チート使いはVRMMORPGで、モンスターを考える
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急いで胃に流し込んだせいで、少々腸が痛い。
俺はキリキリ、と痛む腸を両手で押さえながら、妹が来るのを待った。
そこは、木々の木漏れ日が射してくる、穏やかで和やかな異世界の風景。行き交う人々の中には腰に剣を据えた人や、袋を乗せた荷車を馬で牽引する人など……。多種多様な存在がひしめき合って生きている。
ゲームの中だった事を忘れそうな、人間っぽさに恍惚としていると、誰かが後ろから、肩に指の腹を押し付けている。
振り返ると、そこには妹がいた。
「妹さん。よっ!」
俺は軽く手を上げて、妹に挨拶をする。すると、彼女はいつものようにと感じてしまう程ワナワナしている。これが噂に聞くデジャブと云うやつだろうか。そんなバカげた事を考えている内に、腹に拳がめり込んで、胃の形を拳型に変形させるかもしれないと錯覚する。
俺は妹が拳を引き抜いた瞬間口から胃液を吐いて膝を突き、腹を押さえながらうずくまった。
何が気を害したのか、さっぱり分からない。
こちらを見下しながら、
「《KIRIA》って名前があるの。だから妹なんて呼ばないで」
俺は上から降るように浴びせられる声はとても痛く、腹の痛みなんてどこかに飛んでいった。
人との付き合い方が悪かったのは分かった。
俺はよろめきながら立ち上がり、
「クエスト………行こうか」
無理に笑顔を作って、彼女をなるべく怒らせないように言った。彼女は普通にその言葉に頷いて答え、俺よりも先に森に足を向ける。それを見た俺は負けず嫌いな一面もあって、彼女に追い付くように早歩きで彼女を追った。
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俺の居る村について、俺は色々な考えが浮かんだ。
耳が尖っているため、エルフだと言える。俺は自分の耳を触ったが、特にこれといった感覚もなく、ただ触っているという感覚だけだった。これはエルフが敏感ではないといっているようなものだ。
話は何百度も変えるが、この森をよく観察していると、穴抜けの場所が点在していたりする。これでは雨の日には土が持っていかれて、島が半壊するだろう。こんな危険地帯に住めているエルフって何者だ?それにしても日が暑さに油を注いでいるな。
俺は額の汗を拭った。
森の中は三十度くらいだろうか。
俺は今、《ニラクミの森》に来ている。
木の落とし物を片手に、鬱蒼としたジャングルのような森が辺り一面に出来ており、幾年の歳月を過ごしたか分からない大木や、子や孫が植わった足元の芽吹いた命。
葉を透かして見ても、見えるのは網状の繊維だけ。
俺は手にしている物を取り敢えず振る。
「邪魔だからやめて!お……やっぱなんでもない」
言いかけた言葉が何やら怪しい雰囲気を醸し出し、理性というなの錠前が壊れて獣がやったね、と手を振ってくる。『お』から連想される言葉は多くあるが、後ろめたい事や恥ずかしい事ならばかなり絞れるだろう。
なら、と彼女の言いかけた言葉を詮索し出した。
「そう言えば、伸長低いな。中学生か?」
彼女は急に立ち止まった。
俺はその急ブレーキに対応しきれず、ぶつかりかけるところで止まった。立ち止まった彼女は太ももを上げて、そのまま振り下ろして俺のすねにぶち当てた。
「あぁうっ!」
俺は打たれた脛を慰めるように擦り、痛みを和らげる行為だと信じている事をする。
彼女は、
「成人しててこれよ。悪かったわね、低くて」
何をツンケンするのか、男の俺は分からない。デリカシーの欠片は持っているつもりだが、甚だしい程に殴る蹴るの暴行がないか?
