終
さて、いよいよこの日が来た。今日は遂に合格発表の日だ。別に、ここで緊張しても何も結果は変わらないと分かってはいるものの、やはり緊張してしまう。受験表と、その他いろいろの私物を持ち、家を出た。
受験の時もあれだけ緊張して、もう家に帰りたいと思ったこともあったな。けど今の僕の気持ちは正反対だった。今はむしろ早く結果が知りたくて、早く高校に行きたいと思っている。一週間前の僕とは大違いだな、なんて思いながら、電車に乗って30分ほど揺られた。
高校の最寄り駅で降り、少し歩くと高校に着いた。受付で受験表を見せると、奥の控室に通された。もう既に何人か座っていて、これから順次合否を伝えられるようだ。僕は席に座りひたすら祈り続けながらその時を待った。その時間の長いこと長いこと。息が止まりそうだ。もう何度目ともしれない祈りを捧げた時――
「受験番号1010の方。奥の部屋に来てください」
と受付の人が言った。ようやく、僕の番だ。僕は「ハイ」とだけ答え、荷物を持って奥の部屋に入って行った。
部屋には、50歳ぐらいの男の人がいた。柔和な笑みを浮かべて、僕に尋ねてきた。
「受験番号1010番の、星咲君だね?」
「そうです。」
僕はそれだけ答えた。すると、男の人は一枚の紙と共に、言った。
「合格おめでとう。君は4月からこの学校の生徒だ。いい学校生活を送ってくれたまえ。」
僕は紙を見ると、しっかり「合格」の文字を確認した。そのとたん、急に力が抜けた。受かった。良かった。本当に良かった。男の人に頭を下げると、一目散に学校を出た。校門を出ると、最寄り駅まで全力で走った。
駅に着くと、携帯を開いた。あいつらに報告しなくては。しかし、一通新着メールが来ていた。雨鳥からだ。メールには、こう書いてあった。
「高校、受かったよー! たぶん私が一番乗り!」
僕、桜空、降時に向けた一斉送信。ならば確かに、あいつが一番だろう。僕も同様に合格したとメールを打ち、送信した。送信完了と共に、降時からメールが来た。そこにはただ一言、
「合格した」
と書かれていた。あいつらしい、簡素なメールだ、と苦笑する。さて、残りは一人、桜空だけだ。僕はあいつからのメールを待った。1分後、待望のメールが届いた。桜空の結果は?
「この中では僕が最後だね。でも安心して、無事に受かったからさ。」
メールの内容はこうだった。つまり…
「全員受かったぞー!」
僕は最高の気持ちと共に、青く澄み渡った空に向けて、大声で叫んだ。
「これから香美町駅で会えないかい?」
あの後、桜空からこのようにメールが来た。宛先は僕のみ。断る理由もないから、すぐに承諾のメールを返した。電車で香美町駅まで戻り、そこで桜空と合流した。昼ご飯を一緒に食べ、駅ビル内をうろつき遊んでいると、2時を回っていた。
「そろそろ帰るか。」
「そうだね。いつまでも遊んでいては示しがつかないかな。」
改札を抜けホームに上がると、丁度通過電車が過ぎていくところだった。次の電車は15後だ。その前にまた1本通過電車がある。僕たちは話をしながら時間を潰すことにした。
「そういえばまだ俺の口からは言ってなかったな。桜空、合格おめでとう。」
「ありがとう。星咲もおめでとう。」
「まさか本当に受かるとはね。ここは流石桜空としか言いようがないな。」
「ふふ。僕も夢のようだよ。今までしっかりと勉強した甲斐があったみたいだ。」
「俺はろくに勉強してこなかったからな…。」
「でも受かったからよかったじゃないか。結果良ければ全てよし。だよ。」
「だな…。」
ここで僕らには沈黙が訪れた。二人で遠くを見て、何かを思い出しているようだ。僕はこの一年間を振り返っていたけど、桜空は何を思っているのだろうか。
沈黙を最初に破ったのは、桜空だった。
「結局、本当の幸せって何だろうな。」
「え? 今幸せじゃないのか?」
「うーん。確かに今僕はとっても幸せだけれども。そうではなくて、人の幸せって何だろうと思ってさ。君は一か月前に言っていたじゃないか。このまま皆と過ごした方が幸せだって。今はどう思っているのだい?」
「あー、そうゆうことか。僕は…。」
そういえば、僕は結局あの気持ちにはどう決着を着けたっけ。記憶を辿ると…。ああ、雨鳥が言っていたな。いつまでも変わらないものはないから、けじめをつける必要があるって。あの言葉が、僕の心を変えてくれた気がする。
