第十一話
俺とシズキの決闘は、昨日の食堂での一件以上に早く学院中に広まることになった。
教室爆破に加えて騒動の中心が立て続けに同じなのだから当然のことだろう。
しかも昨日の悪役はシズキだけだったのに、今回は俺まで悪者扱いだ。たしかに魔力を解放して破壊活動に貢献してしまったし、関係ない奴らを巻き込むなと言いつつ俺も巻き込んでしまったので文句は言えないが、シズキと同罪にされるのは侵害だ。
せめて別の罪状にしてほしい。
温厚なミレアにもにこやかに叱られ、シンメイには心底めんどくさそうに愚痴をちょうだいし、スーラには心が折れそうな説教を喰らわされた。
ああそうだ。今の俺は何も怖くない。
たとえ闘技場に出てブーイングの嵐が起こったとしても俺の鋼と化したメンタルならやっていけるはずだ。
「アルク」
「……はい」
現実逃避はやめよう。
ユミルが腕を組みながら仁王立ちで俺を見下ろしている。
ここは闘技場の脇に造られた控え室だ。闘技場は正式な種目で使われる場合が多いため、準備のために用意されたらしい。
そこにユミルとヤシロがいた。
「さっきのは何かしら?」
「ま、魔力を解放しただけって言っただろ」
「ほんきで言ってるのかしら、それ?」
明らかに怒った様子のユミルに俺は首をぶんぶん振って頷く。
それ以外にどう言えというのだろう。シズキにも言ったが、さっきのはほんとうに魔力を解放しただけであってそれ以外の何でもないのだ。ただ魔力を一〇〇人分以上だけ有しているだけである。
いや、もちろん『だけ』ですまされないのは重々承知しているけれど、かといって俺が欲しくて得たわけではないのだからしょうがないだろ。
静かに見下ろしてくるユミル。ごくりと喉を鳴らす。
……正座してるこの位置からだと、ユミルの挑発的な下着が見えていた。
やがて溜息を吐き出してしかめっ面を引っ込める。
「嘘は言ってないみたいね。だけど信じられないわ。魔力だけであんなことができるものなのかしら」
「……で、できるんだからしょうがないだろ」
俺はユミルのスカートから視線を外しながら答える。
「わたしも魔力量にはそうとう自信があったのだけど、こんなの見せつけられたら恥ずかしくて自信あるなんて言えないわね」
別に気にすることでもないと思う。
俺の魔力がおかしいだけで、ユミルだって誇っていいだけの量を有している。
ただ俺が言っても嫌味にしか聞こえまい。俺としては魔力がずば抜けて多いよりも、どれだけ簡単なものでもいいから魔術が使えたほうがいい。
初級の魔術どころか基礎中の基礎である強化でさえ俺は使えないのだから。おかげで戦闘はかなり頭を悩ませられる。
「でも、これなら第七席が相手でも問題ないでしょう」
「第七席? なんだそれ?」
俺は正座をやめ、膝についた汚れを払いながら訊ねる。
「学院で定められる強さのランキングみたいなものよ」
ユミルは人差し指を立てる。
「魔力量、魔術の発動速度、使用術式、戦闘実技での成績。その他もろもろを加味して上位十人が選別されるのよ。名付けて『十傑』。おそらく十皇家にちなんで呼んでるんでしょうね。それでシズキは第七位ってわけ」
「へえ、こっちでもそんなのがあるのか」
「セメルベルクでもあるのね。どうせあなたがトップだったんでしょ?」
「まさか」
俺は苦笑いしながら否定する。
「あっちでは学院だけじゃなくて都市全体で強さの序列があるんだよ。一年に一回、都市をあげて大々的に大会を開くんだ。さすがに俺が一番なんてことはねぇよ」
参加者には歴戦の猛者や魔術の極みに近い人たちがいる。
セメルベルクには魔術を使えない人間が多くいるため魔術師に軍配が上がると思われがちだが、あそこの人たちは魔導器の専門家たちだ。魔術の有無など関係なしに実力者だけが上位に上り詰めていくのだ。
師匠は参加していなかったけれど、師匠の友人であり、俺の魔導器を作ってくれた職人は参加している。師匠の友人なだけあって強さは規格外だ。
俺が知る限り、あの人が序列一位を逃したところは見たことがない。
「あなたほどでも勝てない相手がいるのね。ちょっと信じられないわ」
「あんたは俺をなんだと思ってんだ」
「世界最強の弟子」
そうでした。
たまに忘れるんだよ。あの人、全然世界最強なんかに見えないから。
「それであなたは何位だったの? さすがにランク外なんてことはないでしょう?」
「最後に参加したときで十六位だったかな」
序列一位とぶつかったら勝てるわけねぇよ。
あの人に勝つなんて師匠に勝てと言われてるのと難易度は変わらないのではなかろうか。
「もしかしてアルクって強くないの?」
「さあ? 自分で強いなんて思ったことなんかねぇよ。魔力がイコール強さに直結するわけじゃない。ようは戦い方だ。……まあ、自力の差ってのはあると思うけど」
師匠勢は強さがおかしすぎる。
あれに勝てるほうがどうかしてる。
「だけどうちと違って都市全体なんだろ? それで十六位ってスゲェんじゃねぇか?」
「……言われてみるとそうかもしれないわね」
ヤシロ、あんたいたのか。
さっきまで喋ってなかったから忘れかけてた。
「じゃあシズキの奴なんかサクッと倒してきなさい! あいつのせいでわたしたちの教室が使い物にならなくなったんだから!」
「了承はしかねるぞ。腐ってもあいつはオル・エヴァンスなんだからな」
この学院に実力者がいないなどということはないだろう。目の前にいるユミルやヤシロがその最たる例だ。
師匠のもとで鍛えられたのは戦闘技術や知識だけではない。相手の力量を見る目もかなり肥えている。俺から見ても二人の実力はエリート校でも恥じない位置にあるだろう。
それでも十傑に入れないのだ。グラスティア魔術学院の実力水準はとんでもなく高い。
しかも学年が上がれば、それだけで実力の差は開いてくるはずである。
シズキはそれでも十傑の第七位に座しているのだ。昨日は油断している上に不意打ちで、おまけに俺の領域内での出来事だったから一瞬で制圧できただけだ。
今回は指定位置につき合図ありでの試合形式での魔術戦だ。魔術が使えない俺には厳しい一戦になってくる。
セメルベルクからの転入になっているから魔導器を使うこと自体は不思議には思われないだろう。だが魔術を唱えないことに必ず疑問を抱く生徒が出てくる。
そうなって魔術が使えないなどと露見してしまえば、俺はともかくユミルやヤシロに迷惑がかかる。それだけは避けねばなるまい。
俺のやるべきことは、魔術など使わずとも、世界最強の弟子の肩書きに見合うだけの実力を全生徒に見せつけること。
俺は右手をきつく握り締める。
「おいアルク」
「なんだ?」
ヤシロが真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
「お嬢が勝てって言ったんだ。負けんじゃねぇぞ」
「――おうさ」
突き出された拳に、俺は拳をぶつけた。