俺はそんな疑問を抱きながら、黒く見える彼女らしき人影を見つける。それを追いかけて駆け出すと、木の枝を踏み鳴らしながら近づく。すると、半透明で、透けてはいるが濁った、サラダ油に配色でもしたような透明感のある、粘りけがありそうな体をしたスライムが歩いていた。
髪を意識しているのか、垂れているスライムの体の一部が頭に乗っかっており、見える体内は気泡が頭へ足へと体を行き来している。そんなスライムを見て、最初に思うのは。
「スライムはスライムか」
予想通りの、豆腐の様に揺れる体は想定内だ。しかし、思ってもいなかったのは人形ということだ。俺は装備の《木の枝》に視線を落とすと、それを自分の前に突きだして戦闘体勢に入った。
視線をスライムに戻し、襲ってくるのをまった。しかし、凶暴ではないのか、ほんわかとしたオーラを身に纏っているように見えてきた。俺は、《モンスター》だ、金くれ。の状態のため、俺はスライムに襲いかかった。すると、今までにない感覚が俺の足首を掴んでいた。
視線は空に。
俺は体が落ちていっている事が実感できた。謎の浮遊感に身を委ね、諦めの感情が露になって何もかもを投げ捨てた俺は、目を瞑った。
すると、背中に打ち付けた衝撃がある。だが、肝心の死は迎えていなかった。
体を起こすと、目の高さに何かのゲージが浮いている事に気づく。
赤色になったゲージは、全体の半分を切っていた。
まずい、と思って近くに生えていた、青々とした草を口に含んだ。すると、体の動きがだんだんと鈍くなっているのが分かった。これは、しびれる効果があるのだろう。ゲージが震えて黄色になっている。
俺はまだ動ける内に、と立ち上がった。それと同時に、体に電流が走る。
完全にしびれる効果が効いて身動きが取れない、完全なでくのぼうになった。それを感じた俺は、目から揺れて落ちた水を知った。
涙が、溢れてくる。
ゲームではチートばかりを使って生きてきた。だから、俺は負けなんて知らない。何度も死ねるし、いつまでも生きれる。だから、操作なんて初心者同然。世界の掟も分からない。だから、強がったりした。
定石なんて何も知らない。
そんなとき、スライムが寄ってきて、手のような形をしたところに草を乗っけたまま、それを口に押し込もうとしてくる。口には滑る感触と、草の苦さが絡み合ったり離れたりで何が何だか分からなくなっている。
俺は飲み込むことに抵抗があったが、スライムの水のような手に口と鼻が呑み込まれて、息を止めるしかなかった。お蔭で、美味しくもないし、苦くもない複雑な物が管を通って胃の中へ。
それを確認したのかスライムは、手をどけた。
「……ぷはぁ」
やっと空気が吸えて、何やら複雑な感情が俺の中にある。
困惑の色を浮かべた表情を浮かべる俺に、表情筋のないスライムが憂いの顔をしている様に思えた。覗き込むように、人でいう腰の辺りを曲げて俺を見つめている様に動かない。
俺は彼女に、何やら特別な感情が目覚めた。
そんなとき、
「ネクラマツイ!それ、スライムの突然変異種よ!知的部分の発達が著しい種だから、性的に取って食うことも、肉体的に取って食うこともしてくる!だからそんなところで寝そべってないで、早く来て!」
俺は訳も分からず走り出した。
スライムは、まだ心配そうに俺を眺めて見送った。こんなにも複雑な心境は初めてだ。
こうやって、初恋にも似た感情を味わった。
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腰痛に見舞われた。
それは無数の針が背中を刺すような、激しい痛み。スライムとの戦闘の際、背中を打ったが、今ごろになって痛みだすのはこの世界特有か、このゲーム特有かは分からない。だが、この世界では戦闘フィールドが見当たらないのはおかしい。もしかしたら、戦闘しているモンスターから半径何メートルとかがあるのかもしれない。
俺の背中が痛み出したのは、クエスト終了後の自宅の部屋だ。だとすればクエスト自体にある条件かもしれない。
