第8話:朝はいつもやってくる
日も昇らない早朝―――
「ゆっくり運べよぉー!」
リーが出した声で、重機を操作していた作業員がふらつく。操作を誤り、移動させている機体がコンテナに衝突しそうになる。
「おぉぉい!気をつけろってぇ!」
「班長の声が大きすぎるんすよ!」
「おおっと、すまんなぁ!」
またうっかり大声を出していたらしい。どうも自覚がないのは悩みものだ。
作業員は何とか機体の体制を立て直し、移動用の荷台に座らせる。
「しかし、なんで重機なんか使うんすか?【ディオン】じゃあるまいし、誰か乗って動かした方が楽っすよ」
彼の言うとおり、本来ギア・フレームの移動には作業員が乗りこんで行う。声紋照合などセキリュティ―はあるが、手足を動かす初期動作程度は問題ないはずだ。しかし―――
「それができりゃやってるさな・・・」
リーの声が珍しくちいさかった。
「?」
部下の作業員が首をかしげる。
「まぁ、気ぃ付けて運べよ。ぶつけたりしたら、痛がって動き出すかもしれんぞ?」
「はは、まさか」
相手は笑うが、リーは冗談半分本気半分といったところだった。
なぜなら目の前で運ばれている青いギア・フレームは―――間違いなくパイロットなしに動いたのだから・・・
●
日が昇った早朝―――
「う・・・」
目覚めてすぐに、朝の陽ざしがレイヴンの目をくらませる。
「ここは・・・」
自分はどうやらベッドに寝かされているようだ。
「・・・・・・・」
昨日の出来事は夢だったのだろうか、とも考えるが―――窓の外に広がる削り取られた大地が現実を記憶していた。
「?」
ふと体に違和感を覚えた。
「これは・・・」
全身を包む白く細い帯―――なぜ自分に包帯が巻かれているのか?
首をかしげていると、居室のドアがノックされる。
開いているかどうかわからないので、自分から扉を開ける。
「レイヴン、目が覚めたの?」
相手はアルだった。制服を着ているが、上着はないワイシャツ姿。
「大丈夫?」
「ああ、平気だが・・・そのままその言葉、返すぞ」
レイヴンがそういうのも、アルが非常にだれているからだ。努めて元気なようにふるまっているが、髪のちぢれと今にも閉じそうなまぶたは、ごまかしきれていない。
「大丈夫大丈夫、ちょっと事後処理とかで眠ってないだけだから・・・今、休憩時間」
「いつから再開だ?」
「えっと・・・・・9時から、かな・・・」
レイヴンが時計を見ると―――8:15。
「なら、ここで休め」
「何言ってるのよ。怪我人のベッドを占領するわけには・・・」
「怪我などしていない」
「そんなわけないでしょ。血まみれのあなたを治療して一日経ってない―――」
「事実だ」
「そういうなら、証拠を見せて、証拠」
どうやら無理をしていると思われているようだ。ここはきっちりと証明するしかない。
「わかった」
レイヴンは自分のシャツの袖をめくると、そこを包んでいた包帯を力任せに引きちぎった。
「へ・・・?うそっ!」
あまりのことに、アルの眠気は吹っ飛んだ。
「信じたか?」
「いや、信じるも何も・・・ちょっとそこ座って!」
レイヴンは命じられるがままにベッドに腰掛ける。
「動かないでよ!?」
そういうとレイヴンのシャツのボタンを乱暴に外し始める。
あまりの勢いに、レイヴンは抵抗もできず仰向けに倒される。
やがて、ボタンが外れたシャツが左右に広げられ、胸筋から腹筋までを包んでいた血のにじむ包帯がめくられる。
「こんなことって・・・・・」
昨夜の彼は、生死をさまようほどの重傷を負っていたはずだが―――
「傷が、消えてる・・・?」
大小合わせて十数か所の切り傷があったと聞いていた。
自分も血まみれの彼が、コックピットで気絶しているのをみた。
それが夢だったかの様に、きれいさっぱり傷は消えていた。
「納得したか?」
「う、うん・・・まぁ、怪我がないのは分かったけど・・・」
「なら、のいてもらえるか」
「へ?ああっごめん!」
レイヴンの冷静な一言に我を取り戻したアルは、今の状態を認識した。
シャツのはだけたレイヴン。それに覆いかぶさる自分。近すぎる互いの距離。
これはまずい。
誰かにみられたら誤解してくれと全力で主張しているようなものだ。
だが、こういう時に限って来訪者はくるものである。
「アルぅ、いるかねー?」
ノックもせずにドアを開けて部屋を覗き込む女性。茶色がかった黒髪のショートヘアに笑顔がまぶしいアミーナ=ヴァーチェさん。
「ゲッ!?」
「お?」
互いの目があう。片方は青くなり、片方はにっこりほほ笑む。
「邪魔してごめんねー。じゃ、ごゆっくり〜」
おほほほほと言いながら部屋を出ていくアミーナ。あれは、いいこと知っちゃったあ〜、と言っているも同然のパターン・・・!
