チート使いはVRMMORPGで、殴られ叩かれ泣きっ面に蜂状態
MMORPGと呼ばれる大型の多数参加が同時に可能なオンラインRPGがある時代で爆発的な人気を誇ったゲームは数多く、今でもその名は残ってはいるが、今ではゲーム世界へダイブするVRMMORPGが人気だ。発売は東京オリンピックの二年前の2018年にそれは世に出回り始めた。
そして今、そのゲームの原型であるMMORGPは廃れて今ではパソコンだけのゲームになり、パッケージが中古屋でも中々並ぶことのない珍しい物へとなった。それに、ネット上でも運営する人間が居なくなったために、今ではどこにあるのか。しかし前に言った通りなら、ゲームのCD無くして出来るだろうか、なんて疑問符が出ただろう。パソコンだけで出来るならダウンロードだ。それも違法な。
彼の倫理観念に囚われては出来ないゲームになったそれを、パソコンのブルーライトに照らされながらやっている影がドアに映り、伸びては消える。揺れず動かず、それは水にも劣らない我慢強さで止まったまま、手首と指だけが動く彼は目に映る世界からやっと目が離せる状態になり、目を瞑って背伸びをした。
「んーっ………!」
肩凝りで石灰よりも硬く、動きは錆び付いたネジの様に動きが鈍い。それほど熱中していたゲームの画面には見て取れる限り、龍の形をしていて、ラスボスと呼べる怖い顔をしているやつが伏せて目を回している。
画面下の端にお疲れさまや、乙などの言葉が流れる。
彼はキーボードを前に伸びる事をやめて画面に食いつき、ステノキャプショナーでもしていたのかと見紛うほど速く指を動かして『乙です~』と打って送信した。
まあ、大袈裟だがこれくらいなら誰でも打てる。
しかし、彼は更に付け足して書くのか、キーボードを手放さずに打ち出す。それは三行にもなる長文で、お礼ではなく否定の言葉を早業で連ねる。彼はズルをしているのに、よく言えたものだ。
それを送信と描かれたボタンを押して送信した。
彼がそこまで傲慢な態度とズルが出来るのには訳があり、それを説明するとするなら運営が上手く機能していないからと言おう。
ゲームの管理者は権限だけを譲られただけのハリボテで、いっさいゲームの管理は行っていない。だからチートの対処がされていない。これが理由だ。それと、このゲームが動く事を説明するのに合わせれば納得されるだろう。
動くだけのハリボテゲームには最近飽きてきた彼は、不意に、
「買いてぇな……VRMMORPGの機械」
彼が溢した言葉の物は高嶺の花である。
酸素カプセル型で、値段は酸素カプセル以上とそれなりの値段となっている。しかしそれでも買う人は買うのか、ゲーム人工が日本では三万人。世界的には五十万と想像を上回る人数。
そんなゲームに手を出せる訳がないとため息を吐いて、彼は不用心に机に出され無造作に置かれた通帳を手にして開く。
「二百万……」
最近脱サラしたばかりの彼はその言葉の後に、もう貯金がないと言葉を霞ませていった。
リストラは続くばかりで東京オリンピックは失敗、鉄屑同然に放置されたオリンピックの残骸はトレーニング施設として利用されている。日本はさらに借金を積み重ねて小中企業はかなり圧迫され、外国からの信用はかなり薄くなったと思われた。しかし、首相は寄付で信頼をなんとか保ち、金だけで貢献していた。自衛隊を派遣して貢献することも出来ただろうが、日本からは二百人しか出せない程にまで衰えている。
こんな日本は何故、潰れない。
それは国民がいるから。
自分は嘆いた。
「ゲームみたいな世界に行って、この世界をオサラバしたいっ!」
その言葉は、私が待ちわびていた聞きたかった言葉。
それでは、彼の前に現れよう。
@@1@@
