チート使いはVRMMORPGで、閉じ込められる
@@27@@
俺は今、村長の家から遠くにある場所にいる。
この時に飲むべきではないだろう事は頭で解っていても、体が解っていない。内側から欲して熱くなり、ついつい手が出てしまいそうになる。それは。
目の前に置かれたそれは、とても我慢が出来そうではない、待つだけで理性が壊れそうになる。
「ビールをこんな時間からか……」
いくらゲームといえども、流石に感覚が掴めるゲームでお酒は手を出してはいけない。
人の五感というものは快楽にも精通しており、刺激を快楽と感じたりする。だから、感覚だけだったとしても体は正常に作動し始め、実際には飲んでいないが空というなかで動き始める正常で異常な体の動作。俺はそれだけは避けたいが、やはり出されたら飲むしかない。
「くそっ………こうなったらやけだ!」
ジョッキの取っ手に指を通し、勢いよく持ち上げて口にコップのふちをつけると泡と共に流し込み、弾けるそれらを感じて声を上げる。
「ぷはぁ……!やっぱりこれだ」
現在の空模様をよそに、飲むのは色々と困るものがある。それは、
「バァロォーッ!いっつも金借りてるけど、こんなにも体格差をつけなくったってぇ………もういやだぁ………」
こうなるからだ。
一度だけ一緒に飲んだことがあるが、アルコールに弱いし酒癖が悪く、すぐに泣き出す泣き上戸だ。そのせいで絡まれれば面倒で、飲ませることは避けたいやつだ。
机にひれ伏す様に泣く妖精。
俺が彼女を見てため息を吐くと、隣で机に強く打ち付ける音がした。
振り返ってみてみると、それは《ヤクモ姉》がジョッキを角が丸まった机に打ち付けたおとだった。
「私はこんな姉だけど、親はおかしいよ!お見合い、お見合いって。お見合いと結婚すればいいのよ!」
どうやら現実で苦労しているらしく、愛からの情報によれば三十歳前半で独身らしいが、お見合いはないな。あと一年は好きにさせてもいいじゃないか。だけど、それほどの事をしでかしたんだろうな。
俺はジョッキを一旦机に置いて、それからもう一回口に運んだ。
「どうして、こう、お酒に弱い人が飲むのかしら」
顔を赤く染めて、挑発で怒りを誘致しようとする《KIRIA》に憤りを覚えた«ヤクモ姉»は眉毛をピクリッ、と動かして顔を彼女に向け、両方の眉毛をつり上げて顔に影を落としている。
「……ん?強がってるんじゃないの?顔、赤いよ?」
そんな言葉に喧嘩を売った側が椅子を後ろに押し、勢いよく机に手を突く。その衝撃で机上の物は揺れた。
「そう言うなら勝負よ!」
「私も火がついちゃった。だから朝まで飲むから覚悟してね」
「臨むところよ!」
「何でこうなった……」
いがみ合い、互いをいじめあうように宣言した二人は仲良く出来ないものか、と憂いる。
「店員さん!」
「ビール二つ追加で!」
同時に手を挙げて、最初からこうするつもりだったように注文をした二人は火花を散らしながらも、仲が良かった。俺はそれを眺めていると、やけに騒々しい外に蜘蛛型のモンスターや猿型のモンスター、ゴブリン型のモンスターがまちまちと駆けているのが見えた。
「教会周辺がモンスターに囲まれた!」
俺はその声を聞くなり立ち上がった。
@@28@@
あり得る話ではないが、モンスターは教会を潰す気なのだろう。
MMOだろうと、普通のRPGだろうとモンスターがプレイヤーが復活できる手段の一つであり、ごく少ない手である。もしもそこが潰れれば、アイテムによる復活しか望む方法はない。そのため死守は絶対。
俺は酒場に三人を置いてきて駆け出したが、名もないレベル1弓使い。《ヤクモ姉》でも連れてくればよかった、なんて後悔しても今はしかたない。腕を大きく振って後悔を振り払い、憂いている自分の気持ちを前に出そうと足を前へ、前へと進ませるだけだ。
