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最終決戦前の勇者パーティー、「この中に裏切り者がいる」と告げたら全員が目を逸らした

作者: ほっこり純
掲載日:2026/08/16

 魔王との最終決戦を、明日に控えた夜。


 勇者レオンは宿の一室に四人の仲間を集め、重々しく告げた。


「――この中に、裏切り者がいる」


 四人全員が目を逸らした。


「おい」


 戦士ガルドは窓の外を見た。


 魔法使いセリアは髪をいじり始めた。


 聖女ミリアは目を閉じて祈り始めた。


 そして盗賊クロウは――いつものように目を逸らしていた。


 普段から人と目を合わせない男なのだが、職業は盗賊。


 この状況では誰よりも怪しかった。


「クロウ」


「待て。盗賊だからって俺から疑うな」


「まだ何も言ってない」


「じゃあなんで真っ先に俺を見た」


「……盗賊だから?」


「言ったそばから!」


 クロウが深々とため息をついた。


「で、何があったんだよ」


「今日、王国軍の偵察隊から連絡があった。魔王軍が突然、城全体の警戒態勢を引き上げたらしい」


 部屋の空気が変わった。


「明日の奇襲を察知された可能性がある」


 レオンは四人を見回す。


「奇襲の日時と作戦内容を知っているのは、俺たち五人だけだ」


「だから、心当たりがある者は正直に――」


「……悪かった」


 ガルドが言った。


「お前なの!?」


 レオンが振り向く。


 クロウが即座にガルドを指差した。


「ほら見ろ!」


「まだ何も聞いてない!」


「俺は聞かれる前から犯人扱いされたぞ!」


 ガルドは腕を組み、神妙な顔をした。


「作戦のことは喋ってねえ。ただ……魔王軍に武器を売った」


「お前なのか!!」


「だから作戦は喋ってねえって!」


「敵に武器を流したの!?」


「渡してねえ。売った」


「金銭の授受がある方が悪い!」


「しょうがねえだろ。討伐で手に入れた剣が余ってたんだよ。人間の町じゃ銀貨二十枚なのに、向こうは五十枚出すって」


「値段の問題じゃねえ!」


「三十枚違うぞ?」


「戦争中だぞ!?」


「商売に敵も味方もねえ」


「ある! 今回は明確にある!」


 レオンはこめかみを押さえた。


「……一回だけだよな?」


「最初は三本だった」


「最初は?」


「評判が良くてな。最近は定期で」


「取引先になってる!!」


「刃こぼれは三ヶ月無料修理だ」


「戦線復帰まで支援するな!」


「安心しろ。作戦のことは一言も話してねえ」


「本当だな?」


「ああ。秘密は守る男だ」


「秘密以外を敵に渡してるんだよ!」


 ガルドは少し考えてから付け加えた。


「そういや四天王にも一人、常連がいるぞ」


「四天王まで顧客なの!?」


 その瞬間。


 セリアの眉が、ぴくりと動いた。


「……誰?」


 レオンが振り返った。


「なんで食いついた?」


「別に」


「今までで一番反応速かったぞ」


「第三席のヴァルドだよ。黒い大剣使ってる奴」


「……黒革の柄の?」


「ああ」


「少し重いって言ってたわ」


「そうなんだよ。だから次は柄を――」


 ガルドが止まった。


 レオンも止まった。


 クロウも止まった。


 三人がセリアを見る。


「なんで知ってる?」


「…………」


「セリア?」


「……私も、一つだけ黙っていたことがあるわ」


 レオンは目を閉じた。


「頼むから武器以上はやめてくれ」


「ヴァルドと付き合ってる」


「武器以上きた!!」


 レオンは椅子を蹴る勢いで立ち上がった。


「魔王軍四天王と!?」


「ええ」


「いつから!?」


「半年くらい」


「この旅、八ヶ月だぞ!」


「最初の二ヶ月は友達だったわ」


「馴れ初めを補足するな!」


「最初は四天王だと知らなかったのよ」


「それならまだ――いつ知った?」


「二ヶ月目」


「残り四ヶ月!!」


 セリアは心外そうに眉を寄せた。


「役職だけで人を判断するのはどうかと思うわ」


「敵軍の役職は判断材料にしていいんだよ!」


「それに、仕事と恋愛はきちんと分けているもの」


「敵同士で言う言葉じゃない!」


「戦場では敵。休日は恋人よ」


「曜日で敵味方を切り替えるな!」


「この前だって普通に魔法を撃ったわ」


「彼氏に!?」


「仕事だから」


「向こうは!?」


「炎を撃ってきたわ」


「付き合い続けられるの!?」


「仕事だから」


「便利だな、その言葉!」


 セリアによれば、二人は徹底して公私を分けているらしい。


「デート中は仕事の話は禁止よ」


「魔王軍の内情とかは?」


「聞かないわ」


「魔王の愚痴とか」


「仕事の話でしょう?」


「そこは聞け!」


「機密情報には興味ないもの」


「勇者パーティーの魔法使いとしては興味持て!」


「彼だって、私から情報を聞き出そうとしたことは一度もないわ」


「……いい男なのが腹立つな」