俺はベッドに仰向けで寝転がり、枕を立てている。その状態のまま光を指で掴み、引く。この状態でいうが、首が全く痛くないのだ。
動作に付け加えて、木製の枕を高くして寝る。これだけで寝違えたような痛みが味わえるはずだが、それがない。もう二時間はこの状態で、寝違えていてもおかしくはないのにだ。
開かれた画面から《QUEST》を選択し、完了済みのクエストである《母のおつかい1》を選択。それが開かれると、俺は食いつくように顔を寄せて、背中の痛みを堪えながら隅まで黙読した。
目に血が走って疲れていても、俺は最後まで気を抜かなかった。結果、背中を更に痛めることになる。
俺は軋む背中の痛みに声を上げそうに歯を軋ませ、堪え、そしてため息を吐いた。
「はぁ……」
天井のシミを数える様に、天井の木目に目を向け、その木目を目で沿って下に向けると横に移動させた。すると、そこには雑草を詰め込んできたのか、沢山の草がバスケットに。花売りの様になっている。
俺は彼女を眺めた。
彼女はむっつりとしながら俺に歩み寄って来て、
「何で背中に塗りつけなきゃなんないのよ」
俺は気づいた。
薬草の束だったのか、と。
薬草を磨り潰すなら乾燥させ、乾燥したら煎じる。煎じたら保存可能である入れ物に入れ、徹底的な管理を行う。使い物にならないなら捨てるしかなくなるからだ。
彼女は何をし出したかと言うと、ベッドの横の机を挟んで据え付けられたクローゼットから乳棒とすり鉢を取り出した。そして、それとセットですり鉢に入った薬包紙の端を揺らしながら机に置き、邪魔だと乳棒と薬包紙を取り出して、その中に薬草を突っ込み始めた。
これ、間違った知識でやろうとしているんだね。RPGモノとかではよくあるけど、乾燥は絶対している。だから、すり鉢に薬草がベッタリ、と海苔のように張り付いている情景が思い浮かぶ。
安易に浮かんでしまった光景に恐さはないが、苦手な何かがあった。
海苔のようなあの滑りが苦手だからってこともあるが、虫の体液が付着しているみたいで無理なんだ。
俺は彼女を横目で見たが、親指と人差し指だけを閉じ、顎をそこに乗っけて思案げにしている。
「何……しているんだ?」
「傷口に塩を塗ろうと思って」
それは、ただ単に口から直進して放物線を描くことなくやって来る訳ではなく、ジェットコースターのように無駄の多いカーブでやって来る。それを聴いた俺は苦笑いの色を、薄い皮が一枚剥がれて落ちた様に浮かべる。
彼女は作業を黙々と続けているが、敷かれるくらいなら既製品の薬を買ってきて服用した方がましだ。
俺は窓の外を見た。
空を飛んでいる種族はまだ見かけないが、いずれ出会えるだろう。期待を抱き、不安から目をうろつかせる。
「出来たわよ……」
ぐふふ、なんて下品な笑い声と共に体がひっくり返され、服を剥ぎ取られる。俺はそんな事を心配し、背中の事を考えていなかった。
ビタンッ。
「ぐぎっ………!」
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紅葉が舞い落ちた背中をはだけさせて、寝転がっている俺は唸りながら顔を上げていた。
「腰の痛みはだいぶ和らいだけど、これはないだろ」
「何?塩を塗るって言ったのに覚悟してないのが悪いでしょ?」
塩なんかではなく、現実なら強力なシップといったところだ。
俺の背中に薄く塗り広げられている薬草は、あの強い一撃の後に優しく塗ってくれた。しかし、どうして渇を入れられるのだろうか。俺は顔を木の枕に伏せると音だけが得られる情報となり、孤独を身で感じる。
俺はそんな中で、あのスライムの事を思い出した。
神経が通っている訳でも、血が通っている訳でもない。脳もなければ喋れもしないのに、俺は何を考えているのか、戦えなくなっている。いずれは刃を持った物を手にして倒しにいくんだ。なにもしていないのに、恨まれる理由も分からないやつらに。
他のゲームならまだしも、このゲームに魔王が居るわけではないだろう。スライムは自然に発生した、いわば自然の使いだ。
