-序章ー
恋人である女の子は、いつでも俺だけに微笑みかけ、他の男なんて知りません。って女の子がいい。
友人Aからすると、処女厨か。キモッ。らしいが、大半の男が出来ればそうであって欲しい、昔彼氏がいたとしても隠して欲しいと思っているはずだ。偏見かもしれないが。
でも現実は悲しいかな。俺が付き合っている彼女は俺の理想と全く正反対なのである。
一途ではなく、いろんな男に微笑みかけ、数多の男を知っているのだ。
少なくとも彼女の入学当初一目見た時の印象は、冒頭で言ったような女の子だった。
ストライプシャツに紺のカーディガン、真っ白なフレアスカート。
綺麗な黒髪ロングヘアを靡かせて歩き、おはよう、なんてはにかんだ笑顔を見せられたら聖女と見間違うだろ。
俺は見間違えた。
清楚系女子が好きだった俺には好みど真ん中。こんな子と付き合えたらどんなに幸せだろうと一目ぼれし、妄想に事欠かなかった。
でもこれは印象の話で、実際は180°真逆の性格だったのだ。
真の性格は、付き合っている男は数知れず、来る者拒まず誰とも付き合う女王陛下様。
恵まれた容姿も相まって、その噂は瞬く間に大学中に広がり、一度は付き合いたいランキングNo.1、ボーイフレンドになるのは順番待ち。とまで言われ、崇められる様になっていた。
そしてなんと! 俺はその女王陛下様と付き合っている。
好みとは懸け離れ過ぎだって? そんな事重々承知している。
俺だって付き合う前までは噂は噂。真実は違うんだって思い込もうとしていた。
それに、もしそうだったとしても来る者拒まずと言われているんだから、こんな顔、スタイルともに平均並みの俺でも一晩くらい過ごしてもらえるかなぁ、と言う下心があった。
なのになんと俺は、女王陛下様の彼氏と言う地位を勝ち取ったのだ!
告白の日は今でも覚えてる。2年に無事進級した春。桜も散って、小雨が降る日だった。
“本日のボーイフレンド”とのデート前を捕まえて、彼氏にしてくれませんか、と一言。
雰囲気もなにもあったものじゃなく、本来こんな告白なんてした日には確実に振られるだろう軽さだった。
でも女王陛下様はその告白がいたく気に入り、丁度決まった彼氏ってのが欲しかったの、と言う理由で晴れて彼氏になったのだ。
“本日のボーイフレンド”はその場でお断りされ、白く細い指が俺の手をキュッと握った瞬間、告白に返された台詞を忘れた。深く考えなかった。
今まで付き合ってきた男が両手両足を使っても到底数えられないとしても、今俺を彼氏に選んでくれた。
つまり、彼女はただ一人を選びかねてただけで、本当は唯一の相手を探してたんだ。
それが俺。
能天気な俺は自惚れた考えが頭を占め、相手がどんな表情で、どんな事を言ったか考えもしなかった。
お気楽にただただ浮かれていた。
後悔するぞ、とため息の友人Bに、妬むなよ! と笑っていた期間は経った3日だったけど。
告白した当日、俺、浮かれすぎて周りの状況把握能力皆無。
告白した次の日、俺、大学一付き合いたい女王陛下様の彼氏とか後ろから刺されても文句言えないな、と焦り。
告白した3日目、俺、誰からも羨まれない事への疑問。
そして答え。
「今日予定があるって聞いたから、もう違う人と約束したわよ」
まさかの“本日のボーイフレンド”再来。
よくよく聞いてみると、俺との予定がない日のほとんどは、すでに別の男との予定が着々と組まれているらしい。
言葉を失うとはこういう事だ。
確かにそれなら俺は後ろから突然刺される訳ない。
彼氏がいようが、予定さえ合えば“本日のボーイフレンド”になれるのだ。
今までとそう変わらない。
なんで?
