独り言
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「おめえの兄さまが死んだ。けえってこい。」
親父は近所の子供に小間使いをさせたらしい。長屋の戸口を一寸開けて、子供がじろりとこちらを見ていた。子供に気付いた女が慌てて、着物の袷をかき合わせた。子供は女の慌てぶりなどお構いなしに、親父の口調をそっくり真似て俺にそう言った。
冗談じゃねぇ。家になんぞ帰るものか。一生遊んでくらすんでぇ。
俺は心の中でそう呟いて、うろたえる女を放置したまま長屋を出て行った。女は「待っておくれ。」と縋りついたが、振り払う素振りをすると、大人しくその場にへたり込んだ。
*
女にたかる方法は、長屋で聞き耳を立てているうちに覚えた。役者顔とは言わねぇが、童顔が幸いしたのか遊んでくれる女は山ほどいた。何も知らないふりをして強請れば、期限のない金貸しにもなってくれた。俺は家を持たなかった。寝泊りする女の家を夜毎変えて、ふらふら生きていた。このまま一生過ごせたらどんなに幸せか。親父たちは俺のことなどとっくに諦めて、忘れちまってると思っていた。
それがどうした、兄貴が死んだから家を継げ、戻って来いだと?こんなチャランポランに務まるはずがねぇ。俺はずっと遊んでいたい。遊ぶしか能がねぇボンクラだ。こんな能無しを捕まえて、世継ぎのお披露目だと?反吐が出る。
腰に挿した竹光が何か汚いものに思えて仕方がない。親父に貰った刀は、金に困って質に入れた。とっくの昔に流れただろう。
侍足りえる要素が、俺にはひとつもありゃしねぇ。それなのに、兄貴が着るはずだった長裃が、皮肉なことに俺にぴたりと合いやがる。
どうして死んだ。てめぇ一人で病になんぞかかりやがって。どうして親父は医者に見せなかった。悪いところをちょん切ってもらえば、ちっとは生きながらえたかもしれねぇ。馬鹿だ、全く馬鹿だ。
親父が兄貴を医者に見せられなかったのは、俺が家にある金目のものを残らずくすねて家から飛び出したからだとわかってはいる。けれど、けれど。
「こいつがせめて真剣なら、腹ぁ斬って死ねたのによぉ。」
自業自得と誰かが言う。地獄へ行った兄貴だろう。
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