婚約者との決別。そして未来へ
今まで会えなかった分、父に付き添いたかったロゼリアだったが、三日程経つと王宮から呼び出された。
身体にも負担があるため、転移陣を使うのは非常時だけ。
二人は馬車に乗り数日かけて王都に戻った。
そのまま王宮に上がるかと思えば、アルビヴィンの屋敷に案内された。
そして、待ち構えていた執事を始め、メイド達に上から下まで磨き上げられる。
「ど・・どういうこと??」
入浴、マッサージから始まり、肌のお手入れ。
時には髪の手入れが悪いとかブツブツ言われながらも幾人の人が手伝ってくれる。
美味しいハーブティを飲みながら、アルヴィンに助けを求めようとするも、肝心のアルヴィンも苦虫を潰したような顔で首を左右に振るばかり。
できるのは時々、
「ちょっとお手柔らかに・・。」
くらいだが、それも
「坊ちゃまがへたれだから!」
と、一蹴される。
一日かけてピカピカになったロゼリアに宛がわれたのは美しいドレスだった。
しかも不思議なことに、ロゼリアにぴったりのドレスが幾つも用意してあった。
「なんで?」
と、言ってもニヤニヤするだけで誰も答えてくれない。
ドレスはどれもアルヴィンの色で仕立てられていた。
ドレスに合わせたアクセサリーも用意されていて、鈍感なロゼリアも何となく気づき始めてしまった。
まず、ディアンにドレスを見立ててもらった事はあったけど、プレゼントされた事は無かった。
花束とか、お菓子は良く頂いたけども、アクセサリーも。
そう言えば婚約者なのに指輪とかも無かった。
お揃いのものも。
よくよく考えてみるとそんなに大事にされてなかったんじゃないかと、今更情けなくなってしまう。
「どうしたんだ?頭を抱えて。折角綺麗にしてもらったのに。」
声をかけられて顔を上げてみれば、アルヴィンが正装で立っていた。
さすがにそういうときは王子様だけあって様になる。
「別に。」
「変なヤツだな。」
口を開けばいつものアルヴィンで。
ロゼリアは、ちょっとだけ安心した。
アルヴィンのエスコートで王宮に上がる。
少し強引なそれは、優しいだけのディアンと違う。
だけど、安心してしまう。
何かあっても離さないという意志が感じられて。
王宮の大広間。
王の謁見の後に、玉座の横にアルヴィンは堂々と立った。
騎士団に連れられ、アルノー伯とその次男のディアンが現れた。
ディアンは目に見えて蒼白だった。
王に代わって、アルヴィンが宣言した。
「アルノー伯爵家は、王家の契約守護獣を不正に掌握しようとし、王族及び契約者血縁者の拉致を企てた。」
「さらに虚偽の情報を流布し、功労者であるクローネ男爵を貶めた。」
アルヴィンの声は冷たい。
「よって、アルノー伯爵家の爵位を剥奪、主犯は拘束する。」
伯爵が顔を上げた。
「我々は、正当なあの領地の統治者です。そもそも100年前、王女降嫁頂いた時から・・・。」
「その事を忘れ、あの土地を蔑ろにしたのはそなた達であろう。」
「調べてみれば、領政を蔑ろにし、経済的に困窮していた。その為にあの土地を返還する羽目になっていたのだろう。」
「その原因を作ったのもそなただ。領民を顧みず贅沢・遊興にふけり。」
滔々と続く説教。
それに抗う術はアルノー伯には無かった。
すべてが終わって、いや、終わる前に、ディアンがロゼリアの方へと向き合った。
「ロゼリア・・違う。私は、その・・違う。
父の命令で。父に従うしかなかったんだ。今まで、平民だった君に優しくしてきただろう?私の真心は伝わっていたはずだ。」
その言葉にロゼリアは目を見開き、少しだけ微笑んだ。
本当に、今更ながら、なんで。こんな人に。
と、ロゼリアは思った。
「従った・・のですものね。」
ディアンにとって、思いもよらない返事だったのだろう。
「同意なさっていたのと一緒でしてよ?」
ディアンの顔が歪んだ。
「私を守ろうと、いえ、一緒に戦ってくれない人と、一緒に人生を歩むなんて考えられませんわ。」
その時、ロゼリアが抱きしめていた白いモフモフ・・・守護獣が、パチリと目を開けた。
くぁっと大きく口を開けて欠伸をして、。
ロゼリアの胸にぐりぐりとのめり込みそうなほど身体を擦り付け始めた。
「おまっ!また!そんな事を!!」
アルヴィンが怒声を上げた。
だが、ピカッと小さな光が放たれた。
前回と違い光だけ。
衝撃はない。
そして、
「契約のマーキング終了。血統認証完了。」
無機質な声が響いた。
会場ではなく、その場にいる全員の脳内に。
場が騒然とする。
「王家契約守護獣は、ロゼリア・クローネ血統を正式継承者と認める。」
それだけ告げると、フヨフヨは、グリグリを止め、パタリと力なくなった。
「やだ!どうしたの!?」
慌ててロゼリアが抱き上げると
「ぐぅ・・。」
と、鼾をかいて寝ている。
また、力を使って眠ってしまったらしい。
なんとも不安定な存在だ。
アルヴィンは、気を取り直すように咳払いをした。
「クローネ男爵家は王家直轄貴族とする。」
その場の貴族達はざわめいた。