俺は顔を上げて泣いていた。
「何で、俺はスライムを殺そうとしていたんだ……」
熱さを肌に感じ、それが顎に達して落ちるまでの間に彼女は、
「家畜と一緒。生きるために殺さなければいけない。だから、感謝を忘れないために《いただきます》って言葉があるのを知らないの?バカみたい……」
俺は幼少の思い出といえば、《いただきます》とさようならだけ。だから、その言葉は忘れたくても忘れられない言葉。しかし一人になればそんなことを気にせず、ただ、貪って寝るだけで感謝なんかしていなかった。
バカという言葉に頷いて涙を落とす。
彼女は小さな声で、またバカみたいと言った。
不満があるような顔で頬杖をついて窓の外を見上げ、光が射さして輝く雲を眺めていた。流れて、消えて。
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完全に回復して、次のお使いを頼まれた。
「えっと……今度は木の切り出し!?」
それは人生で経験なんかしないだろう、土木系のクエスト。俺は体を動かすのが苦手で、今までゲーム世界に入れるVRMMORPGに手が出せていなかったのに、こんなクエストが出てこられたらログアウトしてしまいそうだが、現在のリアルタイムは『17:42』と、まだ大丈夫だろうと安心して遊べる時間帯だ。
俺はそのクエストに必要な道具を持ってくるため、家の倉庫の近くに寄った。外に出ていてよかった、と感じながら俺は倉庫の木製のドアの取っ手を掴んで、引き開けると咳き込んでしまう。
「ごほ、ごほっ……」
雪が落ちてきたように床は白く、宙に雪が躍りながら舞っているのが見えた。天井にはびっしりと網が張り巡らされて、いつ捕られてもおかしくはない。
そんな場所に、張り付けられるように立て掛けられた蜘蛛の巣の端のノコギリがあった。それも、二人がかりの。こうなると、さすがに助けを求めなければいけない。だが、《KIRIA》は他のクエストを任せられたらしい。
ここで余談だが、この世界は同じクエストが受けれないモノがあったり、先にクリアした者だけが報酬を貰えたりするらしい。俺はまだ、報酬のほの字すら拝んでいないが、本当だろうか。
話を戻すが、ノコギリをどうするかと言われるとアイツしかいない。
ゲーマー女の隣人さんだ。
彼女もこのゲームを始めただろうが、どうなっているか分からない。それに、この大陸に居るかも分からない。何故なら、森の商店街を歩くモブには他種が多いからだ。エルフにも種類があるから、もしかしたら会えるかもしれないが、確率が低いのは確か。このクエストのためだけに探し回るのも時間の無駄だと判断できる。だから俺は、ノコギリを手に提げて持ち出した。
そして、木漏れ日の街《フォレスト•マーケットタウン》で、大声でこう言った。
「クエストを手伝って下さい、木の切り出しに人手が足りません!」
その声に振り返って立ち止まったものの、蔑みの目で俺を見ると皆、一様に歩き出した。そんなとき、一人のエルフがやって来た。
「あれ、僕は一人?お姉さんが手伝おうか?」
それは白い肌に金髪で、綺麗な顔立ちのエルフだった。多分、格好が俺とは違うことからハイエルフかと思われる。そんな彼女は、背格好が幼い俺に向かって『僕』と言った。これは許しがたい事だが、現実でもあの隣人に劣る背は認めがたい事実。
俺は彼女が胸を腕で寄せて、わざとらしく自己主張しながら前屈みになっていあぶないハイエルフの言葉に頷き、俺は『よろしく』と言った。
こうして、親子の構図が出来上がって森に向かった。
何かが違う。
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俺は手ひかれかけて、咄嗟にノコギリの持ち手を彼女の居る方へと持ち変え、間一髪でガチの親子と間違われそうだった。そうなると、俺より小さい《KIRIA》はどうなるのだろうか。
