第三話 クリスマスコンサート
「はあ……」
ようやく終わった。
今年最後の難題――後期中間試験。
前後期で分けて授業が行われるこの高校は、五月、七月、十二月、二月に定期試験が実施される。
まったく。一年の最後まで休ませてくれる気はないらしい。
本当、疲れる。
けど、終わったからって休めないのが俺なんだけどさ。
今日からまた生徒会活動が再開する。
なんで俺はこんな疲れている時に活動の予定を入れたんだろう。キレるぞ。二週間くらい前の俺。
俺はカバンを持って、教室を出る。
出ようとしたところで呼び止められた。
「ねえ、浩二」
「どうした?」
松井真由香。
同じ小学校出身で、中学校も同じで、さらに高校まで同じになってしまった女子だ。しかも、同じクラスで、同じ生徒会に所属している。常に一緒にいるような奴だ。
ちなみに、俺と松井は一年生の後期から生徒会役員をやっている。二年目の今は俺は生徒会長、松井は会計をやっている。
これから同じ生徒会室で活動する。
わざわざここで声をかけてこなくてもいいのに。
「話なら、生徒会室で聞くぞ」
俺はそう言って歩き出そうとする。
今度は制服の裾を引っ張られて止められた。
「待って」
「なんだよ」
俺は他の生徒の邪魔にならないように、ドアから離れて教室の隅に移動する。
他の生徒は隅で向かい合う俺たちに目も留めない。
別に、俺たちが二人で話しているのが普通だからだ。内容はだいたい、生徒会活動についてだが。
だから、今も周りにはそう思われているのだろう。
けれど、松井の様子から察するに、生徒会は関係ない。たぶん。
「あの、クリスマスコンサートってあるじゃんね?」
「毎年クリスマス頃にやってるアレ?」
松井はうんうんと頷く。
「来てよ」
「めんどくさい」
俺は即答する。
確かにウチの学校の吹奏楽部は人数も多くてレベルも高い。集会や文化祭の時に演奏しているのを聞いたことはあるし、すごいとも思った。
聞きたいとも思う。
けれど、二十五日。もう冬休みだ。大掃除だってあるし、家でのんびりもしたい。
「それに、お前は吹奏楽部じゃないだろ。演奏するわけでもないのに」
「もお! 確かにそうだけどさ」
松井は唇を拗ねたようにとがらせてしまう。
「……これだから、真面目で、めんどくさがり屋は」
「ん? なんて言った?」
俺は頭一個分くらい下にある松井の顔を覗き込む。
松井は唇をとがらせたまま首を振ってそっぽを向いてしまった。
はあ。
めんどくさいなあ。
「私は演奏しなくても、穂奈美とか、ほら。いるじゃん」
穂奈美。
あー。古崎穂奈美か。去年同じクラスだった。
確かに去年よく話してたな。
班分けとか、委員会も一緒だった。
そういえば、吹奏楽部だった。
「去年よく一緒にいたんだし、見てあげなよ。去年も来てほしいって言ってたんだよ?」
へえ。そうなんだ。
去年は寒いからって行かなかったんだっけ。
確か、そうだった。
「考えとく」
俺は適当にそう答える。
俺のことだ。たぶん、行かない。
「そう言ったときの浩二は絶対に来ない!」
分かってるじゃん。
相変わらず大げさに反応してくるよな。だからこいつといるのは楽しいし、好きなんだ。
仕事もそれなりにこなしてくれるしね。
「ほら、生徒会室行くぞ。たぶん、みんな集まってる」
「ぅなっ!」
俺は松井のおでこにでこピンして袖を引っ張る。
「むー」
松井はうなりをあげながら渋々従ってくれた。俺はどうしてもそれに笑顔になった。
* * *
生徒会活動が終わっても、まだ松井の勧誘は続いた。
帰る方向が松井と俺はほとんど一緒。というか全部一緒で、活動で遅くなったときは一緒に帰ってきた。
部活をやっている時間に終われば、互いに自分の部活に行く。
が、去年の生徒会は例年になく活発だったらしく、早く終わる日はそんなに無かった。
そして、俺が会長になってもそれは変わらず。むしろ、より活発に活動している。
光矢さんはすごい会長だった。それを継いだ俺も追いつき、追い抜けるように頑張らなければならない。
で、今日も例に漏れずに、帰る頃には部活は終わっていた。
だから、俺の帰り道の隣には松井がいた。