はい、2回目答え。
「特定の“彼氏”が居れば、その分余計な誘いも来なくなるし、自分の時間も取りやすくて楽なのよね」
との事。
現実って、悲しいですよね。
3日目で悟りを開いた。
そこまでされてもなお別れない理由は、こんなモテ女王陛下様に、一応でも彼氏扱いされる優越感だけじゃない。
女の子に夢見すぎと言うべきか、いつかは俺だけを見てくれるんじゃないか?って期待があるからだ。
でも、それだってずっと続くわけじゃない。
付き合い始めて丁度3ヶ月目の今日、ついに我慢できなくなった俺は、抗議した。
しかも学食。
別の男と楽しそうにおこなっていたランチ中に呼び止めて、言ったのだ。
「おい、そろそろ浮気やめろよ」
「なんで? 私がどんな男の子と遊んでも、迷惑かけてないでしょ? 別にないがしろにしてるわけじゃないし。それに、あなたの予定がない日に一晩誰かといたって、問題ないじゃない。」
「俺はそれが嫌だって言ってんだよ」
なんで嫌なのか分からない、と眉を寄せる。
一緒にいた男は哀れみの目で俺を見てから、また、と小さくてを振って席を立つ。
えぇ、今度は放課後。と笑顔で返す姿にイライラは増すばかりだ。
それが嫌だと言っているのに、まったく理解していない証拠だ。
「なに? 迷惑掛けてないんだから遊んでも構わないでしょ? 何が嫌なの?」
「だから、迷惑掛けてるとかそういう問題じゃないだろ。嫌だろ? 俺がお前と予定ない日に他の女の子といたら」
「別に。それに、あなたそんな事出来ないでしょ?」
勝ち誇った様な笑みに、何も言えなくなる。
確かに俺は女王陛下様と違い、相手がホイホイできるわけない。
言い淀んで視線を外せば、学食にいる男子たちがこっちを向いていないまでも聞き耳を立てているのはわかる。
どうしてかなんて決まってる。女王陛下様がこれでフリーになったら自分が“本日のボーイフレンド”ではない、彼氏と言うポジションにつける可能性があるからだ。
浮気をされてでも彼氏になりたいと思ってる男がいる事くらい言われなくても知ってる。
でもここで別れを伝える選択肢はない。なんだかんだ言って、浮気を除けばそれなりに楽しく彼氏彼女をやってるのだ。
作ってくれる料理は美味しいし、一緒にいて話題も尽きない。
街を歩いても鼻が高いのも正直な話だ。
これを機に振り向いてほしいと言う欲もある。
「本命はあなたって事になってるんだから、それで満足しなさいよ」
「なんだよそれ、お前彼氏の意味わかってんのか?」
一つも解ってくれない相手、心無い言葉に、そろそろ俺も耐え切れなくなり、冷静さが欠けた頭のまま相手、怒鳴りかけた瞬間、それを止めたのは場違いなのんびりとした声だった。
「あ! 先輩、ここにいたんですね!」
パタパタ走ってきたのは、同じサークルの後輩だ。遅れて友人AとBもやって来る。
「今日のサークル、急なんですけど…あ、あの、すみません、なんか邪魔してしまいましたか?」
俺の元に駆け寄って、やっと和やかな状況じゃないとわかったのか、おろおろと俺と女王陛下様の顔を見比べている。
髪の色は鮮やかな栗色なのに、時代錯誤な黒くてダサい眼鏡をかけた三つ編みっ子。
友人が“ダサ子”と呼んで、からかっているのを注意してから仲良くなった子だ。
「喧嘩中よ。彼が浮気するなって煩いの」
「そう、なんですか?」
「煩いなら、やめろよ」
「嫌。だって、楽しいし。あなたも浮気すればわかるわよ」
「…わかる訳ないだろ」
浮気が楽しいなんて一生わかりたくもない。俺は、一途な女の子派なのだ。
今は、ちょっと、違うけど。
ため息がでる。
今日はここまで、いったん保留の平行線だな。と思ったのも束の間、事態は女王陛下様ならではのとんでもない思いつきで急展開を見せるのだ。
「それよ! あなたも浮気、してみなさい。で、私にもあなたと同じ気持ちにさせてみたら?」
「は? 何言って…」
「その子、サークルが一緒の子でしょ? よく話してるじゃない。そこの子と浮気しなさい。で、あなたと同じ気持ちを味あわせてよ。そうすれば、浮気、止めてあげられるかも?」
言っている意味がよく分からない。
隣の後輩なんてわからなすぎてぽかんと口を開けている。
これは完全に思考停止してるな。
かわいそうに、偶然やってきたばっかりに巻き込んでしまった。
「それが出来ないんだったら、文句言わないで彼氏としてちゃんといてくれないと困るわ」
ふんっ、と怒りを露わにして言い切っているが、こちらからしてみれば彼女として彼氏だけを見て欲しいと言う俺の願いはどうなるのか?
普段なら諦めて現状維持で我慢するところ、元々の不満が蓄積されて、感情が爆発した俺はこんな事を口走ったのだ。
「ふざけるのも大概にしろよ。 そこまで言うなら俺も浮気するよ。同じ気持ち味わいたいんだろ? それでダメなら俺はもう何も言わない」
思いの他低く出た声に、さすがの女王陛下様も驚きに目を丸くしている。
たっぷり10秒固まってから、心底見下した目をして、楽しみにしてるわ。と食堂を出て行った。
その目が俺じゃなく、隣にいる後輩に向けられていた事は、顔面蒼白にしている本人がよくわかっているだろう。
完全に火の粉が飛んできてしまったこの子には本当に申し訳ないが、俺は引き返すつもりはない。
「先輩! お、追いかけなくていいんですか?」
首を振って追いかけるつもりがない事を伝える。
追いかけて謝れば大丈夫です、としきりに言われるが、俺が悪いなんて思ってないんだから謝る必要がない。
「お前、ダサ子巻き込んで何やってんだよ」
「なんであそこまで言われて、別れる選択肢が出てこないか心底不思議だな」
少し遅れてやってきた友人Aと友人Bは完全に呆れ顔だ。
「煩い。あんな事言われたら、何が何でも浮気やめさせたいって思うだろう?」
もうここまできたら意地の張り合いに近い気もする。
まぁ、意地を張ってるのは俺だけだけど…
「諦めろ。無理だ。藤嶋百合香って女のあれは、もう病気だ」
後輩を気遣う友人Aを横目に、友人Bの言葉が頭の中を繰り返し響いた。