俺はふと、疑問に思ったことを彼女に話そうかと考えたが、知らないなら無理だ。妹という説明から入り、関係を赤裸々に話さなければならないからだ。
苦悶に満ちた表情で森の中を歩くのは少し合っていない。
俺は彼女が不思議そうに手を寄せてきながら覗き込んでいる。これは、完全に迫られている。今ごろになってその真意がわかった。
俺はバレない程度に横移動を加えながら前に進む。そして、ある程度距離がとれたら今度は木に手を突いて、そこで立ち止まる。これで完璧だ。これで共同作業という名におどらされて喜ぶはずだ。そんな甘い考えは、彼女には利かないようで、
「そこの木より、これがいいよ」
そう言って歩み寄った彼女は、その木の幹を叩いた。
俺は見上げながら、首が痛くなりそうな高さのそれに駆け寄る。
「でけぇ……」
「でしょ……」
彼女と顔が合った。すると俺が照れてしまって、避けてしまう。彼女は笑いながら、
「童貞?」
と、誰かに言われたことのあるセリフを言われた。
俺は違う、とだけ言って木の裏側に回り込んで、ノコギリを地面と水平になるよう、それを彼女の居る方向へと向けて持ち上げる。彼女が、反対側の持ち手を手にしたの確認すると刃を木に押しあてて、こちらに引っ張った。
しかし、彼女の重さからいって無謀だ。
もちろん、結果は動かず。そのせいで尻餅をついた俺は地面にヒトデの様に寝転がり、空を仰いだ。
「掛け声、つけましょう。ね?」
彼女の声が足裏から響いて、俺は立ち上がった。
膝を立て、それに重心を置いたら勢いよく体を前のめりに上に引き上げると綺麗に立った。これは俺が長年やって来て会得した、格好づけた立ち方。その気取りかたもどうかな、なんて思われるが、しないよりかはマシだ。
俺はノコギリを手に、道祖土チャレンジだ。
「いくぞ……」
「いいよ、いつでも……」
俺はゆっくりと入れていき、彼女もそれに合わせて動いてくれる。木くずが地面にどんどん落ちていき、薄い茶色の傷口が出来ると、今度は力の限りに引っ張ったり、引っ張ったり。それを繰り返すこと十分。
あまりにも早く終わってしまい、脱力感やらなんやらがすごい。
俺はまたヒトデになって、波の波に揺られる。
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木を長い棒状に加工したかったが加工が難しいため、枝を数本取って帰った。それを渡すと、モブ母は喜び、お礼に弓をくれた。しかし、職業を持たないため扱いづらいから、村長が毎年開く《村人転職》を見に行くといいよ、と言われた。
俺はその言葉にふうん、と返してまた外に出る。理由は、あのエルフから話を聴くためだ。
ドアを開けて、木の太い枝が自然と伸びて出来ただろう不自然に配置された木の階段が螺旋状になっており、駆け下りる事すらゲームになるだろう。そんな階段が土色へと変われば、そこには長耳美少女のハイエルフが待ったいた。頭上には《ヤクモ姉》と、どこかで見た事のある名前が見えた。
俺は声を掛けてみることにした。
「ヤクモ……さん?」
おどおどしながら声を掛けられた彼女は、若干驚きながらも微笑んで平然を装った。しかし、何故驚くだろうか。自分は分かったいなかった。
「じゃ、行こう……」
「モンスターだ!だ、誰か、畑を守ってくれー!」
彼女が口を開こうとしたとき、どこからか声がした。それは助けを求めて走り回っているらしく、遠ざかったり近づいたりした落ち着かない。そんな声に呼応して光が激しく、炸裂するように煌々と輝く。
彼女と俺は同じタイミングで画面を開いた。
《QUEST》が光っている。
俺はそれを選択し、クリア済みのクエスト二つの上に《畑荒しだ!》と書かれたクエストがある事を発見する。それの横には赤い丸がついており、今までのクエストとは違うことを感じ、どことなく憂いがあった。
俺は胸辺りに手を置いて服を握ると、
「条件は……」
と呟いた。
そのクエストの内容は、
『ワシの畑が荒らされている!きっと、森に居る突然変異のアイツのせいだ!
