第13話:バルフィリカ襲撃戦<2>
―――――テロによる【バルフィリカ】占拠から24時間経過。
市民は1つのビル内の部屋ごとに8から12人ほどのグループで軟禁されていた。食事もでない状態で丸1日が経ち、市民には疲労の色が濃くなってきている。
その中の1部屋―――
「もうだめだ・・・・・」
「お母さん・・・怖いおじちゃん達、いつ帰るの・・・?」
「どうしてこんなことに・・・」
「いやだ、死にたくないよぉ・・・・・」
聞こえるのは悲観的な声ばかり。実際希望も見えない状態だった。未だ人質に手は及んでいないが、いつテロリスト達の気が変わるとも分からない。
そんな極度のストレスの中で、彼らの精神力も限界に近付いていた。
しかし、その空間の中で2名程、場違いな奴らがいた。
「はい、また私の勝ち〜」
「・・・・・」
ボードゲームらしきもので勝利を納め、万歳をする茶色のショートヘアー。反対に納得がいかないとばかりに腕を組んでボードを鋭い目つきで睨むのは紺色のジャケットを着た紅髪の青年。
言うまでもなくアミーナとレイヴンだった。
「・・・・・解せん。なぜ、俺が負ける?」
戦術は完ぺきだった。隙もなかったはずだ。それでも眼下のボードは敗北を示していた。
「ふっふふ〜。計算通り行かぬのが世の常なのだよレイヴン君」
踏ん反りかえる堂々とした姿はまさしく無敗の帝王。いや、気をしっかり持つことが大事だ。相手の気迫に飲み込まれては、勝てる勝負も勝てないのだ。
「・・・もう1回勝負してもらおう」
「ほほう、所詮は悪あがきということを身を持って知るが良いわ〜」
そう言ってボードをひっくり返し、駒を並べなおし始める。
「・・・・・・・・・・・・・あんたら、何してんの?」
眺めているのも限界だったのか、同室者の1人が呆れた調子で尋ねてくる。
「何って?これ、『ショウギ』って言って、東の国特有のチェスよ?」
「いや、そうじゃなくて・・・・・」
「だってヒマでしょうがないんだもん。あいつらもフルーツぐらい持ってきてくれたら良いのにネ〜」
それは無理だろう、という言葉はとりあえず言わないでおいた。
何でこの2人はこんなに落ち着いているのだろう?
日頃からテロリストと縁があるような場所にでも住んでるのだろうか?
「あわててもしかたないって。用があったら向こうからお呼びがかかるでしょうよ」
レイヴンが先攻の一手に対し、後攻のアミーナが一手をさす。
「この場合、求められるのは行動のタイミング・・・・必要な時、その場での適確な行動が出来るかだ」
レイヴンがそう呟くと、フッと周りの人々の空気が割と楽観的になった感じがした。
絶望的な未来ではなく、助けが来たときどうするか、ということに視点を当て始めたからだ。
わずかでも希望があれば、人は動く。最悪なのは、動く力があるのに動けなくなってしまうことだ。
「アル達何してんのかしら?そろそろこないかな〜」
一手。
「焦ることも・・・・・なに・・・!まて!」
「うふふ、待ったな〜い」
少なくとも2人はこれっぽちも疑ってなかった。
必ず、助けとチャンスは来ると確信に近いものがあった―――
●
【バルフィリカ】を取り囲むように配置されたギア・フレーム【オール・ガンズ】。
ここからもっとも近い第9番隊基地から派遣されて来た機動部隊のものである。
「潜入した0番隊員からの報告はまだなのか?」
他の者達とは色の違う制服をまとい、口元に整った口髭をはやした初老の男が双眼鏡で遠巻きに占拠された街を眺める。
「はい。いまだ連絡ありません」
部下である通信官がはっきりと答える。
「・・・・・あのカリスの部下たちには助けられてばかりだな。相変わらず若い奴らの育成が上手い」
―――事件があれば駆けつける警察機関。実のところこの組織は、あらゆる国の干渉を受けないはずの独立機関である。どこにも所属せず、戦後もギア・フレームを所有するといった事は、本来許可がなくとも可能なのである。
しかし、それでは意味がない。
戦争に限らず、争いの類は『力』の意味が明確に理解されないままに発生する。なぜ、どうして、何のために―――その基準が曖昧になると、次第にそれに慣れてしまう。目的が示されない状態のまま『力』を行使すれば、必ず悲劇を体感する者が現れる。そして、今度はその中から復讐者が現れれば、また悲劇を生む。その悪循環を生み出す事があってはならないのだ。
そのために、本来は独立機関である警察機関は東西南北、全ての国と制約を取り決めることで、『依頼』という形で出動を要請されるのである。
どこの国でも、テロが起こる可能性は十分にある。助けを求める市民の声があるからこそ、警察機関という『保険』は存在できる。