「ちょぉっと!待てえぇぇぇぇっ!!」
あわててレイヴンから離れたアルは、逃げ去る女性を慌てて追いかけ、部屋を出ていった。
「・・・・・・」
その光景を見送るしかなかったレイヴンだが、消えた傷に関しては同様に疑問であった。
昨夜の出来事は夢ではない。
自分と同じ顔をした包帯男。
自分を迎えに来たという仮面の男。
この手に残る感触は、現実を語る。
ひとつだけわかった事といえば、自分はテロリストの仲間ということ。
この基地の人間とは、本来なら敵対していたはずの存在。
ならば、この状況も長くは続くまい―――
「失礼するよ」
開きっぱなしだったドアから初めて見る顔が現われた。
銀のセミロングに紫の瞳。伊達眼鏡が似合う男だ。
「誰だ・・・」
「おっと、悪い悪い。ドアが開いてたもんで、あんた以外に誰かいるのかと」
「・・・・さっきまではいたが、もう出て行った」
「アルか?」
「そうだ」
「となればもう一人は、アミーナちゃんか」
「想像に任せる」
「さっき誰か2人が走ってたのが見えたからな。アミーナちゃんに何か見られたとかだろ」
「・・・・・・」
「ところであんた、元気そうだけど怪我は大丈夫なのかい?」
「すでに治癒した」
「マジかよ」
「ああ」
レイヴンはアルに見せた時と同じように包帯を取って見せた。
「こいつはおったまげた。あんたいつも何食べてるわけ?接着剤?」
「いや、ここ数日は配給施設で食事をとっていた」
「バレイのとこでか?不思議と納得しちまう」
アルの時とは違い、男は大した動揺も見せなかった。
「驚かないのか?」
「驚いてるって。世の中、いろんな人間がいるってな」
ここでレイヴンは、はっとする。
いつの間にか相手のペースに乗せられていた。
悪い気はしなかったが、相手には本来の目的があるはずだ。でなければ自分の元を訪れるはずがない。
「・・・・・何か伝えに来たのではないのか?」
「ん?おお、そうだった。うっかり忘れるとこだったぜ」
男は、ははは、と頭をかきながら続ける。
「9時になったら、隊長が自分のとこにあんたを連れて来いって。俺が迎えに来るから、支度しといてくれねえか?」
「この基地の最高責任者が俺に?」
「ああ」
「・・・・・・」
なぜ自分に会う必要があるのだ。
記憶が正しいなら、昨夜の戦闘は自分が敵の仲間だと証明していたはずだ。
ならば、独房に放り込むなり、逮捕して移送なりする方が理にかなっている。ここに寝かされていたこと自体、不自然だ。
なのに何故、わざわざ接触をはかろうというのだ。
「どうした?」
この男もよくわからない。
テロリスト―――敵かもしれない存在にまるで友人のように話しかけてくる。
襲いかかってくるかもしれないとは考えないのだろうか。
「気分とか悪いのか?なら延期するか?」
真意を探るには、『隊長』に会うしかない。結論はそれからだ―――
「いや・・・支度しておく」
「悪いなよろしく」
男はそう言って部屋を後にした。
●
「待ちなさーい!」
「おほほほほ、捕まえてごらんなさーい」
必死に追うアルと嬉しそうに逃げるアミーナ。
辺りにいる職員も、またか、という感じで笑ったりしている。この追っかけっこは特段珍しいことでもないからだ。