条件:近くの畑に現れたスライムの討伐
報酬:スープ』
と書かれていた。
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俺は急いだ。
近くの畑は、俺の住まう場所の裏手にある畑。そこに行けば、会えるはずだ。
それは少しの希望。
俺はコケそうになりながらも足を前へ、前へ。進めれば畑に着いており、そこにはジェル状のスライムや固形の四角い物に似たスライムに、赤色、黄色、青色、黒色の四色がそれらに配色されている。半透明の動く物はとぐろを巻き、農作物を侵し、食い荒らされていた。俺はその中に、人形の青いスライムを見つけた。
もしも、これが悪夢なら。
彼女だ、と近づこうとすると、周りにスライムが集まってくる。まとわりつかれると身動きが難しくなり、それだけは避けたい。
覚めてくれ――
《ヤクモ姉》の名前が点滅ている。
彼女は弓を手に、背中に矢の詰まった矢筒から矢を数本引き抜き、それを持ったまま弦をしならせて一本ずつ放つ。その間一秒。
黄金色の稲穂を棚引かせて、翻した身は彼女を定めようとしていた。
俺は彼女を庇うように線上に立つ。
彼女はしなっていた弦に乗せた弓を着地したと同時に地面に射ち放ち、俺の方を向いた。
「弓も使えない、道具なしの人間に何が出来るのかな?」
その言葉には何も返せず、黙った。
彼女は近づいてきて、
パシンッ。
頬に電流のように走った痛みと共に横にゲージが現れ、赤を指していた。彼女はそれを見た瞬間、息と言葉を飲んだ。何故なら、瀕死状態で立っていられる程その精神は強く、意思の強さを表していた。
彼女は身に付けていたベルトの付いたポーチから、瓶を取り出して俺の口に無理矢理流し込んだ。
すると、体のどこからか力が湧いてきた。
彼女はそれを見るや否や、
「何で立っているの!戦闘の痛みは薬草で消せるけど、そのまま残していれば現実に支障が出るのよ。だから、回復はしておいて……!」
それは、痛い言葉だ。
弁解も出来ない、そんな愚行には自分も呆れる。
こんな俺は、もう一回殴られた。
掌が頬に当たって激痛が走り、それと同時に頬を押さえ、横目で彼女を見た。姿形はスライムで、それでも愛せる人形のスライム。それに目をやっていたが、エルフの彼女に視線を戻すと震えていた。
「何で、こんなのを好きなったのよ……《アイ》」
俺はその言葉に固まった。
その名前は俺の隣人がよく使う名前で、いつもゲームで会うときはその名前しか見ない。彼女は一体、誰だろう。
俺はそんな疑問符と符合しないであろう考えを巡らせて、飛び散って倒れたスライムたちの落とした、この世界では《チーロ》と呼ばれる硬貨に映った彼女の涙を浮かべた顔に視線を落として、誰かを考えた。
彼女は、
「八雲………奏か……」
彼女は頷き、俯いた。
涙を流しているところなんて誰にも見られたくない。それだけは、俺でも解る。
《チーロ》を拾い上げて、俺はポケットに入れた。
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スライムである彼女が寄って来て、俺にまとわりつく。
泣いている《ヤクモ姉》を放ってはおけない。だから、振り払うこともせずに立ったままだった。
彼女は袖で涙を拭いて、
「そのスライムが好きなんだね。私は、君のような人が妹の好きな人だとは思ってもいなかった」
「一度、答えられずにギクシャクしてたけど、俺は俺でいいと判った。だから、彼女を愛せない」
「そっか……」
俺は隣人である《ヤクモ姉》の妹、八雲愛に告白されてフってしまった。
