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魔術学院の虚無使い  作者: 牡牛 ヤマメ
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第十六話

 

 昔は俺にも人並みの夢があった。

 まだ魔術師への憧れを抱いていたころ。まだ魔術師となれると信じていたころの話だ。


『アルくんの将来の夢ってなんですか?』


 幼い少女が問いかけてくる。


『そんなの決まってだろ。一流の魔術師になって、姉さんやヒビキと一緒に世界中を旅して回ることだよ』

『世界中を?』

『おう。姉さんやヒビキたちと一緒にさ、いろんなところを見て回りたいんだ』


 少女の問いに自慢げに答えたのは、同じく小さな少年だった。

 黒髪に緋色の瞳。子供のくせに眦は鋭く尖っていて、将来はある意味で有望そうな容姿をしていた。確実に目つき悪いと言われる容姿である。

 子供のころの俺だ。


 これはきっと眠っている俺が見ている夢の光景なのだろう。そのわりにはやけに意識がはっきりとしているが、考えても意味のないことだろう。どうせ起きたら忘れているのだから、夢のなかでくらい何も思考しないでいたい。


『すごいですねぇ』

『だろ? それでシィちゃんはどんな夢があるんだ?』

『ふっふっふ。聞いちゃいます? 聞いちゃうんですかぁ?』

『やっぱりいいや』

『なんでですか!』

『いってえええええええぇぇぇっ!!』


 幼きころの俺が目潰しをもろに喰らって絶叫していた。

 なんだろうこのデジャヴ。昔の俺もこんなふうに目潰ししてくる相手がいたのか。


『な、何すんだ! いてぇだろうがッ!!』

『アルくんが私の話を聞かないのが悪いんです! ちゃんと聞いてくください!』


 ぷんすかと怒りをわかりやすく表す少女。

 だったらもったいぶった言い方するなよ。


『だったらもったいぶった言い方するなよ!』


 二人の俺が見事にシンクロしていた。どれだけ月日が経っても俺が俺であることには変わりはないようだった。


『……じゃあシィちゃんの夢ってなんなんだ? 俺、すごい聞きたいなぁ』


 少年アルクの目が完全に死んでいた。

 そりゃ目潰しされたあとだったら気分が落ち込みもするだろう。今の俺だったら絶対に聞いてやらない自信があるだけに、昔の俺のほうが少しは優しさがある。


『よくぞ聞いてくれました。私の将来の夢はですね――素敵なお嫁さんになることです!』


 そのとき少年の眉がぴくりと反応した。


『誰のお嫁さんになるんだ?』

『え?』


 少女がぱちくりと目を瞬かせる。


『だから、誰のお嫁さんになるんだって聞いてるんだよ』

『あ、あー……あはは、そうですよね。私のことなんかお嫁さんにしてくれる人なんて、たぶんいませんよね。――だから、私の夢は叶わないと思います』


 そう言って悲しげに笑った少女の横顔が、どことなく彼女に似ていて胸が締め付けられるような感覚に陥った。夢のなかだというのに妙な苦しさがある。

 幼い俺も同じような表情をしているだろうと思っていたのだが、意外にもむすっとした顔で少女を見据えていた。


『なんで誰もいないなんて思うんだ?』

『……だって私――』

『あんたが何であろうと俺には関係ねぇよ』


 少女の言葉を少年はちぎる。


『お嫁さんが夢だっていうなら、わけのわかんねぇ奴を相手に選んだりするなよ。あんたの傍には俺がいるだろ』

『え……や、やだなぁ。私のことからかわないでくださいよ。それじゃアルくんに迷惑がかかっちゃいますよ? それでもいいんですかぁ?』

『いいに決まってんだろ』


 少年は少女の手を握ると、真紅の双眸をじっと見つめる。

 すると少女は頬を赤らめ、不自然に視線をさ迷わせ始めた。


『あ、アルくんはよくても周りの人は認めないんじゃないですか……?』

『そんなの関係ねぇよ。俺は、その……シィちゃんがいいんだから』


 少年アルクの大胆な告白に俺のほうが恥ずかしくなってくる。

 しかし少女には効果抜群だったらしい。驚いたように目を見張ると、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。


