最終決戦前の勇者パーティー、「この中に裏切り者がいる」と告げたら全員が目を逸らした
魔王との最終決戦を、明日に控えた夜。
勇者レオンは宿の一室に四人の仲間を集め、重々しく告げた。
「――この中に、裏切り者がいる」
四人全員が目を逸らした。
「おい」
戦士ガルドは窓の外を見た。
魔法使いセリアは髪をいじり始めた。
聖女ミリアは目を閉じて祈り始めた。
そして盗賊クロウは――いつものように目を逸らしていた。
普段から人と目を合わせない男なのだが、職業は盗賊。
この状況では誰よりも怪しかった。
「クロウ」
「待て。盗賊だからって俺から疑うな」
「まだ何も言ってない」
「じゃあなんで真っ先に俺を見た」
「……盗賊だから?」
「言ったそばから!」
クロウが深々とため息をついた。
「で、何があったんだよ」
「今日、王国軍の偵察隊から連絡があった。魔王軍が突然、城全体の警戒態勢を引き上げたらしい」
部屋の空気が変わった。
「明日の奇襲を察知された可能性がある」
レオンは四人を見回す。
「奇襲の日時と作戦内容を知っているのは、俺たち五人だけだ」
「だから、心当たりがある者は正直に――」
「……悪かった」
ガルドが言った。
「お前なの!?」
レオンが振り向く。
クロウが即座にガルドを指差した。
「ほら見ろ!」
「まだ何も聞いてない!」
「俺は聞かれる前から犯人扱いされたぞ!」
ガルドは腕を組み、神妙な顔をした。
「作戦のことは喋ってねえ。ただ……魔王軍に武器を売った」
「お前なのか!!」
「だから作戦は喋ってねえって!」
「敵に武器を流したの!?」
「渡してねえ。売った」
「金銭の授受がある方が悪い!」
「しょうがねえだろ。討伐で手に入れた剣が余ってたんだよ。人間の町じゃ銀貨二十枚なのに、向こうは五十枚出すって」
「値段の問題じゃねえ!」
「三十枚違うぞ?」
「戦争中だぞ!?」
「商売に敵も味方もねえ」
「ある! 今回は明確にある!」
レオンはこめかみを押さえた。
「……一回だけだよな?」
「最初は三本だった」
「最初は?」
「評判が良くてな。最近は定期で」
「取引先になってる!!」
「刃こぼれは三ヶ月無料修理だ」
「戦線復帰まで支援するな!」
「安心しろ。作戦のことは一言も話してねえ」
「本当だな?」
「ああ。秘密は守る男だ」
「秘密以外を敵に渡してるんだよ!」
ガルドは少し考えてから付け加えた。
「そういや四天王にも一人、常連がいるぞ」
「四天王まで顧客なの!?」
その瞬間。
セリアの眉が、ぴくりと動いた。
「……誰?」
レオンが振り返った。
「なんで食いついた?」
「別に」
「今までで一番反応速かったぞ」
「第三席のヴァルドだよ。黒い大剣使ってる奴」
「……黒革の柄の?」
「ああ」
「少し重いって言ってたわ」
「そうなんだよ。だから次は柄を――」
ガルドが止まった。
レオンも止まった。
クロウも止まった。
三人がセリアを見る。
「なんで知ってる?」
「…………」
「セリア?」
「……私も、一つだけ黙っていたことがあるわ」
レオンは目を閉じた。
「頼むから武器以上はやめてくれ」
「ヴァルドと付き合ってる」
「武器以上きた!!」
レオンは椅子を蹴る勢いで立ち上がった。
「魔王軍四天王と!?」
「ええ」
「いつから!?」
「半年くらい」
「この旅、八ヶ月だぞ!」
「最初の二ヶ月は友達だったわ」
「馴れ初めを補足するな!」
「最初は四天王だと知らなかったのよ」
「それならまだ――いつ知った?」
「二ヶ月目」
「残り四ヶ月!!」
セリアは心外そうに眉を寄せた。
「役職だけで人を判断するのはどうかと思うわ」
「敵軍の役職は判断材料にしていいんだよ!」
「それに、仕事と恋愛はきちんと分けているもの」
「敵同士で言う言葉じゃない!」
「戦場では敵。休日は恋人よ」
「曜日で敵味方を切り替えるな!」
「この前だって普通に魔法を撃ったわ」
「彼氏に!?」
「仕事だから」
「向こうは!?」
「炎を撃ってきたわ」
「付き合い続けられるの!?」
「仕事だから」
「便利だな、その言葉!」
セリアによれば、二人は徹底して公私を分けているらしい。
「デート中は仕事の話は禁止よ」
「魔王軍の内情とかは?」
「聞かないわ」
「魔王の愚痴とか」
「仕事の話でしょう?」
「そこは聞け!」
「機密情報には興味ないもの」
「勇者パーティーの魔法使いとしては興味持て!」
「彼だって、私から情報を聞き出そうとしたことは一度もないわ」
「……いい男なのが腹立つな」
「でしょう?」