まどろんだ目に、映った美女。白髪で、綺麗な顔立ちをしたニーハイ女性はそんな目で見た俺の前で口を開いた。ピンク色をした口でキスをされたいな。
「連れていこうか?VRMMORPGの世界へ」
それは唐突な嬉しい誘い。
俺は何度も頷き、何度もはいと言った。女性は俺の目線の高さまで膝を曲げて、顔を掴んできて唇を奪ってきた。
それは流石に本望だったとしても抵抗があって押し退ける。
「童貞か~」
「う、うるせぇ!」
動揺しながら袖で口を拭いて、彼女に赤い顔を晒す。
彼女は笑みを浮かべて、俺を眺めている。
しかしよく考えれば映像を実物だと認識させるような技術が今の時代だと普通。だと考えれば、これはカメラを介しての物だと言える。つまり、これはセンサーカメラから投影投影した偶像が目の前に居るわけだ。
「うそっこのキッスー、なんて喜ばないからな!」
「うそっこねぇ……」
俺は、その存在を偶像だと仮定したと話し、それはこうだと話した。すると、彼女は手を重ねて拍手をしだした。
「素晴らしい洞察力、その思考!思案している様な素振りも見せないそのクールさ!気に入った。君の家に、五十万人記念も兼ねてVRMMORPG専用機、《カムイヘブン》をプレゼントしよう」
俺は固まった。
欲していた物が、これほどの未曾有な者が与えるだなんて誰が思ったことだろうか。俺は泣いて喜んだ。
「ほ、本当っ!?」
「ああ、じっくり楽しんでくれ。ついでだが、発売前のゲームのベータテスターになってくれないか?」
「ああ、いいさ。欲しかったゲーム機が手に入るんだ。……っと、こうしちゃいられない!さっさと片付けだ」
俺は床に落ちているゴミを拾い始めた。しかし、いい忘れた事があった。
「ありが……あれ?」
お礼を言おうと振り向いたが誰も居なかった。
彼女は、何も言わずに消えた。
その言葉は文字通りの意味で、この後、住所を教えてもいないが届くことになる。まあ、あれほどの技量ならあり得ない話ではない。
@@2@@
「ふぅっ………」
ゴミを出してきて、一仕事を終えた。
額に汗を滲ませ、久々に動いたとルーチンワークから逸脱した、今までの不健康生活を呪う。俺が悪くても、不健康な生活が悪いんだ。
言葉を呪っても、自分にしか返ってこない、いわゆる自傷行為。
俺は昨日の日の事を思い出すと、バカバカしく思える。この世界で、誰があんな高価な物をしがない一般市民、一市民にプレゼントフォーユーするんだよ。バカネモチは理解できない。
俺は内心疑いつつも、楽しみだった。
愛情の裏っ返しとかよく言うけれども、俺は心配の裏っ返しだ。だって、来るんだから。これは仕方のない興奮、そう言って落ち着かせる物だと。
俺は、チャイムを待った。しかし、誰も来そうにない。そこで考えたのは、ゲームだ。やっぱり、ゲームは手放せなかった。
俺はパソコンが置かれた、日の当たりにくい窓に据え付けられている机に向かった。電源ボタンに指をあてて、ボタンを押して窪みを作り、指を話してボタンを戻して平面にする。
しかし、こんなにももどかしい気持ちは今までになく、黒い画面に面を向かってお話をしだすお花畑野郎にでも成り下がりそうだ。その時、チャイムが鳴った。何ともタイミングが悪く、怒鳴り散らしてやろうか、なんて考えてしまうが冷静に対応して、さっさとゲームをしようじゃないか。
ゲーム脳は夢を見すぎていた。
机から離れて、ドアに向かったまでは良かったが、手を掛けてドアノブを回してみれば、そこには女がいた。
「ヤッホー!」
バタン。
俺はドアを閉めてしまった。反射的というか、パブロフの犬みたいにというか、彼女を見ると閉めてしまいたくなる。緑のジャージ上下に、頭爆発、そばかす女が隣人となるとね。
「ねえ、開けてよ!ねえ!」