『なっ!? な、なんで泣くんだよ。そんなに嫌だったのか?』

『ううん。違うんです。嬉し、くて……泣きたくないのに、涙が……』


 少女は涙を拭うが、一向に止まる気配はない。

 幼き俺はおろおろとしながら少女の頭を撫でる。


『じゃあ私、将来はアルくんのお嫁さんになりますね』

『……お、おう』


 おうじゃねぇよ。お前は俺を悶え死にさせるつもりか。

 夢ならさっさと覚めてくれ。恥ずかしすぎる。お前誰だよ。俺じゃねぇだろ。


『あ、そうだ――これやるよ』


 少年はそう言ってポケットから髪飾りを少女に渡す。


『俺とシィちゃんの婚約の証。絶対になくすなよ?』

『私とアルくんの……。つ、つけてください! 私につけてください! 婚約の証をっ!!』


 急に興奮ぎみに詰め寄ってきた少女に昔の俺が頬を引き攣らせる。これは今の俺でもちょっと引いてしまうかもしれない。

 その後、二人は楽しそうな時間を過ごしていた。


 きっとこれは俺の過去なのだろう。

 ――けれど俺には、このときの記憶はない。


          ◆


 ……俺の上着だけを羽織っただけのシノーラが、俺の左腕を枕にして眠っていた。


 日はすっかり昇っている。いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 それはまずいい。だけどなんだこの状況は。事情の知らない人間が見たら完全に事後である。言い訳の余地なしだ。

 しかし言わせてもらえるのなら俺たちにそんな行為はいっさいなかった。たとえ下着しか着てなくて剥き出しになった生足が俺の胴体に絡みついていても、わずかに視線を下げた先にシノーラの胸の谷間が見えていたとしても、俺たちの間には何もなかったのだ。


「アルクさん、そんなに私の胸がいいんですかぁ?」

「なっ!? し、シノーラ!?」

「おはようございます。朝からえっちですねぇ」


 口元にいやらしい笑みを貼り付けたシノーラが、からかうような口調で言ってくる。

 こ、こいつ起きてたのか。


「おやおや? 私の太ももに固いナニが……」

「どっせい!」


 俺はシノーラを強引に引き剥がしてベッドに転がす。「きゃっ♪」と楽しそうな声を上げた彼女から素早く離れると、床に散らばっていた服を投げつけた。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないですかぁ。男性なら普通なんでしょう?」

「う、うるせぇよ痴女め」

「誰が痴女ですか!?」

「それはもう喰らわん!」


 このパターンは何度も経験しているのだ。


 俺はベッドから降りて目潰しをしようと指を突き出したシノーラから逃げる。

 シノーラはかすりすらしなかったことに舌打ちすると、再度目潰しを試みようとじりじりと距離を測り始めた。俺もやられまいとシノーラとの間合いを見切る。一進一退の状況が続くが、ほどなくして攻防は終了する。