「褒めてない!」
その横でガルドが感心したように頷いた。
「へえ。ヴァルドってそんな奴なのか。俺の前じゃ武器の話しかしねえぞ」
「あなたの剣、気に入ってるわよ」
「マジで!?」
「ただ、少し重いって」
「じゃあ次は柄を軽く――」
「俺の前で敵軍の装備改善会議を始めるな!!」
レオンは肩で息をした。
明日の最終決戦を前に、喉だけが先に死にそうだった。
「……で、セリア。作戦は絶対に漏らしてないんだな?」
「当然でしょう」
セリアは真顔で答えた。
「公私混同はしないわ」
「裏切り方が律儀すぎるんだよ……」
レオンは椅子に崩れ落ちた。
「……もういないよな?」
「勇者様……」
ミリアが震える声を上げた。
「ミリアまで!?」
「私も……皆さんに隠していたことがあります」
顔色は青ざめ、今にも泣き出しそうだ。
「私は……敵を助けてしまいました」
レオンは身構えた。
「何をした?」
「負傷した魔族を……治療しました」
「…………」
「…………」
「それだけ?」
「はい……!」
「いや、いいんじゃないか?」
「でも敵ですよ!?」
「怪我人だろ?」
「私のせいで、その方は今も生きているんです!」
「聖女の実績なんだよ、それは」
「それも……一人ではありません」
ミリアは罪を告白するように俯いた。
「……七人です」
「人数増やしても善行なんだよ」
「私は聖女失格です……!」
「むしろ聖女すぎる」
ガルドが腕を組んで頷いた。
「まあ、それはいいだろ」
セリアも頷く。
「そうね」
クロウが二人を見る。
「お前らが許す側に回るなよ」
「ですが、その中には……セリアさんの……」
「え?」
「ヴァルドさんも」
「彼氏まで治してんの!?」
セリアが身を乗り出した。
「左腕の傷?」
「はい」
「あの時ね。ありがとう、ミリア」
「いえ。当然のことをしたまでです」
「敵幹部の彼女と担当医みたいな会話するな!」
「後遺症は?」
「ないと思います」
「よかった」
「俺の前で診療結果を共有するな!」
クロウがため息をついた。
「もうミリアは許してやれよ。こいつ何も悪くねえだろ」
部屋が静かになった。
レオンが盗賊クロウを見る。
ガルドも見る。
セリアも見る。
ミリアまで見る。
「…………」
「なんだよ」
「クロウ」
「なんだよ」
「お前は?」
「何もしてねえ」
「…………」
「その沈黙やめろ」
「魔王軍と取引は?」
「してねえ」
「敵幹部との個人的な付き合いは?」
「ねえ」
「盗んだりは?」
「する」
「ほら!」
「敵からな!」
「騙したりは?」
「するよ」
「ほら!」
「敵をだよ!」
クロウは机を叩いた。
「俺、勇者パーティーだからな!?」
「なんで盗賊が一番正統派なんだ……」
「昨日は魔王軍の補給物資を盗んだ。一昨日は敵陣を偵察。その前は捕虜救出」
「……正しい」
「その前は魔王軍から剣を盗んだ」
「やっぱり盗んでるじゃないか!」
「ガルドが売った剣だよ」
沈黙。
ガルドとクロウが顔を見合わせた。
「……お前だったのか!」
「お前だったのかよ!!」
「せっかく売ったのに!」
「敵に武器売るな!」
レオンは目頭を押さえた。
「俺の台詞まで取られた……」
クロウは三人を順番に指差した。
「お前らが敵を武装させて、敵幹部と付き合って、敵兵を治してる間、俺はちゃんと敵の戦力削ってたんだぞ!」
「…………」
「…………」
「…………」
レオンはクロウの肩に手を置いた。
「ありがとう」
「礼を言われると腹立つな」
「まさか盗賊が一番信用できるとは……」
「褒めてる?」
「最大限」
「全然嬉しくねえ」
そこでクロウが眉をひそめた。
「……で?」
「ん?」
「結局、誰が作戦漏らしたんだ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
レオンは目を瞬いた。
「……そうだった」
「お前らの秘密を聞く会じゃねえんだぞ!」
その時だった。
勢いよく扉が開いた。
「勇者様!」
王国軍の伝令兵だった。
五人が一斉に振り返る。
「犯人が分かったか!?」
「いえ! 先ほどの情報漏洩の件ですが――」
伝令兵は満面の笑みで告げた。
「誤報でした!」
「…………」
「魔王軍が急に警戒態勢へ入った件ですが、月に一度の定例訓練だったそうです!」
「…………」
「つまり情報漏洩なんてありません!」
「…………」
「いやあ、仲間を疑わずに済んで本当によかったですね!」
「…………うん」
「それでは!」
伝令兵は爽やかな笑顔で去っていった。
