだけでも大怪我は免れない。


「・・・そうだな」


 手を止め、レイヴンが振り向く。次の瞬間ルゥは驚愕した。


「おまえッ・・・!」


 その額からは、おびただしい量の血が流れていた。そのせいで、左目が完全に塞がってしまっている。


「額からの出血は止まりにくいからな、拭かない方が早く固まる」


 よく見ると、黒いシャツの肘から先が黒ずんでいる。その部分にべったりと血が付いているのだ。


「まさか、僕をかばって・・・」


「・・・運が悪かった。それだけだ」


 そういってレイヴンは瓦礫の撤去に戻る。


「どうして・・・・・お前が命をかける理由なんてないだろ・・・みんなと逃げればよかったのに・・・・どうして僕なんか」


「・・・・・・」


「・・・僕は君を信用できない。あの赤い奴とお前のギア・フレームを見れば馬鹿でも気づく・・・あの連中の仲間だって」


「・・・・・・」


「記憶喪失の男がギア・フレームを動かせるなんてそれしか考えられない」


「・・・・・・」


「何が目的なんだ・・・今、お前があの機体(ちから)を使えば誰も止めることはできない。なのに何で・・・」


「・・・・・お前の推測は正しい。俺は間違いなく奴らと同類。それもかなり深いところで繋がっていたのかもしれん」


「認めるのか・・・」


「俺は自身と向き合う。過去が向こう(テロリスト)側にあると言うならそれを認ようと認めまいと結果に変化はない現実は残酷と正しいから成り立つからな」


「記憶を取り戻す気があるのか?」


「・・・当然だ」


「取り戻してどうするんだ。僕たちの・・・・敵に戻るのか」


「・・・・・・」


「・・・・・・・もしもその時は・・・僕が許さない」


 固い決意がにじむその言葉に、手を止めて呟く。


「・・・・・よくわかった。今のお前は味方のようだな」


 特に動揺も見せず放ったその言葉に、ルゥの心臓がバクンとはねる。


「どういう、意味だ・・・・?」


「・・・・・お前は【神将団】の工作員だな」




                   ●




『な、なんだコイツはッ!!?』


 【オールガンズ】がまた1機撃破される。10体いた9番隊の機動部隊は残り3機にまで激減していた。


 突如、飛来するかのように現れた赤い機体の圧倒的な力の前に部隊は全滅寸前の状態だ。


『た、隊長、どうすれば!』


『弾丸がまるで効きません!!』


 取り囲まれてはいても、余裕があるのは赤い機体の方なのは一目瞭然だ。


(脆い・・・あまりに脆弱だ)


 【べリアル・クライ】の中でクロセルは、半ば呆れる。


 警察機関という組織は、世界最強とされる武装機関である。


 優れた装備、優れた設備、優れた拠点、そして戦後の最新鋭機【オールガンズ】。あらゆる要素が彼らに絶対的な有利を与える。


 だが反面、自身の優勢が崩れると途端にうろたえ、体制を見失う。


 戦争終結から15年。今の警察機関には戦後生まれがほとんどで戦争を経験した者は、ほんの一握りである。つまり、真に戦いを知る優れた人材が圧倒的に不足しているのである。


 戦争を知るということは戦いを知るということ。そして、戦いを知る者はそれをたやすく忘れ去ることが出来ない者でもある。


 皮肉なことに本当の戦いを知る歴戦の優れた多くの兵士(じんざい)達は、平和に馴染めず、テロリスト側にこそ溢れているのだ。


『お前達は負傷者の救助に当たれ。こいつは私が止める』


 1機の【オールガンズ】がスッと前に躍り出る。


(ほう、戦士が1人いたか)


『その機体のパイロットに告げる。機体を降りろと言っても無駄だろう。こちらも死ぬ気でかからせてもらう』


 緑を基本とした迷彩色に塗装された【オールガンズ】が手にした二丁の大口径マシンガンを構える。


『ゆくぞッ!!』


 銃器が火を吹き、無数の弾丸が赤い機体を襲う。


(ふん・・・)


 その前に【べリアル・クライ】が動いていた。


 右目の装甲は閉じたまま。純粋に基本性能だけで攻撃を回避する。


『むう、何と言う運動性・・・』


 迷彩色の【オールガンズ】は、回りこむようにして繰り出された敵の攻撃をバックステップで回避する。


 距離を空け、再び銃撃を加えようとしたが―――弾が出ない。


『ぬ!弾が切れたか!?』


 接近型の敵機はこの隙を逃すまいと、一気に突進してくる。


 すると、手に持っていた銃を相手に向かって投げつけた。


(悪あがきか・・・)


 と考え、右腕で軽くはじいたが―――


「なに・・・・!」


 その陰に隠されていたハンド・グレネードに気づくのが遅れた。


 近距離で炸裂した爆発の威力が赤いボディを強烈に殴りつける。


「ぐっ!」


 意表を突かれ、崩された体勢を立て直そうとしたとき、舞い上がった土煙を抜けて【オールガンズ】が攻め込む。その両手には、標準装備の近接用カッターが握られている。


『もらったぞぉッ!!!』


 この距離では右腕を盾にするのが間に合わない。


「ちぃ・・・!」


 再び【べリアル・クライ】の金色の右目が光を帯びた。




                    ●




「な、何を・・・・・」


 ルゥの動揺は、レイヴンの予想が的中していることを物語っていた。


「もう一度言った方がいいのか?お前は元々【神将団】にいた。そして何らかの目的をもって、今の部隊に来た。そうだろう」


 顔の半分を血で赤く染めたその表情は、どこまでも無感情で突き刺すような視線を向けていた。


「僕が・・・【神将団】って・・・・・どうして――――」


 驚愕と恐怖にも似た感情がルゥの表情を揺らす。


「お前は真面目だ。人一倍。特に規則や任務に関しては、堅物で有名な程に。そんなお前が【神将団】がらみの事件となると真っ先に命令違反を起こす。大概の人間は、『被害者だから』と上辺だけで判断するだろうな」