ドアをガンガン叩いてうるさく、ご近所に迷惑という理由で開けた。すると、彼女は、
「お金、貸してくんない?」
合掌してお願いする彼女を見て、つい、手が滑ってドアを閉めてしまった。
彼女はそれを見るや否やドアを叩き、すがりついてくる。
「お願いぃ!何でもするから!」
「え?今、何でもって?」
俺は、やっぱり手が滑りやすい体質にあって、ドアを開けてしまった。彼女はそれを見て不気味な、沈んでいく笑い声を出して、
「バカめ、このニコ厨!貴様が出てくることは解っていた!さあ、我に金を……って!?」
痛い子にはお仕置きだ。
ドアを閉めて、そっとその場を離れた。
「現在進行形で中二病じゃないから、半目でドアを閉めないでよ!ねえ、お金を貸してよ!」
うるさくてたまらないとゲーム画面を開き、ヘッドフォンを耳にあてて最大の音でBGMを聴く。すると、外界から切り離された様に音が遮断されて入ってこない。それと、あの音も。
俺は、ふとヘッドフォンを外して首にかけた。
音は聞こえず、静けさが落ちている。
「ちょっと、覗いてくるか」
俺は膝を立てて、そこに手を突いて立ち上がった。
ドアまで行って、覗き穴から外を見渡しても誰もいない。そう判断すると、ドアを開けた。やはり隠れていたのか、今ではもう古いドラム式の洗濯機の陰から、ヌルッ、と立ち上がって出てきた影がこちらめがけて走ってくる。
迷いもなく一直線に迫ってくるために、俺は驚いて腰をぬかしていた。
すると、蛮族が飛んで俺に抱きつこうとしているのが分かった。その飛んでくる方向には、俺が居るからだ。
「グヘッ……」
意外な声と共に、俺は意識を失いかけた。
彼女は、顔を覗かせて、
「お金を貸す気になった?さもないと、お姉さん呼んでくるよ?」
「へっ、遠くに居るから無理だって……」
笑い飛ばしたが、彼女が手にしているスマホを見て凍りついた。
お姉ちゃんは大の苦手で、どこに居ようとも飛んでくる変人だ。弟が迷惑を掛けている、だなんて言われたら往復ビンタするために駆けつけて五十回はされそうだ。そんな状況で、自分は泣く泣く貸すしか無かった。
「ちゃんと払うからね!」
「体でな!」
俺は、親父っぽいかもしれない冗談を口にしたが、彼女は真に受けて、
「早漏に何ができる!」
「悪かったな、敏感で!」
俺は、痛いとこを突かれたと顔をひきつって笑い、立ってドアを閉めた。
そして、ゲームに戻るために机まで移動しなければならない。
@@3@@
俺は落ち着いてゲームをしようと、吐息を大きく出した。
「よーし……」
指を鳴らし、マウスに手をつけたとき、またまた来訪者。今度は誰だろうかとドアまで駆け寄り、ゆっくりと外を覗くと、そこには配達員の服を来た人だった。
俺は胸を撫で下ろした。そして、ドアを開けながら明るく返事をする。
「はーい。どちら様ですか?」
「ゲ、ゲーム機を……お届けに参りました」
それは、配達員よりも少し大きめの段ボール。二人で持っているにも拘らず、それは重量が半端ではない事が解る。
俺は配達員を入るように促したが、ガッ、と不穏な音がした。
ドアが丁度邪魔で入らないようだ。
俺では何も出来ず、慌てるだけのかかしだった。しかし、後からやって来た青いつなぎのおじさんが、
「おっ、やっぱりか」
どうやら衝突沙汰の様で、滅多な事ではないらしい。
悠長な事を言っていられる余裕のあるおじさんは、どいたどいた、と配達員を退けて、ドアの取り外しに掛かった。
「ほぉ………」
ドアの外し方が解るらしく、そっちの人だった。
押して開くタイプのドアのため、玄関に居ると邪魔で、おじさんはゲーム機の組み立てまで五時間かかると言っていた。合わせて考えると、これはどこかで暇潰しに、遊びに行けと言っているんだ。
