第10話:お騒がせアミーナ
まだ朝日がのぼ早朝、基地内でも【基地街】でもほとんどの者が活動をしない時間、基地の北ゲートでソリスとカリスマン、ロイドが向き合っていた。外には一台の車が停まり、運転手が待機している。
「お世話になりました」
ソリスがスッと頭を下げた。それをカリスマンはいつもの笑顔で返す。
「うむ。まだ傷は癒えておらんようだから、無理は禁物じゃぞ」
「はい。7番隊を復興させる計画・・・必ず成功させます」
「吉報をまっておるぞ」
「ありがとうございます」
ソリスは老人の隣に立つ銀髪の男に顔を向ける。
「アルには結局話さなかったんだな」
その言葉に迷わず答える。
「今、あいつの居場所は自分の隣ではない・・・・ここだ」
「なるほどね。お前らしいよな」
へッとロイドが笑う。
「またな・・・死ぬんじゃないぞ」
「言うねぇ、師匠に向かってよぉ」
ロイドはやれやれという感じで首を振る。
「ま、努力するわ」
「体は大丈夫なのか?」
「心配すんな。心おきなく行って来い」
「・・・ああ」
親友であり、師でもある男と握手を交わすと踵を返し、7番隊長は去って行った。
●
朝日が昇った早朝―――
「ん・・・・」
ベッドの布団がもぞもぞとうごめく。
「むぅ・・・起きないと・・・・・でも無理・・・・」
アルにとって毎朝の地獄は布団の温もりをなかなか抜けられないことだ。いくら副隊長だから社長出勤が許されているとはいえ、遅れていくのは気まずい。
「ああ・・・ちくしょう・・・おのれ朝日・・・ぐぅ・・・」
枕に顔を再びうずめたところで―――
「はっ・・・!」
また眠るところだった!
かけ布団を親の敵のように蹴り飛ばしてなんとか上半身だけでも起こす。
「・・・・・・・・・だる」
倒れたい衝動を必死にこらえること数十秒―――
「さ、仕事行こ・・・」
立ち上がると、さっそく部屋の違和感に気づく。
「あれ、シーツがもうひとつ・・・」
先ほどまで眠っていたベッドとは別に、たたまれたシーツが重なり、部屋の隅にきちんと整頓されていた。
(昨日、だれか泊めたっけ・・・?)
ぼんやりした頭で考える。
(アミーナかな・・・・)
それはない。あの女は自分の寝床はかたづけない。
(ルゥ・・・でもないか)
たしかルゥは、昨日から医務室を出られないでいるはずだ。
(ロイド・・・・・・・・・なわけないか)
いくら信用してるとはいえ、自分が男を部屋に泊めるなど―――
(ん?男・・・・・・・・)
徐々にさえてきた頭が、ついに思い出した。
「レイヴンっ!?」
目が完全にさえ、部屋を見渡す。あまり広いとはいえない部屋の中に紅い髪の青年の姿はすでにない。
「布団がたたんであるって事は、もう外に・・・」
活動を開始しているとすれば、いろいろと説明しなければならないのに。
いやそれよりも彼が先に起きたということは・・・
「しまった・・・・・もう、うそよ・・・これはウソだわ」
アルはあまりのことに頭をかかえる。鏡に写った自分は―――見事に下着とワイシャツ一枚しか着ていなかった。
だんだん思い出してきた。昨日の真夜中にやっと事後処理が終わり、帰路に着こうとしたが、前日も寝ていなかったせいか仕事場で眠ってしまったのだ。そのあとなぜかレイヴンが、迎えにきた、とか言って・・・・・
「お風呂に入ろうとして、結局脱いでる途中で寝たんだった・・・・・」
このみっともない姿を見られたかもしれない。あぁ〜、と頭を抱えていると―――
プルルルルルル―――部屋の電話のベルが鳴る。
「もう、誰よ・・・こんな時に」
と言いつつも律儀に受話器をとる。
「はい、アルカインです」
『よ、アル。俺様だ』
「ロイド?何?まだ遅刻してないわよ?」
『別にお前の遅刻は珍しくないから気にしねぇよ?』
「あのね・・・」
『ま、とにかくだ。突然だが、今日お前さんは有給休暇ってことで』
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
『だから、有給休暇。いいよなぁ』
