表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術学院の虚無使い  作者: 牡牛 ヤマメ
13/33

第十二話

 

 通路を抜けて闘技場に出る。すると視界に飛び込んできたのは、取り囲むように設置された観覧席いっぱいに集まった生徒たちだった。たしか全校生徒は六〇〇名ほどだったはずだから、ほぼ全員が集まっていると思わせる数だ。

 すり鉢状の闘技場。入場口から一直線に見上げた先には特別席らしき部屋があり、そこに教師陣や複数の生徒がいるのが見える。ミレアもいる。

 それらすべての視線が俺と、正面に対峙するシズキに注がれている。

 誰も彼も世界最強の弟子とオル・エヴァンスの対決に興奮しているのか、妙な熱気がここまで伝わってくる。


「逃げずに来たんだな」


 シズキが嘲笑を浮かべ、さも自分が勝者であるような態度で言ってくる。


「あんたこそ取り巻きは連れてなくていいのか?」

「ふん。貴様など僕だけで十分だ」

「そのくせ昨日は俺ひとりに全員気絶させられてたみたいだが?」

「ククク、なんだ? あの程度で勝ち誇っているのか? あんなものただの戯れだろう。それで勝ったつもりでいるとは、世界最強の弟子の肩書きが泣いているぞ」


 俺はあからさまに呆れた溜息をつく。


「そんなの泣かせておけばいいだろ。つか、その戯れで魔術を使うのか? オル・エヴァンスってのも大したことねぇんだな」

「貴様ァ……!」


 またも憤怒の形相を作るシズキ。煽り耐性なさすぎだろ。

 いつもなら誰も言い返してこないから、反撃されるのになれていないのだろう。

 シズキは剥き出しにしていた牙を隠すと、腕を組んで俺に提案をしてきた。


「この勝負、貴様が負けたときはこの場で僕に土下座しろ。そして一生僕に隷属すると、この書類にサインしろ」

「はぁ? おいおい、冗談だろ」


 シズキが広げて見せてきたのは一枚の紙だった。

 それにサインした相手を一生奴隷に落とす『隷属の書』だ。これにサインを記した瞬間、主人である相手にいかなる反逆行為を禁じられ、破った場合には死よりも苦しい罰が与えられる代物だ。一般のルートでは出回っておらず、裏でもそうとう金を積まなければ手に入れるのが困難な一枚だ。

 オル・エヴァンスの財力と家名があれば、隷属の書を入手するのは難しくはあるまい。


 こりゃ呆れた。こんなくだらない学院内での決闘でそんなものまで用意するのか。

 しかしシズキは俺が怯えたのと勘違いしたのか、


「どうした? 威勢のよさがなくなったようだが?」

「……アホかこいつは」


 俺はぼそりと吐き捨てる。仮に負けてもサインする気なんてないし、そもそも負けるつもりなど微塵もない。


「あんたが負けたときのことを考えてないみたいだが、それでいいのか?」

「はっ! これはお笑いだな! まさか貴様は僕に勝てるとでも思っているのか!?」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる」


 隷属の書を使うのならそれでもいいだろう。

 シズキに命令して、オル・エヴァンスの内部を徹底的に調べ上げて禁呪強奪に加担している人間を探し出せる。そのあとにでも契約破棄すれば問題あるまい。

 すると俺たちの言葉のやり取りを終えたのを見計らったのか、闘技場にやたらと甲高い声が響き渡った。


『よーこそ皆さまお越しくださいましたぁ! 本日は快晴なり! 実に決闘日和でありましょうぞ! 実況はわたくし、ケイト・オーリスと解説はシンメイ・スメラギ先生でお送りいたしますッ!!』


 耳に悪い声量に顔をしかめ、反射的にうずくまってしまう。

 観客やシズキも同様に耳を押さえている。


『片やミレア・スカーレット学院長の推薦を得て転入してきた噂の転入生! 世界最強の魔術師フィオナ・ランセルの弟子! アルク・ランセル!! そして片やオル・エヴァンス家の血筋を継ぐ十傑の第七席! シズキ=オル・エヴァンスだぁ!!

 両者ともに実力は申し分なし! ランキング戦でもめったにお目にかかれない組み合わせでの決闘となりますが、さてシンメイ先生! このお二人の戦い、どのような展開になると思いましょう!?』

『お前さん、まずは音量を下げろ。うるせぇ』

『おっと。興奮しすぎました』


 そこでやっと大音量から解放される。


『はてさて改めまして。シンメイ先生、どちらも稀代の実力者であるのは肩書きだけでおわかりとお思いですが、いったいどのような戦いが展開されるでしょうか?』

『知らん』

『はい知らんいただきましたぁ! シンメイ先生は相変わらず役に立たないとわかったところで、さっそく決闘を開始しましょう! さあお二方、準備が完了しましたら好きなほうの手をびしっと挙げてください!』