俺は、隣の部屋に身を置かせて貰いますので、呼びに来てください、なんて残して彼女の部屋に行った。きっと、また金やら何やら言われそうだ。
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彼女の部屋にお邪魔した。
「もう、財布置いてくるなんてどうかしてるよ。机の引き出し仕舞ってあるなら取らせて貰いなよ」
「そんな事してネコババされたらどうする」
「そんな事、アタシには関係ないね!ほら、取りに行ってよ!」
彼女が肘で俺の横腹をグイグイ、押してくる。
こんな状態では、何か話題を変えて被害を最小限のモノにするしかない。そんなとき、俺は目についた"アレ"を見つけた。
「もしかして……」
俺は気にしていなかった、酸素カプセルだと思っていたものは、
「そう、カムイヘブン」
やはりだ。
フォルムがやや違っている事から気づけなかったが、やはりそうだ。フォルムがどう違うかというと、ガラスの部分が半透明で、少しザラつきが見られる。外装の塗装部分では、黄色が黄ばんだ色へと、色褪せている様だった。
彼女は自慢げに腰に手をあて、鼻息が見えそうな程、強く出ている。これは誉めるべきなのだろうか。
俺のところにも、今来ているのだが、それについてはどうなのだろう。
「あのさ……」
「言わなくても分かる………。羨ましいんだろ………」
「……はっ?」
「羨ましいんだろぉ!」
「うるさいから」
彼女は勘違い名人か、または、異常な感受性の持ち主か、はたまた、クソッタレ脳ミソのミソッカスだ。
俺は分かる、ゲーム歴が一個先輩の俺なら分かる!
彼女は、異常だ。
――以上。
俺は内心、これで笑ってしまう性格だ。だからといって、何度もツボに入る訳ではない。興醒めの速度は凄まじく、見るもの全てを圧倒するだろう。それがゲームに影響しているのか、二日で他のゲームに手を出してしまう。
これでいいのかどうか、それはダメだろ。
自覚があるだけマシだが……。
俺は彼女にこれをどこで買ったのか訊ねると、意外にもやや間をおいて口を開いた。それは驚く言葉だ。
「誰かは知らないけど、五十万記念がどうたらこうたら。それで昨日届いたんだけど、こんなカセットもついてたんだ。手紙付きで」
「何々……」
手紙を彼女の手から取って、それを読み始める。
「この度は、弊社のゲーム機器を御愛して顧頂き、ありがとうございます。本体の扱いにつきましては、同梱させて頂いた説明書をよく読んでお使いください。なお、返品は受け付けません。ご使用中、トラブル等が起こった際の修理は弊社が請け負います。お近くの郵便局からお送りください」
それは、何も違和感を感じさせないものだった。
彼女は、それを読んだ俺に、その手紙に書かれていただろう本体説明書を突きだしてきて、これを読めと体にグイグイ押し付けてくる。
俺は仕方なく手にとって、それに目を通してみた。そこには、たった一行で、
『ようこそ、アバンギャルド•アースへ』
と、書かれていた。
アバンギャルドといえば、型に囚われない自由な形を指すが、元々は革命と言っていた。ならば、これは地球の革命と読めるだろう。しかし、タイトルをそこまで捻るだろうか。そう考えると、自由な地球とも言えるかもしれない。これをどうとらえるべきか。彼女にこのゲームをやったか訊くと、
「起動をしたけど、まだカウントダウンタウン中で開始してないんだ。どうやら、開始時刻は五時間後……。多分、アンタのとこが終わってから数分ってところかな」
彼女の言っている時間まで待つのに、何をしようかなんて考えながら、辺りを見渡せば、ゲーム機がいくらでもある。
「これ……いいか?」
