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変身少女  作者: ユウヤ
本章
6/14

捜索者 三

 晃太は明子の腕を強引に掴んで廊下に引き出すと、後ろ手に3年C組の扉を閉めた。

「あの人も、失踪してた人なんだよね?」

「わからん」

 男子生徒の様子は、やはり異常だった。

「でも、多分そうなんだろうな」

「お兄ちゃんも戻ってくるかも」

 男子生徒を見た今となっては、それもあり得ない話ではなくなっている。

「待つにしても、とりあえず灯り点けよう」

「でも明るかったら、お兄ちゃん、帰って来るかな?」

「…お兄さんも、こんなに暗くちゃここまで来れないだろ」

 先ほどの男子生徒がいつから教室にいたのかはわからないが、あんな闇の中にじっとしているなんて、やはり異常だと思った。晃太はもうこれ以上、深海を彷徨うような思いをするのには耐えられなくなっていた。

 照明のスイッチは、廊下の突き当たりの、階段の踊り場にあると思われた。そこに向かってゆっくりと歩を進める二人。

 しかし程なくして、再び二人の心臓は跳ね上がった。二人の進む先にある階段の下から、リノリウムの床を叩く微かな足音が響いてきたからだ。

 言葉も出せず、硬直する二人。足音はあっという間に4階の廊下に達した。

 そして二つの懐中電灯が照らす先に、それが姿を現す。

 セーラー服。

 明子は、それが兄ではないことにかなり落胆した。

 女子生徒は懐中電灯にも怯まず、真っ直ぐに二人に向かって歩いてくる。

 晃太は思い切って声をかけた。

「何してるんですか」

 晃太の声は確かに静寂の廊下に響いたが、女子生徒からは返事はなく、その足も止まらない。無視である。

 スカートからは確かに二本の脚が床まで伸びているし、足音も聞こえているので、幽霊の類ではないだろうと、晃太は無理やり考えた。しかし、真っ暗闇の校舎を無言で歩いてくるのが普通の女子生徒とはとても考えられない。

 そしてついに、その顔が確認できる位置まで二人に近付いてきた。懐中電灯に浮かんだその顔は、意外な人物のものだった。

「どうして…」

 晃太は戸惑った。

「雨宮さん。矢吹さんは見付かった?」

 明子の声も少し硬かった。しかし、その問いには反応があった。

「まだ」

 雨宮潤子は立ち止まらずに、短く答えた。

「お兄さんは?」

「教室には、いなかった」

 二人の前で雨宮潤子も立ち止まった。

「3年C組の灯りを点けたのは羽田さん達なのね」

 彼女も二人と同じように校内で失踪者、矢吹茜を探していた。そこで3年C組の教室の灯りを見てここまで来た。そういうことらしかった。

「でも、同じクラスの人がいて」

「失踪していた生徒ね?」

「たぶん。でも、お兄ちゃんの場所を聞いてもわからなくて」

「私もその人に話を聞いてくる」

 そう告げると、雨宮潤子は一人で3年C組に向かって去っていく。二人は取り残された。

「とりあえず、電気を点けよう」

 たった数十メートルの廊下を数分もかけて、やっと二人は廊下の灯りを点けた。

 蛍光灯に照らされた、互いの見慣れたジャージ姿に、二人とも、異世界から見知った校舎内に生還した気分になった。しかし、さすがに期待したような兄や他の失踪者の気配は無い様だった。

「ここまで来たら、全部の教室を調べるしかないよな」

 晃太の独り言のような呟きに、明子は頷いた。

「でも、雨宮さんはどうしよう」

「彼女は彼女なりに動くんじゃないか? 二手に分かれて探した方が、何か見付かる可能性も高いし」

「そう、だね」

 そして二人は、廊下に並ぶ3年の教室を片端から調べた。

 と言っても、施錠されていなかったのはC組のみで、他の教室は、ドアの窓越しに懐中電灯で室内を探ったものの、発見は何も無かった。もちろんC組も再度調べたが、自席に座る男子生徒以外には変化は無く、雨宮潤子もいつの間にか移動してしまっていた。

 4階は諦め、3階へ。

 始めに廊下の灯りを点けた。夜間に校内に侵入し、灯りを点けて移動していても、咎める者は無かった。二人とも徐々に警戒心も薄らいでいた。廊下に並ぶ2年生の教室を回るが、やはり全て施錠されており、内部にも変わった様子は無い。

 しかし。最後にあたったA組だけは違った。扉が抵抗無く開いた。覘いてみるが、角度が悪く廊下の蛍光灯の灯りがあまり入らないため、教室の奥の半分以上が暗黒だった。

 晃太は教室の灯りを点けようとした。

 その刹那。

 唐突に。爆音が二人を襲った。

 それは、途轍もなく巨大な咆哮だった。

 獰猛な響きに全身を打たれたようになった晃太は、パニックに襲われ、前後も忘れて、一気に4階まで元来た階段を駆け戻った。

 どうやって身を隠すべきなのか? そもそもその咆哮には、まるで肉食獣のような獰猛な響きがあった。それならば、至急、頑丈な空間に身を隠さねば。それはどこか…

 息も絶え絶えになりながらも、目まぐるしく思案する晃太。するとその足元の階下から、何かが姿を現した。

 一瞬ギクリとしたが、見ればそれは明子だった。

 明子も走って逃げたようだが、男子の体力には敵わなかったようである。

「どうしよう…」

 明子が無事だったことを喜ぶ余裕は無かった。ただただ、その存在を失念して逃げ出したことへの後ろめたさだけが込み上げ、すぐには何も言えなかった。

「…逃げなきゃ」

「荷物は?」

「荷物?」

 晃太は少し考え、ようやくそれが明子から預かっていたリュックサックのことだとわかった。いつ手放したのか、全く記憶が無かった。

「晃太」

「ごめん。失くしたみたい」

「…」

「とにかく逃げよう。荷物は後で探す」

 晃太はなんとか気を取り直すが、その時、階下から微かに靴音が近付いてきた。嫌な緊張感。動転して上階に来てしまったが、これで下に降りられなくなってしまった。

 やむなく二人は3年C組に立て篭もることにした。

 その教室に入ると、相変わらず現実離れした様子の男子生徒を尻目に、ドアを施錠する。いきなり猛獣に喰われる恐怖からは、何とか開放される。

「灯りも消していいか?」

「うん」

 それでも、廊下の灯りが入るため、教室は完全な暗闇にはならなかった。

 明子は兄の席に座った。音を立てたくないこともあったが、突然の事態に二人とも気が重く、それ以上言葉を発することができない。そして、男子生徒も今度は一言も発しない。

 緊張に縛られる二人。その体内には咆哮の残響が未だに残っている。しかし、廊下からは足音や獰猛な肉食獣の咆哮などは聞こえてこない。

 時刻は既に九時を回っていた。

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