扉が閉まる。
沈黙。
長い沈黙のあと、クロウが言った。
「三十分早く来いよ、あいつ」
誰も反論しなかった。
ガルドが小さく手を挙げる。
「……今のなしにできる?」
「できるわけないだろ」
セリアが腕を組んだ。
「お互い忘れればいいでしょう」
「明日、お前の彼氏と戦うんだぞ。どう忘れるんだよ」
「じゃあガルドのことだけ忘れましょう」
「なんで俺だけ!?」
ミリアがおずおずと尋ねた。
「私のことも……忘れていただいた方が?」
「ミリアは忘れなくていい」
「ありがとうございます!」
「クロウも」
「俺はそもそも何もしてねえよ」
レオンは深く息を吐いた。
「……とにかく、明日は予定通り魔王城を攻める」
「おう」
「ええ」
「はい」
「分かった」
四人が頷いた。
レオンも頷き返す。
そしてセリアを見る。
「……明日、彼氏いる?」
「いるでしょうね」
「どこ?」
「第三防衛区」
「具体的に知りたくなかった」
「ヴァルドと戦うことになったら、できれば捕縛でお願い」
「彼女から戦闘方法に注文入った!」
「顔もあまり狙わないで」
「注文増えた!」
「右肩は昔痛めてるから――」
「弱点教えてる!?」
「……今のは忘れて」
「初めて有益な情報漏洩が来た!」
ガルドが口を挟んだ。
「あいつ俺の剣使ってるぞ。気をつけろ」
「お前が強くしたんだよ!」
「切れ味は保証する」
「俺相手に品質保証するな!」
「勇者様」
ミリアが声をかける。
「明日、負傷者が出ましたら――」
「ミリア」
「はい」
「お前は好きにしてくれ」
「ありがとうございます!」
最後にクロウを見る。
「クロウ」
「明日、俺のそばにいてくれ」
「なんでだよ」
「今、お前が一番信用できる」
「一時間前まで一番疑ってただろ」
◇
翌朝。
魔王城を前に、レオンは聖剣を抜いた。
「みんな。ここまで色々あった」
本当に色々あった。
主に昨夜。
「それでも俺たちは仲間だ。今日、魔王を倒して世界を救う!」
「おう!」
「ええ!」
「はい!」
「行くぞ!」
四人の声が重なる。
レオンは少しだけ安心した。
昨夜はいろいろあったが、この四人が最高の仲間であることに変わりは――
「あっ!」
城門を守る魔族の兵士がこちらを指差した。
「ガルドさん!」
「おう!」
「先日はどうも! 剣、最高ですよ!」
「だろ?」
「同僚にも勧めました!」
「ありがとな!」
「敵軍で口コミ広げるな!」
その時、城壁の上から声が飛んだ。
「セリア!?」
黒い大剣を背負った魔族の男。
四天王第三席、黒炎のヴァルドだった。
セリアの顔がぱっと明るくなる。
「ヴァルド!」
「今日来るなんて聞いてないぞ!」
「言えるわけないでしょう。奇襲なんだから!」
「ああ、そっか!」
「敵に奇襲の事情を納得されるな!!」
そこへ別の魔族が駆け寄ってきた。
「あっ、聖女様!」
「まあ!」
「この前はありがとうございました! 傷、すっかり治りました!」
「本当ですか? よかったです!」
「今日から前線復帰です!」
「無理はなさらないでくださいね」
「はい!」
「敵の前線復帰を喜ぶな!」
レオンは肩で息をした。
世界の命運を懸けた最終決戦のはずだった。
なのに仲間たちは、敵陣で妙に顔が広かった。
「――待て!」
その時。
一人の魔族がクロウを指差した。
先ほどまでの妙に和やかな空気が、一変した。
「盗賊クロウだ!」
「何!?」
「あいつだけは絶対に逃がすな!」
「補給部隊を三度も潰した奴だ!」
「捕虜を全員奪還された!」
「司令部から作戦地図を盗んだのもあいつだ!」
「あの野郎! 今度こそ捕まえろ!」
「クロウを最優先で狙え!」
殺気立った魔族たちが、一斉に武器を構える。
クロウも短剣を抜いた。
「来いよ。今度は身ぐるみまで剥いでやる」
レオンはその背中を見た。
昨夜まで、誰よりも怪しく見えていた男。
けれど今は、魔王軍から向けられる純度百パーセントの殺意が、どうしようもなく頼もしく見えた。
ガルドも剣を抜く。
セリアが杖を構える。
ミリアが祈りを捧げる。
問題は山ほどある。
本当に山ほどある。
それでも、この四人が自分の仲間であることだけは間違いない。
「よし、行くぞ!」
「おう!」
レオンも聖剣を構えた。
その瞬間、魔王軍から怒号が飛んだ。
「まずクロウを殺せ!」
「勇者は後回しだ!」
「…………」
レオンはクロウを見た。
「クロウ」
「なんだ」
「俺、勇者なんだけど」
「知ってるよ」
「なんでお前の方が嫌われてるの?」




