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変身少女  作者: ユウヤ
本章
4/14

捜索者

 夜7時。倉野高校、正門。閉ざされた校門を前に二人は佇んでいた。

 二人とも懐中電灯を携えていた。だが、それ以外に手荷物らしい手荷物も持たない晃太に対し、明子は登山にでも挑むかのような重装備だった。

「閉まってるね」

「裏門に…いや、乗り越えるか」

 晃太は明子から大きなリュックサックを受け取った。ずっしりと重かった。しかし、明子は荷物の重みにも気付いていなかった様子だった。

 目的は、いつもの場所でいつもの人に会うこと。だがそれが、いつもならあり得ない時間、そしてその相手が今は失踪者だということとが重なって、二人は抗いようも無く、落ち着いてはいられないような感覚に呑まれていた。

 鉄柵の門扉は高さが180cmくらいあった。身長が174cmある晃太はともかく、身長156cmで、決して運動能力に優れているともいえない明子には乗り越えるのに少し苦労する高さだった。

「押えてやるから、先に行け」

 明子は黙って従った。足を支えられて、明子が先に、そしてそれに続いてリュックを背負った晃太も校内に侵入する。

 そして玄関ホールに続く道に二人は降り立った。短い桜並木は既にほとんど散ってしまっており、星明りだけが頼りの闇の中では、通い慣れたその道もひたすらに薄気味悪く感じられる。

 明子は、少し前には満開の花を見上げてはしゃぎながら、その道を通っていたことを思い返した。学生服が行列のようにひしめく始業前、花弁が舞うその道を明子や晃太が、そして雨宮潤子や矢吹茜や、明子の兄も通っていたのだろうと思った。

 追憶と感慨に沈む明子。着ている学校指定の赤いジャージさえも、闇の中ではほとんど黒にしか見えない。その姿を目にして、晃太の胸から突き上げるように強い思いが込み上げてきた。

 失踪者。明子の兄。それらに関してせめて何らかの成果、手がかりだけでも必ず手にしなければならないという思いだった。


 それぞれの思いを抱いた二人は、玄関ホールの前にたどり着く。晃太は無言でそのガラスの扉に手をかける。

 すると晃太の予想に反して、扉は抵抗無く押し開けられた。鍵は開いていた。

 二人は顔を見合わせた。

 言葉の出てこない晃太より先に、明子が口を開いた。

「きっと、お兄ちゃん達が戻ってきて、学校に入るために開けてあるんだ」

「そうかもな」

 それが単なる当番職員の施錠忘れなのか、本当に失踪した生徒が戻ってくるためのことなのか、どちらともわからないと思った。非現実的な可能性を否定することができなくなっている。そうして自分達の日常的な思考が少しずつ崩れていくことが、彼ら自身にも薄々わかっていた。

 捜索は明子が先導した。

 まずは、普段は行くことがない3年生の下駄箱の前。目的の羽田の下駄箱の場所は明子にもわからず、懐中電灯を頼りに何分もかかってやっと見つけ出した。二人とも無意識の内ににあまり期待をしないようにして、明子がその扉を開いた。しかし、中に汚れた上履きだけが入っているのを確認すると、さすがに少し落胆してしまう。

 そうすると、途端に周囲の静寂が思い出され、見慣れたはずの玄関ホールがやけに寂しく感じられる。そして二人ともそれは同じだった。

「上履きじゃなくたって、土足で校内にいる可能性はあるよ。それに、きっと、何か手がかりだけでも見つかるかも」

「うん、そうだね」

 可能性が低いとしても、人の心というのは、暗闇の中にあっては明るい選択肢しか選ぶことができないものだった。だからそれに同意し合い気を取り直して、二人は3年生の教室の方へと進むことにした。


 正門を背に正面には中庭、右手には広いとは言えない校庭、そして左手に校舎の内部への廊下が続いている。揃いの学年指定の赤ジャージを緩く着て、校舎内に向かって歩を進める二人。3年生の教室は最上階の4階だった。明子の兄もまだ上り慣れてはいなかったかもしれない、その階段を、二人は無言で上った。

 そして見慣れぬ4階の廊下に出る。お化け屋敷のような暗闇を前に、自分達の行いの非現実さを思い起こさせられ、二人はほぼ同時に、今横にいる相手がいなければとっくに恐怖に耐えかねていただろうと思った。

「お兄ちゃんは、C組だからね」

 懐中電灯に浮かぶクラス名のプレートを見上げながら、暗黒の廊下を辿る二人。廊下には、その二人以外の気配は全く無い。

 晃太には、そもそもこんな闇の中で誰かが一人でいること自体、難しいだろうと思える。しかし明子の執念のような気配を横に感じていると、それも闇に怖気付いて探索を諦めてしまいたいがための言い訳のようにも思える。

 結局、そこまで来た以上、二人は徹底的に校内を捜索するしかなかった。

 そして口には出さずとも、お互い、既に引けないことは薄々わかっていた。

 晃太は、長い夜になる予感がした。


 やがて二人は3年C組のプレートの元までたどり着き。明子が、兄の過ごしていた教室のドアに手をかける。

 するとまたしても、予想した抵抗が無く、ドアはすんなりと引き開けられた。

 静寂の廊下に木のドアを引く音が轟いたが、その音は、胸騒ぎに襲われている二人の耳には入らなかった。

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