第14話:バルフィリカ襲撃戦<3>
敵機が問答無用で撃ってくるマシンガンの掃射を【ディオン】はビルの陰に隠れてやり過ごしていた。
(よく整備されてる・・・・・まるで新品みたいだな)
レーダーを確認すると、徐々に包囲されつつあるのが容易に理解できた。
(だが、戦術は素人だ。熟練者がいない。指揮系統も働いていないのか?)
1対5。
不利な状況下に置かれてもロイドは焦らない。むしろ、より思考を巡らせる。
【ディオン】が物陰から姿を現して狙撃ライフルを発砲。他の物陰に飛び込むその僅かな瞬間に相手の【ラティオン】の頭部を一発で正確に撃ち抜く。
【ラティオン】は索敵能力が高い反面、頭部にすべてのセンサー、カメラが集中している。つまり、頭部の欠損は戦闘不能を意味していた。
「これで残り4――――」
そこまで言って瞬時にその場から大きく飛び退る。そこへ例の赤い機体が隕石のように着地し、石畳が砕ける。
「よう、聞こえてんだろ?お前が指揮をとってるわけじゃねぇみたいだな」
『・・・・・・』
「だんまりかよ。音声通信を開けっ放しでそりゃないんじゃないのか?」
狙撃ライフルを油断なく構える白の機体は、巨大な右腕を構える赤の機体と正面から睨みあう。
前回の交戦では、圧倒的な性能差に驚愕したが、勝てないというわけではない。
それに今回の自分の役割で優先するべきはあくまで囮と陽動。敵機の撃破は二の次だ。敵をひきつけられるだけひきつけ、人質を安全に救出することにある。
現に目の前の敵を始めとしたギア・フレームは全て人質がいるビルから離れつつある。
もちろん簡単にできる芸当ではないが、ロイドの実力はそれを可能にしていた。
(前は、切れ者みたいな感じがしたんだが・・・・気のせいか?)
『・・・・・・・・・そうか、お前が・・・』
不意にそんな声が聞こえたかと思うと、赤い機体が動く。
「ッ!!」
ダッシュ。一気に距離を詰められ、懐に入られる。
ほとんど反射神経で持っていたライフルを手放すと、それが尖った巨大な右腕に真っ二つにされ爆散する。初めから武器を狙われていたようだ。
油断などしていなかった。警戒も怠らなかった。単純に速すぎて反応できなかったのだ。
(武器を真っ先に狙いやがった!)
何とか間合いを離そうと後方に跳ぶが、読んでいたとばかりにぴったりついてくる。
「やろっ!」
とっさに腰に装備された小型爆雷付きのダガーを抜く。
敵機がバッと右腕を盾代わりに掲げたが、ロイドはそれを真下の地面に投擲した。
地表にダガーの先端が接触し、機雷が炸裂。オレンジ色の閃光と共に、土煙が舞い上がる。
視界を塞がれ、追撃を阻止された敵機はいったん着地する。その瞬間ロイドは呟いた。
「勝負ってのはわからねえもんだな?」
煙幕が晴れた時には、赤い機体の背に【ディオン】が腰のユニットから抜いた2丁の長銃身ハンドガンを足と頭部に押し付けていた。ロイドの案により独自の改造が施され、高い貫通力と汎用性をもつ特殊な装備だ。
『・・・・・・』
「さーて、いろいろ聞きたいことが―――ていうより山ほどあるんだけどな」
2機の戦闘を追い切れず引き離された【ラティオン】達の到着には、まだ時間がかかる。
「この間も思ったんだが、まずお前は何もんだ?このテログループの一員じゃない事は分かってる」
その声は、普段アル達が聞くものと異なり、ひどく冷たく無機的だった。
トリガーにかける力を強める。撃とうと思えばいつでも撃てる。この愛機と共に数々の命を喰らってきたからこそある覚悟。そこに躊躇などない。
「どうなんだ」
相手は答えない。背後を取られてから微動だにしない。しかし【ディオン】がハンドガンの引き金を引こうとした瞬間―――
『なるほど、さすがは英雄3衆の1人・・・』
突如、視界を紅い糸の束が覆いつくした。
「ッ!?」
ロイドの反射神経に応えた【ディオン】が瞬時にバックステップし、間合いを離す。
紅い糸のように見えたのは、敵機の後頭部から出てきた放熱フィンだった。
振り向いた赤い機体の右目を覆っていた装甲が縦に開き、金色の眼が展開する。
その瞬間、相手の周囲の空間がゆらゆらと歪む。陽炎が発生しているのだ。