アルが新任の時は、生活環境の整備やらなんやらアミーナに世話になった事がある。その時に子供のころのアルバムなどの私物もいくつか見られてしまった。別に見られたことはまずくはない。まずいのは、アミーナがウワサ魔であるということだ。
例えば―――アルのファーストキスの相手は実の兄だ―――というウワサが流れたことがある。
一冊しかないアルバム、その中の1枚には、確かに兄のソリスとアルがキスをしているものがあった。だがそれは幼少の写真。しかもその時、自分はそれが重要な行為と判断できない6歳だ。あれはキスではない。無効だ無効。
なんとか誤解は解けたものの未だにブラコンのレッテルがはがれきれていない。しかし、基地の人々と打ち解けるきっかけにもなったので、その時は犯人のアミーナを強く責めたりはしなかった。
だが、今回はマジでやばい。
疲れ気味で判断力が低下していたとはいえ、あの状況を、あのタイミングで、あのアミーナに見られるとは・・・!
『アルが、休憩時間に男を押し倒してせまっていた』なんてウワサ流されたら、その誤解をどう解けばいいのだ!?
「このっ・・・!」
アルが必死に追いかけるものの、疲労が蓄積した体には力が入りにくい。意外と速いアミーナの脚力もあって、その差は開いていく一方だ。
「そーんな足じゃ追いつけないわよー」
上機嫌で独走するアミーナだったが、
「おほほほ、ほろっ?」
突如、視界の天地が逆転した。正確には彼女がひっくり返ったのだ。
あいたっ、と背中から廊下の床にぶつかり、いたた・・・、と背中をさする。
「もうちょっと優しくしてよー」
上体を起こしたアミーナは自分を転ばせた犯人にそう言う。
「どうせ、またアルにイタズラしたんだろ。少しは懲りたらどうだ?」
年上のような口調の犯人は、まだ15歳くらいの外見をしていた。
しっかり制服を着て、長めの黒髪を後ろで結んでおり、目つきはどちらかと言えば鋭い方。ルゥだった。
「違う違う。私はアルの秘密をたまたま、偶然、奇跡的に見てしまっただけなのよ?」
「それを、はぁ・・・ウワサにされ、て、はぁ、たまるものですか!」
追いついたアルが、ぜぇぜぇ息を切らしながらアミーナの頭をはたく。
「いたっ!叩かなくてもいいでしょ?」
「ええいっ!だまれだまれぃ!」
「別にウワサ流そうとか考えてたわけじゃないし」
「じゃぁ、はぁ・・・どうする気だったのよ?」
「これをネタにしてアルを強請ろうかと・・・」
「よけい性質、悪いわ!」
もう一発はたいておく。
「で、どうするんだ?一応、プライバシーの侵害ということで逮捕するのか?」
ルゥが非常に冷静で妥当な意見を述べてくる。
「ちょ、ちょっと待った!それだけは勘弁をー!」
「むぅ・・・」
本来のアルなら、『反省してるし・・・』といって、見逃すところだが、疲れているうえ、内容が内容なので―――
「それもいいかな・・・」
などと、半分以上本気になりかけている。
「そ、そんにゃ〜」
観念して半泣き気味のアミーナ。
すると、アルはこの場の状況がおかしいことに気づいた。
「あれ?そう言えば、なんでルゥがここにいるの?」
「僕がいたら悪いのか?」
「いや、別にそう言うんじゃないけど・・・ケガは平気なの?」
「ああ、あの時は通信装置が壊れただけで意識はあったんだが、同時に冷却機関も壊れたらしくて熱に耐えきれなくて気絶したんだ。多少やけどはあるけど、心配ない」
「よかった・・・」