「そして・・・。」
一瞬、黙り込んでからアルヴィンはロゼリアをグッと見つめた。
その視線の熱にロゼリアはようやく気づき始めた。
いつだって、あんな目で見てくれていたってことに。
「守護獣契約者ロゼリア・クローネを王家の保護下に置く。」
ざわめきは歓声へと変わった。
最後にアルヴィンはアルノー伯爵に告げた。
「婚約破棄を通達したな。」
「・・・は・・い。」
「残念ながら、正式書類は受理前だ。今回の事を踏まえ、王家主導で破棄の書類を整える。当然、有責はアルノー伯爵家となる。まぁ、爵位を剥奪されるお前らにはあまり関係のないことだろうが、ロゼリアには大事なことだからハッキリさせておく。」
それで、すべてが終わった。
夜。
王宮では、守護獣との契約を祝う宴が開かれていた。
慣れない、華やかな場に、ロゼリアはバルコニーに逃げてきた。
あんなに、あざ笑っていたのに、掌を返したみたいに皆がにこやかに接してくる。
これが貴族社会なんだと改めて思う。
ロゼリアの肩にはモフモフが乗ったままだ。
まだ、うつらうつらしている。
それを撫でて気持ちを宥める。
「こんな所にいた。」
アルヴィンが現れた。
「うん。慣れなくって。」
心配そうな顔で、上着をかけてきてくれる。
「疲れたのか?身体を冷やすぞ。何か飲み物を・・・。」
矢継ぎ早に言われる言葉。
どれも自分を心配してくれるんだと思うと、胸が温かくなる。
「大丈夫。ちょっと疲れただけだから。」
「そうか!でも・・。」
アルヴィンは落ち着かない様子だった。
「どうしたの?」
ロゼリアが聞くと、
「ロゼにはすまない事をしたと思っている。出来る限り危険に巻き込みたくないって思って・・たが、結局、危ない目に遭わせてしまって。」
「そうね!囮にもしたしね!」
「ぐっ。それは、その。」
「仕方なかったって事はわかってるから!」
そういうとホッとした顔をするアルヴィン。
ウツラウツラしていたはずの守護獣がパチリと目を開けて二人の間をふよふよ飛び始めた。
二人はしばらくその様子を見ていた。
「ねぇ。」
「なんだ。」
「王家保護下ってどういうこと?」
「う・・ん。まぁ、王家っていうか、俺の保護下っていうか。」
アルヴィンがモゴモゴ言う。
「それって父さんみたいに、直属の部下になるってこと?」
「ちがう!」
「違うの?じゃあ何するの?・・・・はっきり言って。」
ロゼリアの言葉にアルヴィンは真顔になった。
「俺の、婚約者。いや、妻として側に居て欲しい。ずっと、ずっと。」
思った以上のストレートな言葉に、頬が熱くなった。
「後、兄じゃなくって、アルって呼んで欲しい。」
「それは・・ちょっと難しいかな・・。」
ロゼリアの言葉に、アルヴィンは苦虫を噛み潰したような顔になった。
それから大きな溜息をついて、
「もう、随分待ったからな。今更焦らないさ。」
と、言った。
「うん。ありがと。」
アルヴィンが手を出す。
ロゼリアは黙ってその手にエスコートされる。
ちょっと強引で、それでいて絶対守ってくれる、離さない。
安心させられる手。
パーティに戻りながら、ロゼリアは意地悪く言った。
「ねぇ、アル兄っていつから、私のことそんな目でみてたの?私が子供の時からだったら、結構な変態なんだけど・・ねぇ・・ねぇ!」
ロゼリアの追及にアルヴィンは
「うるさい!」
顔を赤らめて言い返してきた。
見つめ合って、二人は噴き出した。
その間もアルヴィンの手は、離れない。
小さな頃から、ずっと繋いでくれていた手。
一度は離してしまった手。
ロゼリアは、ほんの少し力を込めて手を握り返した。
反応が返ってくる。
今までは守られていた、引っ張ってくれていた。
10歳の年の差は変わらない。
身分も、能力も劣ってしまっている。
怯む気持ちが湧き上がってくる。
その時、守護獣が、くるると鳴いた。
今までと違う、甘く優しい祝福の声だ。
呼応するように、夜空に星が瞬く。
後押しされるように、ロゼリアは口を開いた。
「ねぇ。”アル”。」
初めの呼び名。
アルヴィンが息を呑む。
その音に、胸が高鳴る。
アルヴィンの思いが伝わってきて。
「今まで、ありがとう。」
子供だったロゼリアを見守ってくれて。
ロゼリアを選んでくれて。
「これからは、私も・・・一緒に」
その言葉は最後まで言えなかった。
アルヴィンの胸に、強く抱き寄せられたからだ。
子供の頃から何度も抱きしめられた胸。
いつだって余裕に見えたアルヴィンの激しい鼓動が伝わってくる。
ロゼリアと同じ速度で。
同じ、思いを持ってくれているんだと嬉しくなった。
「く・・苦しい。」
パッと腕が緩んだ。
「すまない!」
慌てる彼がおかしい。
ロゼリアは宥めるように改めて、その手を握った。
「さぁ、行きましょう。」
クイと引っ張る。
「そうだな。」
アルヴィンが頷く。
繋いだ手に同じ力が返る。
二人は、一歩を踏み出した。
意図せずとも息ぴったりに。
その後を、守護獣が静かに見守っていた。