「機体周囲の熱量が700度!?おいおい・・・・・」
センサーデータからの報告にひたすら驚く。その数値は従来のギア・フレームのジェネレーター出力をはるかに凌駕していたからだ。それでも牽制で得物を発砲する。
てっきり回避するかと思われた敵機はあろうことか真正面から弾丸を無防備にボディで受けた。
だが、貫通力を高める銃が撃った実弾は装甲の表面で豆のように弾かれた。
「なに・・・?」
一瞬目の前で起こったことが信じられなかったが、相手は考える暇を与えてはくれない。
『この【べリアル・クライ】の前に、熱塊と化せ、【白銃】・・・』
「その呼び方・・・!まさかお前ッ!?」
『おしゃべりが過ぎた・・・行くぞ』
深く身を沈めた赤い機体―――【べリアル・クライ】が地面すれすれを飛ぶようにダッシュをきる。巨大な右腕の重さを感じさせない脚力だ。
「ちぃッ!!」
後方に飛びながら、ハンドガンを正確に連射。当然、全て相手のボディに弾かれる。
灼熱を帯びた右腕の突きを紙一重で避わし、何とか間合いをあけると、ならば、とばかりに脇部分に収納されていたグレネード手榴弾を投げつける。
すると、空中にあるそれを相手は振り返り時の回転に合わせて蹴り返した。
「マジかよッ!?」
ビルの陰に身を隠した【ディオン】を近場で炸裂した手榴弾の爆風が襲う。
(くそ、完璧にこっちの手を読んでやがっただと?)
ビルから半身を乗り出し、発砲しようとしたが―――
「いない・・・?」
土煙の中に敵機の姿がない。
その瞬間、機体内にアラームが鳴る。センサーがとらえた敵機の位置は・・・・・
(正面!?)
気づいた時には、ビルを砕いて突き出された6本の爪が【ディオン】の左腕を捕えていた。
すさまじい熱量の上昇を感知。ロイドは迷わず右手の銃で自機の左腕を打ち抜いた。
部品が破砕され、肘から先が強引に引きちぎられる。相手の爪の中に残ったそれは、数秒とたたず溶けて地面に落ちる。
『・・・・的確でいい判断だ。一瞬でも迷っていれば機体ごと送ってやれたのにな』
「まだ死ねるかよ・・・・・」
『・・・・・・その体でか』
「お前、やっぱり―――」
またアラームが響く。それと同時に別方向からマシンガンの銃撃が襲う。
「くそ、雑魚が!」
追いついた敵の集団が傷ついたディオンを見て我先にと撃ちかけてくる。
下がりながら残った右腕のハンドガンで応戦する。
すると、【べリアル・クライ】は爪と右目の装甲を閉じ、大きく跳躍する。
その先には―――こちらに向かってくる9番隊の機動部隊がいた。
「まさか・・・!?」
『生きていればまた会うもな』
「待て・・・!ぐッ!?」
左肩に被弾。手近な建物の陰に身を隠す。
「くそッ!アル、聞こえるか!?応答しろ!」
●
戦闘の轟音が響く市街地をレイヴンとアルは目的地に向けて走っていた。
「ロイド!無事なの!?」
『なんとかな・・・それより今どこだ?』
「今、廃工場に向かってるの」
『は、なんでだ?』
「なんかレイヴンの話だと、【ラティオン】と【ブレイズ・ソウル】が駐留されてるって」
『そいつを取りに行ってるわけだ』
「あれ、驚かないの?」
『別に。レイヴンの機体は一人歩きが得意みたいだからな。それに、できれば援護がほしい状況なんでね』
「じゃあ、9番隊に連絡を―――」
『ちょっと待て。お前が呼んだんじゃないのか?』
「呼ぶ?何を?」
『9番隊の機動部隊がこっちに向かってきてるぞ』
「待機してる救出部隊が連絡をとったのかも・・・・」
『何にせよやばいぞ。あの赤い野郎がその部隊を強襲する気だ』
「そんな!」
アルはその報告に愕然とする。怪物じみた性能を誇るあの機体に襲われれば、交戦経験のない部隊などあっという間に殲滅されてしまう。
「レイヴン!ストップ!」
声をかけられたレイヴンが停止し、共に建物の陰に隠れる
「ルゥ、応答して!」
腕時計型の無線機の周波数を切り替え、ルゥが持つ無線に繋ぐ。だが、応答したのは違う人物―――
『あら、そんな大声でどうしたのよ?』
なんとアミーナだった。ルゥの無線をなぜ彼女が持っているのだ?