「今度は穂奈美がソロやるんだって!」
「へえ」
「初めてのソロなんだってさ」
「すごいじゃん」
「でしょ? 応援してあげなよ」
「そうだなあ」
一生懸命に話してくれる松井に、気のない返事をする俺。
悪いなあ、と思いつつもそういった返事をしてしまう。
だって、いちいち「もう!」って頬を膨らませる松井がおもしろいから。
適当な返事だけど、ちゃんと聞いているから安心しろ。
聞いているかどうか確認されても、さっき言ってたことをサラッと言える。そのたびに松井は何も言えなくなる。
道の先に近所のスーパーが見えた。
俺はホッとすると同時に、少し寂しいと感じた。
あそこで俺と松井は別々の道に行く。俺は左に曲がり、松井はそのまま真っ直ぐに進む。
「じゃあ、ここでだな」
俺は片手を上げて、手を振る。
そして角を曲がろうとして――
「逃がさないよ」
「おいおい。まじかよ」
松井が俺の制服の裾を握っていた。
振り払おうと思えば、振り払える。けどなあ……」
こんな感じで毎日のように引き留められるんだよなあ。
めんどくさい。
「クリスマスコンサートに行くって言うまで逃がさない」
おー怖い。
いつになく強気だな。
仕方ない。正直クリスマスなんて暇だしな。
「分かった。行くよ」
俺は両手を上げて降参のジェスチャーをする。
「本当に?」
ぐ……。
「……本当だ」
「なに、その間」
「なんでもない」
いちいち確認とるなよ。
簡単にすっぽかせなくなるだろ。俺だって何回も確認した約束を反故にするのは罪悪感があるんだから。
「絶対。来てよね」
「分かった」
念押しされた。
たぶん、未来の俺は行くだろう。ここまで繰り返されたら、行く。
あー。めんどくせ。
「じゃあな」
松井が手を離してくれたので、手を振って角を曲がる。
振り返ると、松井が手を振ってきた。
「じゃーあね!」
すごく上機嫌だった。
前を向いて、暗い道を一人歩く。
近くの家からカレーの香りがしてきた。
「穂奈美……か」
松井もずいぶんと俺と穂奈美を会わせたがっていたなあ。
そういえば、、穂奈美って数少ない下の名前で呼んでいる女子だな。
うーん。分かっているつもりだけど。
――少し、寂しいと感じた。
* * *
テストが終わって、あと十日程しかなかった学校はスラスラと日々が過ぎていった。
授業は全てテスト返却。
新しい内容の勉強を始めるわけでもなくテストの解答の解説で終わる。
そのたびに手元を見れば解説を聞くまでもない正答数。
間違えるところを見れば、四足す四が十六になっていたりと、間抜けで恥ずかしい間違いばかり。
テスト直しのレポートなんてケアレスミスをなくす。それだけで終わる。
そして、最終日の全校集会で適当な季節の話題をどうにかこねくり回した話をして終わった。
その時に、また松井に念を押された。
来てよね。
「分かってるよ」
その証拠に十二月二十五日。クリスマスコンサート当日にちゃんと来ている。
会場となる体育館に入っていく。
席は埋まっておらず、座れそうだった。
けれど、知り合いが後ろの方にいたので、そいつのところに行く。
軽い挨拶を交わして、俺とそいつで並んで吹奏楽部の演奏を聴くことにした。
ステージ上では楽器の準備のためか、せわしなく動き回っている。
その中に穂奈美を見つけた。
自分も忙しい中で、しっかりと指示を出している。
文化部も三年が引退して、これが二年中心の初舞台なのかな。
こうやって準備している姿を見ているだけで、頑張っているっていうのがひしひしと伝わってくる。
それもそうか。
学生だけが見るわけじゃなくて、観客の七割は地域からの一般客だ。
それだけ力も入るだろう。
俺はステージ上を歩きまわる穂奈美をじっと見ていた。
すると横の方から現れる一つの影。
松井だ。
「やっほ。ちゃんと浩二、来たんだ」
「くっそ。機嫌良いな」
俺は厭味ったらしく言う。
「そうでしょー」
松井はそんなの意にも介さず、より笑みを深めた。
「今日も夫婦してるなー」
隣にいた友達からの横やり。
その一言に俺たち二人は敏感に反応した。
「うるせえ」
「夫婦じゃない!」
静かに否定する俺。
