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死刻蝶  作者: 森村芥
5/14

05

夜が明けた。

窓を開けると目に移ったのは、見慣れたとばかり思っていた雪景色だった。後どれだけ、この景色を見ていられるのかとそう考えて、すぐに窓を閉める。

「…何を今更」

そんな当たり前の事実を確信しているのかと…笑いたくなった。なっただけで笑いなんて出ては来なかったのだが…

『折角帰ってきたんだ…またのんびりしなよ』

汐弥の言葉がその顔と共に思い返される。汐弥の顔は本当に嬉しそうだった。俺はもう帰って来ないと思っていたのだろう。当然だ、この街に嫌気がさして、出て行ったのだから…

「……」

じゃあどうして…どうして今更帰ってきたのか…

死ぬ場所はここだと決めていた。そんな自分勝手な理由で…また汐弥を苦しめようとしている。

「…駄目だよな」

自分に言い聞かせるように出てきた言葉はそれだった。このまま汐弥の傍にいればきっと俺は苦しくない、辛くない、怖くない…でもそれだけだ。俺には先がないから…今だけ幸せならそれでいい…でも汐弥は違う。これから先もずっとずっと…生きていくんだ。


思い立つが早いか、俺は荷物をまとめ汐弥のいない宿場を後にした。

荷物といっても鞄ひとつに収まる程度しか持ってきてはいない。その中身もほとんどが自分の絵に関するものだけだった。

小さなため息が出た。それだけで目の前が白く濁る。体の芯から冷えていくような寒さだったが、手持ちの金もそう残ってはいなかったので、普段は茶店なのだろう閉められた軒先を見つけ、椅子に被った雪を掃って座る。

(…ちょっと拝借)

そう心の中で頭を下げ、ポツンと傍らに置いていかれたのであろう傘を手に取った。これでどうにかこうにか雪は凌げる。

しかし、これからどうするかは考えの先にない。いつまでも同じ場所でジッとしていては、俺がいないことに気がついた汐弥に見つかってしまうかもれない。それはどうにか避けたかった。

だからといってこの街に他の宿場などなく…否、合ったとしてもそんな金は工面できない。いくらなんでも一晩こんな場所にいては凍え死んでしまう。

「何してはるん?」

どうしようかと頭を悩ませていたところに、その姿はひょっこりと現れた。

見覚えのあるその顔を頭の中で思い返してハッとした。以前汐弥と話しているのを見たことがある女性。名は確か…そう琳子だ。

「こんなところに居はったら、風邪ひいてしまいはるよ?」

からかう様に柔らかく笑う琳子。

「それもそうなんだが…どうにもこうにも路頭に迷ってしまってな」

そんな事を真顔で言うと、琳子は目をぱちくりさせてしまう。どうやらあまりに真剣に言った為、真に受けてしまったようだ。

「お金…もってはらへんの?」

「ないな」

「そう…困りはったね…こんな寒い中一晩過ごしたら風邪どころか、ほんまに死んでしまうよ?」

心配そうな表情を向ける琳子に、思わず苦笑いを返してしまう。『死んでしまう』その言葉が今は何故だか身近に感じられなかったからだ。琳子という女性の持つ雰囲気のせいかもしれない。

「今死ぬのも…後で死ぬのもそう違いはないさ」

ぽつりと零したその言葉に、琳子はまた目を丸くした。

「後で死ぬって…?」

素直に問いかけられて、どうしようか一瞬悩んだ。けれど俺と汐弥の関係を知らない琳子から、すぐにその事が知れることはないだろうと思い直す。否、本当は…琳子から知れてもいい気がしていた。自分の口から今更知らせるより、ずっと気が楽でいい。

「…病気でな、もうすぐ死ぬんだ」

初めて人にそんな事を話したな、と思いながらため息に似た吐息が漏れた。

「だから…自殺、でもしはるん?」

不意に顔を上げると、泣きそうな表情が目に映った。

「……」

「あかんよ…自分から死ぬなんてあかん…」

言うが早いか、琳子は俺の服の袖を引っ張って、歩き出した。女性の力だからそう強くはない。抵抗しようと思えば出来たが、そうはせず、その背に黙ってついていくことにした。







琳子に手を引かれ、たどり着いたのは一軒の家だった。

「入って」

小さく言われるがままに、家の中へと足を踏み入れる。今まで人がいなかったのだろうから、家の中と言えども少しばかり寒い。それでも外よりずっと暖かかった。

「あがってええよ、そこらへんに座って…着替え用意するから」

言うが早いか、琳子はそそくさと部屋の奥へと行ってしまった。恐らくは言った通り着替えを用意してくれているのだと思う。

「……」

部屋の中は質素…と言ってしまっていいのだろうか、そんな状態だった。察するに琳子の家だと思うのだが、女性の一人暮らしにしては見栄えするものがない。

「はい、用意……どうしはったん?」

奥から舞い戻ってきた琳子が、座りもせず部屋を見渡している俺に、疑問の色を見せた。

「いや、なんでもない…」

あまり折り入ったことを聞くものではないかと思い、すぐに首を振る。

「そう…これ着替え…そんな格好でおりはったら風邪ひきはるで?」

「あぁ…すまない」

琳子の手から男物の着替えを受け取る。

はて…この家に彼女以外の姿…まして男など見かけないのだが…どういう事だろうか?

そうは考えたものの、そのまま考えに耽るわけにもいかず、琳子に言われるがまま部屋の奥で着替えることにした。




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