「でしょう?」


「褒めてない!」


 その横でガルドが感心したように頷いた。


「へえ。ヴァルドってそんな奴なのか。俺の前じゃ武器の話しかしねえぞ」


「あなたの剣、気に入ってるわよ」


「マジで!?」


「ただ、少し重いって」


「じゃあ次は柄を軽く――」


「俺の前で敵軍の装備改善会議を始めるな!!」


 レオンは肩で息をした。


 明日の最終決戦を前に、喉だけが先に死にそうだった。


「……で、セリア。作戦は絶対に漏らしてないんだな?」


「当然でしょう」


 セリアは真顔で答えた。


「公私混同はしないわ」


「裏切り方が律儀すぎるんだよ……」


 レオンは椅子に崩れ落ちた。


「……もういないよな?」


「勇者様……」


 ミリアが震える声を上げた。


「ミリアまで!?」


「私も……皆さんに隠していたことがあります」


 顔色は青ざめ、今にも泣き出しそうだ。


「私は……敵を助けてしまいました」


 レオンは身構えた。


「何をした?」


「負傷した魔族を……治療しました」


「…………」


「…………」


「それだけ?」


「はい……!」


「いや、いいんじゃないか?」


「でも敵ですよ!?」


「怪我人だろ?」


「私のせいで、その方は今も生きているんです!」


「聖女の実績なんだよ、それは」


「それも……一人ではありません」


 ミリアは罪を告白するように俯いた。


「……七人です」


「人数増やしても善行なんだよ」


「私は聖女失格です……!」


「むしろ聖女すぎる」


 ガルドが腕を組んで頷いた。


「まあ、それはいいだろ」


 セリアも頷く。


「そうね」


 クロウが二人を見る。


「お前らが許す側に回るなよ」


「ですが、その中には……セリアさんの……」


「え?」


「ヴァルドさんも」


「彼氏まで治してんの!?」


 セリアが身を乗り出した。


「左腕の傷?」


「はい」


「あの時ね。ありがとう、ミリア」


「いえ。当然のことをしたまでです」


「敵幹部の彼女と担当医みたいな会話するな!」


「後遺症は?」


「ないと思います」


「よかった」


「俺の前で診療結果を共有するな!」


 クロウがため息をついた。


「もうミリアは許してやれよ。こいつ何も悪くねえだろ」


 部屋が静かになった。


 レオンが盗賊クロウを見る。


 ガルドも見る。


 セリアも見る。


 ミリアまで見る。


「…………」


「なんだよ」


「クロウ」


「なんだよ」


「お前は?」


「何もしてねえ」


「…………」


「その沈黙やめろ」


「魔王軍と取引は?」


「してねえ」


「敵幹部との個人的な付き合いは?」


「ねえ」


「盗んだりは?」


「する」


「ほら!」


「敵からな!」


「騙したりは?」


「するよ」


「ほら!」


「敵をだよ!」


 クロウは机を叩いた。


「俺、勇者パーティーだからな!?」


「なんで盗賊が一番正統派なんだ……」


「昨日は魔王軍の補給物資を盗んだ。一昨日は敵陣を偵察。その前は捕虜救出」


「……正しい」


「その前は魔王軍から剣を盗んだ」


「やっぱり盗んでるじゃないか!」


「ガルドが売った剣だよ」


 沈黙。


 ガルドとクロウが顔を見合わせた。


「……お前だったのか!」


「お前だったのかよ!!」


「せっかく売ったのに!」


「敵に武器売るな!」


 レオンは目頭を押さえた。


「俺の台詞まで取られた……」


 クロウは三人を順番に指差した。


「お前らが敵を武装させて、敵幹部と付き合って、敵兵を治してる間、俺はちゃんと敵の戦力削ってたんだぞ!」


「…………」


「…………」


「…………」


 レオンはクロウの肩に手を置いた。


「ありがとう」


「礼を言われると腹立つな」


「まさか盗賊が一番信用できるとは……」


「褒めてる?」


「最大限」


「全然嬉しくねえ」


 そこでクロウが眉をひそめた。


「……で?」


「ん?」


「結局、誰が作戦漏らしたんだ?」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 レオンは目を瞬いた。


「……そうだった」


「お前らの秘密を聞く会じゃねえんだぞ!」


 その時だった。


 勢いよく扉が開いた。


「勇者様!」


 王国軍の伝令兵だった。


 五人が一斉に振り返る。


「犯人が分かったか!?」


「いえ! 先ほどの情報漏洩の件ですが――」


 伝令兵は満面の笑みで告げた。


「誤報でした!」


「…………」


「魔王軍が急に警戒態勢へ入った件ですが、月に一度の定例訓練だったそうです!」


「…………」


「つまり情報漏洩なんてありません!」


「…………」


「いやあ、仲間を疑わずに済んで本当によかったですね!」


「…………うん」


「それでは!」


 伝令兵は爽やかな笑顔で去っていった。


 扉が閉まる。


 沈黙。