「ちょ、ちょっと待って!?いきなり休暇って・・・・・」
『とはいえ、仕事みたいなもんだ』
「仕事?」
『レイヴンの様子を見て来いってさ。まだここに来てそう経ってないからな』
「でも、書類整理は?」
『隊長がやっとくってよ』
「はあ・・・・・」
『なんかあいつ無口だからな。慣れないことも多いし、いざこざが起こると厄介だ』
「でも、レイヴンがどこにいるのかわからなくて・・・」
『アミーナの地下格納庫にいるぞ』
「へ?なんで知ってるの?」
『朝、基地に連絡があった』
「わかった・・・いってみる」
『おう、頼んだ。それにしても・・・お前、過激な格好で寝てんだな』
「なっ!!見えてるの!?」
アルはあわてて、体を片手で隠す。
『宿舎の電話はとると、そっちからは見えねえが隊長室からは見えるようになってんだよ。お前が調査任務中にそうなった。見られたくないんならこっち来て設定しろよ?』
「早く言ってよ!!」
すさまじい勢いで受話器を本体にたたきつける。
顔を真っ赤にして固まること数秒後・・・・・
「・・・とりあえずお風呂!」
新しい制服をとって早足で浴室に向かった。
●
「う〜ん・・・・・やっぱり動かないのね?」
「はい・・・・・」
地下格納庫に片膝をついた【ブレイズ・ソウル】を見上げ、アミーナは首をかしげる。
眼鏡をかけた、いかにも技術者という感じの男―――スタンパーがリーと同じように回路をつないで試しているのだが、肝心の機体はウンともスンとも言わない。センサーの光を消したまま、沈黙を保っている。
「リーさんの言う通り、この機体にはエネルギー源がないとしか・・・・・」
「でも、動いてたよ?実際」
昨夜、この機体は間違いなく戦っていたのだ。ボロボロのパイロットを乗せて―――
「何か鍵が必要、ということでしょうか?」
「乗ってみようかな・・・・・」
「・・・・・・はい?」
そういってアミーナがコックピットへ続く梯子を登り始める。あわてて静止する。
「ちょっと!アミーナさん、危ないですって!?」
「大丈夫。停止してるんでしょ?」
コックピットは前回の戦闘後にひらいたままになっている。どちらかというと起動できないので閉じれないという方が正しい。きれいにクリーニングされ、レイヴンの血の跡は全く残っていない。
「よいしょっと」
コックピットに飛び込むと、さっそくシートに座ってみる。
「お、意外に柔らかい」
一度【オールガンズ】のシートに座ったことがあるが、硬すぎて座れたもんじゃない。それに比べるとこのシートは簡易のクッションが設けられているようだった。
「やっぱり搭乗者のことも考えて造らないとね」
すっかり機嫌を良くしたアミーナは、サイドにある操縦レバーらしきものをガチャガチャと動かし始める。
「動かせる範囲が狭いわね。どうやって操縦するのかしらね〜」
きゃっきゃっと子供みたいにはしゃぐアミーナに対し、ノートパソコンのデータを見ていたスタンパーは画面のデータが波を起こし始めていることに気付く。
「なんだ・・・これ」
先ほどまで平行線を示していたエネルギー感知の線が微弱ではあるが上下に振れ始めている。つまり起動しようとしているのだ。
「ア、アミーナさん!危険です!」
必死に叫ぶものの、5メートル近い高さのコックピット内ではしゃいでいるアミーナには聞こえない。
「なーに、聞こえな―――」
そう言いかけた時、コックピット内がガタンと揺れる。次の瞬間―――
「へ?」
【ブレイズ・ソウル】が立ち上がり、同時にハッチが閉鎖される。
「ちょ、ちょっと!?」
そして、コックピット内にアミーナを監禁した機体は、直立した状態で停止してしまった。
●
「それで今に至るわけか」
「ええ・・・まぁ、そういうことになります」
数十分後、現場に到着したレイヴンは、さっそく悩んでいた。
「起動しているならハッチは開くはずじゃないのか?」
「そのはずなんですが、また機能を止めてしまったようで」
気まぐれな機体だ、とレイヴンは心底思った。起動したということは他者でも動かせるということだろうか?