手を伸ばして手にしたのは、両手にスッポリとおさまる大きさの機械で、カセットは、フロッピーディスクを小型化したようなものだ。彼女は微笑んで、お好きにどうぞ、と気兼ねなく貸してくれた。
よく考えてみれば、
「お前、貸した金を返してくれたことなかったけど、どうしたんだ?」
そんな何気ない一言に、少し眉を寄せて、
「えっとだねぇ……えー」
慌てかたが普通ではない。きっと、ゲームにつぎ込んでいるんだろう。
借金がいかに怖いのか、位は知っているからなのだろう。だから俺という都合のいいATMに……って、解ってたら貸さなければよかった。
後悔する俺は、そんな事を考えながらゲームの電源を入れた。
カチッ。
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五時間も待つのは疲れる、なんて思っていた自分なんて過去だ。今はおじさんたちが撤収したもぬけの殻状態の俺の部屋がそこにある。彼女が現在、俺と同時に始めたいので待機してくれているため、早くゲームを起動させなければならない。そんな時に、思った事がある。
「どうやって入るの」
説明書を読めばいい話だが、その時間さえ惜しいとき。だからむやみやたらと弄くり回してぶっ壊そうなんて恐ろしい考えを思いついた。だが、流石に不味いと今になって考え直し今に至る。
俺は、ションベン臭そうな色合いの物に手を押しあてて、ボタンがないか、と手探りで探し始める。もちろん、あるはずもない。そんなとき、説明書を段ボールから引っ張るしかないと妥協した。
段ボールに歩み寄り、項目のページから入り方を探す。すると、驚いたことに窓を引けば入れるのだ。それは盲点だった、と頭を掻きながら後ろに説明書を放り投げて窓に手を伸べた。
近くに行けば分かるが、凹みが分かりにくい不透明なガラスを採用したのは誰だ!と叫びたくなる。
窓を引くと、そこには母の温かみがあるかのような、とても気持ち良さそうな壁。羽毛が敷き詰められていて、手を寝そべる所にやるが、弾力が素晴らしく、手形がついてから一秒で元通り。こんなにも素晴らしい素材を使われている会社の人にお礼の言葉を送りたいものだ。
矛盾だらけの考えをこの世界に置いて、乗り込んだ。
思った通りの心地よさに、身も全て捧げてしまいそうなモノで、俺はうとうとし始めた。
あれ?と思ったが、そんな疑問符は切り捨てられ、気がつけばゲームの起動画面。
この会社のロゴマークだと思われるもの、携わった会社のロゴと思われるものが浮かび上がって、消えるように次々と現れてようやく選択画面に入る。そこは、ゲームやアプリなどの選択する画面で、見たことのない柄や配色の物ばかり。あまりにも多い情報量に押し潰されそうになりながら、俺は同梱されていたゲームのタイトルをしらみ潰しに、目でおって探す。そんなとき、
「マイクないのかな?」
それはぼやきだった。しかし、それをどこからかマイクが拾い上げて、
《ご用件をどうぞ》
なんて、少し歳の女性の声が言ってきた。
俺は『アバンギャルド•アース』と言った。しかし、読み込まれていないと言って画面に移ってくれない。なので、俺は仕方なく電源を切って、現実に引き戻される。
記憶が吸われるように戻ってくると、目の前は、ツブツブとした影に遮られていた。ガラスの出っ張った所に手を掛けて引くと、視界は一気に広がり、新鮮な空気と共に眩しい部屋の電気が目に入ってくる。
俺はしまった、と思いながらカプセルから、足を一本一本綺麗に抜きながら出ると、このカプセルから出た時の反対側にあるディスクの入れる場所に立った。そして俺はそこでしゃがみ、黒色のボタンに手を伸ばすとそれを押した。
そうして出てきたディスクは虹色に光を放ち、奥から顔を覗かせた。