「朝から疲れた……」

「アルクさんが黙って目潰しされてたら疲れませんでした」

「そしたらもっと大変なことになってただろうが」


 なんでこいつは事あるごとに俺の目を潰そうとしてくるのやら。

 俺は嘆息して椅子に座る。


「もう大丈夫そうだな」

「……はい。昨日はありがとうございました」


 ベッドの上で姿勢を正したシノーラは律儀に頭を下げてくる。ほのかに頬が赤らんでいるのは昨日のことを思い出したからだろう。

「気にすんな」と手を振れば、ふとドアの外で誰かが騒いでいるのが聞こえてきた。なんだと思う暇もなくそれは大きくなり、物凄い勢いでドアが蹴破られた。


「もう起きてるんでしょアルク! 昨日のことを説明しな、さ……い……?」


 怒り心頭とばかりに部屋に飛び込んできたのはユミルだった。後ろにはヤシロも控えており、彼女ほどではないが不機嫌そうだ。

 しかしユミルはどうしてか言葉を切れ切れにさせ、俺たちを見て固まってしまった。やがて顔を真っ赤にさせるとそそくさと部屋から出る。


「ご、ごめんなさい。邪魔しちゃったかしら……?」

「お嬢、そこは何も言わずに出ていこうぜ」

「変な勘違いしてんじゃねぇよ」


 しかも変な気遣いまでしやがって。

 俺は二人に昨日シノーラと話し合ったことを説明する。


「そういうことだったのね。驚かせないでよ!」

「…………」


 勝手に部屋に入ってきて勘違いしたのにどうして俺が怒られているのだろう。ドアも金具が壊れて閉まらなくなってるし。これ俺が直さないといけないんだろうなぁ。


「――じゃなくて! その腕と脚はいったいなんなのよ! しかも魔術が使えないってどういうこと!?」

「そのままだ。俺は生まれつき魔術が使えないから、魔導器で魔術を発動させてるんだよ。腕と脚に魔導器を移植してるのは怪我したからだ」


 俺は嘘偽りなく言う。

 魔術は生まれつき使えないし、腕と脚はオル・エヴァンスを追い出されたあの日に失っている。理由さえ話さなければありふれた話だ。


「がっかりしたか?」

「見損なわないで。魔術が使えない程度で相手を評価したりしないわ。わたしが聞きたかったのは、その魔導器があのレヴィアウォート=ヴァレン・タイン製だってことと、どうやって動かしてるのかってことよ」

「ああ、そういうこと」


 セメルベルクならともかく、普通だったら魔術が使えないとわかった時点で良くも悪くも態度を変えるものだ。けれどシノーラもユミルもヤシロも、魔術が使えないことを『その程度』と言って切り捨ててくれる。

 俺は友人に恵まれているなとしみじみと思う。


「レヴィさんとは師匠経由で知り合ったんだよ。それで魔導器を作ってもらったんだ」

「さすが世界最強の弟子ね。人脈も驚きだわ。……そういえば制作No.3『魔導器人』って言ってたけど、それは?」

「ただのナンバリングだが?」


 レヴィは自分の作った魔導器には必ず名前とナンバリングをつける。今でこそ魔導器の名工と名高いレヴィだが、俺が作ってもらった当時はまだ無名。すでに頭角は顕していたものの、まだ荒削りな部分が多かった。

 それを補うため師匠が魔導器制作を手伝い完成したのが、義手義足型の魔導器である。レヴィが納得する魔導器はそれで三つ目。そして人間に魔導器を移植したことから、俺を作品として『魔導器人』と呼ぶようになったのだ。たぶん今は軽く一〇〇を超える作品が世に出回っているはずだ。


「……どうやって動かしてるの?」


 理解不能だわと呟いてユミルはぺたぺたと腕を触る。


「俺は魔術が使えなくても魔力がないわけじゃない。魔術にすることはできなくとも、魔力を放出させることはできる。ここまで言えばわかるか?」

「あなたの魔力を魔導器に流して、本物の手足のように動かしてるってことかしら?」

「ご名答。その通りだ」


 通常の魔導器は魔力を流すことでセットされているカードリッジの魔術を発動させるだけなのだが、俺の場合は手足として動かすために手術で神経も繋いでいる。だから痛覚や触覚もあることにはある。普段はこれをオンにして、戦闘などを行うときはオフに切り替えができるようになっている。

 痛覚をそのままにしてたら、カードリッジを射出するときに腕のなかを掻き回されるのと同じだけの痛みを感じてしまうためだ。今でこそ改良を加えて痛覚のオンオフの切り替えができるようになっているけれど、試作段階ではどれだけひどい目に遭ったことか。


「えいっ!」

「……何やってるんだ?」


 ユミルが俺の腕を殴って自滅していた。


「い、痛くないのかしら? わたしはすごく痛いわ」

「痛覚をオンにしててもちょっとした衝撃じゃ何も感じないんだよ」


 カードリッジ射出は外殻ではなく内側のためモロに神経を刺激していく。だから激痛が走るであって、ユミルに叩かれた程度では蚊に刺されたくらいにしか感じない。


「おいテメェ! お嬢に何してんだ!」

「俺のせいじゃねぇだろ!?」


 こんなので怒鳴られるとか理不尽すぎるだろう。

 しばらくこんなやりとりをしていると、シノーラがくすくすと笑いだした。


「ふふ、ふふふ……み、みなさん、変ですね」

『あんたに言われたくない』

「なんでですか!?」


 総ツッコミにシノーラがびっくりしていた。ユミルとヤシロにひとくくりにされて変人扱いされるのも嫌だが、こいつにだけは変だと言われたくない。俺は彼女ほどの変人は見たことがない。


