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変身少女  作者: ユウヤ
本章
3/14

失踪者

 県立倉野高校2年C組。放課後、新年度が始まって2週間足らずの教室では、あまり部活動に熱心でないクラスメイト達が他愛の無い談笑に耽っていた。そんな彼らの声がさざめく中、速川晃太は新しいクラスメイトの顔触れの中に馴染みの女子の顔を見つけて、少し気分が明るくなるのを感じた。

「コウタ、また一人で妄想に耽ってるの?」

 羽田明子。中学校に入学して以降、毎年同じクラスになっている、小柄な女子。あまり社交的に振舞ってこなかった晃太にとっては貴重な友人だった。晃太は生返事で答えた。

「…そんな陰気な晃太にとっておきの怪談があるんだけど」

「陽気なメイコさんが怪談なんて、似合わないですよ」

「…じゃあいい」

 子犬のように起伏が少なく、普段は無邪気な印象を振り撒いている明子の表情が翳った。予想外の反応に少し慌てる。

「ごめん」

「怪談好きでしょ。陰気なんだから」

 確かに晃太は怪談や超自然現象の類に興味がある。しかし、明子はそんな話は好まない。明子が彼を励ますためにそのような話題を持ち出してくれたと思うと、晃太の気持は急速に晴れていった。

「好きだよ」

「よろしい。あのね、最近欠席者、多いと思わない? A組の矢吹さんなんか、もう4日目でしょ」

 怪談らしく、声を潜めて語り始める。明子の怪談は、春休み明けから原因のはっきりしない欠席者が目立っていること、そしてその現象が実は2年生に限らず、他学年や他校、そしてひいては学生以外にまで広がっていることや、その実態は彼らの失踪であり、それがいまだかつて無い大規模な誘拐や神隠しではないかという、都市伝説めいた内容だった。

「晃太はどう思う?」

 確かに晃太の知るC組の様子に限っても日増しで、今日は36人中の4人が欠席していた。だが、今までそれに関心を払ったことは無かった。

「まあ、なんつーか、5月びょ」

「じゃあ何で失踪してるの?」

 晃太の言葉を遮って問い質すような明子の様子に、ただならぬ気配が滲んでいる。

 つられて晃太も真剣な議論に巻き込まれた。

「そもそも欠席者が失踪してるってのは本当なのかよ?」

「間違いないよ」

「…それは俺の知ってる人?」

「お兄ちゃん」

 何か固く鋭いものが、唐突に日常の膜を突き破って現れ、喉元に突きつけられたような感覚を覚えて、晃太は慄然とした。

「お兄さん」

「そう、あのね、3日前からいなくなっちゃったんだ。朝、学校に行って、普通にサッカー部が終わって、帰りも途中までお友達と一緒で、それでね、でも」

 間抜けなオウム返ししかできない晃太に、明子は堰を切ったように語った。

 晃太は1学年上の明子の兄とは、明子と一緒に何度か話したことがあった。晃太の記憶にある明子の兄は、髪が少し明るかったが非行に走るようなタイプではない、前向きな好青年の印象だった。その明子の兄と失踪という言葉とを、うまく結びつけることができない。周りの空気まで固くなったような違和感に、晃太は喉の渇きを覚えた。

 探したの? 見つからないの? 連絡は取れないの? 見当は付かないの? 目撃者とか?

 … 晃太の脳裏には明子にかける言葉が次々と浮かんだが、有為と思えるものは何一つ浮かばず、声に出すことができない。

「学校にいるんじゃない?」

 唐突に割って入った声。その主は二人とはそれまであまり親しく話したことの無い意外な人物、雨宮潤子だった。

「雨宮さん、何かわかるの? お兄ちゃんのこと」

 明子がすがるように訊いた。

「お兄さんのことは知らないわ」

「じゃあ何で」

 雨宮潤子に対しては素直に晃太の口から質問が出た。

「だって、この学校の生徒だから」

「そんなの当たり前じゃん」

「どういうこと? 学校と関係があるの?」

 雨宮潤子の切れ長の瞳に二人の請うような視線が集中する。

 しかして彼女はその細面の大人びた表情を動かすことも無く、白く透き通るような肌と相まって神秘的とさえいえる雰囲気を漂わせながら、二人の視線を受けて沈黙した。

 たっぷり数十分経ったのかと思えるほどの重い沈黙に、晃太はまるで根競べでもしているかのような疲労を覚えた。

 明子は魅入られたように何も言わず、ただ雨宮潤子の答えを待っている。

「矢吹さんが、この学校に戻ってくる気がするの」

 その意味を掴みかねて、晃太は反応できなかった。

「矢吹さんって、A組の矢吹茜さん? 矢吹さんも帰ってないんだね」

「もう6日目。でも、すぐ近くにいる気がして」

「そうだね。お兄ちゃんも、きっと遠くには行っていない気がする」

 あまり周囲に関心の無い晃太には、矢吹茜にも大人しく美人だというような抽象的な噂の印象しかなかったが、この晃太とは違う意味で少し浮いている雨宮潤子と矢吹茜には、それほど強い絆があるのだろうか?

 明子と雨宮潤子には、同じように親しい人間が姿を消してしまった被害者同士、通じ合うものがある様子だった。

「だから私、探すの。学校を」

 それは相変わらず淡々とした口調だったが、晃太には、クールな優等生タイプの印象しかなかった雨宮潤子のイメージからは外れた、彼女らしくない感情的な言葉のように思われた。

「そうだね。この学校の生徒だもんね。私もお兄ちゃんを探す」

 雨宮潤子は、相変わらず感情の読み取れない淡々とした表情を浮かべている。

「矢吹さんも、きっとすぐに見つかるよね」

「そう思う」

 そして、雨宮はやはり一人で去っていった。

 晃太には雨宮の濡れたように艶やかな黒髪が何故か強く印象に残った。

「晃太も、一緒にお兄ちゃんのこと、探してくれる?」

 待ち受ける未知の結果への、希望と不安がない交ぜになった声だった。

「いいよ。いつ探す?」

 晃太は努めて自然に返事をした。自分には明子を、いや、明子や雨宮潤子のように身内が失踪してしまった者達の、誰の問題も解決できるような知力も魔力も何も持ち合わせていないのだということが痛切に感じられた。

 そもそも明子にとっての兄や雨宮潤子にとっての矢吹茜のように、失踪されたら必死に探す程の親しい相手もいない今の晃太には、彼女達が今味わっている苦しみを分かち合うことすらもできないということが、薄らと晃太の心を締め付けるようだった。

「ありがとう、晃太。今夜探そう」

「夜か?」

「昼間学校にいるならきっと見付かるでしょ? お兄ちゃんも学校に戻ってくる気がするから。夜しかない」


 そして、夜7時に再会することを約束して、二人は一旦帰宅することにした。

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