 長い沈黙のあと、クロウが言った。


「三十分早く来いよ、あいつ」


 誰も反論しなかった。


 ガルドが小さく手を挙げる。


「……今のなしにできる?」


「できるわけないだろ」


 セリアが腕を組んだ。


「お互い忘れればいいでしょう」


「明日、お前の彼氏と戦うんだぞ。どう忘れるんだよ」


「じゃあガルドのことだけ忘れましょう」


「なんで俺だけ!?」


 ミリアがおずおずと尋ねた。


「私のことも……忘れていただいた方が?」


「ミリアは忘れなくていい」


「ありがとうございます!」


「クロウも」


「俺はそもそも何もしてねえよ」


 レオンは深く息を吐いた。


「……とにかく、明日は予定通り魔王城を攻める」


「おう」


「ええ」


「はい」


「分かった」


 四人が頷いた。


 レオンも頷き返す。


 そしてセリアを見る。


「……明日、彼氏いる?」


「いるでしょうね」


「どこ?」


「第三防衛区」


「具体的に知りたくなかった」


「ヴァルドと戦うことになったら、できれば捕縛でお願い」


「彼女から戦闘方法に注文入った!」


「顔もあまり狙わないで」


「注文増えた!」


「右肩は昔痛めてるから――」


「弱点教えてる!?」


「……今のは忘れて」


「初めて有益な情報漏洩が来た!」


 ガルドが口を挟んだ。


「あいつ俺の剣使ってるぞ。気をつけろ」


「お前が強くしたんだよ!」


「切れ味は保証する」


「俺相手に品質保証するな!」


「勇者様」


 ミリアが声をかける。


「明日、負傷者が出ましたら――」


「ミリア」


「はい」


「お前は好きにしてくれ」


「ありがとうございます!」


 最後にクロウを見る。


「クロウ」


「明日、俺のそばにいてくれ」


「なんでだよ」


「今、お前が一番信用できる」


「一時間前まで一番疑ってただろ」


     ◇


 翌朝。


 魔王城を前に、レオンは聖剣を抜いた。


「みんな。ここまで色々あった」


 本当に色々あった。


 主に昨夜。


「それでも俺たちは仲間だ。今日、魔王を倒して世界を救う!」


「おう!」


「ええ!」


「はい!」


「行くぞ!」


 四人の声が重なる。


 レオンは少しだけ安心した。


 昨夜はいろいろあったが、この四人が最高の仲間であることに変わりは――


「あっ!」


 城門を守る魔族の兵士がこちらを指差した。


「ガルドさん!」


「おう!」


「先日はどうも! 剣、最高ですよ!」


「だろ?」


「同僚にも勧めました!」


「ありがとな!」


「敵軍で口コミ広げるな!」


 その時、城壁の上から声が飛んだ。


「セリア!?」


 黒い大剣を背負った魔族の男。


 四天王第三席、黒炎のヴァルドだった。


 セリアの顔がぱっと明るくなる。


「ヴァルド!」


「今日来るなんて聞いてないぞ!」


「言えるわけないでしょう。奇襲なんだから!」


「ああ、そっか!」


「敵に奇襲の事情を納得されるな!!」


 そこへ別の魔族が駆け寄ってきた。


「あっ、聖女様!」


「まあ!」


「この前はありがとうございました! 傷、すっかり治りました!」


「本当ですか? よかったです!」


「今日から前線復帰です!」


「無理はなさらないでくださいね」


「はい!」


「敵の前線復帰を喜ぶな!」


 レオンは肩で息をした。


 世界の命運を懸けた最終決戦のはずだった。


 なのに仲間たちは、敵陣で妙に顔が広かった。


「――待て!」


 その時。


 一人の魔族がクロウを指差した。


 先ほどまでの妙に和やかな空気が、一変した。


「盗賊クロウだ!」


「何!?」


「あいつだけは絶対に逃がすな!」


「補給部隊を三度も潰した奴だ!」


「捕虜を全員奪還された!」


「司令部から作戦地図を盗んだのもあいつだ!」


「あの野郎! 今度こそ捕まえろ!」


「クロウを最優先で狙え!」


 殺気立った魔族たちが、一斉に武器を構える。


 クロウも短剣を抜いた。


「来いよ。今度は身ぐるみまで剥いでやる」


 レオンはその背中を見た。


 昨夜まで、誰よりも怪しく見えていた男。


 けれど今は、魔王軍から向けられる純度百パーセントの殺意が、どうしようもなく頼もしく見えた。


 ガルドも剣を抜く。


 セリアが杖を構える。


 ミリアが祈りを捧げる。


 問題は山ほどある。


 本当に山ほどある。


 それでも、この四人が自分の仲間であることだけは間違いない。


「よし、行くぞ!」


「おう!」


 レオンも聖剣を構えた。


 その瞬間、魔王軍から怒号が飛んだ。


「まずクロウを殺せ!」


「勇者は後回しだ!」


「…………」


 レオンはクロウを見た。


「クロウ」


「なんだ」


「俺、勇者なんだけど」


「知ってるよ」


「なんでお前の方が嫌われてるの?」

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