叫ぶように赤くなって否定する松井。
そういえば、先代の会長も初期の人と“夫婦”ってはやしたてられてたな。
なんだ。
この学校のジンクスなのか。
ただ単に、いつも一緒にいるだけで口喧嘩っぽくなってることばかりなのに。それに俺たち二人はそんな関係じゃない。
友達はニヤニヤ笑って見ている。この野郎。いちいちはやされるのは嫌なんだよ。
と、吹奏楽部の準備が整ったらしい。
司会が開始を告げるとともに迫力のある演奏が始まった。
松井は自分がいたのであろう位置に戻っていく。その姿は見えなくなった。
すごいな。相変わらず。
来てよかったかもしれない。
知っている曲、知らない曲。その全てが聞いていて感動した。
お。穂奈美がステージ中央のぽっかり空いたスペースに出てきた。ソロ奏者用のスペースだ。
ソロが始まった。
フルートのきれいな澄んだ音色だった。
真面目で純粋に楽しむ穂奈美らしい音色だった。
あの大人しい穂奈美がソロ。
そう聞いた時には驚いたけどな。結構サマになってるじゃん。
自信の無さそうな顔はどんどん楽しそうな顔になっていく。
ドキッ
目が合った。
ドキッ
目が合ってから聞く穂奈美の演奏に心が高鳴った。
穂奈美が一礼して元の席に戻っていく。
けれど、また迫力のある演奏に戻っても、穂奈美のソロほどの高鳴りはなかった。
楽しめている。すごいと思う。
けれど、そこまでの高鳴りはない。
そんなこんなの内に演奏は終わり、一般客はぞろぞろ帰り始めた。
「俺は帰るけど、浩二はどうすんだ?」
一緒に聞いていた友達は上着をはおっていた。
「この後はどうせ片付けだろう。手伝っていくよ」
「さすが生徒会長。じゃあな」
「おう」
お互い片手を上げて別れる。
俺は体育館の中央付近にいる知り合いだらけの吹奏楽部二年生たちのところに行く。
「何か手伝うか?」
「ホント! ありがとう」
俺の申し出はすぐに受け入れられた。
さっそく俺は観客用のイスを片付け始める。
そこに穂奈美がやってきた。
「来てたんだね。ありがとう」
「うん」
二人でイスを運び始める。
穂奈美の顔が少し赤くなった。
「ねえ、私のソロはどうだった、かな?」
「ん。良かったよ。堂々としてたし、緊張なんかしてなかっただろ」
俺は正直に答える。
お世辞なんかなくても十分に凄かったよ。
「そんな。すごくキンチョーしてたんだよ」
「そうなのか?」
「そうだよー」
穂奈美は赤くなりながら笑う。
目が合うと、少し目を逸らした。そして、すぐにまた見つめ直してくる。
「すごいな。穂奈美は」
「え。そ、そうかな」
長めの髪を耳にかけながら、穂奈美ははにかむ。
あらわになった首筋にドキリとした。
こっちも恥ずかしくなって耳が熱くなってきた。
しかも変に俺たち二人だけ孤立してるし。
あからさますぎるだろう。
ここまでやられたら誰でも気づくし、分かるだろ。
せっかく、分からないふりをしていたのに。これじゃ分からないほうが不自然だ。
ったく。
手早く片付け終わらせるか。
「ちゃっちゃと片づけるか!」
「うん!」
俺と穂奈美はイスを片付けるピッチを上げた。
* * *
あと十分くらいで片付くだろうか。
イスは全てを片付け終えたし、壁の飾りをはずしたり、モップをかけて床をきれいにしている段階だ。
それが終われば、あとは楽器を運ぶだけらしい。
一応、楽器は手伝おうと思って残っていた。
「手伝い。ありがと」
ステージ脇の壁に寄り掛かっていると、隣に穂奈美が下りてきた。
「別に。どうせ家に帰ってもヒマだったしな」
片付けまで手伝っても、まだ十六時にもなっていない。
冬だから日暮れが早いといっても、高校生が出歩くには十分に明るかった。
「そっか。じゃあ、さ」
「ん?」
穂奈美が突然、正面にまわってきた。
顔がりんごかってくらいに赤くなっている。心配になってくる。
俺を見る目力が強い。
ドキッと胸が高鳴ったが、つとめて平静を装う。
内心は考えられなくなるくらいに、ごちゃ混ぜに荒れている。
「片付け終わったら、校門前の花壇で待っててくれる?」
かわいい。
赤い顔にうるんだ瞳。その上目づかいに思春期の男がノーダメージでいられるか?