「アルクさん、ねえねえアルクさん。アルクさーん♪」

「……なんだよ気持ち悪いな」


 隣に移動してきたシノーラが、ちょんちょんと俺の脇腹をつっつきながら猫なで声で名前を呼んでくる。超笑顔である。


「あなたたち、もしかして付き合ってるの?」

「は?」


 ユミルの発言に俺は疑問符を大量に浮かべた。付き合っている? 俺とシノーラが?

 こう言っちゃ悪いが、もしもそう見えるのならユミルの目は間違いなく腐っている。言ったらヤシロに絡まれるから言わないけど。


「見てて胸焼けしてくるもの。あなたたちイチャイチャしすぎよ」

「してるつもりはねぇよ。シノーラからも……」


 言ってやれ――と顔を横に振って、俺は途中で言葉を失った。

 さっきまで騒がしかったシノーラが顔を真っ赤にして俯き、肩をすくめて縮こまっていたのだ。しかも頭から湯気が出てる幻覚までもが見える。


 ど、どうしたんだこいつ?


「おいシノーラ?」

「ひゃい! な、ななななんですか!?」

「あんたがなんですかだよ。もしかして怪我が痛むのか?」


 いくら治癒魔術で怪我を治したといっても、まだ昨日の出来事なのだ。治癒魔術は便利だが万能ではない。完治させるには、治療させたあともしばらくは大人しくしていなければならない。

 すっかり元気になっていたから忘れていたが、シノーラは自分のことを絶対に他人に見せない性格だ。もしかしたら俺たちに合わせて無理をしているのかもしれない。


「え? いえいえ、怪我は大丈夫ですよ?」

「あれ?」


 どうやらそんなことはなかったようだった。


「ふうん。……なるほどね」

「な、なんですかユミルさん。何がなるほどなんですか……?」


 何かを納得したように何度も頷くユミルに、シノーラがやや怯えた様子を見せた。

 しかしユミルはシノーラではなく、俺に話を振ってくる。


「アルクってグラスティアの街はもう見て回ったのかしら?」

「いや、こっちに着いてすぐ学院に来たからまだだ」


 ちらっと見た感じでは少しは変わっていたけれど、俺がいたころとほとんど目立った変化はなかった。なので今さら改めて街を回る必要性も感じないし、何より街中でオル・エヴァンスの人間と遭遇したりでもしたらそれこそ面倒だ。

 だから学院に来るときも人通りの少ない道を選んだ。その際に柄の悪い連中に絡まれたりしたが、丁寧な話し合い(、、、、、、、)の上で退いてもらった次第である。


「じゃあ決まりね!」


 パン、と両手を叩いてユミルは立ち上がる。


「せっかくだからアルクにグラスティアの街を案内してあげましょう。シノーラさんもそれでいいわよね?」

「お嬢、シノーラは怪我人なんだから、案内だったらおれたちだけでいだっ!? お嬢!?」

「あなたは黙ってなさい」


 ユミルの正拳突きを喰らったヤシロは、しゅんと小さくなってしまった。魔術を使わずに岩を砕いたり投げたりする肉体に効いたとは思えないから、主人に怒鳴られて萎縮してしまったというところだろう。


「ねえシノーラさん、辛いならまた今度にするけど――どう?」

「い、行きます! ぜひ!」


 食いぎみに身を乗り出したシノーラ。ユミルは満足げに頷くと、意味ありげな視線を俺に寄越しながら耳打ちしてくる。そのときに彼女の髪がふわりと舞い、ほのかな甘い香りが鼻腔を撫でた。


「うまくやりなさいよ?」

「は? 何をだよ?」


 何のことかわからず聞き返すも、すでにユミルは俺から離れてシノーラと話していた。

 ユミルの奴、いきなり街の案内とか言い出すし、こりゃ何か企んでるな。

 そんな俺の不安は、しっかりと的中することとなる。


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