戦闘時に動かなくなった〈オール・ガンズ・S〉を見た時は生きた心地がしなかったが、今はホッと胸をなでおろしていた。
「でも機体の修繕には、時間がかかりそうだ。通常の〈オール・ガンズ〉ならともかく、僕とロイドの機体は専用の交換パーツが必要だから」
「そういえばロイドは?」
「さぁ・・・まだ会ってないから。でもピンピンしてるみたいだ。仕事さぼってるみたいだし」
「あいつ・・・こっちは事後処理に追われてるってのに・・・」
「減給にでもしたらどうだ?」
「考えとく」
「ん?ところでアミーナはどこにいった?」
「へ・・・?ああっ!いないぃ!!」
さっきまで座り込んでいたアミーナの姿はどこにもなかった。
おそらく自分とルゥが話し込んでいる間に気配を消して、とんずらしたに違いない。
腕時計はすでに9:52を示している。そろそろ休憩時間も終わってしまう。
「はぁ・・・」
なんかよけいに疲れてしまった。
すると遠くから―――
「ルゥー!どこいったんだーい!?」
その声を聞いたルゥが焦る。
「しまった。シーラ看護婦長の声だ」
「シーラさんて・・・まさか医務室抜け出してきたわけ?」
「もう平気だっていうのに・・・とりあえず逃げるから、アルは僕のこと見なかったってことで」
「いいけど・・・」
「じゃ、また」
ルゥが走ってその場を去り、角を曲がって消える。そこへ、シーラ看護婦長その人がやってくる。恰幅の良い大柄のおたふく美人。本名シーラ=マクルバン。あのリー=マクルバンの奥さんである。
「アル!ルゥがここに来なかったかしら!?」
「いや、別に・・・」
「そう、ありがと!あなたも腕の調子がおかしくなったらすぐに教えてね!」
そう言って走りだそうとしたが、その足がふと止まる。
「そういえば、隊長さんが呼んでたみたいよ」
「え、隊長が?」
「もし見たら、9時に書斎に来てと伝えてくれって」
「わかった。ありがと」
なんだろ?
●
滝が見える暗い部屋。
その部屋のそこに椅子がある。
たいして装飾もないどこにでもありそうな木の椅子。
「なるほど」
そこに座る男は、報告にたいして表情を変えることはない。
「何かがレイヴンに起こっていると考えた」
報告するのは仮面を外した男。
「進歩・・・いや成長か」
「しかし、【ブレイズ・ソウル】は厄介だ。計画に支障が出るどころの問題ではない」
「・・・・・判断を下すのは早い」
「様子を見ろ、と?」
「・・・・・そうだ」
「わかった・・・」
「バニッシュは?」
「だいぶ落ち着いている」
「機体は?」
「修繕中だ。しばらくは無理ができない」
「・・・・・」
男はすっと立ち上がると【べリアル・クライ】の記録映像を再生する。
【ブレイズ・ソウル】が戦闘の中で放出する強大で特殊なエネルギー。
「これは必要な必然だ・・・」
男の表情は変わらない。
「常に位置は把握しておけ」
「ああ」
指示を受け、仮面をつけなおした男はそれだけ言うと、黒いコートをはためかせ、その場に背を向けた。
更新完了。読んでくださってありがとうございます。いろいろ騒がしい展開ですが、戦いの後の平和ってことで。アルは自覚していませんが、実際は結構ブラコンです。ブランコではなくブラコンです。次回はテロリストであるレイヴンの処遇が決まります。長い目でお付き合いくださると感激です。