そんな俺の目に飛び込んできたのは、こん棒を手に振りかざしている姿だ。
緑の肌を露出させたノースリーブ姿に、鎧。巖のようなその体にはとても合わない一回り小さなサイズに動きを鈍らされている様にも見える遅い動きから想像するに、あれは鎧のオーク。その周りにも似たような動きをしているやつらがいるが、それは上半身裸に簑姿の普通の何も装備していないオークだろう。
あいつらが集まって行動していることから、鎧のオークを倒せば普通のオークを一匹づつ倒せるだろう。しかし、教会の中がどうなっているか分からないため、迂闊に手が出せない。
思案しながら駆けていると、一匹のゴブリンが礼拝堂から飛び出た。
それはバク転をしているように、トンボが下から光を浴びせられたように、それは地面に落ちていく。
「ぎいっ………!ぎいいいいっ!」
地面に打ちつけられたそれは喚いている。
足や胸を切られて、それはそれは激しくされたんだと語っているそれとは別に、死に至らせるだろう傷が首を一周して刻まれている。
俺は足を止めて、ゴブリンを眺めようとしたが、それと同時にそれの息が止まった。
ゴブリンが人と同じように脆いのか、と。
そんな事を考えていたら、自然と足が動いていた。意識したわけではないのに勝手に動くなんて、何かしらの衝動があったのだろう。
何かに押されて進むと、やっぱり敵意があれば振り向いてこちらを警戒するオークたち。俺は背中にベルトで挟み込んで止めておいた弓を引き抜き、矢筒を手にしようとしたが……。
「あれ?あれれーえ?」
どうやら買い忘れた事も忘れて駆け出してきたみたいだ。
モブ母さん、イベントの報酬に入れておいてくれなんて今さら言っても今さら。だから俺は《リスポーン》だな。
その時、俺は後ろからの風切る音とその圧力が耳の横を通りすぎるのを感じたや否や、羽ばたく鳥の羽の擦れる音にも、羽ばたく音にも似たそれらを彷彿させる正体不明の物はオークの胸を突き刺し、それと同時に崩れ落ちる緑の半裸モンスター。
「ギャーッ!」
声は人の面白い悲鳴のようにも聞こえるが、音だけならば奇形の何かが出しているとしか思えないそんな塊を眺める俺は、呆然と立っているだけだった。呆気に取られて。
そこに、どこに居たか分からない《ヤクモ姉》が駆けてきて、必要としていた物が投げられた。
「お、おっと……」
地面に一回跳ねるかもしれないところで掴んで、それを持ち上げる。
彼女はそれを見て微笑むと、
「ナイスキャッチ!私からのプレゼントだから気にしないでね」
「何で来たんだよ……」
「いや、置いてかれて立て替えさせられたから……」
確かに悪かった、なんて思いながら俯いて開き直ると、矢筒を背中に掛けて、
「行こうか、モンスター狩りへ」
「すぐ近くだし、お茶を濁す?普通」
@@29@@
歩いている様な遅い駆け足だがそれは体重によるもので、それを物語る砂ぼこりと揺れ。体を、蹴って進む足にでも伝われば足を取られそうになる。そんな中、俺は半裸モンスターの前で後ろに後退している。
「これである程度、距離は取れただろうな……」
教会から引き剥がすのが目的のこれだが、もう一つの目的がある。それは、
「行くよ!……《イグニス•ベモーラ》!」
そう叫ぶと同時に、三つの矢が彼女の持っている弓に重なって、寄り添うようにそれらは弦に乗り、彼女は弦をしならせて放つ。
そんな一瞬の出来事に訳もわからずに、倒れ行く三体のオークは痛みの声を上げるだけ。俺はその崩れるのと同じタイミングで動いただろう鎧のオークがこちらに向かっていることを確認。
俺は死ぬのだろうか、と思ったとき、ある声がした。
「ダサい名前して、そのまま倒れるなら傷ぐらいつけてぶっ倒れろ!」
愛の声。