「僕はそこまでの思いはもう残ってないよ。明日に向かって歩く時期だったようだ。」
「そうか…。」
どうしたのだろう。
「そっちは?」
「実は、結構悩んでいるのだよ。君の話を聞いて、最も影響を受けたのは、僕だったのかもしれないね…。」
「へぇ…。」
驚いた。あの勉強しないための口実のような言葉が、桜空に影響を与えていたなんて、思っても見なかった。桜空は何を考えていたのだろう。少し聞いてみることにした。
「何を悩んでいるの?」
桜空は苦笑しながらも、何を話そうか考えてくれているようだった。
「困るなあ、君には。そんな事を言われると、話したくなってしまうよ。」
「なら、話してみてよ。別に困りはしないだろう?」
「ふふ。それはわからないけどね。不思議だね、君になら話してもいい気がするよ。」
「ああ、ぜひ話してくれ。」
ここで、通過電車が来るとのアナウンスがあった。そろそろ僕たちが乗る電車も来るかな。
「一月の中旬頃か。君が図書館に来て、いつもの愚痴を吐いたね。」
「ああ、そうだったな。」
「あの時の君の幸福感には、僕も大いに共感できるところがあってね。哲学者になるものとして、ぜひ調べてみたくなったのだ。」
「幸福感についてか。この一か月? どうだったのよ。」
「僕はこの一か月、いろいろな文献を読みあさったよ。世の中の人の意見を知るために、嫌いなマスコミにも手を伸ばしてさ。」
「この受験期に? それはまた思い切ったことをしたな。」
そういえば、こいつは新聞とか読まないのに、この前持ってきていたな。なんだっけ。小学生の少年の話だっけ。忘れちまった。
「まあ、いろいろ読んでみて、一つの考えを出した。」
「何?」
「きっと当たり前のようなことの中に、幸せはある。けれど、現実のどこにもないのだよ。」
「んん? どうゆうことだ?」
「ふふ。少し難しく言ってみたよ。この事は星咲がよく考えてみるといい。僕からの挑戦状だよ。」
やばい。さっぱりわからんぞ。桜空は何を言っているのだろう。
「まあでも、この事に気付けた僕はとっても幸せなのかもね。」
この事ってなんだ。
「僕は今の四人で過ごした時間がとっても幸せだったよ。高校にいって離れ離れになるのは、やっぱり嫌だな。」
そういうと、桜空は立ち上がって、歩き出した。
ここで、通過電車が向こうに見えた。その次にやってくる普通電車に僕たちは乗る。
「ねえ、星咲。人はなぜ、幸福になるために不幸になり続けるのだろうね。僕は決めたよ。僕の幸福は四人で過ごすことだったんだ。だから僕は、幸福で居続けることにするよ。」
そこで桜空は言葉を区切ると、さらに線路のほうに近づき、なんとなく嫌な予感がした僕は、立ち上がって桜空のほうに近づいていった。ホームぎりぎりで立ち止まり、振り向くと、桜空は言った。
「これが僕の答えだ。」
それだけ言うと、もう一度線路に振り返り、凄いスピードでホームに入ってきた列車に――
正面から飛び込んだ。僕は桜空の「サヨナラ」というかすれ声と、直後に響いた警笛音を聞きながら、呆然と立ち尽くしていた。頭の中では、この一か月の間に桜空が言っていた言葉が思い出されていた。そして、その言葉の意味が少しずつ変わって行く。それと共に、僕の中の桜空の人柄も変わって行った。
今は四月中旬だ。僕は今、香美町駅に来ている。ホームに白い花束を置き、手を合わせる。祈りを捧げながら、心の中で桜空に話しかけた。
(お前は、本気であの四人で居たかったのか。まさか、時間を止めるって言葉が現実になるとはね。驚いたよ。他の言葉も、何か裏があったのか? まあ、お前に苦しみを背負わせて悩ませた僕が知る権利はないかもね。あんな相談をして、悪かったと思っている。ごめんな。けど、死んでほしくはなかったよ…。)
そこまで桜空に伝えると、あの日のように澄み渡った空を見上げた。できることなら、桜空も一緒に、またあの四人で見たかった。
「結局、あいつが気付いた人の幸福って、どこにあるのだろうな。」
呟いても、答える人は誰もいない。
「まあ、これからゆっくりと考えていくのが、僕の義務なのだろうな。」
そう言って、歩き出す。山から下りてきた暖かい風が、僕の横を通り抜けていった。