「ちょっと、アミーナ!ルゥはどうしたの!?」
『いや、急に無線機を押し付けられたの。行かなきゃならないところがあるんだー、とか言ってどこか行っちゃた』
「行かなきゃならないところ?」
ここに来る前からルゥの様子が普段と違うことには気づいていたが・・・・・
「とりあえずあなたでいいわ!待機してる救出部隊の中に9番隊を呼んだ人がいるはずなの。確認して!」
無線の先で、すいませーん、と言ったあと、いろいろ話声が聞こえる。60秒ほどたってから、再びアミーナの声が聞こえる。
『誰も呼んでないってさ』
「うそ?じゃあ、なんで9番部隊が・・・・・」
『何でも、メイス=フルーレンの釈放が長引いて、テロリストさん達が、これ以上長引くなら人質の命はない、とか叫んでるらしいの。それで強行突入だって』
「それで部隊が動いたのね・・・・」
「だが、強行制圧は不可能だ。あの赤い機体に阻止される」
レイヴンが初めて口を開き、アルの考えをそのまま述べる。
「とにかく急ぐ!」
もう目と鼻の先にある廃工場。そこへ向けて走り出そうとしたとき―――
パリーーンッ!
真上にある窓ガラスが割れ、その中から何かが落下してくる。
「!!」
それはまぎれもなく人だった。
「ルゥッ!?」
アルが叫ぶ声より早くレイヴンは動いていた。
素早く落下地点に先回りし、余裕をもって小柄な少女を受け止める。
どうやら気絶しているようだ。髪紐がほどけ、長い髪が力なくなびいている。あちこちに切り傷があるのは、窓ガラスの破片で切ったのだろう。
駆け寄ってきたアルが安堵の息をもらしたのもつかの間、今度は建物全体が震えだす―――いや、何かが内側から出てこようとしているのだ。
屋根を吹き飛ばし、外壁を破砕し、その巨大で深緑色の美しい機体が姿を現す。
珍しいズングリしボディに頭部の十字型スリットに浮かぶシングルセンサー。安定感のある太い手足。明らかに【ラティオン】とは違うその姿を見た瞬間、アルは驚愕する。
「【サイフォス・ウルド】!?まだ、現存していたなんて!?」
深緑色の機体の一つ眼がアル達を見下ろす。
『警察機関の潜入部隊か・・・・・悪いが交渉は決裂した。これより我らは修羅となる。まずは諸君らに裏切りの代償として死んでもらおう』
【サイフォス・ウルド】の腕部全体を覆っていた分厚い装甲が展開し、そこから合計15門の大口径機関砲が現れる。その砲口が火を引く瞬間―――
「くッ・・・!」
「うあッ!!?」
突然、アルが背中を蹴られ、その場から遠ざけられる。
「レイヴンッ!!!」
残されたレイヴンとルゥに機関砲の雨が降り注いだ―――すると、彼らのいた地面が突如として崩落する。
2人は、そのまま崩れた地面に巻き込まれ、奈落の底へと落下していった。
更新です。バルフィリカ編はまだ続きます。どうも長々と回りくどいものが出来てしまいますが、読んでくだっさている方、ありがとうございます。