答えはノーだ。
「……分かった」
俺は口がつっかえる感じを覚え、なんとか一言告げることができた。
「じゃあ、早く片付けちゃうね」
穂奈美は赤い顔のまま、大急ぎでステージ裏に去って行った。
ふう。
俺はその姿を見て、少し穏やかな気持ちになった。
「俺も、手伝うか」
その方が早く終わるだろう。
と、思ったら他の吹奏楽部のメンバーに止められ、先に花壇に行っているように言われた。
しかも、その時に『穂奈美のこと、よろしくね』なんて言ってきた。
正直、反応に困る。
でも、そう言われてしまえば他にすることもないし、やろうとした仕事は取られるしで、仕方なく俺は花壇に向かった。
花壇脇のベンチに座って、十分くらいかな?
昇降口から穂奈美が出てきた。
さっきよりは赤くないが、ほんのりほっぺが色づいている。
寒さのせいじゃあ、ないだろう。
「ごめん。待たせちゃった」
穂奈美は手を合わせて謝ってくる。
別に俺は、冬に外にいるのは嫌いじゃない。
「いや、大丈夫」
俺は一応、言っておく。
俺は周りに目を走らせる。他の吹奏楽部の面々はいない。
帰ったか。まだ音楽室にいるのか。
「行こう」
「どこへ?」
穂奈美が俺の隣に立つ。
「散歩!」
「おー」
その元気な『散歩!』の声に、思わず笑みになる。
穂奈美も一緒に笑った。
俺たちは並んで正門を出た。
しばらく町中をを歩いてから、公園や海際の散歩道を歩いた。
よく歩くのが早いと言われる俺は穂奈美に合わせてゆっくり歩くことで新鮮な気持ちを味わえた。
ここはこんな景色だったんだ。
そう驚くことが多くて、楽しかった。
「寒いな。風邪、引くぞ」
俺は大丈夫だけど。
自分より小さい穂奈美を心配して声をかける。
「大丈夫。けど、寒いね。やっぱり」
「そうだな」
もう、空は暗くなり始めている。
「下りよ」
穂奈美が下の砂浜へと続く階段を示した。
「うん。行こう」
俺は穂奈美の後ろに続いて階段を降りた。
今まで固かった地面が、ずぶりと柔らかな砂に変わった。
いつのまにか、穂奈美は波際まで行っている。
「寒くないのか?」
俺も波際まで歩く。
冬の海風は、凍てつくほどに冷たい。
「寒いよ。けど、少し熱い……」
「暑い……?」
変なことを言うんだな。
穂奈美が振り向きながら言った。
「きれいだね」
「ああ」
俺は確かにきれいだと思いながら、答えた。
海と反対側の山に陽が沈みかけている。
まだ、太陽は最後の光を山の端から家々に振りかけていた。
海から暗闇がせり上がり、紫色へと変わっていく空。見上げれば、白から青に変わり、オレンジの陽の光がまぶしい。
こんなに空にたくさんの色のグラデーションをつくりあげるのは夕暮れだけだろう。
まだはっきり見えない半透明の月。
砂浜が波の音以外の音を遮断しているかのように静か。
まるで、ここしか世界がないようだ。
「浩二くん……」
波際に立つ穂奈美は暗くなった空に背に振り向いた。
その姿は。その背にある迫ってくるような闇は。穂奈美の不安を表しているようだった。
「うん?」
俺も、少し心がさざめいている。
暗い不安が心に忍び込んできているみたいだ。
穂奈美の目が、太陽の残り香を受けてきらめいた。
同時に決意をたたえていた。
「一年生の時から、浩二くんのことが、好きだった。大好き」
薄暗い中でも分かるくらいに穂奈美が真っ赤になった。
「付き合ってください」
そう、穂奈美は言い切った。
予想はできていた。
あからさまな周りのアプローチにめんどくさいとも思っていた。
けれど、実際に言われると、心構えなんて意味が無かった。
穂奈美の瞳は哀しみをただよわせているように見えた。その姿を、きれいだと思った。
不安なんだろう。
断られるのか。受け入れてもらえるのか。
強い。けれど、揺らぐ瞳は俺の心を揺さぶった。
俺は、こう答える。
「ごめん」
これほど罪悪感に満ちた言葉は他にないかもしれない。
涙にゆがむ穂奈美の顔に心が切り裂かれそうになる。
けれど、俺は顔を上げて言う。
「穂奈美とは、付き合えない」
