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魔術学院の虚無使い  作者: 牡牛 ヤマメ
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第二十三話

 

 女の絶叫だけが地下書庫にこだまする。


「あ、ああ……み、見ないで、ください……!」


 女は体を震わせて後じさりする。その拍子に裾を踏んでしまったのか、よろめき、全身を覆い隠していた外套が取り払われた。


 紫色の後頭部で一つに結われた髪。顔立ちはとても綺麗で、おもわず見蕩れてしまいそうな愛嬌があった。身にまとう魔術学院の制服は胸元が控えめに押し上げられ、整った容姿をしていた。

 しかし左右で虹彩の違った瞳は、真紅に染め上げられている。


 シノーラ・ナナシキ。

 俺がグラスティアに帰ってきて、初めて友人になった少女がそこにはいた。


「ち、違うんです、アルクさん! わ、わたし……私は――」

「そういえば、貴様らは学院で友人同士の関係だと言っていたな?」


 シノーラの言葉を遮ってシュルグが割り込んでくる。

 その顔は愉悦に歪んでいて、明らかに俺たちを見て楽しんでいるようだった。


「薄情なものだよなシノーラ。奴はお前のことを忘れているようだぞ?」

「やめて……言、わないで……ッ」


 シノーラは顔面を蒼白にして怯えた様子で俺を見てくる。シズキに虐げられていたときでさえ表面上は平気そうにしていたのに、何がいったい彼女をそこまで恐怖させるのか。

 ただ事ではないのはたしかだろう。――そして、俺の過去も関係している。


「ククク……だったらさっさとそいつを殺せばいいだけの話だろう? 先ほどからその『欠陥品』を逃がそうと画策していたようだが、儂が気づかぬとでも思ったか?」

「あんたは口が臭いから黙ってろよ。吐き気がする」

「貴様ッ……!」


 カッと顔を真っ赤にしたシュルグは俺を凄まじい目つきで睨んでくる。視線だけで人を殺せそうとは、まさにこういった目のことをいうのだろう。親子揃って煽り耐性が低すぎて話にならない。


「シノーラ! 貴様の秘密を言われたくなければそいつを八つ裂きにして殺せッ!!」

「ぅぁ――、あああああああああッ!!」


 シノーラは錯乱して大鎌を振り回してくる。だがそこにさっきまでの繊細さは欠片ほどもなく、ただがむしゃらに振り回しているだけのようだった。

 俺は最小限の動きだけでやり過ごし、大鎌の刃を掴み取る。捻り上げ、魔導器を奪い取るとぐいっと体を引き寄せる。

 真紅の瞳と視線がぶつかり、シノーラはよりいっそう恐怖を助長させた。


「ア、ルク……さん」

「喋んなくていい。あんたの事情はわからねぇけど、すぐに終わらせてくる。だから大人しくしていてくれ」


 俺はそう言ってシノーラを後ろに回し、シュルグの正面に立つ。

 忌々しそうに牙を剥き出しにするシュルグ。よほど俺たち(、、、)が邪魔ならしい。


「次はあんたの番だ」

「シノーラ……貴様、よほどバラされたいようだな」


 瞳に怒りを灯したシュルグに睨まれ、背後で「ひっ」と短い悲鳴が走った。

 俺はシノーラを隠すようにシュルグの視線上に体を割り込ませる。


「自分が戦えないからって誰かを脅して動かそうとするのってどうなんだ? そんなのでオル・エヴァンスの頭首の座を狙ってるとか笑わせんじゃねぇぞ」

「ふん。なぜ儂が直接手を下す必要のない塵の相手をしなければならんのだ? これからは儂がオル・エヴァンスを動かしていくのだ。使いどころを与えてやっているのだから、むしろ感謝をすべきだろう?」

「はっ。あんたのとんでも理論には呆れるしかねぇよ」


 だからオル・エヴァンスは嫌いなんだ。

 どいつもこいつも考えが腐っていやがる。外見だけよければ内面など省みない。どれだけの犠牲を払った上で成り立っているのかを考えると吐き気さえ込み上げてくる。


「自身の記憶でさえ曖昧な『欠陥品』がふざけた口を。シノーラのことも覚えていないようだしな」

「……俺とシノーラがどう関係してるってんだ」


 俺の記憶が曖昧なのは、おそらくシノーラから聞いているのだろう。

 でなければ、こうも俺に対して憎たらしい顔などできるとは思えない。


「いいだろう。教えてやる。――それでシノーラと友人などと戯言を言えるのであれば、貴様を褒めてやろう」

「やめ、やめて……ください! 私はアルクさんと、まだ……!」

「黙っていろ。儂に口答えするつもりか?」


 今のシノーラは見ているだけで胸が引き裂かれるような痛みが込み上げてくる。

 俺は左手でぎゅっと彼女の手を握り、大丈夫だと一度だけ頷いてみせる。シノーラにどんな秘密があろうが、並大抵のことでは動じない精神を師匠のもとで鍛えられたのだ。秘密の一つや二つで騒いでなどいられない。