 やたらとテンションの高い解説に従って左手を挙げる。

 シズキも右手を挙げる。


『では――始めッ!!』

「Re:cord‐No.63――」


 合図と同時に詠唱を開始したシズキ。奴を中心に魔力が渦巻き、器に収束されていく。

 俺の魔導器は少し特殊であまり人前では見せたくない。つまり実質的に俺は近接格闘のみが攻撃手段になる。シズキとの距離も開いており、一発目は避けられないことは事前に覚悟していた。


 十傑の第七席。

 その称号に見合うだけの発動速度だ。

 しかし師匠のもとでえげつない魔術の嵐を見てきた俺には、止まって見える程度の速度でしかない。


 足元を抉るほどの勢いで蹴り出し、地面すれすれを滑空するような体勢で疾走する。


「『Stun(スタン) Wave(ウェイブ)』ッ!!」


 土系統上級魔術『スタンウェイブ』が発動する。叩きつけられたシズキの手を起点として地面が隆起し、瞬く間に大きな波のように湧き上がると、滑るようにして俺に襲いかかってくる。

 初手決殺(しょてけっさつ)。魔術に自信を持ちながら、まだまだ未熟な魔術師によく見られる傾向だ。魔術を得意とする魔術師は例外なく初手で相手を倒そうとするため、どうしても最初に威力の高い魔術を使ってくるのだ。


 理由は簡単。単純に接近戦が苦手だからだ。

 これが中堅くらいになると強化魔術と並行して放出系の魔術を使えるようになるため、むしろ最初は小技で相手の体力を確実に削り、トドメに大技を繰り出す。


 しかし師匠に言わせれば、この中堅こそ相手を嘗めているとのことらしい。

 やるなら一撃で沈める。

 それができないからこそビギナーなどと呼ばれるのだ――と。


 これが古参の魔術師となってくると、自分のスタイルを確立するため何とも言えないのだが、ともあれシズキが師匠のような考えということは絶対にないだろう。

 ただただ自分の魔術が優れているとアピールし、相手の戦意をなくしてからいたぶろうとしているだけだ。

 おそらく今まではその戦術で通ってきたのだろう。

 それが俺にも通じると思われているとは、世界最強の弟子も嘗められたものだ。


「魔力集中――ッ!!」


 右手が膨大なエネルギーを孕んで力強く輝く。

 そして疾走の勢いを殺さないまま、襲いかかってくる土波を全力で殴りつけた。


「ハッ! バカめ! 魔術も使わずに――なっ!?」


 シズキの勝者のさえずりは一瞬にして驚愕の叫びへと変わった。

 それはそうだろう。魔術も使わず、拳だけで上級魔術を打ち破ったのだから。

 だが今のは奥の手ではない。一〇〇人分の魔力で腕をコーティングして、擬似的な強化魔術を発生させたのだ。もちろん燃費は悪いしほんとうの強化じゃないから意識しないとムラなく拳全体にとはいかないのが欠点だ。


 降り注ぐ凝固された土の破片がぶつかるのも構わず、疾走する速度を緩めずにシズキとの距離を詰める。魔術を素手で粉砕されて硬直していたシズキだったが、すぐに我に返ると後ろに飛びながらさらなる詠唱を開始する。


「Re:cord‐No. 39『Hell(ヘル) Blast(ブラスト)』ッ!!」

「いぃッ!?」


 俺はおもわず急停止をかけ、軋む体に鞭を打って情けなく転がって放たれた業火の渦を回避する。直後に炎の暴風が真横を通過していき、流れ出た冷や汗を蒸発させた。


「ハハハ! 先ほどは驚かされたが、どうやら偶然だったようだな!」


 シズキは避けられたことに若干の悔しさを抱いたようだったが、俺を無様に転がしたことで優越感に浸っているらしい。

 だが今のは魔術に対抗できなかったわけではない。発動された魔術が俺のトラウマに直撃してきたのだ。

 殺されかけたあの日、俺に向けて放たれた魔術には抗いがたい恐怖がある。

 名前を聞くだけならまだしも、目の前で発動され、かつ俺に向けられたりしたら条件反射で逃げてしまうのだ。師匠との修行でもこれだけは克服できなかった。肉体的な鍛錬はできても、心象的なところまでは管轄外だとばっさり切り捨てられてしまったのだ。


「くそ……!」


 俺は口に入った土を吐き捨て、再度魔力の充填に入ったシズキへ肉薄する。

 シズキとの距離は目算で二〇メートル前後。完全なる平地で遮蔽物もない。魔術で対抗する選択肢がない以上、単純な身体能力で魔術を躱し、接近戦に持ち込まねばならない。奴は腐ってもグラスティア魔術学院の七番手を背負っているのだ。簡単に攻め込ませてはくれないだろう。

 俺は魔力が桁外れなだけで、身体能力が恐ろしく高いだとか、思考速度や計算速度などの策を弄するのに長けているわけでもない。人の目を気にしないで制限を解けば(、、、、、、)その限りではないが――と、すると。


