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魔術学院の虚無使い  作者: 牡牛 ヤマメ
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第十三話

 

「……さて」


 俺は呟いて立ち上がると体の調子を確認する。右腕を前にして防いだおかげでところどころに火傷はあるが、どれも動きに支障のない程度だ。それに制限が解除されたのだ(、、、、、、、、、、)。腕や足が吹っ飛ばされたりしなければ問題はない。


「貴様はいったい何者だ!? その腕、人間のものではあるまい!?」

「心配するなよ。これはただの魔導器だ。あんたのよく知ってるものだ」

「魔導器だと?」


 シズキは俺の右腕に視線を傾けた。


 シルバーフレームの腕。形は完全に人間の腕と同じで関節なども可動域としてしっかりと設計されている。しかし内部構造はまったく異なっている。

 まず腕の内側には蓋があり、そこを開けると回転式弾倉(シリンダー)が仕込まれている。全部で六発分のカードリッジが装填済みだ。空になったカードリッジは、発動と同時に肘の排出口から押し出される構造になっている。


「ククク……」

「あん?」


 突如として俯いたシズキを怪訝に思っていると次の瞬間、上空を仰いで高笑いし始めた。


「正気か貴様? 魔導器など魔術師になれない紛い物が使う小道具ではないか。それを腕を潰してまで自身に宿すとはな! 貴様は本物の大阿呆だッ」

「それで結構。こうでもしなけりゃあ、俺は魔術なんて使えねぇもんでな」


 俺の大暴露に、ついにいっさいの物音が消え去った。

 シズキも高笑いをやめ、間抜けにもぽかんとして俺を見つめてくる。


「ハ……ハハハハハッ!! 魔術が使えない? 何の冗談だそれは。この僕を笑い死にさせるつもりかッ!?」


 闘技場でただ一人、シズキだけが腹を抱えて大笑いする。ほかには誰も声すら発してないのに。俺にはむしろ今のシズキが滑稽で仕方がなかった。


「ようやく理解したぞ。今まで魔術を一度も使わなったのは、己の非力さを露見させたくなかったゆえだったんだな」

「はぁ? 単純にその必要がなかっただけだが?」

「ほざけ。ククク……フィオナ・ランセルも落ちたものだ。こんな奴を弟子にするとはな。もしくは世界最強とはこの程度だったということか?」


 これまで何回か返り討ちにしたのを忘れてしまったのだろうか。だとしたら、なんともまあおめでたい頭をしている。

 俺はため息をつく。


「この魔術師の紛い物風情が、オル・エヴァンスである僕に逆らうとはいい度胸をしているな。しかも貴様のような出来損ないを推薦するミレア・スカーレットもどうかしているとしかおもえんな! 貴様らもそう思うだろう!?」


 シズキは叫んで周囲に同意を求める。

 しかし思いがけない事態に誰も声を出せないでいる。世界最強の弟子で、名門校の学院長が推薦して入学してきた人間がまさか魔導師であったのなら当然の反応だろう。

 誰からも反応をもらえなかったシズキだが、気分を害した様子はない。にやにやとしながら俺を見下してくる。


「地に頭をつけ、僕に謝るというのなら許してやってもいいぞ? 魔術の使えない貴様と十皇家である僕とでは実力に天と地の差があるからなァ」

「あんた、そんな気遣いできるほど余裕だったか……?」


 正直後手に回った記憶が一片たりともないのだが、どうやらシズキは魔術が使えるか使えないかだけで今までの醜態をなかったことにしたらしい。


「じゃあ遠慮しとく。変な気遣いするんじゃねぇよ。負けるのが怖いか?」

「貴様ァ……この期に及んでその態度ッ。ならばいいだろう。この場で欠片も残さず消し去ってくれるッ!!」


 叫んだシズキが魔術の詠唱を始める。

 こんな目の前でやるとか何を考えてるんだか。魔導師は魔術の使用にいろいろな制限はあるものの使えないわけではないのだ。こいつは俺が魔術を使うことを初めから考慮していないのだろう。

 こんなのが十皇家とか、ほんとうに冗談ではない。


「――改めて名乗らせてもらう」


 俺は魔導器で作られた義手を前に突き出し足を肩幅に開く。


「世界最強フィオナ・ランセルの弟子にしてレヴィアウォート=ヴァレン・タイン制作No.3『魔導器人(、、、、)』アルク・ランセル。――Set(セット).」


 声紋認証に連動して魔導器に仕込まれた回転式弾倉からカードリッジが装填される。わずかな振動の後、腕のなかでカードリッジが流動する感覚が伝わってくる。


「貴様には僕の最強魔術を食らわせてやろうッ!!」


 そりゃあ楽しみだ――口角を吊り上げて声には出さずに言う。


「Re:cord‐No.90『Savior(セイヴァー) Lance(ランス)』ッ!!」


 上空に光の槍が一〇〇に近い数が出現する。凄まじい光量を発しており、それらの全てが俺に尖端を向けていた。一本いっぽんの威力は、おそらく生身で喰らえばひとたまりもないだろう。発動するだけでも大量の魔力を消費する上に、空中に持続させようならその数倍を必要とする。

 たしかにシズキが大きく出るだけはある。上級魔術に分類される術式だが、威力は限りなく最上級のそれらに近い。対抗するにはRe:cord‐No.91以上か、とんでもない魔力を込めた防御魔術でなければなるまい。