俺は穴に指を突っ込んでそれを引き抜き、裏っ返すとため息を一つ吐いて、またカプセルの中に入り込んだ。
今度は、ディスク入れ込み口側からだ。
特にこだわりはないが、股間がぶつかっても痛くなさそうなクッションが着いているこっち側が俺は好きだ。
また、あちら側に行く。
何度も行き来していると吐きそうな画面がスキップ出来ないものか、と思案しているうちに、画面は切り替わっていた。そして、
「アバンギャルド•アース、起動!」
どこぞのロボットアニメの主人公の如く、対抗意識はなかったものの叫んだ。なんと、それで画面が開いた。マイクは何も答えていない。
これは、どんな仕様なのかはハッキリとしていないが、取り敢えずやれるならいい。
画面に、浮かび上がった会社名
《沢木コンポレーション株式会社》
@@6@@
俺はプレイヤー名を決めていた。
そのまま決定するとランダムで名前が選ばれるようにはなっているが、ベータテストだからと言って手を抜けば地雷だと言われて避けられる。そうなると、ソロプレイなんて、素晴らしくも何ともない孤独な者に、私はなりたくないと思うだろう。俺は、どう打つのか知らないが、
「キーボード」
その言葉を口にした。すると、名前の欄にキーボードと打ち込まれる。俺は慌てて、消去と言った。こうなるとは思ってもいなかったからだ。今度は、消去が名前になった。
これは不味い、と冷静になって、こう言い放った。
「ネクラマツイ」
どこのゲームにも使ってしまう、日常の名前を言った。
そして、
「決定」
の言葉を言うと、視界が暗転した。
@@7@@
「んーっ……」
温かな日差しが入り込む窓に据え付けられたベッドに寝転がっていた俺は上半身を起こして、背伸びをした。
腕を上にあげ、右腕を曲げて組んで伸びていると、ドアにノックする音があった。しかし、どうすればいいか分からなかったものだから、俺は返事をせずに待った。すると、返事もしていないのに、それは、木のドアが破れたかもしれないと思うほどの音を立てて、開く。
そこには赤毛の、耳が尖っている一人の三編み少女が佇み、こちらを見下すような半分だけ開かれた目でこちらを見ており、少々恐いと思った。
俺が黙っていると、
「ミッションなの。だから、ネクラマツイ……が名前か。妹設定だから、訊きたければ何でもいいわ。質問に答えてあげる」
訳がわからない。
俺は混乱する頭の中の何かを絞り出そうと、必死に頭を抱え込んだが、
「プレイ方法教えて」
能天気な、間抜けな声で少女に訊いた。すると、呆れたと声がして、少し間を置いてため息を吐くと重たい口を開いた。
生まれた言葉は、
「指、動かしてごらん。光物が飛んでいるだろうから」
そう言われると俺は辺りを見渡す。しかし、どこにも居ない。
あっ、と声を漏らした彼女は片手で顔の半分を被い、言った。
「まだ、この世界の住人に話してないのか……」
それは、第一モブと出会えということだった。俺はそんな遠回しな説明は初めてだ、と思いながらベッドから床に足を移して立ってみる。
身長は向こうの世界と、なんら変わりもなく、立ち眩みもぎこちなさもない。掲示板などの話によれば、伸長で間違った、との声が多かったらしい。つまり、この世界は自動的に向こうの世界の自分とリンクされているといえる。
俺は納得したような、してないような、もどかしい気持ちに揺られながら少女に向かって歩いてみた。
「ちょっと、大丈夫?」
壁に頭をぶつけて、そのまま頭を中心に額を擦り付けながら進んでいる。壁に沿いながら、操作の利かないキャラみたく動く俺は少女に蹴られた。
「いっ……」
泣き所を蹴られ、涙を浮かべてそこを押さえた。
少女は鼻息を、腕を組んでだし、やってやったと髪を揺らしている。
「演技、おつ」