「なんで……」
もう、穂奈美の声は涙に枯れていた。
「ごめん。好きな人がいるんだ。穂奈美はかわいいし、付き合いたいと思う。けど、人を好きな自分の気持ちは裏切れないし、そんな中途半端な気持ちで穂奈美とは付き合えない」
俺は正直に話した。
全部。それが穂奈美のためになる。そう思って。
俺はざわついている心をどうにか抑えて、自分に対して泣かないように言い含めた。
穂奈美が、泣いている。
罪悪感で。自分が情けないからって。悔しいからって。
俺が泣いてはいけない。
泣いていいのは穂奈美だけなんだ。
「ごめん」
俺は穂奈美にまた謝った。
そして、手を差し伸べる。
潮が満ちてきている。あと少しで穂奈美の足は波にさらわれそうだ。
「ありがとう」
穂奈美が俺の手を持って歩いてきた。
よかった。
俺はホッとした。
「暗いから。送ってくよ」
こくり。
涙をふいて穂奈美は顔を上げた。
ドキリとする。
吹っ切れたような、まぶしい笑顔だった。
「ありがとう」
元気になった穂奈美の声は、俺の心にスッと染み込んだ。
すっかり暗くなってしまった道を、俺は穂奈美と一緒に歩いた。
告白のすぐあとだからか。
お互い、何も言葉は発さなかった。
それで良かった。今、穂奈美に何を言われてもまともには答えられないだろう。
「ありがとね」
「別に」
穂奈美がここまでで良いと言ったので立ち止まると、そう言ってきた。
俺は、どうしても直視できずにぶっきらぼうになってしまう。
「浩二くんは、やっぱり優しい。すごいよ。自分の気持ちに素直で、それでも私を大切にしてくれる」
「……ッ。そんなこと」
「だから」
穂奈美の声が一つ低くなった。
俺は気になって目を向ける。そこには夜に咲く百合の花があった。
「その好きな人、絶対に幸せにしてよね!」
やっぱり、付き合えばよかったかな?
なんて不謹慎なことを考えてしまった。
「うん」
俺も笑う。
俺たちは笑顔で別れた。
* * *
冬休みが明けて、久しぶりに登校した。
「?」
何やら吹奏楽部女子の視線が痛い。なんでだ。
「おはよ」
ああ。そう言えば。
「おはよう」
後ろから声をかけてきた穂奈美にあいさつを返す。
穂奈美はそのまま走り去り、女子の集団の中に紛れてしまった。
その集団の中の一人が振り返って俺を見てくる。
どうやら、俺が穂奈美の告白を断ったことは周知の事実らしい。
はあ。
また、めんどくさい日々が始まるのか。けど、俺の責任か。
それと、最後に穂奈美に言われたこと、肝に銘じておくか。
「よしっ!」
* * *
「よしっ! じゃないわよ!」
「い、いきなりなんだよ!」
放課後の生徒会室。
俺は松井に壁際に押しやられていた。
内容は、やっぱりなんとなく分かっている。
穂奈美のことだろ。
「浩二! あんた、穂奈美、泣かすな!」
当たった。
「別に――」
泣かしてない。
言おうとして固まる。
「……泣かしちゃったけど」
「このヤロー!」
女でそんな言葉を使ったらダメだろう。
まったく。
もう気にしてないけど。長い付き合いだし。
「痛いよ……」
久し振りに松井の打撃を喰らったな。
こんなに強かったかな。
「?」
突然、松井からの打撃が止んだ。
どうした。
松井は目の前でうつむいてしまっている。
「好きだったんだよ?」
一瞬、ドキリとする。
「穂奈美さ。一年生の時から好きだったんだよ? なのに、なんで……」
あ、ああ。そうか。
びっくりした。
勘違いも大きすぎるだろう。俺。
――そして、同時に悲しく思う。
襟を掴まれ、松井に詰め寄られる。
「なんで断ったの? そんなに嫌だった? 好きじゃなかった?」
そうじゃない。
そうじゃないんだよ、松井。
俺は、襟を掴む松井の手を掴んで、襟から離させる。
「違う。俺が、本当に好きなのは――
ガサツで、男勝りで、口調も雑で、暴力も振るってくる。
けれど、たまに見せる仕草がかわいくて、守りたくなる。
ずっと一緒にいて、いるのが普通になっていて、ずっと一緒にいたいと思える。
ずっと前から、好きだった。
――お前なんだ」