「その女はな、第一級危険種――『吸血鬼』の混血種(ハーフ)なのだよ」

「……ッ、」


 シュルグがそう語った瞬間、俺の手からシノーラの手が滑り落ちた。慌てて振り返れば彼女の瞳は空虚に堕とされ、何色も写していなかった。


「クハハハハハ! 驚いたか!? 貴様は騙されていたのだよ。自らを普通の人間として貴様に近づき、情報を探るように儂が命令していたのだからなッ!! こればかりは役に立ってくれたぞ。実に有益な情報をもたらしてくれた。そして一つだけ言っておくぞ? 貴様が抱いている友好の感情は、シノーラが吸血鬼であるがゆえだッ!! 吸血鬼に魅了され、そう感じていたにすぎん。そんなものは偽物の感情なのだッ!!」

「…………」

「どうやら声も出せんようだな? 吸血鬼には男を虜にする魅了の力がある。貴様がシノーラを友人だと思っていたのは、ただ魅了の陥れられ、そう感じるように感情を支配されていただけなのだ」


 第一級危険種――吸血鬼。


 妖魔がまだ存在していた時代、もっとも早く亜人として分類を遂げたのが吸血鬼だと言われている。妖魔の力と人間の知性を同時に宿し、魔獣に与することもなければ、人間と共存しようともしなかった。吸血鬼という一つの種族として完全に独立し、初代十皇家の全員が世界からいなくなった途端にその猛威を振るい始めたのだ。


 吸血鬼は恐ろしい力を持っていた。妖魔としての力もそうだが、もっとも恐ろしかったのは凄まじい治癒力と、何より絶対に殺されることのない不老不死の存在だったのだ。

 当時はまだ妖魔との戦争が激しかったが、吸血鬼の登場により徐々に妖魔はその数を減らしていった。

 吸血鬼は最初、人間と協力して妖魔を狩っていたのである。永遠の生命と傷のつかない肉体。そのおかげで人間の生活は確実に穏やかなものへとなっていった。


 だが、ほどなくして吸血鬼は本性を表した。人間に協力していたのは自分たちにとって邪魔な妖魔を根絶させ、餌である人間を確保するためだったのだ。


 一転して地獄へと変わった世界。

 そこに現れたのが、十皇家の二代目だった。


 初代の血を色濃く受け継いでいた二代目と吸血鬼の戦争はおよそ一五年にも及んだ。不老不死の吸血鬼に対抗する術式を生み出し、戦闘に使えるようになるまで一〇年の歳月がかかった。その術式は誰にでも扱えるものであり、数の差で圧倒的に上回る人類はゆっくりと――しかし着実に吸血鬼を減らしていった。

 こうして術式完成の五年後に人間は勝利し、そのころには多くの亜人が生まれていた。亜人が生まれた大きな原因は、吸血鬼にあったとも言われている。


 だが、吸血鬼は絶滅するには至らなかった。

 十皇家二代目の術式により陽の光を浴びることができなくなった吸血鬼は表舞台から姿は消したが、実際は何人か生き残っていたのだ。


 ときおり時代の狭間に現れては人類に大きな災いをもたらす吸血鬼。

 いつしか吸血鬼はもっとも危険とされる第一級危険種に認定され、時代によっては魔女狩りと称して吸血鬼狩りが行わていたそうだ。今でこそ落ち着きを見せているが、吸血鬼だと露見すれば問答無用で襲われるのは変わっていない。


