第四話
貴族のパーティーで舌の肥えているユミルが絶賛するだけあって、ヤシロの作った料理はどれも繊細かつ大胆な味付けがされていた。
三人で食べるには明らかに多すぎる量だったのに、いつの間にかなくなっていて物足りなささえあったほどだ。ただし胃袋は正直でもう食べられない。
「今さらだけどユミルはここにいていいのか?」
口周りの食べかすを拭き取りながら、対面に座るユミルに質問を投げる。
招待されたヤシロの部屋は、なんと俺の隣だったらしい。「お前の部屋ってどこなんだ?」というヤシロの疑問を受けて合鍵を確認して初めてわかった。
「わたしがいたら問題でもあるの?」
「ここ男子寮だぞ。女子禁制じゃなかったのか?」
逆もまた然りだ。
僚艦に見つかったりしたら罰則ものである。
しかもスコット・レイドのお嬢様が男の檻に出入りしているなんて知れたら大騒ぎは避けられないだろう。
「問題ないわ。バレたって口封じすればいいだけだもの」
「安心していいぜアルク! もう何回も見つかってるからな」
どおりで寮内でも堂々としてるわけだ。
「ところで噂がどうのって言ってたけど、どんな噂なんだ?」
「世界最強の魔術師の弟子が入学してくるって噂よ。ミレア学院長の推薦をもらって転入してくるくらいだし、ほんとうのことなんでしょう?」
「ま、まあな」
「やっぱり!」
途端に目を輝かせたユミルはずいっと身を乗り出してくる。予期せずして近づいてきた彼女から女の子特有の甘い香りが漂ってきて、俺は驚きのあまり仰け反ってしまう。
「どうして今さら学院なんかに転入してきたのかしら。世界最強のところにいたら、学院で学ぶことなんで何もないでしょ?」
「あー……」
これは困った。
ユミルの言う通り師匠の傍にいれば、どんな教育機関に通うよりも、どんな大図書館で書物を読み漁るよりも魔術の知識が入ってくる。
彼らにしたら世界最強の弟子が学院に何をしに来たかはたしかに気になるところだろう。
だがミレアの頼みで禁呪の護衛に来たとは言えない。
どう答えたものだろう。
「あ、答えにくい事情があるなら構わないわ。わたしとしても無理やり聞き出すのは本意じゃないもの。それよりほかに聞きたいことがあるのよ」
「ほかに?」
聞き返した俺にユミルは「ええ」と頷く。
「――あなた、アルク=オル・エヴァンスなんでしょ?」
心臓が一段、いや二段は高く跳ね上がった。
不意の一撃にポーカーフェイスを装えている自信がない。全身から嫌な汗が噴き出し、テーブルの下で服に手汗を拭う。
「アルクなんて名前、そういるものじゃないわ」
「悪いが別人だ。俺はセメルベルク出身だからな」
ユミルが無言で疑わしげな視線を寄越してくる。
嘘は言っていない。師匠に拾われた俺は正式に彼女の養子として戸籍の登録をし直し、過去の経歴を捏造してもらっている。
たしか生後間もなくして捨てられていたところを師匠が拾ったことになっているはずだ。
「オル・エヴァンスっていうと十皇家の一つだろ? だけどそんな奴いたか?」
「ええ。ただし正確にはいた、と表現するのが正しいでしょうね。彼は八年前の本家襲撃の際に巻き込まれて亡くなっているもの」
「は?」
ユミルの口からこぼれた言葉に俺はぽかんとする。
「……ほんとうに別人みたいね。少し揺さぶればボロが出ると思ったのに」
俺の反応を見てユミルが一人で疑問を片付けてくれた。
勝手に勘違いしてくれて助かった。
だが、彼女はた聞き捨てならない言葉を口にしていた。
「本家襲撃って何のことだ?」
「オル・エヴァンスを恨むスラム街の連中が屋敷に火を放ったのよ。そのときに逃げ遅れて殺されたって聞いたわ。生きていたらわたしたちと同い年のはずだから、名前が一緒で同年代のあなたはもしかして――って思ったわけ。ごめんなさい、変なこと言っちゃって」
「いや……」
俺は頭を振って気にするなと伝える。
そんなことよりも、ユミルから聞かされた内容のほうが衝撃が大きかった。
まさか八年前のことを襲撃事件として処理していたとは思いもしなかった。
だが考えられないことではない。何よりも家名を大事にするオル・エヴァンスが、いくら『欠陥品』だったからとはいえ罪のない身内を殺したなどと露見してしまえば、これから先、同胞殺しとしての汚名がついて回ることになる。
それを回避するために襲撃があったなどとでっち上げたのだろう。
さすが過去の栄光と血筋に縋り続ける貴族だ。
「噂だと生きていたアルク=オル・エヴァンスがフィオナ・ランセルに拾われたって話だったけど、やっぱり宛にならないものね」
「期待に添えなくて悪かったな」
「そんなことないわ。フィオナ・ランセルの弟子だってだけで十分すぎるほどずごいもの。同じクラスになれるといいわね」
「だな」
適当に相槌を打って話題を終わらせる。
「さて、俺はそろそろお暇させてもらうよ。もう時間も時間だからな」
「なんだ? もう行っちまうのかよ。せっかくデザート作ったんだから食ってけ!」
「でかっ!?」
巨大なケーキがテーブルに置かれる。その重量ゆえかわずかにテーブルが沈んだように見えて、俺は今度こそ表情を崩して頬を引き攣らせた。
妙に静かだと思ったらこんなの作ってたのか。
「食後のデザートだ。おあがりよ!」
「あんだけ食ったあとに食えるか!?」
「ああん!? おれの作ったケーキが食えねぇってのか!? お嬢は食べてくれてるのに!」
「マジかよ!?」
言われてユミルを見れば、俺と同じくらい食べていたはずなのに巨大なケーキをどんどんを減らしていた。目元を蕩けさせ、ほんとうに美味しそうにしている。
「甘いものは別腹よ! あなたも食べなさい! ほんとうに美味しいんだからね!?」
口周りをクリームだらけにしてユミルはフォークを突きつけてくる。
素直になれないふうに言うタイミング間違ってるだろ。
「さあ食え! 食うまで帰さねぇぜ!」
「そうよ! 食べなさい!」
じりじりと迫ってくる二人。
おかしい。ケーキって強要されて食わされるものだっけ?
しかし俺の疑問は甘党の権化に取り憑かれたユミルとヤシロに通じるわけもない。
フォークを握らせられ、両側を陣取った二人に退路を断たれる。
このあと滅茶苦茶ケーキ食わされた。