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魔術学院の虚無使い  作者: 牡牛 ヤマメ
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第十七話

 

 グラスティアの街はほかと比べてもかなり活気があるほうだろう。治安もよく、行き交う人々には笑顔が溢れている。子供たちは元気にはしゃぎ回り、心落ち着く穏やかな雰囲気に包まれていた。

 オル・エヴァンスの内部事情を知っている俺にしたら腐っているとしか言えないが、住民からしたら治安を保ち、街を潤してくれる名家として通っている。さすが家柄と外面だけを大切にする貴族だ。偽装だけは完璧である。


 グラスティアには三つの区画がある。

 一つ目が商業区。行商人や街に住んでいる人々が出店し、大層な賑わいを見せている。行商人が多くいるだけあって、グラスティアにいるだけでは絶対に手に入らない各地の名産品や書物が手に入る。


 二つ目が学院区。読んで文字の通り、魔術学院や教会などの施設が密集した区画だ。ここにはたくさんの学生が寮に住んでいる。


 そして三つ目がギルド区だ。

 ギルドとは国や個人から発注される依頼を管理し、国家指定魔術師に届けたり冒険者と呼ばれる人間に渡す施設のことだ。基本的に誰でも立ち入ることができるが、やはり危険な仕事も含まれているので、自然と集まるのは腕に自信のある猛者だけとなってくる。すると柄の悪い人間もなかにはいるため、やはりほかの区画と違ってやや治安が悪くなるかもしれない。


 俺も国家指定魔術師の資格を持っているので依頼をギルド側から頼まれることもあるだろう。もっともギルド側からの依頼はかなりの危険を伴うと言っても同義なので、俺みたいな新米には縁のない話だ。


「さあさあ行きますよアルクさん! 私が街を案内してあげます!」

「…………」


 俺はシノーラに手を引かれながら商業区を回る。しかもはぐれないようになのか、手を繋いでという形でだ。さっきから住民の微笑ましげな視線が痛い。

 頼むシノーラ。あんたのバカみたいなはしゃぎっぷりのせいで注目されてるんだ。

 しかし俺の願い虚しく、シノーラはまったく気がついた様子はない。


「どうしたんですかアルクさん。もっと元気に行きましょうよ!」

「人ごみって苦手なんだよ。つうかユミルたちとはぐれてんだけど?」


 言いだしっぺのユミルを早くも見失ってしまっていた。


「大丈夫なんじゃないですか? ヤシロさんだって一緒にいますし。……そ、それとも私と二人っきりじゃ嫌なんですか?」

「そんなことねぇけどさ。ほっといてあとでなんか言われねぇかって思っただけだ」


 ユミルのことだ。俺たちだけで街を回ってたりしたらどんな文句をちょうだいされるかわかったものではない。彼女はやや理不尽なところがあるので、そこだけが心配なのだ。

 だからちょっと悲しそうな顔するな。俺がいじめてるみたいだろう。


「というかですねアルクさん。私に何か言うこととかありませんか?」


 くるりとターンを決め、あざとい上目遣いで俺を見上げてくるシノーラ。

 ロングスカートが動きに合わせてふわりと広がり、彼女の生足が視界に飛び込んできた。

 今のシノーラは制服ではなく私服姿だった。肩まで袖の切り取られた落ち着いた色合いの上着に足首までもあるスカート。特に目立った特徴のある服装ではないが、しかしそれがシノーラによく似合っていた。


「ほらほら、普段は見れない同級生の美少女の私服ですよ? ……至福じゃないですか?」

「ぼそっと何言ってんだよ」

「あははははは!」

「しかも大爆笑!? あんたのセンスはよくわかんねぇな」


 けれどまあ、シノーラの私服姿にドキッとさせられたのは事実だ。性格を知っていなかったら絶対に見蕩れていただろう。顔立ちは整っているし人を惹きつける魅力はあるが、かといって近づきにくいという雰囲気はない。