 そんな吸血鬼が――シノーラだというのか。


「なんだ――そんな程度のことか」

「何?」


 シュルグは俺の反応が意外だとでも言うように眉をしかめた。

 俺にとってはそれこそが不思議で仕方がない。


「シノーラが吸血鬼だからってなんだってんだ。そんな些細なこと(、、、、、)俺がいちいち気にするとでも思ってるのか?」

「その感情も吸血鬼の魅了によって生み出された紛い物にすぎん。哀れなものだ。そんなものに取り憑かれている自分が正気だと思っているのだからな」


 俺はちらりとシノーラを見る。

 すると顔を上げた彼女と目が合った。


「ちが、違い……ます。わ、私は、そんなこと……」

「だから心配すんなって」


 俺はなるべく安心させられるよう穏やかな口調で言い、シノーラの頭を左手で撫でる。


「悪いが俺はそんなふうには思わねぇよ。たとえあんたの言うとおり俺の感情がシノーラに魅了されて抱かされた偽物の感情としても、それを大切にしたいと思う気持ちだけは否定させねぇ」


 それより――と俺はシュルグに問う。


「俺とシノーラはどういう関係だったんだよ。そもそもシノーラが吸血鬼の混血種(、、、)ってのはどういうことだ?」


 第一級危険種に認定される吸血鬼だが、その混血種がいるなどという話は聞いたことがなかった。そもそも亜人との混血種はほとんど確認されていない。誕生にかなりの危険が伴うためだ。


 もともと妖魔だった亜人と人間は極端に相性が悪く、その両者の間に子供が生まれることは皆無と言って差し支えない。受精するのにも出産するのにも母体に多大な負担を強いることになり、高確率で死亡してしまうのだ。


 しかも妖魔に近い吸血鬼との混血種など奇跡のような存在だ。

 シュルグの言葉は真実ならば、シノーラはまさにその奇跡の存在だと言える。

 この地下書庫に入れるということは、おそらくシノーラは吸血鬼とオル・エヴァンスの人間の混血種だ。


「あのオル・エヴァンスの誰が、吸血鬼を受け入れたっていうんだ? シノーラが吸血鬼の混血種ってバレて困るのはそっちも同じだぜ?」

「それは本家のくだらない考えだろう。儂はそうは思わん。むしろ亜人の強力な力を取り込むことでさらなる発展を目指すべきだ」


 しかしシュルグは動揺の一つも見せずに淡々と言う。


「吸血鬼は最初の実験体だった。第一級危険種の吸血鬼とオル・エヴァンスとの混血種。さぞかし強力な個体が生まれると思っていたが――期待はずれにもほどがあった」

「どういう意味だ」

「わからんか? 貴様と同じだ。吸血鬼の治癒力は中途半端、魔力もオル・エヴァンスであれば当たり前程度の量しか持っていなかった。これを出来損ないと呼んで何が悪い?」

「悪いに決まってんだろうがッ!!」


 気づけば俺はシュルグに肉迫し、拳撃を顔面に向けて振り抜いていた。

 シュルグはわずかに身を引いて一撃を躱すと、仕返しとばかりに蹴りを繰り出してくる。だがシノーラの大鎌に比べたら止まって見える速度だ。右腕で受け止め、ちょうど目の前にあった奴の鳩尾に拳を突き刺した。

 痛みに呻いたシュルグはたたらを踏んで後退する。


「てめぇの勝手でシノーラの人生を弄んでんじゃねぇぞッ!! オル・エヴァンスなんてどいつもこいつもこんなんばっかじゃねぇか。勝手に期待して、いざ蓋を開けて期待通りじゃなかったら切り捨てる。ふざけんじゃねぇよ。――俺たちは(、、、、)てめぇらの道具じゃねぇんだよッ!!」

「現実から目を背け、逃げた貴様が世迷言をほざくなッ!!」


 シュルグの全身から魔力が雷となって迸る。

 体内に秘められた魔力は、得意系統に変換されるときがある。魔術師として優秀な人間によく見られる現象だ。

 この男の性根は腐っているとしか言いようがないが、オル・エヴァンスの血は濃く継いでいる。魔術師とだけ見るのなら、シュルグは脅威を呼べるだけの実力を備えている。


「貴様が記憶を失ったのは、失ったのではなく過去から逃げるためなのだろう? 家を追放され姉に見放された。貴様が並べているのは過去から目を背けるための言いわけなのだ」

「ふざけんじゃねぇッ!!」


 俺が過去から逃げている? そのために記憶を失った?

 それこそ戯言だ。あんな家に何を思う必要があるというのだ。


「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよシュルグ。さっさと決着をつけるぞッ!!」



次回から一日一回更新となります。

2015/08/13

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