俺は死ぬんだ、そう悟った瞬間だろうか。俺の周りにはいつの間にか黄緑の波が渦巻き、囲んでいた。
「命中率と貫通効果のある魔法を二重に掛けたから、これで倒れたら許さないからね!」
愛が横に、虫の様な羽音を俺の耳元で立てながら並んでそう言う。
正直、彼女は苦手だが、真っ直ぐと言ってくれると助かると思う、と考えて笑みを溢し、俺はオークに視線を固定すると、
「ちっせー脳ミソ射るのもいいが、防具を抜けて倒すのもいいよな!」
口の端を歪めて甘えを言い、少し漏らしてしまった事が気にならない程に弓を強く握ると背中にある矢筒の口に手を伸ばして矢を取るとそれを弦に引っ掛けて的に狙いを定める。
「心臓を狙えば行けるだろうな……」
冷ややかな声を漏らすと、少しだけ曲線を描いてオークの胸に上から入るように射った。すると案外、狙い通り昔の特技が後押ししてヒット。ネットとかで聞く限りでは練習が必要とか言っていたが、出来るもんだ。
俺が慢心していると、何かが降ってくるのが感覚的に分かった。
「よっ!」
それを身を翻してかわすと、地面に激しく打ちつけられたゴブリンの姿があった。
「避けるのか……愚の虫が」
それは剣を腰に据えた、バカな職業が剣士のやつが意図的にやったのだろう。それは話し方で分かった。しかし、何故当てられるのかは不明。
@@30@@
私は《KIRIA》って名前をどうして付けてしまったのか分からない。剣士に憧れていたとはいえ、いくらなんでも痛かった。そんな反省は置いておいて、今、私がなろうにもどうやったらいいか分からない職業について、彼、《ネクラマツイ》は私を差し置いて就いた。
はたして、私のプライドがそれを許せるだろうか。
「許せない……けど、許す」
それはどうしてなのか、説明をいちいちしていたらキリがない。だから、私の好みのタイプを言おう。
「あの人、タイプ……」
手を頬にあてて、うっとりとした。しかし、そこに横やりを入れてくる妖精の声。
「松井を応援しろ!」
掌に乗っている、手乗り妖精。
投げてしまおうか。
@@31@@
「何で投げられたかは解るよな?愚の虫」
愚の虫って何だろうな。
俺はそんな出したいが出せない煽りの言葉を押し殺し、首を傾けて解らないと疑問符が出ているのを見せた。すると、何故かこれで怒った。
「ふざけんじゃねぇよ、愚の虫が。弓が出る幕はないってことだよ!」
「へぇ……それで、教会が手薄になっていていいのか?」
彼は鼻で笑い、腕を組んで見下すように視線を送ってくる。
「何だよ……」
「いや……礼拝堂を見てみな愚の虫……」
俺はその言葉で教会の中を見て、驚いて口が塞がらない。
大きな剣や小さな剣、鎖をもった人たちがとぐろを巻いている様な異様な光景が目にとまったからだ。あれが助けたって言うのなら、コスプレ世紀末集団と言うしかない。
そんな光景に言葉が奪われていたが、我に返ってみればおもしろい。
「あー!マイクテス、マイクテス。聴こえますか皆さん」
不意に降ってくる声。
浴びせられたその声は、どこだと首を振らずともすぐに見える位置にある電光掲示板の様な大きな表示枠の中に居た。
その中心でマイクを片手に小指を上げている黒い、手入れをしていないか寝起きのボサボサの髪型の女性は暗闇の中に存在感を著しく表していた。ようは服が派手なのだ。
「何だあれ……」
「何よ……」
ざわめきが生まれながらも、その体勢を崩さず、彼女は口を再び開いた。
「これより行われますのは、重要なお知らせです。……おっと、申し遅れましたが、弊社が開発したゲームの運営とでも言いましょう」
少しだけ慌ただしいというか、抜けているというか……。
そんな時、彼女は口を歪ませて、
『このゲームから出るのは難しいでしょう』
と、言いながら笑った。