 ぽわぽわとしていて、話しかけたら気さくに返事をしてくれそうな感じだ。俺も初対面のときはそんなふうに思ったものだ。話しかけた瞬間に幻想なのだと突きつけられたけど。


「いいから早く案内してくれよ。ユミルたちも探さなきゃなんねぇんだからさ」

「だから大丈夫ですってば。もうアルクさんったら心配症なんですから」

「違ぇよ。そういうんじゃねぇから」


 俺が心配しているのはあとで理不尽に怒られないかどうかだけだ。

 ユミルの身などこれっぽっちも心配していない。


「それで感想はどうなんですかぁ? あ、もしかして私に見蕩れすぎて言葉が出てこないとかですか? やだもうアルクさんったら。そうならそうと言ってくださいよぉ♪」

「その冗談はつまんなすぎるぞ」

「またまたぁ。わかってますわかってます。アルクさんは超絶美少女シノーラちゃんと一緒にいられるのが嬉しいんですよね? 私のジト目がそう告げてます」

「あんたは自分の目と意思疎通できんのか。そりゃすげぇな」

「はい? できるわけないじゃないですか。おバカさんなんですか?」

「テメェ……」


 俺は頬を引き攣らせて握り拳を震わせる。

 そんなこと言われるまでもなくわかってるわ。可哀想な人を見る目でこっち見てんじゃねぇよ。ジト目が余計に苛立ちを煽ってくるんだよ。

 嘆息して俺は怒りを沈める。


「似合ってる似合ってる。ロングスカートとか肩出しの服とか俺の好みで――ん? ちょっといいか?」

「え?」


 シノーラの承諾も得ないまま彼女の腕を掴むと、顔を寄せて観察する。


「……やっぱり」

「い、いきなりどうしたんですか!? ちょ、ちょっと、恥ずかしいのでやめてくださいよ!」


 シノーラは腕を振り回して俺から離れると喉を鳴らして威嚇してくる。

 こいつは何を恥ずかしがってるんだろうか。言いたいことは山ほどあるが、ひとまず脇に置いておくことにする。


「あんたの怪我、もう治ってるじゃねぇか」

「――ッ。そ、それがどうかしたんですか?」


 あからさまに緊張を走らせたシノーラ。どうもこうもない。シズキから負わせられた怪我は治癒魔術を使ったとしても一日や二日で治るほど軽くはなかった。朝だってまだ痛みに辛そうにしていたのに、昼を過ぎた現在ではすっかり完治している。


「……いや、なんでもない。悪かったな急に」


 ――が、それが悪いことではないのは一目瞭然だ。


 治癒魔術だろうがなんだろうが、あれだけの大怪我が短期間で治ったのだから素直に喜ぶべきだろう。そこに疑問の余地を挟む必要はないはずだ。――なのに、どうしてか俺は妙な引っ掛かりを覚えていた。


 いや、そもそもだ。

 出会いからずっと(、、、、、、、、)俺はシノーラに対して(、、、、、、、、、、)何かしらの引っ掛かり(、、、、、、、、、、)を感じている(、、、、、、)

 けれどその正体はわからない。もしかしたら過去に――俺がまだアルク=オル・エヴァンスだったころに縁があるもかもしれない。だとすればこの違和感にも納得がいく。


 何せ俺は、師匠に拾われる以前の(、、、、、、、、、、)記憶を断片的にしか(、、、、、、、、、)覚えていないのだ(、、、、、、、、)

 面倒を見てくれたレヴィたちはショックによる記憶障害と診断していた。ヒビキやヒズキのことほとんど覚えている。わからないのは、それ以外のことだ。

 シズキのことだって、あいつの顔と言動で思い出せただけにすぎない。


「なあシノーラ」


 それゆえか、俺の口は無意識にそう言葉を紡いでいた。


「――俺たちって、どこかで会ったことがあったか?」


 言ってからハッとする。

 何を口走ってんだよ俺は。


「わ、悪い。今のは気にしないで……」

「ありませんよ」


 シノーラが淡々と言う。


「私とアルクさんは学院で初めて会ったんです。違いますか?」

「そ、そう――だな」


 なんだろう。この言い知れない威圧感は。

 とてもシノーラが発しているとは思えない圧力に、ほとんど強制的に頷かされていた。


 

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