「無駄だッ!! 貴様では僕には勝てないッ!!  Re:cord‐No.45『Shock(ショック) Spark(スパーク)』ッ!!」


 雷系統中級魔術『ショックスパーク』。直撃すればしばらくは身動きが取れないが、攻撃範囲が狭く一直線にしか走らないため避けるのは容易い。ただし速度は恐ろしく、左右に避けようとすれば巻き込まれてしまう。シズキもわかっているのだろう。これは囮だと見せつけるよう次の詠唱を始めている。

 魔力をまとわせた拳で上級魔術を打ち破ったのを考慮しての二段構えだろう。たしかにこれならば俺が同じ手法をとったとしても、続く二撃目の対応は間に合わない。


「なにッ!?」


 ――だったら、横ではなく下に避ければいい。


 疾走する勢いを殺さないまま体勢を低くし、滑空するようにして『ショックスパーク』の真下を通過する。頭上を通り過ぎていく雷の一撃にひやりとさせられる。髪が少し巻き込まれたのか焦げ臭さが漂うが、すぐに意識から遠ざかっていく。

 奇策という奇策ではない。ただ真っ直ぐな指導を受けてきたシズキには、俺の行動は予測の内に入っていなかったと見える。途中まで組み上げていた術式が霧散して、無防備に隙をさらしていた。


 右手で地面を叩き体勢を立て直す。ここが決めどころだ。蹴り足に全力を込め、一足でシズキを攻撃の射程範囲に捉えた。

 指を押し込め、拳を作る。踏み込んだときの勢いを体全体を捻ることで腕一本に集約し、あとは振り上げるだけで終わりだ。――そのはずなのに。


 シズキは勝ち誇ったような笑みを作った。虚勢だとかそういう類いではない。明らかに勝ちを確信した勝者の表情だ。

 嫌な予感を覚えた俺は即座にシズキの意識を刈り取らんと力の伝導もそこそこにアッパーカットぎみの一撃を見舞う。しかしシズキは後ろに体を傾けることで直撃を回避した。次の動きを考えていない、ただ避けるための行動であったが――その実、シズキは避けるためだけに後ろに倒れ込んだのだ。


 ――シズキのいなくなった俺の視界に、炎の竜巻が迫ってきていた。


 炎系統中級魔術『ヘルブラスト』。これはシズキの放った魔術ではない。第三者によって放たれた魔術だ。わずかに後方に目をやれば、気弱そうな生徒が顔面を蒼白して立ち尽くしているのが目に入った。

 その生徒はすぐに教員らに取り押さえられる。抵抗らしい抵抗もせず、甘んじて自分のやったことを認めた様子だった。先のシズキの態度からすると、おそらく試合前にそうするよう()をつけていたのだろう。


 ――まっずい……ッ!!


 俺は強引にバックステップして対応するだけの距離を稼ごうとするが、反応が遅れた上に態勢が悪すぎた。これでは間に合わない。せめてもの足掻きとして腕を交錯せて防御の構えを作る。その直後に全身を強烈な衝撃を叩いた。周囲の空気が一気に消失して呼吸がままならなくなり、擬似的な過呼吸状態のまま背中が強かに打ち付けられた。

 肺に残っていた空気まで押し出され、視界が明滅し始める。


「無様だなァ、アルク・ランセル。貴様はよほど嫌われ者らしいな。まさか場外の人間に魔術を使われるなど、僕にも予測できなかったぞ」


 何を白々しいことを言ってるんだこいつは。

 誰がどう見たって今のはシズキが手を回したのだとわかることだ。


 それでもざわめくだけで何も言わないのは、シズキがオル・エヴァンスの人間だからだ。

 教師陣なんて宛にならない。ミレアもスーラも静観を貫くほどなのだ。同じ十皇家でもなければ、発言することも難しいだろう。シンメイだけはよくわからないが。


「しかし試合は続行を示しているようだな。では、続け――」


 勝ちを確信して近づいてきたシズキの表情が凍りついた。同様に、観客席の生徒たちも俺を見て絶句していたり驚愕に目を剥いたりしていた。

 どうしたんだ――という疑問は、呼吸を正したときには晴れていた。


 右腕に巻いていた包帯が、今の一撃で完全に燃え尽きていたのだ。その下から現れたのは腕の形をしたシルバーフレームの『何か』だ。


「な、なんだ、その腕はッ!?」

「あーあ……」


 こりゃやっちまった。

 戦慄いて唇を震わせるシズキを見ながら他人事のように思う。


 これだけ衆目のなかで見せてしまったのでは誤魔化すのは無理だろう。これ見よがしに包帯なんぞ巻いて怪我だと思わせ、あまり深入りさせないようにしていたのが裏目に出た。

 俺は特別席にいるミレアに視線を送る。辛そうにしていたミレアは俺の視線に気づくと、唇をきつく噛み締めたあと、小さく――ほんとうに小さくだけ頷いた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