あの日、もしもなんて考えが今ながら過る。
俺はゲームで会うようになってからは、ゲームだけの関わりに近かった。だが、最近は話が出来るようになった。顔を向けれるようになった。
もしも、あの時の俺が片想いの消滅が早ければ彼女は傷つかなかった。
「自殺しかけたこと……私、後になってその理由を聴いたの」
彼女には悪かった。
あの日に戻るために、少しずつ関係の修復を行ってきたが、もう、俺は迷わない。
「だけど、今の俺はスライムの彼女を愛していて……殺せない。彼女を殺すだろうけど、スライムの彼女だけは殺せない」
強情は俺にため息を吐いて、
「木陰に行こうか」
そう言う。
畑の横にある、小さいが二人分のスペースはあるだろう木を指差して、スライムのおまけが付いた俺の服の袖を歩み寄って掴んできた。板挟み、とも考えれるが、これはこれでいいのだろう。
彼女に訊きたいことがあった。
「そういえば、愛とは連絡が取れるのか?」
彼女は呆気に取られた。
どうやら、墓穴を掘ったようだ。
「フレンド機能を……しらないの?あの妹にゲームという概念を教えた君が?」
どうやら、《カムイヘブン》にはフレンド登録機能が付いているらしい。
俺は今日始めたばかりで、機能はゲームと音声検索だけしか使っていない。とだけ伝えると、納得して慰められた。
いくらゲーム好きでも、手が届かないなら仕方ないだろう。
いったい、いくら持っているのだろう。
俺は腕を組み、唸っていた。すると、いつの間にか彼女の手がなくなっており、掴んでいただろう手は巾着、反対の手は《チーロ》を拾っている。どうやら、マイペースの彼女に振り回されているようだ。
俺はため息を吐いて彼女の横を、重たい足を運んで木陰に進んだ。
彼女が夢中になって人っている理由は解らないが、その中にはジェル状の物もあった。
ジェル状の物は瓶に詰められて、アートみたいになっている。絵で例えるならピカソのゲルニカ辺りだろうか。そんな四色が混ざらずに自己主張の激しい瓶は、光を反射させている。
俺はその光を見て、目を細めた。
「眩しい」
俺は腰を落としながらそう呟き、あくびを一つ。
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俺はスライムに言った。
「小さくなれるか?」
言語を理解している以前に聴覚があるかすら怪しいが、そんなどうでもいいことを訊いた。すると、スライムは視界の端から外れ、いつの間にか消えていた。それはスライムのいた場所に目をやった。すると目を疑う光景と邂逅することになる。
それは、小さな震えるスライム。
人形のまま小さくなったため、小人か妖精にでもなったのかと錯覚した。
彼女は俺にすがりつく。
そんな彼女を見た俺は手に乗せて、それを肩にまで運ぶ。スライムはその位置に着いたとき、躊躇っているのか掌の水の感触は失われない。
間をたっぷりと置いたスライムはやっと肩に乗った。
俺は安堵して吐息を漏らして彼女が居る方に目をやると、彼女はまだ金に目が眩んで拾ってばかりだった。そんな彼女にははため息を吐きそうだ。
マイペースな彼女を他所に、俺は地面に刺さった矢に目を向けた。それは先程、彼女が俺のために無駄射ちした物だ。
俺はそれを見ていたが、魔法かマジックか、それは突然目の前から消えて驚かされた。きっと誰かのイタズラだろうと数分待ったが変化がなかった。これはゲームの仕様なのだろうかなんて疑問符が浮かび上がって、俺は混乱する。
そんなとき、彼女が転んだ。