「すんません……」
ゲームでよくある、電池がなくなったりすると操作不能になってどこかに歩き出しちゃう症候群だ。俺は、こうやって遊んで誰かに助けを求めたこともあった。VRじゃない普通のMMOで。
俺は妹という配役をプレイヤーが演じるなんて、今までのゲームじゃなかったことだ。だから、新鮮と感じれる。そんな気持ちがあっての、構ってちゃんなんだけど、華麗にスルーだね。
俺は彼女に訊いてみる。
「そう言えば、リアルの名前は?」
彼女はやや間を空けてて、
「リアルは無理だから、キャラ名で満足して……」
そんなとき、彼女はワナワナして身震いさせていた。
どうやら、これ以上は教えてくれそうにもない。何故なら、俺は彼女のスカートの上から股間を押しているからだ。まだ、生ではない分いいが、それでも女性は怒る。
「これは事故で、何の意図もなかった。本当だからやめよ、ね?」
「魔法は、もうじき試験があるから貰えるけど、それまでにレベル上げなきゃダメだから……」
彼女は拳を作って後ろに引いて構えると、次の瞬間、俺には何が起こったのか分からない痛みが腹を襲った。
「サンドバックになれ!」
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俺はあれから、母親と設定されたモブキャラと出会い、食事をした。そうしたことによって、俺の回りに、ポッ、と灯りが点く。
ホタルが俺の周りを回っているみたいで、少々迷惑だな、と感じたときに、妹という設定だった少女の頭に名前が表示される。それと同時に、俺は母親を見た。やはり、名前が表示されるようになった
俺がそんな事をしていると、頭に《KIRIA》という表示がある、妹が足を踏みつけて、痛めつけてくる。
「いてて……やめろよ!」
「うるさいわよ!早く森に行って、木の実を取ってきて。食べてからでいいから」
なんと、思わぬ方向から声がした。それはモブキャラで、ゲームならば話し掛けてくる事なんてないはずの母親からだ。大抵はイベントが前後にあったりするんだが、これはイベントじゃなさそうだ。つまり、行っても行かなくてもいいが、現実世界のような反応が返ってくる。
やっぱり、面白いゲームだ。
手応えを感じたのも束の間、妹が、
「これ、クエストだから」
俺はその声に慌てて、光に指を重ねて横に引くと、あふれでてくる様に、様々なデータが一様に走りだし、俺の脳へと電子音を響かせてデータの書き込みが始まった。
データの書き込みが完了すると、俺は呆然としていた事に気づき、我に返って目の前を見るとパネルのような表示枠があり、そこに洗剤が撒き散らされた様に白い文字で連ねられていた。
嫌に跳ねていて見にくいが、英語のため、そこまで深い疑問もない。
俺はその中から、《QUEST》と書かれたところに指を移動させて、人指し指でタッチ。タップした画面は新しく現れた画面の下に行き、新しい画面がその上に来た。その画面には青い丸の付いた《母のおつかい1》と書かれたクエストがあり、それをタッチすると、色褪せて紅茶色になった紙のような電子情報が更に重なる。
その情報は、この村からは遠くない森だとの説明つきで達成条件が書かれており、俺はその条件を見た。
「《ニラクミの森》って、どこだ?」
「マップが画面に書かれているでしょ?まさか、ゲーム初心者だったり……」
俺はその言葉に、石像が雨風を受けても動かない様に動かなくなった。きっと、テコでも動かせないだろう。
「いや、定石の変化は把握しないといけないから」
顔を機械仕掛けの人形のように、首だけで顔を起こして彼女を見ながら言った。彼女はそれを見ながら、うん、と引き気味に言った。
俺はそれのついでに、約束を取り付けた。