 俺の持ち合わせのカードリッジには防御魔術はない。

 だが、Re:cord‐No.91以上の魔術は用意している。


「Re:cord‐No.93『Abyss(アビス) Requiem(レクイエム)』」

「なっ――」


 肘の排出口からカードリッジが射出され、無系統最上級魔術『アビスレクイエム』が発動する。闘技場全体を覆う闇が出現。光源はシズキの放った『セイヴァーランス』だけとなった。

 しかしその光源をも飲み込まんと闇が迫る。シズキはどうにか闇を払おうと次々に魔術の詠唱を行うが、いくら魔導器で発動して威力の下がった魔術とはいえRe:cord‐No.91以上を普通の魔術で相殺できるわけがない。放った端から飲み込まれて消滅していく。


「ば、ばかな……この僕の魔術が、こんな簡単に……!!」

「これがあんたの馬鹿にした魔術師の紛い物、出来損ないと評した魔導師の実力だ」


 俺は右拳をきつく握り締め、戦意を喪失しているシズキへと一歩ずつ近づいていく。


「く、来るな化物!」


 大量に展開していた魔術の一つを放ってくる。俺は腕を横薙ぎに振り弾く。


「悪いがここから先は加減はなしだ。だが、シノーラに謝るなら許してやる。ついでに教室も直せばなおよしだ」

「ふざけるな! 僕はオル・エヴァンスだ。何故あんな女に頭を下げねばならんのだ!?」

「だったらあんたに勝って、隷属の書にサインさせるまでだ」


 シズキが口で言って謝るくらいなら誰も苦労していないだろう。どんなときでもプライドを優先させる奴なのは承知の上。とりあえず言ってみただけのことだ。


「Set. Re:cord‐No.6――」

「ハッ! た、たかが初級魔術で何ができる!?  Re:cord‐No.74『Spike(スパイク) Forest(フォレスト)』ッ!!」


 シズキは明らかに怯えた様子でバックステップしながら魔術を放ってくる。極太の茨の鞭が地面を食い破って這い出てくる。触れるだけで血だらけになってしまいそうな棘がびっしりと生えた茨の鞭が、しなりながら俺を叩き潰さんと振り落とされた。

 さすがにこれは魔術でなければ対処は難しいだろう。こんなものを生身で返せるのなんて師匠とかレヴィアウォートくらいのものだ。


 だが――、


「『Boost(ブースト) On(オン)』ッ!!」


 左脚の制服の裾が消し炭になり、顕になったシルバーフレームの脚型の魔導器(、、、、、、)の踵部分からカードリッジが排出される。直後に魔術が発動。爆発的な加速力に全身が包まれ、シズキとの距離をぐんと一気に詰める。


 だが、俺ならば別だ。右腕と左脚は魔導器であり、痛みを感じる痛覚神経は自由に切り替えが可能である。あの茨を直接殴り、蹴ったとしても俺にダメージはない。


 爆速の勢いのまま茨を蹴り上げる。ほんのわずかな抵抗の後、上方に打ち上がった茨の先に及び腰になったシズキを捉えた。

 俺は蹴りの勢いで一回転して空中で体勢を整え、シズキに肉薄する。もう奴に魔術を唱えるだけの余裕はない。


「これで――終わりだッ!!」


 右腕を振り抜き、シズキの顔面を捉えた。すべての速度と勢いを抱えた一撃はシズキを遠くまで吹き飛ばす。錐揉み回転して滞空していたシズキは、闘技場の壁にぶつかってようやく停止した。

 シズキが動き出す様子は――ない。

 俺は特別席にいる実況のケイトを見る。

 ぽかんとして俺とシズキを交互に見やっていたケイトは、視線に気づくと慌ててマイクのスイッチを入れた。


『け、けけ決着! けっちゃーく! 見応えのある魔術合戦の末、アルク・ランセルとシズキ=オル・エヴァンスの決闘は世界最強の弟子に旗が上がりましたぁ!! というか、さらりと凄まじいことが暴露されていたようですが、そのあたりシンメイ先生はどう思いますか何も思いませんか思いませんよね!?』

『うるせぇから喋んな』

『……はい』


 シンメイに厳しい一言をちょうだいしたケイトは、しょんぼりとしたトーンで沈黙する。


『なんちゃって! そんなことで黙るケイトさんではありませんよ!? 決着です、決着なのでーすッ!! アルク・ランセル、完全勝利でーすッ!!』


 ケイトの数回に渡る決着宣言に凍りついていた会場に熱気が灯り始める。

 そして堰を切ったよう一斉に耳にうるさいほどの歓声が湧き上がった。

 結果的に俺が魔導師なのはバレてしまったが、シズキを完全撃破したことで嘗められたり侮られたりすることはないだろう。


 俺は大きく息を吐き出すと、肩から力を抜いた。

 しかしそのときだった。

 背後に嫌な気配を感じて振り返る。


 憎悪の炎を瞳に宿したシズキが何かを呟いていた。推測するまでもなく魔術だ。すでに詠唱は完了しており、あとは俺に放つだけの態勢が整っていた。

 己の詰めの甘さを恨む。しかも厄介なことに放たれたのは『ヘルブラスト』だった。十分に弾き返すだけの余裕はあるのに、トラウマのせいで体が硬直してしまっている。


「――死ね、出来損ない」


 聞こえるはずのない呟きが、何故か俺の耳にしっかりと届いた。

 これはだめだ。避けられない。直撃する。

 しかし大したダメージにはならないだろう。魔力もほとんど込められていないし見かけ以上の威力は含まれていない。


 俺は一撃を受け入れる覚悟を決めた。――その直後。

 何者かの一閃が、シズキの『ヘルブラスト』を斬り伏せた。


 

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