『守る』という言葉は人々に兵器の所有を無意識の内に承諾させることに成功した。
世界には絶対的な『力』の抑止力を完全に捨てられる強さがないのだ。
同時にそれは人の弱さも表していた。
●
本来なら人が歩くはずの街に中は吹き抜ける乾いた風と見張りとして巡回する【ラティオン】だけが存在していた。
そう街中だけは―――
潜入任務用の特殊服をきた2人は方やトボトボ、かたやいつも通りの歩調で進んでいた。
「侵入ルートはやっぱりここしかないのよね・・・・・」
「・・・・・」
アルとルゥを始め、5組に分かれた0番隊の救出チームは、現在街の地下水路を進んでいた。
綺麗好きなアルにとって、こういった場所からの侵入はあまり賛同できなかったのだが、潜入経路の選択肢はなかったので、シブシブ決定した。
「おのれテロリストどもめ・・・・・。帰ったら速攻お風呂よ・・・」
あまり大きな声を出すと地上の【ラティオン】の索敵に引っかかるので、小声で悪態をついた。
「・・・・・」
「・・・ルゥ?」
後ろを黙々とついてくるルゥの姿に若干違和感をおぼえる。
もともと、無駄口をたたく事が少ないルゥだが、今の場合どことなくいつもと違う気がした。
まるで何かを思いつめてるような・・・・・
「ん?なんだアル?」
こちらの視線に気づいたのか、問いを投げかけてくる。
「いや、なんかいつもと違うような気がしたんだけど」
「違うって・・・僕のこと?」
「そ」
「だとしたら気のせいだ・・・心配させてすまない」
「ううん、いいのよ。何もなければそれで・・・」
進行速度はを緩めず考える。
ルゥは、生まれてすぐ母親を亡くし、あの[神終事件]でさらに父親を亡くしたと聞いていた。北部の1番隊基地に保護され、その時偶然訪れたカリスマンの人柄に影響され南部の0番隊基地への就職を希望した。
直々に剣を教えるカリスマンは、師であると同時に父親代わりなのかもしれない。
無口で、気真面目で、人一倍思いやりがあるのに、人一倍素直になれない―――それがルゥ=フェイネストという人間なのだった。
だから【神将団】という名を聞いた時、何かを思い出してしまったのではないだろうか?
悲劇に出会い、それでも、ここまで希望を持って成長できたルゥはとても強い。おそらく、自分よりもはるかに・・・・・
「見えた」
アルが見つめる先に、目的地点の出口があった。
それは、人質が閉じ込められたビルの真下に通じる場所だった。
「ロイド。準備オーケーよ」
●
地上―――
「ま、たーまやーって程でもねえがな・・・」
すでに街中に潜む【ディオン】の中でロイドが手元のコンソールのエンターキーをポチっと押す。
突如、街の一角で小さな爆発音が響いた。
『!?』『?』『!!』
ビルの周囲にいる【ラティオン】3機が一斉にその方向を見る。すぐに1機が様子を見に行く。
発生源を確かめると、砕けた銃弾が1つ転がっていた。おそらくこれが暴発したのだろう、と判断。速やかにまた所定の位置に戻っていく。
「あとはパーティータイムまで一休みっと・・・」
ビルの入口から【ラティオン】達が目を離したのはほんの数秒だったが、それだけで充分だった。
なぜなら、アルとルゥを始めとした救出チームはすでにビル内部へ侵入を完了していたからだ。
●
人質が閉じ込められていたドアのロックが外され、アルとルゥが叫ぶ。
「我々は、警察機関の者です!救出に来ました!」
「落ち着いて指示に従ってください!」
人質全員が一斉にその方向へ目を向ける。
「おお!助けがきたぞ!」
「やった!」
「早く逃げよう!」
「神様ありがとう!」
その場にパッと希望が溢れる。
誘導をしながら、他の部隊とも連絡をとり、全ての人質の安否が確認された。
敵の総数は予想以上に少ないようだ。ビルの中には1人の見張りもいなかった所を見ると、全ての人員がギア・フレームの操主に回されているらしい。
当然ながらあまり騒ぐと【ラティオン】に感知されてしまうため、避難は慎重に行われた。
アルとルゥは、他の隊員に人質の誘導をまかせレイヴンを探した。
もちろん部屋の奥にいただけなのですぐに見つけられたのだが・・・・・
「はい。これで26勝目。まいったか!」
「・・・・・・・・・」
あまりに場違いな緊張感のなさ。何やってるのだこいつらは?
「・・・・・何してんの?」
「あ、やっと来た。遅いじゃなーい。おかげでレイヴン君が26回の敗北を味わっちゃったわよ?」
「わよ、じゃないッ!なんであんたがここにいるのよ!?」
「あら、そんなの決まってるじゃない。レイヴン君と、デ・−・ト」
「んなッ!?」
右目をウインクさせ、レイヴンの腕に抱きつくアミーナを見てアルが驚愕する。
(レイヴンが街にいたのって・・・・・!アミーナと一緒に・・・・・!?)