「そんなこと、誰から・・・・・」


「後で分かる。話を続けるぞ。俺が気になったのは、どうしてお前が、敵の本部の位置を知っていて、そこから飛ばされて来たのか、ということだ」


「それは・・・・・!」


「お前は知っていた。敵の位置、今回の計画、今ここで起こっていること全てを事前に理解していた。0番隊の内通者としてな」


「ち、違うんだ・・・・僕は・・・僕は・・・・・・」


「・・・守りたかった」


「ッ!!」


 ルゥがハッと顔をあげる。


「【神将団】は、お前にとっての『家』。戦いを忘れられない者達の集まり。その中にいたなら、お前もそれを担うはずだったんだろう。この時代において、警察機関の中に入り込んで優先すべき事項はおのずと決まって来る」


「・・・・・・」


「戦争時代を生き残り、現警察機関の実質的なトップである、ソリス=J=フィアレスの排除だ」




                     ●




 両腕と頭部を失った迷彩色の【オールガンズ】がズンッと砂埃をたてて大地に沈む。


「ぬぅ・・・何と言う力・・・貴様は一体・・・・・」


 緊急用サブカメラが、逆光を受けながら自分を見下ろしている無傷の赤い機体を映す。


 すると、まだ生きている機器に通信が入る。


「音声通信だと?」


 不審に思いながらも、回線を開く。


『お前は、ダール=ゴルンか?』


 若い男の声。しかし―――


(この声、どこかで・・・)


『返答は?』


「・・・・・・確かにワシの名はダール=ゴルン。じゃが、何故この名を知っている?」


『・・・・・。お前に訊きたい・・・・・戦う先に、生きる意味を見つけられると思うか?』


「なに・・・?」


「戦い続けて・・・何かを永遠に守れると思うか?」


「・・・・・。それは自身が見出すものじゃ。ワシは、この道を選んだ」


『そうか・・・・・』


 敵機が右腕を振り上げ、それが開き6本の爪になる。


「ラナ、ようやくワシもそっちへ逝けるぞ・・・・・・」


 思い浮かべるのは、戦火に巻き込まれ、永遠に失ってしまった最愛の妻の姿・・・・・。


 灼熱の爪が、そのコックピットを引き裂こうとした時―――


 突如、赤い巨体が何かに吹き飛ばされた。




                    ●




『バハル卿、今回の計画は・・・・・』


 通信機越しに不安げな同志の声が聞こえてくる。


『言うな。今回は無理でも、今度こそ・・・・・。それに得たものは0ではない』


 クロセルから敵の防御に穴が空いたという連絡を受け、彼らは機体に乗り込み脱出を試みていた。


 人質は潜入した部隊によって既に持っていかれた後で、すでに街はもぬけのからになっている。


 防衛についていた5機の【ラティオン】とも通信が途絶えてそれっきりだ。


『おっと、そこまでだ。お2人さん』


 敵機の存在に気づいた時には既に銃を向けられていた。


『貴様か。我が同志達を排除したのは』


 白いその機体は、左の肩部・腕部を損失していたが、まだ余裕があるように見えた。


『そう言う事。こいつは特注品でね。お前さんのような機体(デカブツ)にも対応できるように造ってある。悪いこと言わないから降参しとけよ』


『・・・・・降参だと?』


 【サイフォス・ウルド】がスッと正面を向く。【ディオン】が長銃身のハンドガンの引き金に指をかける。


『これを見ても同じことが言えるのか?』


「?」 

 

 ロイドが後方の【ラティオン】が何かを持っているのに気づく。カメラの倍率を上げ、それを確認した瞬間、驚愕した。


「なに・・・・!?」


 手の中に囚われていたのは―――あろうことか気を失っているアルだった。


久々の彼声更新です。バルフィリカ編もだいぶ後半に近づいてきました。マイペース更新ですので、不定期更新なのはご了承ください。


〜次回予告劇場・その1〜出演:レイヴン&アルカイン


レイヴン「・・・・・・・・・・」


アル「あのー、レイヴン?」


レイヴン「・・・・・なんだ?」


アル「なんか次回を期待させる言い回しかんがえないと!」


レイヴン「そうだな。次回は一言で言うなら『邂逅』といったところか」


アル「・・・それだけ?」


レイヴン「おしゃべりは得意じゃない。まかせる」


アル「もう、何のためここにいるのよ・・・。ええ、次回は、私を救出すべく、ロイドが自慢のトークで―――」


レイヴン「楽観的な表現だな」


アル「だって、なんか人質で終っちゃったし・・・・・」


レイヴン「災難だな」


アル「もうちょっと心配してくれてもいいのに」(小声)


レイヴン「何か言ったか?」


アル「何でもないっ!」


〜終わり〜

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