「あなたの機体ですし何とかなりませんか?」
「・・・・・悪いが、この前の戦闘時の記憶があまりなくてな。どうやって動かしたのか覚えていない」
「困りましたね・・・」
「中とは連絡がつかないのか?」
「一応アミーナさんが通信機を持ってます」
「繋げるか?」
「あ、はい」
スタンパーが腰にさげたトランシーバーの周波数を合わせ、レイヴンに渡す。受け取ると、さっそく通信を試みる。
「おい、聞こえるか?」
『・・・・・』
返事無し。もう一度試して同じ結果に終わる。
「?」
トランシーバーが何やら規則正しい息づかいのようなものを拾う。
『スー・・・・スー』
「・・・・・」
「あの、どうかしました?」
現状のわからないスタンパーが何かあったのかと不安げに聞いてくる。たいしたことはない、と返すとトランシーバーをテーブルに置く。そして、近くにあった鉄板とレンチを持ってくると―――トランシーバーの前で思いっきり打ち合わせた。
「いっ!?」
突如鳴り響いた轟音に少し離れた場所いるスタンパーも思わず耳をふさいだ。
なおもレイヴンはたたき続け、30回ほど鳴り響いた大音響のはた迷惑な騒音が止まる。
「ど、どうしたんです?」
ずれた眼鏡をなおしつつ、フラフラとスタンパーが近づいてくる。
「この状況で寝ている管理者を起こした」
騒音発生源を脇に置き、改めてトランシーバーをとる。
「起きたか?」
『お、おかげでパッチリ・・・・・』
「よくのんきに寝ていられるな」
『だってヒマでヒマで・・・』
「だからといって寝るな」
『ぶーぶー』
「とりあえずそこから出る方法を考えている。コックピット近くを見るから動かすな」
『オッケー。何も触らなければいいんでしょ?』
「あの、近づくのは危険だと思いますが・・・・・」
「起動できないなら近づくしかない。観測装置から目を離さないようにしてくれ」
「わかりました」
機体の足下にたどりつくと、梯子を上り、そこから腰部の装甲に飛び乗る。しっかり足をかけ、ヒョイヒョイ登っていくレイヴンにはただ感心するばかりだ。
そうこうしているうちに、コックピット近くにたどりつく。手をかけ、その周りをよく観察し、強制開放のレバーがないか探す。
(機体の基本構造がよくわかってるな)
記憶喪失というものにもいくつか種類がある。過去の自分を思い出せなくとも、実際に体が覚えた『習慣』は忘れていない―――レイヴンが陥っている状態がまさにそれだ。
目の前の機体が元々彼の機体だというのなら、その操作がわかっても不思議ではない。
そんなことを考えていると―――観測装置が反応を示した。しかもさっきより振れ幅が大きい!
「レイヴンさん!機体がまた動きますっ!」
「なっ!?」
振動に気づいたレイヴンは急いで退避しようとするが、逆に危険だと瞬時に判断。そのまま装甲につかまる。
『え、え〜っ!わたし、何もさわってないわよー!?』
アミーナが自分の無罪を主張する。
「わかっている!じっとしていろっ!」
金色のセンサーに光が灯り【ブレイズ・ソウル】がなんと歩き始めた。ぎこちなくではあるが、確実に前に進んでいく。
『ちょっと、なんで歩くのー!?』
叫び虚しく青い機体は、まるで外に出たがっているかのように徐々に搬入口へと向かっていく。
「ちっ・・・!」
出口は閉められていたものの、【ブレイズ・ソウル】は止まることなく激突。ゲートが紙細工のようにひしゃげ、あっさりと破られる。いくら広いといっても、あくまでここは物資を貯蔵する倉庫だ。ギア・フレームの接触は計算されていない。
崩れた鉄片が機体に降り注ぐ。アミーナは当然のことながら無事だが、生身でつかまるレイヴンは体のあちこちが服ごと浅く切れる。
『レイヴン君!大丈夫!?』
「ああ・・・・・」
地上に続くスローブをゆっくりと昇って行く【ブレイズ・ソウル】。そこにはまるで意思が働いているかのようだった。
(お前は、何を探しているんだ?)
●
「フわー」
アルは、大きく欠伸をしながらレイヴンが向かったという格納庫に向かう。
「みられた・・・ならどーしよ・・・・・・」
勤務の時と同じで制服を着ていたが、思考は完全に朝の言い訳のことでいっぱいだった。
だいたい、部屋に男性を泊めること自体初めてなのに、どうしてあんな姿で眠ったのか・・・・・。
(もしかして、私ってものすごい鈍感・・・?)
そんなことを考えていると教えられた地下格納庫に続くスローブの入り口を見つけた。
「レイヴンの奴、アミーナによけいなこと言ってないでしょうね・・・・・」
そう呟いたとき―――
『きゃあー!』
聞きなれた声で悲鳴が聞こえ、スローブの入り口から青い機体―――【ブレイズ・ソウル】が姿を現した。
「んなぁー!?」
出現した機動兵器の腰には、パイロットのはずのレイヴンがしがみついている。
何が起こったかわからないアルはポカンと口を開けて呆けるしかなかった。だが、数秒後すぐに我に返り通信機を使って基地に連絡を入れる。
『はい、0番隊基地です』
「こちらアルカイン!緊急事態発生!ギア・フレーム1機をスクランブル発進させて!通信機からの反応を追って私のところに!」
『りょ、了解!』
アルは早口で指示を出すと、青い人型を追って走り出す。
その進行方向には―――【基地街】の住宅地帯があった。
トラブル編その1。アミーナは好奇心旺盛で、いろんなことに首を突っ込みたがります。こんな騒ぎを起こすことはたいして珍しい事ではありません。次回は〈ブレイズ・ソウル〉ぶらり旅。あらゆるものをぶっ壊します。