「あう・・あ・・・・・・」
何故か大きなショックを受け、棒立ちになるアル。代わって、傍らにいたルゥが前に出て、レイヴンに話しかける。
「実際に顔を合わせるのは初めてだね。僕はルゥ=フェイネスト。よろしく」
「レイヴン=ステイスだ。よろしく頼む・・・少年」
簡単な挨拶の言葉だったが、途端にルゥの表情がムッとなる。
「レイヴン。何か勘違いしてるようだが、僕は『女』だからね」
「ほう?」
たいがいの事には驚いても表情を変わらないレイヴンだったが、今度ばかりは目を多少丸するのが傍目から見てもわかった。
ルゥは15歳という年齢もあり、体も未発達な部分が多い。特に胸部に関しては発達が非常に悪いことと、中性的な顔つきであるのがあり、何よりその言葉使い・・・見た目だけでは性別の判断がとても難しい。本人としては女らしさを印象づけるために、伸ばした黒髪をポニーテールでまとめているようだが、それでも『長めの髪を結んだ少年』という方が譲歩した意見だった。
「そんなに珍しそうに見られると逆に心外なんだけど・・・・・・で、ステイスはなんでここにいる?ついでにアミーナ、君もだ」
「だから、レイヴン君と―――」
「催眠療法とやらを訪ねて来た」
アミーナの言葉を遮ってレイヴンが答える。
「催眠療法?」
「深層の記憶を呼び覚ますのに効果的だと聞いてな。結局訪ねられなかったが」
「じゃあ、デートってのは・・・・・・」
「ふふふー、ウーソ。アルってば慌てるとホントかわい〜」
「このッ・・・!」
アルが顔を真っ赤にして怒鳴ろうとした瞬間―――
バガーーンッ!
すさまじい衝撃が空気を伝わって響いた。
明らかにギア・フレームの戦闘音だ。
「【ディオン】が動いたの?」
作戦では、合図してから【ディオン】が人質移動のために敵の陽動をするはずなのだが・・・
すると、持っていたトランシーバーにそのパイロットから通信が入る。
『ワリィ、見つかった』
「なにかあったの!?」
『敵さんの1人に俺の光学迷彩機構を見抜かれた。どうもこの前の赤い奴だなこりゃ・・・』
【ディオン】基本性能も高いが、最大の特徴は潜伏や潜入に長けた光学迷彩能力にある。これを使用し、その場で止まっていさえすれば、ジェネレーターの排気熱も感知されず、機体の姿は風景と一体化し、完全に索敵からのがれることが出来る。この機能を使い、元から、ロイドは市街に気づかれないよう息を潜めていたのだ。
いかに高い索敵機能を持った機体でも、この消えている【ディオン】を見つけることは不可能のはずだった。
「とにかく時間を稼いで!何とかみんな連れて脱出するから!」
『【ラティオン】だけならともかく・・・うおッ!!』
爆発音が鳴り響いた。おそらく回避された敵弾がビルを砕いたのだ。
ロイドが簡単にやられるはずはないが、グズグズしていられない。
「アル。あの機体を操縦できるか・・・?」
「え?まあ、一度模擬戦闘で乗ったことあるけど・・・・それが?」
「1機だけあいている機体がある。そこに行くぞ」
「そこってどこよ!?」
「少し離れた工場跡だ」
「本当なの?」
確かにギア・フレームが1機あれば50人近い人質を安全にこの状況から逃がすことができる。
だが、なぜ彼はそんなことが自信をもって断言できるのか?
その答えはすぐに出た。
「どうも、近くに【ブレイズ・ソウル】があるようだ。それで把握できた」
レイヴンと【ブレイズ・ソウル】には、不可思議なつながりのようなものがあるのを、アルは実際に見たことがある。だから、この言葉だけで納得がいった。
「でも、どうして【ブレイズ・ソウル】が?」
「わからん。格納庫に置いてきたはずだが」
あの青い機体についてはまだ分からないことが多い。基地襲撃の一件以来、まるで独自の意思を持っているかの様に感じる。
本来ならあまり頼りにするべきではないが、例の赤い機体も現れたとなると、今対抗できるのは彼の【ブレイズ・ソウル】だけだ。
「とにかく行動しないと・・・レイヴン案内して!ルゥとアミーナはみんなを連れて出来るだけ避難するの。いい?」
「オッケー」「わかった」
びっと親指をたてるアミーナ。能天気さがとても頼もしかった。
彼声更新です。【バルフィリカ】編はまだ続きます。次回はルゥが主体になるかもしれません。ではごきげんよう。